「0011」 翻訳 メキシコの麻薬戦争についての2つの見解―アメリカに責任があるのか 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳 2009年3月22日
「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦です。今回は、2つの論文を訳出して、掲載します。今回の2つの論文は、メキシコの麻薬戦争についてです。メキシコでは、現在、「麻薬戦争」と呼ばれるような状況になっている。それを伝えている東京新聞の記事を以下に転載します。
(転載はじめ)
麻薬密売組織VS政府 死者7000人 メキシコ『内戦状態』
2009年3月2日 朝刊
【ニューヨーク=阿部伸哉】メキシコ政府と麻薬密売組織との武力衝突が北部の米国国境沿いを中心に激化、昨年以降の死者数が約七千人に達し、事実上の「内戦状態」となっている。政府は組織側が銃規制の緩い米国から高性能の銃を仕入れて武装していることを問題視し、米側に対処を要請している。
「麻薬戦争」激化の背景には米側の治安強化がある。
米紙ウォールストリート・ジャーナルによると、二〇〇一年の米中枢同時テロ以降、米側が国境警備を強化したことからメキシコからのマリフアナなどの密輸が激減。このため麻薬組織はメキシコ国内の販売に重点を置き、狭い国内市場で組織同士の抗争に発展し、治安が悪化した。カルデロン政権は麻薬組織掃討に乗り出したが、組織側は地方警察の買収や脅しなどで徹底抗戦。政権は軍約四万五千人を投入して鎮圧を図る。
メキシコでの銃規制は厳しいが、米国からの銃密輸が容易。書類が整えば自動小銃も購入できる州もあり、組織側は潤沢な資金で米側に協力者を雇う。
米当局も、国境を越えた犯罪組織の活動に警戒感を高め、米アルコール・たばこ・銃火器取締局(ATF)は銃購入を手伝ったアリゾナ州の男を摘発。ようやく密輸の実態解明に乗り出している。
「麻薬戦争」で市民が巻き添えとなるケースはまだ少ないが、米国務省は先月二十六日、国民にメキシコへの渡航注意を喚起。米大学の多くも学生に渡航自粛を呼びかけている。
東京新聞 2009年3月2日付
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2009030202000067.html
(転載終わり)
このように、メキシコは大変な状況です。アメリカはこの状況を他人事として傍観していることはできません。それは、メキシコから大量の麻薬が密輸されているし、国境地帯の治安は悪化しています。このメキシコの麻薬戦争にアメリカは責任があるのではないか、というのが、対メキシコ政策における、目下の議論のテーマです。
このテーマに関し、2つの主張がなされています。それは、アメリカに責任がある、というものと、アメリカに責任はない、というものです。それぞれを代表する論文をここでご紹介します。
まず、アメリカに責任があるという主張を展開している、シャノン・オニール(Shannon K. O'Neil )の論文を紹介します。オニールは、アメリカが国内の銃と麻薬、マネー・ロンダリングを放置しているため、メキシコの麻薬戦争の状況が悪化している、と主張しています。
シャノン・オニール
次に、テッド・ガレン・カーペンター(Ted Galen Carpenter )の論文を紹介します。彼は、アメリカに責任がないという主張を展開しています。アメリカの国内法で銃や資金の流れを規制しても、メキシコの麻薬組織は、その他の方法を使い、他の国々に麻薬を密輸するだけのことだ、とカーペンターは述べています。まずは、メキシコの政治指導者が現実を直視すべきだ、と主張しています。
テッド・ガレン・カーペンター
外交評議会(Council of Foreign Relations)は、アメリカの外交政策に多大な影響を与える組織です。そして、介入主義的な(interventionist)政策を主張する傾向にあります。一方、ケイトー研究所(Cato Institute)は、リバータリアニズム(Libertarianism)の研究所であり、政府の介入を嫌います。また、外国のことにアメリカが介入することも嫌います。この2つの組織の色、傾向がそれぞれに反映されている点も大変に面白いと思います。それではお読みください。
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アメリカはどうして、メキシコの麻薬ギャングを支援しているのか?
Why is the United States backing Mexican drug gangs?
−カルデロン・メキシコ大統領は、アメリカの三つ目の戦争を戦っているが、アメリカは敵方を支援している
President Calderon is fighting America’s third war, and America’s backing this enemies.
シャノン・オニール
Shannon O’Neil
「フォーリン・ポリシー」誌
Foreign Policy
01/12/2009
バラク・オバマ(Barack Obama)次期大統領は、翌週いよいよ宣誓を行う。彼はいよいよいくつかの戦争の司令官となる。アフガニスタン(Afgahnistan)ではイラクと同じような大混乱が起こり、イラクでは楽観視できない状態である。そして、アメリカ国民が忘れている戦争がある。それは麻薬戦争である。麻薬戦争の最新の最前線は、アメリカの南方の隣人、メキシコである。フェリペ・カルデロン(Felipe Calderon)・メキシコ大統領は先週の月曜日にオバマ氏と会談を持った。カルデロン大統領が本音を語ったのなら、それがオバマ氏には届いただろう。カルデロン氏は次のように述べたはずだ。「私たちメキシコ国民は、あなた方の戦争を戦っている。しかし、あなた方は敵方に物資を供給している。アメリカが麻薬を欲し、麻薬組織に資金と武器を供給しているのだ」
フェリペ・カルデロン・メキシコ大統領
メキシコは国家の生存を賭けた戦いを遂行している。そして、カルデロン大統領は、就任した2006年以来、麻薬戦争に歯止めをかけてきた。しかし、メキシコの状況は酷いままである。
麻薬関連の暴力事件はメキシコ全土に拡大し続けている。2008年の1年間で、メキシコの麻薬戦争に関連した死者数は5600人に上った。この数は、イラクにおけるアメリカ兵の死者数の総計よりも多い数である。麻薬組織は、国家の存在自体を危うくしている。麻薬組織は、地方政府の中に入り込み、警察、司法関係者にわいろを贈り、フリーランスのジャーナリストたちを脅し、実際に殺害している。公的な地位についている人々は、常に究極的な条件を突きつけられる。それは「金か、死か」というものだ。
アメリカは、自分たちが非合法の麻薬の主要な消費者であるという責任を、ほとんど認識していない。しかし、アメリカ議会は、メリダ法案を可決した。これは、麻薬戦争を戦っているメキシコに対する治安対策の補助金を4000万ドル(約38億円)から4億ドル(約380億円)に引き上げるというものだった。
これがメキシコの助けになるだろうか?
不幸なことに、この補助金の額は、アメリカがメキシコの麻薬組織に供給している資金の額とは比べ物にならない。アメリカの麻薬使用者たちは、メキシコの麻薬組織に年間120億ドル(約1兆円)を供給している。アメリカ政府はその資金の流れを断ち切ろうとはしていない。麻薬の供給業者は、ニューヨーク、シカゴ、シャーロット、フレズノなどの都市において、20ドル(約1900円)、40ドル(約3800円)、100ドル(約9500円)といった少額の取引をかき集めている。そこで集まった金は、銀行送金、電信送金、グレイハウンドバス(訳者註:アメリカの長距離バス)に乗った人間が直接金をメキシコに運ばれる。金は、自動車、トラック、そして船で南の国境を越えている。その金は、アメリカの税関を通ってはいない。こうした資金によって、麻薬組織は、ビジネスができ、汚職がはびこり、暴力が増加するのである。
メキシコの治安状況は悪化している。メリダ法によって、アメリカはメキシコ政府に対して、洗練された装備を供給することを約束している。その装備とは、ヘリコプター、スピードボート、コンピュータ・データベース、調査システム構築などである。しかし、麻薬組織がアメリカの市場から調達してくる武器、そのほとんどは非合法であるが、それらによって、麻薬組織は、メキシコの警察や軍隊も凌ぐほどの実力を保有している。アメリカ・メキシコ国境沿いにあるガンショップは7000ほどある。1マイルごとに3軒はある計算になる。それらのショップでは、手りゅう弾、手りゅう弾ランチャー、AK−47マシンガン、“警官殺し(cop killer)”と呼ばれる強力な銃、そしてケヴラー防弾チョッキを貫通するほどの弾丸を売っている。これらの武器は、メキシコに流れるが、それらをアメリカの国境警備隊が確認することはほとんどできない。
アメリカ・メキシコ国境地帯の状況を改善するため、アメリカ政府とメキシコ政府が共同でできることはたくさんある。その手始めに、アメリカ政府は国内法を強化すべきである。州境や国境を超えるマネー・ロンダリングを捜査し、止めるようにすべきである。銃関連法を厳格化し、麻薬組織やその代理人に銃を売らないようにすべきである。さらに言えば、ライフルやもっと強力な武器が、アメリカからメキシコに流れないようにすべきだ。簡単にいえば、アメリカは、国境の南から流れてくるものを心配するのではなく、国境の北から南(メキシコ)に流れるものをしっかり監視すべきなのだ。
オバマ氏は、メリダ法を支持している。それと同時に、銃がメキシコに流れるのを防ぐという目的に賛同している。これは良い出発点である。しかし、アメリカがメキシコにおける暴力を本気で止めようと望むなら、麻薬組織に対する式と武器の供給を止める必要がある。最後に一言。メキシコの麻薬戦争は、アメリカの戦争でもあるのだ。
シャノン・オニール:外交評議会・ダグラス・ディロン記念・ラテンアメリカ研究担当フェロー。
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悪い隣人たち
Bad Neighbors
テッド・ガレン・カーペンター
Ted Galen Carpenter
「ナショナル・インタレスト」誌
The National Interest
03.09.2009
メキシコ国内における麻薬に絡む暴力によって、殺害される人々の数は上昇の一途を辿っている。アメリカの政治家たちとメディアの関心を呼んでいる。メキシコの政治指導者たちは、この問題について、妄想とも取られる発言や呆れた態度を取っている。その最も明らかな例は、メキシコの司法長官であるエデュアルド・メディナ=モラの2009年2月26日の発言である。その内容は、「シウダッド市とそれ以外の都市で起こった、麻薬絡みの大量殺人は、事態の好転を示すサインだ。麻薬絡みの暴力犯罪の増加は、麻薬グループの力を反映しているものではない。それは、彼らが解体の危機に瀕していることを示している」というものだった。
メディナ=モラ司法長官は、麻薬グループが「解体の危機に瀕している」などと希望を持つべきではないし、メキシコ全体はそのような希望が持てるほど、安全ではない。司法長官の楽観的な見通しが発表されるほんの数週間前、サンディエゴ近郊にある、アメリカ海兵隊基地であるキャンプ・ペンドルトンの司令官は、基地所属の海兵隊員たちに対し、非番の時間をメキシコのティファナ市(Tijuana)で過ごすことを禁止した。それは、ティファナ市の治安があまりにも悪化しているからだ。アメリカ国務省は、アメリカの旅行者に対し、メキシコ渡航のリスクの注意喚起を促している。アメリカの大学の中には、学生たちに対し、春休み中のメキシコ渡航を取りやめるように注意を喚起している大学もある。
観光都市・ティファナ
「ワシントン・タイムス」紙のサラ・カーター記者は、アメリカ国防省筋の話として次のように報道している。その内容は、「シナオラと、ガルフ・カルテルという2つの麻薬密売組織は、10万人規模の私兵を保有し、展開している」というものであった。この数字には、規模の小さい組織の構成員などは含まれていない。それらを含めると、総数は、14万から15万ということになる。簡単に言うと、麻薬組織が展開できる私兵の数は、メキシコ陸軍の総数18万8千人にほぼ匹敵しているということだ。
麻薬組織の武装程度は大変高くなっている。メキシコ政府当局は、麻薬組織の武装についてもトンチンカンな事を述べている。フェリペ・カルデロン大統領や他の政治家たちは、「アメリカのゆるい銃規制のせいで、メキシコの麻薬組織が武器をアメリカから密輸し、使用している」と主張している。メディナ=モラ司法長官はその典型例で、次のように述べている。「私はアメリカの銃規制に関する法律はばかげていると思う。それは、ゆるい銃規制によって、すべての市民が簡単に銃を手に入れることができるようになっているからだ」と。
アメリカ国内の銃規制推進派の人々は、メキシコ政府の責任転嫁を助長している。「ニューヨーク・タイムズ」紙のある社説では、武器の所有制限を強める論理を次のように述べている。銃規制をすることで、「国境の南」で起きている「戦争」を終結させることに役立つ、と。「アメリカが国内で、武器密輸を止めることによって、麻薬戦争を戦おうとしない限り、メキシコ政府が麻薬組織に打ち勝つことができない」、これが「ニューヨーク・タイムズ」紙の論理である。
アメリカの政治家たちの中で、メキシコ政府の治安悪化についての説明を受け入れている人々もいる。昨夏、ブッシュ政権とカルデロン政権は共同で新しいプログラムを発表した。このプログラムは「クロスド・アームス」というもので、これはアメリカからメキシコへの銃の流れを止めることを目的としている。チャールズ・グラッセリー米上院議員は、このプログラムを支持して、次のように述べた。「アメリカには麻薬が入り、メキシコには金と非合法の銃が流れる。メキシコに流れる金と銃を減らすためには私たちの隣人、メキシコの協力が必要である」と。
アメリカが武器に関する法律をもっと厳しくすることで、メキシコの治安悪化が食い止められるという考えには、論理と証拠が欠けている。メキシコの麻薬組織は、たとえアメリカから武器を密輸できなくても、メキシコ国内や世界中から密輸することができるので、困ることはない。麻薬組織は、麻薬以外の非合法品のブラックマーケットを運営することで、莫大な金を儲けることができる。そして、彼らのビジネスに必要となれば、何でも手に入れることができる資金を保有しているのである。メキシコ政府の推定では、麻薬組織の使用する武器の97%が、アメリカ国内のガンショップや展覧会から流れている、ということである。しかし、メキシコ政府は、そのような統計のための客観的なデータなど持っていないのである。それを認めるとしても、麻薬組織が、アメリカ国内のガンショップなどを利用するには、それが簡単で、手軽な方法だからであり、それしか方法がない、というわけではないのである。
南西部諸州の全てのスポーツ用品店を閉めても、それによって、麻薬組織の非武装化はできない。麻薬組織の使用する武器のほとんどは、例えば、マシンガンや手りゅう弾ランチャーなどは、アメリカ国内でも非合法であり、ガンショップなどでは手に入らない。メキシコが求めている、銃規制を連邦政府や各州政府が採用しても、それによって、メキシコの治安が回復することはなく、法を順守するアメリカの銃保有者とガンショップが不便を感じるようになるだけだ。
メキシコの無秩序をアメリカの銃関連法のせいにする試みは単純で、いいわけをするためだけのものである。もしそれが政治的に可能だったとしても、アメリカの銃関連法を厳しくすることが、メキシコの戦争状態の解決策にはならない。
メキシコの政治指導者たちは、困難な現実に直面している。麻薬組織は解体の危機に瀕しえはいない。麻薬組織は強力になり続けており、メキシコ国家の安定に脅威を与え続けえいる。暴力のレベルが上がっていくことが、絶望の尺度ではなく、権力と尊大さの尺度である。メキシコ政府はもう一つの「積極的な」サインとして、巨大な麻薬密輸船の拿捕したことを発表した。しかし、それは、大量の麻薬を押収したが、麻薬組織に打撃を与えてはいない。メキシコの無秩序をアメリカの銃関連法のせいにすることは、建設的な方策ではない。
メキシコのカルデロン政権が妄想に浸り続けるのは結構なことだ。しかし、それを続けると、麻薬組織の脅威は強まり続ける。アメリカ国内でメキシコの治安について、ヒステリーを起こす人々がいる。実際のところは、メキシコが「失敗した国家」になりかけているというわけではない。しかし、自分たちの望むことだけを見るような態度をメキシコの政治指導者たちが取り続けるならば、「失敗した国家」となることだろう。
テッド・ガレン・カーペンター:ケイトー研究所・国防、外交政策担当副所長。国際関係について8冊の著書を持つ。新しい著書に、『困った隣人:メキシコの麻薬に関する暴力はアメリカに脅威を与えている』がある。『ナショナル・インタレスト』誌の客員編集者。
(おわり)