「0016」 翻訳 「失敗することがリアリズムではない」−ネオコン、介入主義者の身勝手な論理の紹介 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳 2009年3月31

 

 「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦です。本日は「アメリカ軍は、アフガニスタンから撤退すべきではない」という主張の論文をご紹介したいと思います。

 この論文の著者、マスード・アジズ(Masood Aziz)は、元外交官だそうです。名前からして、アラブ系の人物であると推測されます。彼は米国務省内で、中央アジアや中東を担当した職業外交官であると思われます。彼の主張は、一見すると、素晴らしいもののように思われます。しかし、彼の論文をよく読んでみると、大変身勝手な主張がなされていることが分かります。

マスムード・アジズ

 アジズは、最近、アメリカの外交分野で勢力を回復してきた、リアリストたち(Realists)の主張である、「アフガニスタンから手を引こう」という主張に反対しています。アジズによれば、アフガニスタンに対し、アメリカは、充分な支援を行っておらず、また、少ない支援も、非効率で、効果をあげていない、と述べています。「アフガニスタンの人々は自由を求めていて、タリバンを追い落とした。そのためにアメリカ軍を歓迎した」と、アジズは述べています。そして、「アメリカはアフガニスタンを見捨てない」というメッセージを表明すべきだとしています。

 こうした主張こそ、ブッシュ政権下で、外交政策を主導した、ネオコン派(Neoconservatives)、介入主義者(interventionists)の典型的な主張なのです。「善意のアメリカが抑圧された人々の救いを求める声に応える」という、十字軍気取り、これが、アメリカの外交政策の表看板でした。しかし、実際のところ、このはた迷惑な表看板のせいで、イラク戦争は大失敗に終わりました。

 そうした失敗を踏まえて、リアリストたちは、アフガニスタンでは同じことにならないうちに撤退すべきだと主張しています。しかし、ネオコン派、介入主義者たちは全く懲りていないようです。オバマ政権下でのアフガニスタンへの米軍増派は、ブッシュ政権下のイラク戦争と同様、失敗に終わることでしょう。

 また、ネオコン派、介入主義者の(彼らの基準で)人道的な主張の裏に、「世界にアメリカの価値観を広めたい」というものがあり、そのために、「遅れた」国々にはソーシャル・エンジニアリング(social engineering、社会的外科手術)を強制し、現地の人々を変形させるべきだ、という恐ろしい考えがあります。

※社会工学については拙稿をお読みください。

 このような猫なで声で近づいて、ある国を変形させてしまう。これがアメリカ外交であると言えます。それを担ってきた元外交官の論文をお読みください。

 

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失敗することがリアリズムではない
Failure Is Not Realism

アフガニスタンで勝てない言い訳を言い続けるのは止めよう
It’s time to stop making excuses for why Afghanistan can’t be won

マスード・アジズ
Masood Aziz

フォーリン・ポリシー誌
Foreign Policy

March-April 2009

 

 アメリカ政府はアフガニスタンに米軍を増派しようとしている。しかし、その効果がどれほど低いものになるかについて、政治的な議論が始まっている。ヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger)元国務長官は、アメリカ政府は、よその国の国家建設プロジェクトを放棄し、アメリカの安全保障により集中すべきだ、と述べている。もっと悲観的内件を述べる人々もいる。ファリード・ザカーリア(Fareed Zakaria)はカナダのスティーヴン・ハーパー(Stephen Joseph Harper)首相にインタビューをした。そのインタビューの中で、ハーパー首相は、「私たちはアフガニスタンで反米勢力を叩きのめすことはできない。今こそ、アメリカ軍とNATO軍はアフガニスタンから徹底すべきだ」と述べた。

 しかし、こうした、「アフガニスタンで勝利を得られない」と主張する人々は、あることを忘れている。それは、アメリカはアフガニスタンにおいて勝利を得るための努力をしていない、ということだ。第二次世界大戦後、アメリカは様々な国々に復興支援を行った。しかし、アフガニスタンには何もしていないのも同然だった。ボスニアと東ティモールに対し、アメリカは、それぞれの独立戦争や内戦が終結後の2年間、ボスニアには国民1人当たり679ドル、東ティモールには国民一人当たり233ドルの復興支援を行った。

 対照的に、アフガニスタンの内戦終結後、最初の重要な2年間に、アメリカは国民1人当たり57ドルしか援助しなかった。もしこの時に集中して援助していれば事態はもっと変わっていただろう。私たちはそのような好機に再度恵まれることがあるとは思えないが、今のように、私たち自身が、アフガニスタンについての関心を失い、だらだらと人命と資金を無駄にするくらいなら、とにかく前進し、新しい方法を模索したほうが良い。

 アメリカはアフガニスタンにおける新しいアプローチを必要としている。私たちは、税金は賢く、戦略的に使われるべきであることを認識すべきだ。そしてこれから起こるであろう困難を恐れてはならない。アフガニスタンに長期間関与する羽目に陥るのでは、という恐怖感は根拠のないものである。3つの誤った前提は、新しい「リアリストたち」が声高に主張しているものであるが、それらは、結局、何もしないことを主張しているだけのことなのだ。3つの誤った前提について、事実に基づいて、チェックしていこう。

 

前提その1:アフガニスタンでは民主政体は機能しない。だからアメリカは手を引くべきだ。

 この前提は疑わしい。アフガニスタンの人々がどのような自由だったら扱う準備ができているかについての、外国の観察者たちの分析は間違いだらけである。より重要なことは、この主張は、本当の問題から人々の目をそらさせている。アフガニスタンの人々にとってどのような政府形態がもっとも望ましいのかについての議論は、今現在、生産的でもなく、必要なものではない。

 アフガニスタンの同盟諸国は、アフガニスタンがテロリズムから脱却できるように援助することの方が、もっと有益である。治安と平和を取り戻せば、アフガニスタンの人々が、自国の政府形態を決定できる。アフガニスタンの人々は、ジェファソニアン型民主政体(Jeffersonian Democracy)を選ぶかもしれないし、そうしないかもしれない。とにかく、アフガニスタンの不安定性と、政府形態がどうあるべきかの理論的議論の結論が出ていないからといって、アフガニスタンに対して何もしない、という結論を出すのは誤っている。

 

前提その2:アフガニスタン軍自体がアフガニスタンの平和を守り、テロリズムを根絶するようにしなければならない。そうしておいて、アメリカは手を引くべきだ。

 ある人々は、「アメリカはアフガニスタン国軍と警察を訓練し、装備向上への援助を行い、彼らにアフガニスタンの安全保障と治安を守らせる戦略を採るべきだ」と主張している。これによって、アメリカ国民の血税の節約につながる、というのだ。アフガニスタン軍と警察が機能できるようにするには、ある推定では、年間で35億ドル(約3400億円)かかる。しかし、アフガニスタン政府の税収は年間7億ドル(約690億円)しかない。

 となると、アフガニスタンの治安を維持するには、外国からの援助が不可欠なのである。それが長期間にわたるというシナリオは現実的ではない。外国からの援助ではなく、中央アジア地域全体で治安と平和の問題を解決する必要がある。

 

前提その3:アフガニスタンは、様々な帝国の墓場(graves of the empires)である。だからアメリカは手を引くべきだ。

 アフガニスタンについての陳腐な決まり文句は、「アフガニスタンは様々な帝国の墓場である」というものである。これは、アフガニスタンに侵攻したソビエト軍(30年前)とイギリス軍(150年前)それぞれの悲劇的な運命について言及している。アフガニスタンの人々は自国が侵略されるのを看過することはない。彼らは自分の家が爆撃で破壊されることを望むことなどない。世界中の人々がそうであるように。

 「帝国の墓場」という比喩は、次の事実を無視している。それは、戦争と破壊の数十年を過ごした後でも、アフガニスタンの人々は、アメリカ軍などの外国からの軍隊を歓迎し、タリバンを権力の地位から追い落とした。タリバン自体が外国から来た勢力であった。過去の事例の類似性が、アメリカがアフガニスタンから撤退することや、問題を避けて通ることを正当化することの理由にはならない。

 3つの前提について検証すると、批評家たちは、短期間で得られる結果を求めている、ということが分かる。こうした性急な考えは失敗を招く。短期間の関与であると最初から決めることは、アフガニスタンの人々に、長期間に渡ってアフガニスタンを援助しようとはまじめに考えておらず、西側の軍隊はアフガニスタンの人々を再び見捨てる、というメッセージを送ることになる。これは、アフガニスタンの人々の気持ちを掴むという究極的な目的の達成のためには逆効果となる。アフガニスタンの人々の気持ちを掴み、支持を得られれば、反乱を抑えることができる。

 イラクで成功した戦略を採用することを強調する中で、ある人々は、タリバンと交渉をすることを主張する。不幸なことに、タリバン(Taliban)との交渉は、想像よりも、複雑で困難である。第一に、タリバンは、分裂し、まとまっていないので、交渉相手とはならない。タリバンには多くの派閥が存在する。第二に、これは、もっと重要であるが、タリバンとアルカイーダ(Al Quaeda)の合同によって、彼らを区別することはできなくなっている。

 アフガニスタン政府の権威はすでに脆弱で、不安定である。もし、アメリカ政府をはじめとする国際勢力がタリバンと交渉するとなると、アフガニスタン政府の権利はますます弱くなり、正統性をほとんど保てなくなる。タリバンはアフガニスタンの地方の村々に浸透し、人々に支援を強いている。それは、西洋諸国の軍隊とアフガニスタン軍がそうした地域に展開していないからである。弱い立場でタリバンと交渉するのではなく、それらの村々を訪ね、基本的なサービスを提供しながらアメリカ軍とエイドワーカーたちは、アフガニスタンの人々からの信頼を得ることが重要である。

 タリバンと交渉することは、アフガニスタンの安定につながることは疑いのないところである。しかしながら、アメリカがしっかりとしたしえんをしなければ、アフガニスタンのバルカン化が進むだけである。それぞれの氏族の対立が激化し、アフガニスタンの統一性は破壊されてしまう。

 では、アメリカが撤退できず、反乱に対処するという戦術があまり効果をあげていないとすると、アメリカはどのような戦略を採るべきか?まず第一に、言葉ではなく、行動で次のようなメッセージをアフガニスタンの人々に伝えることだ。そのメッセージとは、「アメリカはアフガニスタンの国家再建に支援を惜しまず、それが達成されるまで関与し続ける」というものだ。ここでいう援助とは、永久に終わらない軍事支出と開発援助のための支出を意味しない。

 アフガニスタンが本当に必要としているものを提供することで、これらの支出は、過去8年間の支出に比べ、より戦略的で、効果的なものとなる。アメリカの対外援助の総額は、年間100億ドル(約9800億円)に上る。しかし、その援助の方法が効率的ではなく、その30パーセントしか必要な人々に渡っていない。残りのお金は、下請企業に流れる。また、マネージメントの失敗もあり、汚職に使われるケースもある。軍事支出と国際援助支出の無駄を排除することは、中央アジア地域に安定をもたらす方法である。しかし、それは一朝一夕には達成されない。

 もうひとつの重要な点は、アフガニスタンの安全保障が達成されるには、パキスタンに存在するイスラム過激派の拠点を排除されることが必要なのである。アルカイーダとタリバンが、アフガニスタンの氏族からの支援とパキスタン軍の保護を受ける限り、いかなる軍隊もアフガニスタンの人々の不安から発生する反乱を抑えることはできない。

 西洋諸国は、パキスタンで今起こっている、より安定した国家を樹立するための、世俗政治を求める運動を強く支持すべきだ。西洋諸国はまた、インドとパキスタンがカシミール問題について対話を促進するように援助することが重要だ。これによって、パキスタンの辺境の、氏族が支配している地域をパキスタン政府がきちんと管理できるようになる。それが、地域の政治の安定につながる。

 中央アジア地域の問題に対する長期間にわたる解決策は、世界全体のものとして捉える必要がある。安全保障に対する、増大する負担を削減するために、アメリカはあらゆるチャンネルを使って、様々な脅威に関与し、対処すべきである。インド、イラン、中国、ロシア、そして中央アジア各国にとって、アフガニスタンとパキスタンの暴力を解決することは、それぞれ国益に適うことである。アメリカとヨーロッパは、地域の重要な国々に共通の利益を認識し、それを広めることが必要だ。

 アフガニスタンにおける戦争は、伝統的な定義で行くと、勝利を得ていない。しかも、敗れる可能性が高い。短期間で結果を求めることは敗北へのもっと確実な道筋である。アフガニスタンの人々が安定した社会を築くために手助けをするという長期にわたる目的を達成する方が、アルカイーダを追い掛け回すという短期間の目的を達成することよりもコストが低く済むであろう。人々が必要としているサービスを提供できないような、機能不全の政府の下では、アフガニスタンの人々は安心を得られず、未来に不安を抱えたままとなってしまう。そして、タリバンを嫌々ながら支持するようになってしまうのだ。

 アフガニスタンの人々も、私たちと同じように、自由で安定した、抑圧、衝突、困難がない社会で暮らしたいと願っている。政府機能の強化、警察の訓練、ケシの実を栽培している農民たちに代替作物を提供することへの投資は、本当に必要不可欠なものである。

 「リアリズム」の主張に基づいた外交をしても、アフガニスタンに安定をもたらすことはできない。アフガニスタンの国家制度の再構築に関与することが、アメリカにとって必要なことなのである。

 

マスード・アジズ:元外交官。ワシントン在住。