「0029」 論文 現代欧米の主要高級紙たち 山田宏哉(やまだひろや)筆 2009年4月22日  

 

1.はじめに 「英字新聞を読め」だけでは何を読むべきかわからない

 

 国際問題に興味のある日本人ならば、一度や二度は「英字新聞を読まなければ…」と決意したり、「英字新聞を読んだ方がよい」などとアドバイスを受けた経験があることだろう。

 しかしながら、「英字新聞」というだけでは、色々種類があるので、具体的にどの新聞を読むべきなのか、またその新聞はどのような政治的立場なのか、全くわからない。固有名詞をもとにした、一歩突っ込んだ話はあまり聞かない。

 本稿は、そのような知識こそ必要だと考える、知的水準の高い方々に向けて書かれた。

 結論から言えば、国際問題を考える上での必読紙としては、何を差し置いても「ニューヨーク・タイムズ」紙(The New York Times)を筆頭にあげるべきだ。その論調に賛同する、しないを問わず、である。どうやらこれは、知識層の人間には、ほとんど常識とされることで、単に個人の好みの問題ではない。

 逆に日本人にとっては最もなじみの深いであろう、「ジャパン・タイムズ」(Japan Times)は、残念ながら国際的にはほとんどどうでもいい新聞である。発行部数5万しかない。

 本稿では「新聞はだいたいどれも同じである」とか「英字新聞であれば何を読んでも英語の勉強になるし効果的」といった考え方を取らない。

 また、本稿は、何も英字新聞を読もうと決意した人だけのものではない。日本のマスコミにおいても、「ニューヨーク・タイムズの報道によれば」など欧米の新聞が言及されながら、ニュースを報道する、というパターンが多い。

 この時、言及された新聞の政治的立場などを含めた背景を知っているのと知らないのでは、ニュースそのものの理解にも大きな差が生じる。やはり日本人であっても、欧米主要メディアの大まかな全体像を、国際人の常識として知っておくべきだろう。

 そもそも、欧米では、日本とは違って、いわゆるエリート向けの高級紙(クオリティ・ペーパー、quality paper)と大衆向けの新聞がハッキリと分かれている。言うまでもなく、これは階級社会を反映してのことだ。あえて、内容的な違いを言えば、前者が、国際や政治経済などの公共的な問題を中心に報道するのに対し、後者は、娯楽的・醜聞的な報道に重点をおく。

 なお、関連するテーマとして、アメリカの政治評論誌やシンクタンクの政治的位置付けがあるが、こちらは副島隆彦著『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』の巻末資料が大変優れているのでそちらを参照されたい。

 では、さっそく本論に入ろう。

 

2."別格"の高級紙、「ニューヨーク・タイムズ」

 

(1)保守派の学者も読むNYタイムズ(The New York Times)

 国際問題を考える上で、「ニューヨーク・タイムズ」紙(以下、「NYタイムズ」)は"別格"の高級紙である。

    

ニューヨーク・タイムズ  ニューヨーク・タイムズ社屋

 NYタイムズは「リベラリズムの良心」と言われるだけに、その論調はリベラルとされるが、イデオロギーを理由に、避けて通ることはできない。決して「数ある新聞のうちのひとつ」ではないのだ。

 その証拠に、例えば、経済学者ミルトン・フリードマンや国際政治学者ハンス・モーゲンソーは、決してリベラル派ではないが、NYタイムズを読んでいる。故片岡鉄哉氏は、『中央公論』1982年7月号に掲載された論文「ニューヨーク・タイムズの日本」 で、シカゴ大学への留学時代に、モーゲンソーやフリードマンが、タイムズの日曜版を買うために書店に並んでいるのを目撃したと記している。

 さらに、片岡鉄哉氏自身も、NYタイムズを読まずして、アメリカで学者にはなれないと痛感し、以来ずっと読んでいるという。なお、この論文が書かれたのは、すでに20年以上前のことだが、片岡氏が「VOICE」や「正論」に寄稿している論文においても、NYタイムズが言及されることは極めて多い。余談だが、「核武装論者」として知られた、片岡氏の父親が朝日新聞の記者であったことはあまり知られていない。

 

片岡鉄哉

 また、NYタイムズの方でも、リベラル派だからといって、根拠(証拠)のない、いい加減なプロパガンダを流すことは、ほとんどない。

 『中央公論』1982年7月号に掲載された、 片岡 鉄哉の論文「ニューヨーク・タイムズの日本」から引用する。

(引用はじめ)

 私とニューヨーク・タイムズとのつきあいは、シカゴ大学の大学院に留学してからのことで、四半世紀近くなる。この間タイムス(正確にはザ・タイムスであり、定冠詞を外してタイムというと別の出版社の週刊誌のことになる[原文])が手に入らないような国に旅行した時を除いて、この新聞を読まない日はほとんどなかったから、ずい分長いつきあいである。

 シカゴ大学では、誰にもタイムスを読めといわれた覚えはない。しかし、これを読まないと、少なくともアメリカでは学者になれないんだということを、到着早々身をもって知らされた。

(中略)

 下宿の同僚にくっついて出かけて行った私をいささか驚かせたのは、そこ[片岡氏が下宿していたアパートの近くの書店。タイムズの日曜版を買う客が集まってくるという―筆者注]に並んで立っている人たちの顔ぶれだった。同僚が、あれが学長だよと教えてくれる。国際政治学の教授をしていたハンス・モーゲンソーがガーディアンを着て立っている。

 日によっては、経済学者のミルトン・フリードマンが、奥さんであろう、可愛らしげなおばちゃんに腕を貸して立ち話をしていることもある。ソール・ベローという作家の端正な顔が見られる日もある。フリードマンとベローは後にノーベル賞をもらっている。

 この顔ぶれを見ただけで、ポッと出の私も彼らの読む新聞に興味を持つのは無理からぬことだった。(189ー190ページ)

(引用終わり)

 山田宏哉です。

 著書に『ニューヨーク・タイムズ物語』(中公新書 1999年)のある三輪裕範氏もまた、同書の中でサウス・カロライナ大学に留学中に担当教授から、「国際関係論を学ぶのであれば、必ず毎日ニューヨーク・タイムズを読むように」(262ページ)というアドバイスを受けたというエピソードを記している。

 一般的な「新聞を読まなければならない」という話ではないことに注意されたい。名指しで「ニューヨーク・タイムズを読まなければならない」という話なのである。繰り返すが、NYタイムズは別格扱いなのである。

 片岡氏自身、NYタイムズを非常に高く評価しており、「私はジャーナル[経済紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙のこと―山田注]のコラムを時折書くので、ひいきにしたいところだが、どれかひとつ選べと言われたらタイムズにせざるを得ない。」(前掲論文)とまで評している。

 

(2)波乱のNYタイムズ史

 NYタイムズは、1851年、「ニューヨーク・トリビューン」紙の記者だったヘンリー・レイモンド(Henry J. Raymond)と銀行家ジョージ・ジョーンズ(George Jones)が計画し、創刊している。

 もっとも、現在のNYタイムズの直接的な始まりは、アドルフ・オックス(Adolph S. Ochs、生年:1858-1935年)が、経営権・編集権を握ったときからだとされている。アドルフは、NYタイムズの他に「フィラデルフィア・タイムズ」紙(Philadelphia Times)なども支配下に置いていた。

アドルフ・オックス

 NYタイムズが世界的な高級紙に成長したのは、アドルフの時代である。20世紀初頭は、ウィリアム・ハースト(William Rand Hearst、生年:1863-1951年)やジョセフ・ピュリッツァー(Joseph Pulitzer、生年:1847-1911年)に代表される扇動的な「イエロー・ジャーナリズム(Yellow Journalism)」の時代だった。

     

ウィリアム・ハースト  ジョセフ・ピュリッツァー

 そのような中、オックスは、あえて無党派(nonpartisan)として冷静な報道を貫いた。「印刷に値するすべてのニュース」(All the news that's fit to print)というNYタイムズの有名なスローガンもこの時から始まったようだ。

 また、オックスは、1900年から1935年に亡くなるまで、「AP通信」(後述)の重役でもあり、執行委員会(executive committee)のメンバーだった。

 NYタイムズが深くかかわった重大事件としてペンタゴン・ペーパーズ暴露事件(Leak of Pentagon Papers)が挙げられる。これは1971年に、ケネディ政権にも参画したダニエル・エルズバーグ(Daniel Ellsberg)が、反戦運動に役立てようと、国防総省(ペンタゴン)の機密文書をNYタイムズやワシントン・ポストに持ち込んだ事件だ。この機密文書の内容は、ベトナム戦争の立案者たちが失敗を認めた、というようなものだった。

ダニエル・エルズバーグ

 NYタイムズは考えた末、これを公開する。ワシントン・ポストも遅れてこれに追従した。ニクソン政権は記事の差し止めを求めて告訴を起こしたが敗訴。

 ダニエル・エルズバーグの思惑通り、ベトナム反戦運動は強まることになった。

 一般的にはNYタイムズはこのように理解されているが、前出の片岡鉄哉氏は、前掲論文において、1960年代までは、NYタイムズは政府と「癒着」していたと指摘する。片岡 鉄哉の論文「ニューヨーク・タイムズの日本」から引用する。

(引用はじめ)

 タイムスの重役や編集主幹たちは、ホワイトハウスの重役たちとしょっちゅう食事をとったり電話で接触している。

 政治家の方も世論操作のためにタイムスにつけいろうとする。

(中略)

 タイムスはエスタブリッシュメントの一部であり、それを自負してもいる。政府とはつかず離れずだが、1960年代までは、どちらかというと政府と「癒着」していたと言わざるを得ない。(196ページ)

(引用終わり)

 山田宏哉です。

 何気なく書かれているが、非常に重要な指摘である。 

 メディアと時の権力の距離の取り方はいつの時代のどのメディアにも重くのしかかるテーマだが、NYタイムズにしても、この問題から逃れることはできなかった、ということだろう。

 また、イラク戦争をめぐる記事捏造事件で信用を傷つけたりもしている。しかし、それでもNYタイムズは特別な新聞である。

 

(3)NYタイムズとユダヤ人問題

 ところで前出のアドルフ・オックスはユダヤ人だった。そして、彼の子孫たちがNYタイムズの経営を握っていくことになる。NYタイムズにとって、ユダヤ人問題は、神経質にならざるを得ない問題である。「ユダヤ人によるユダヤ人のための新聞」というレッテルをアメリカ国民から貼られてしまっては、経済的な損失は免れないからである。

 三輪裕範『ニューヨーク・タイムズ物語』では、第4章(「ニューヨーク・タイムズとユダヤ性」)で、この問題を大きく取り上げている。本書によれば、NYタイムズは、ユダヤ性を払拭すべく、さまざまな努力を重ねてきた。

 それは、例えば、ユダヤ人記者の入社制限やユダヤ人記者に署名記事は書かせない、イスラエルの味方をしている、と誤解を受けそうな報道も慎む。などといった具合の「努力」としてあらわれた。

 かえって「反ユダヤ的」ではないかと思われるもので、ユダヤ人のNYタイムズに対する評価はかなり悪かったそれでも、最近は過度の非ユダヤ性を脱却しつつあるようである。

 

(4)異色の保守論客、ウィリアム・サイファー

 現在NYタイムズの特筆すべき看板コラムニスト(オプ・エド欄に寄稿している。このコラム欄は、読者が最も熱心に読むとされている。私自身もそうである)としてウィリアム・サイファー(William Safire)がいる。他に有名どころでは、リベラル派経済学者のポール・グルーグマン(Paul Krugman)もNYタイムズのコラムを書いている。リベラルとされるNYタイムズの中でサイファーは保守派である。本人はリバータリアン(Libertarian)を自称している。サイファーは今やアメリカを代表するジャーナリスト、コラムニストである。

 もともと、ウィリアム・サイファーはニクソン政権のスピーチ・ライターだったが、ウォーターゲート事件がもとで、サイファーはニクソンのもとを去る。その彼をNYタイムズが雇うようになった経緯を、『ニューヨーク・タイムズ物語』から引用しよう。簡単に言えば彼は「バランサー」としての役割を担っていた。

(引用はじめ)

 そのため、社主のアーサー・サルツバーガーは、リベラル化・左傾化し過ぎたニューヨーク・タイムズの論調を、よりバランスのとれたものにする必要があると考え、厳しい批判の対象となっていたオプ・エド欄に、保守派のコラムニストを採用することを決断したのであった。そして、その結果として採用されたのが、ニクソン政権から離れて間もないサイファーだったのである。(58ページ)

(引用終わり)

 

3.アメリカの主要高級紙たち

 ここからは、NYタイムズ以外のアメリカの高級紙の全体像について触れていこう。

 アメリカで発行部数の多い新聞としては、NYタイムズ紙、ウォール・ストリート・ジャーナル紙(Wall Street Journal)、USAトゥデイ紙(USA Today)の3紙が挙げられる。また、世界中で読まれている、と言えるのも主としてこの3紙である。

 この他のアメリカの代表的な新聞としては「ロサンゼルス・タイムズ」紙(Los Angeles Times)、「シカゴ・トリビューン」紙(Chicago Tribune) 「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙(The Christian Science Monitor)などが挙げられる。

 

(1)発行部数首位から転落した「ウォール・ストリート・ジャーナル」

 経済紙として世界的に有名な、「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙は、経済情報の提供会社であるダウ・ジョーンズ社(Dow Jones and Company、1882年設立)が発行している。ニューズレターをウォール街の投資家たちに配達したのが起源で、1889年にはすでに新聞としての第一号が発行された。

        

ウォール・ストリート・ジャーナル ウォール・ストリート・ジャーナル社屋

 当初は、経済に限定した経済紙だったが、第2次大戦の頃から政治や娯楽情報など担当分野を広げた。1976年からは、香港で『アジア・ウォール・ストリート・ジャーナル』も発行している。

 WSJは、1999年まではアメリカの新聞の中で発行部数がトップだった。しかし、1999年以来その首位の座を「USAトゥデー」紙に譲っており、その差は年々開いている。

 「USAトゥデー」紙はアメリカ最大の新聞チェーン、ガネット社から1982年創刊された、比較的新しい新聞である。

  

USAトゥデー     ガネット社社屋

 もっとも、WSJ自体の発行部数は、微増しているのだが、「USAトゥデー」の伸びの方が大きかった。日本の「産経新聞」はこのUSAトゥデーと提携している。

 

(2)NYタイムズに「完敗」したワシントン・ポスト

 「ワシントン・ポスト」紙(Washington Post)は、1877年、スティルソン・ハッチンズ(Stilson Hutchins、生年: 1838‐1912年) が、民主党系の朝刊紙として創刊したリベラル派の新聞である。1961年 には、雑誌「ニューズウィーク」誌(Newsweek)を傘下に収めるまでになった。この頃から、“権威ある新聞”と見なされるようになったようだ。また、ウォーターゲート事件では、ニクソン失脚の謀略に加担した。

    

ワシントン・ポスト   ワシントン・ポスト社屋

 なお、ここでは詳しく述べられないが、ウォーターゲート事件を「権力に屈せず、大統領の悪行を暴き立てた、マスコミ史上に残る輝かしい業績」と理解するのは間違っている。ウォーターゲート事件は権力闘争のための手段だった。そして、ニクソンは当時の政財界主流派から捨てられたのだ。キャサリン・グラハム(Katharine Meyer Graham)女史以下、カール・バーンスタイン(Carl Berstein)/ボブ・ウッドウォード(Bob Woodward)両記者らはそのお先棒を担いだに過ぎない、というのが真実である。

     

K・グラハム    バーンスタイン   ウッドウォード

 なお、NYタイムズのライバルとしてワシントン・ポストがよく言われるが、ポストはNYタイムズより明らかに格下の立場にある。昨年、NYタイムズは、ポストからこれまで共同経営してきた「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン(International Herald Tribune)」の所有権を買い取り、ヘラルド・トリビューンの唯一の所有者になった。これで両者の間に完全に決着が着いた、というべきだろう。

 

(3)共和党系の「ロサンゼルス・タイムズ」「シカゴ・トリビューン」

 共和党系の新聞の代表としては、「ロサンゼルス・タイムズ」紙や、「シカゴ・トリビューン」紙などが挙げられる。

 「ロサンゼルス・タイムズ」は、1881年創刊。アメリカを代表する共和党系の保守派の新聞である。記事内容が偏っている、という評価を得ていたが、オーティス・チャンドラー(Otis Chandler)が33歳の若さで発行責任者となって以来(1960年)、さまざまな改革を行い、高い評価を得るようになった。

         

ロサンゼルス・タイムズ  LAタイムズ社屋   チャンドラー

 「シカゴ・トリビューン」は、アメリカ中西部を代表する保守派の新聞と言える。1847年、ジョン・L・スクリップス(John L. Scripps)らが創刊し、共和党の創立を支援したり、ローズベルトのニューディール(New Deal)政策を攻撃したりしてきた。アイソレーショニズム(Isolationism)を支持。そのせいか、1948年の大統領選挙に際しては「デューイ、トルーマンを破る」という誤報をしでかした。

     

シカゴ・トリビューン    シカゴ・トリビューン社屋

 

(4)宗教系の「クリスチャン・サイエンス・モニター」など

 加えて、異色の宗教系の新聞として、「クリスチャン・サイエンス・モニター」を挙げるべきだろう。アメリカの代表的な日刊紙である。1908年、クリスチャン・サイエンスという奇妙な宗教団体の創始者、マリー・エディ夫人(Mary Baker Eddy、生年:1821―1910年)が創刊した。

     

マリー・エディ夫人  クリスチャン・サイエンス・モニター

クリスチャン・サイエンス・モニター社屋 

 なお、このクリスチャン・サイエンスという宗教の教えの核心とは、小学館の日本大百科全書から引用すると、「神は唯一の生命であり、真理であり、善であり、真の実在であり、またそれに対し、罪、病気、死など一切の悪は幻影に過ぎず、信仰によってこの真理を悟るとき、一切の悪は消滅する」ということらしい。

 もっとも、クリスチャン・サイエンス・モニターは毎日の紙面に宗教欄が載ったり(これは故エディの要請だという)、薬・酒・タバコ広告を扱わないと言ったこと以外には、宗教色はなく、むしろその報道や分析力は高く評価されているらしい。確かに公式サイトでも「宗教的な刊行物(religious periodical)ではない」と言っている。

 また、統一教会系の新聞としては、アメリカの、「ワシントン・タイムズ(Washington Times)」、アジアでは「世界日報」が挙げられる。これらの新聞は、いまだに共産主義(共産党)を目の敵にしているのが大きな特徴である。

 

(5)新語を「捏造」しても許される「タイム」

 新聞ではないが、日本人が最もよく知っているであろうニュース週刊誌「タイム」と「ニューズウィーク」についても触れておこう。

    

タイム      ニューズウィーク

 まず、タイムの方は1923年、ヘンリー・R・ルース(Henry Luce)とブリトン・ハッデン(Briton Hadden)の2人によって創刊された。現在では、名実ともにNO.1のニュース雑誌ということになっている。タイムは新語を勝手に「捏造」しても許される。辞典の方が、その語を掲載してくれる。例えばSecond World War(第二次世界大戦)はタイムの造語である。

    

ヘンリー・ルース   ブリトン・ハッデン

 タイムは今でこそ、政治的偏りはあまりないとされているが、ルースが編集者だった頃は、プロテスタントで共和党支持者という彼個人の思想が記事に反映した。また、記事に執筆者の署名が入るようになったのは、1971年以降と意外と新しい。

 これに対し、ニューズウィークは1933年の創刊以来、常にタイムに遅れを取ってきた。おそらくその差は今も変わらない。

 ただし、1960年に、ワシントン・ポストに買収され、オズボーン・エリオットが編集長になると、ニューズウィークも巻き返しをはかる。タイムより早く著名入り記事を掲載したり、ビートルズをカバー・ストーリーに掲載したりと、確かにピンポイントではニューズウィークはタイムに勝っている。

 

4.現代ヨーロッパの主要高級紙たち

 イギリスの高級紙としては「タイムズ」紙、「ガーディアン」紙、「フィナンシャル・タイムズ」紙、「インディペンデント」紙などがあげられる。イギリスでは、大衆紙では、サン紙、ミラー紙、そして、デーリーメール紙と3つもある。

 

(1)マードック傘下に入った「タイムズ」

 「タイムズ」(The Times)は、かつては、石炭商人だったジョン・ウォルター(John Walter)によって創刊。1785 年創刊と抜群に古い。もっとも、初期の頃は、政府の助成金をあてにするような情けない新聞だった。伝統的に中産階級の利益を代弁しているので、保守派と言える。1960年代後半から「大衆化」を推し進め、伝統的な読者を失ってしまった。

タイムズ

 なお、「タイムズ」と言うと、「NYタイムズ」の略称でもあるので、「ロンドン・タイムズ」と言ったりもする。1981年2月には現在のニューズ・コーポレーション(News Corporation)率いる、メディア王ルパート・マードック(Rupert Murdoch)に買収された。

ルパート・マードック

 また、マードックの傘下にある主要な新聞として、イギリスで最大の発行部数を誇る大衆紙「サン」紙(The Sun)やアメリカのニューヨーク・ポスト紙(The New York Post)がある。これらの新聞記事は当然、マードックの意向に沿うものでなければならない。と言っても、マードック傘下の新聞は、高級紙も低俗紙もごちゃ混ぜになっているのが面白い。もっとも、最近のニューズ・コーポレーション(マードック)は、テレビやITの方に力を入れている。

 

(2)伝統的なリベラル左派「ガーディアン」

 「ガーディアン」(The Gurdian)は,1821年 、綿糸製造・販売業者であったジョン・テーラー(John E. Taylor、生年:1791‐1844年)が創刊。「タイムズ」と並ぶ、イギリスの代表的な高級紙である。高校世界史の教科書に必ず出てくるイギリスの選挙法改正運動に一役買った。創刊者のテーラー自身、19世紀前半の選挙法改正運動に参加している。

ガーディアン

 比較的最近では、保守党のサッチャー政権に対する批判など、伝統的に左派(労働党支持)である、と言える。よく言われる「新聞は社会の公器であるから、記者は公務員のように社会に奉仕しなければならない」という価値観ももとをたどると、どうやらガーディアンに行き着く。

 経済学者のケインズもガーディアンに多くの論文を寄稿した。1993年には高級日曜紙「オブザーバー」紙を買収している。

 1980年代のピーク時には、50万部を超えていたが、以後ズルズルと部数を落としてきている。もっとも、部数を落としているのは、イギリスの新聞業界全体の傾向で特にガーディアンに限った話ではない。

 

(3)日経新聞が敬意を払う「フィナンシャル・タイムズ」

 「フィナンシャル・タイムズ」(Financial Times)は、1888年に創刊。英国で最も権威のある経済紙である。イングランド銀行やロスチャイルド銀行などがひしめく、世界的な金融の中心地、ロンドンのロンバード街(Lombard Street、通称「シティ(City)」)のニュース報道をしてきた。

フィナンシャル・タイムズ

 もっとも、1950年代からは、国内のことだけでなく、世界情勢をも伝えるようになってきた。第二次世界大戦と前後して、世界金融の中心地がロンバード街からウォール街に移ったという事情を、反映してのことでもあろう。日本の「日本経済新聞」は、本紙に大きな影響を受け、敬意を払っている。

 「デーリー・テレグラフ」(Daily Telegraph、1855年創刊)は、イギリスの高級紙としては、最多発行部数を誇る。アメリカ式の編集(例えば大見出しの使用)をして成功した。

デーリー・テレグラフ

 

(4)反体制「ル・モンド」(仏)と保守派「フィガロ」(仏)

 フランスの「ル・モンド」紙(Le Monde)は、1944年創刊。フランスを代表する高級紙である。レジスタンス運動に参加した法学者ユベール・ブーブメリによって創刊された。「あらゆる権力からの独立」をうたっている以上、反体制的な色彩が強い。

  

ル・モンド

 

 もうひとつ、フランスを代表する高級紙として、保守派の「フィガロ」紙(Le Figaro)が挙げられる。ビルメサン(H.C. deVillemessant、生年:1812‐79年)が1854年に創刊(厳密には「復刊」)。エミール・ゾラなど、今となっては、「歴史的人物」を起用し、ドレフュス事件では、ドレフュス擁護の論陣を張った。

フィガロ

 なお、ゾラが「私は告発する」という有名な大統領向けの公開書簡を掲載したのは、フィガロではなく、「オロール」紙である。

 この他にも世界的な高級紙として、スイスのノイエ・チュリヒャー・ツァイトゥング(1780年創刊。センセーショナリズムを排し、〈アンチ・ジャーナリズムとしてのジャーナリズム〉と言われる)やドイツのフランクフルター・アルゲマイネ(1949年創刊。中道保守)などまだまだあるが、これらの詳細については、また別の機会に譲りたい。

 

5.あとがきにかえて

 本来ならば、大衆紙や日本を含めた非西洋の新聞をも取り上げるべきだったが、私の能力的な未熟さゆえに、社会的影響力も考慮し、まずは欧米の高級紙の全体像をまとめることにした。さらに、「欧米」とは言ったものの、アメリカ(とイギリス)の高級紙に偏重した内容になってしまった。NYタイムズに対する破格の扱いにも、賛否両論があろう。恐縮することしきりである。

 ただし、本稿は私自身が読者として求めていた文章そのものである。日本で 出版されている、「英語勉強本」は人文系学部卒の人が執筆しているせいであろう、極度に非政治的である。また、「メディア論」系統の学術書となると、その多くは固有名詞を排除した抽象論に終始していて、実用書としてはほとんど役に立たない。

 そのため、本稿は、世界の主要新聞(社)を政治的立場と歴史的背景から改めて把握し直したい、という意欲を持つ、非常に知的水準の高い読者諸兄を念頭に置いて書いた。

 私はこのところずっと、自分自身の必要にも迫られて、副島隆彦先生の『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』の巻末資料の「新聞版」のようなものを書きたいと考えていた。もちろん、副島先生の研究成果には遠く及ばないが、少しでも読者の知的欲求に応えることができたならば、筆者としてこれ以上の喜びはない。

 なお、本文中に明記した参考文献以外では、関連する専門の年鑑、各種百科全書や年鑑、各新聞社の公式サイトなどを参照させていただいた。改めて御礼申し上げる。

(2003年7月8日 山田宏哉記、おわり)