「0036」 翻訳 イスラエル・ロビーについての記事の翻訳 2009年6月8日 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳

 「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦です。本日は、オバマ大統領のカイロ演説に関し、イスラエル・ロビーの影響力の低下について、『イスラエル・ロビー』(副島隆彦訳、本サイトの管理人古村と論文を掲載している高野氏が下訳で参加しました)の著者の一人である。スティーヴン・ウォルトが書いた記事を翻訳して掲載します。ウォルトはイスラエル・ロビーの影響力の変質があり、自分たちの本が人々の認識を変化させた、と主張しています。しかし、今回の記事は歯切れの良い内容ではありません。それは、ウォルト自身が、イスラエル・ロビーが弱体化しているかどうかをはっきりと認識していないからだと思います。それでは記事をお読みください。

    

スティーヴン・ウォルト 『イスラエル・ロビーI・II』

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イスラエル・ロビーは弱体化しているのか?

フォーリン・ポリシー誌

2009年6月3日

スティーヴン・ウォルト

 最近、次のような質問されることがよくある。「オバマ政権はイスラエルの入植地(settlements)拡大に強硬な姿勢で反対している。また、オバマは、パレスチナ国家樹立も強く支持している。これらの事実を考えると、ミアシャイマー(John J. Mearsheimer)教授とあなたが著書『イスラエル・ロビー』の中で書いた、“イスラエル・ロビー(The Israel Lobby)”の政治的影響力が大変に大きい、という主張は間違っているのではないか?」数人の批評家たちがメディア上で、似たような批判を私たちにしている。これは驚くには値しない。オバマ政権の対イスラエル政策は、私たちが著書の中で主張したことそのままであり、私たちが本を書いた狙いは、アメリカの中東政策を変えることにあったので、目的は達成されたと言えるだろう。

ミアシャイマー(右)とウォルト

 ここで、ミアシャイマー教授と私の著書『イスラエル・ロビー』の内容を要約してみたい。私たちは次のように主張した。最近二、三十年間のアメリカの中東政策は「イスラエル・ロビー」と私たちが名づけた、個人と団体の緩やかな連合体の影響を強く受けてきた。イスラエル・ロビーは、アメリカの中東政策を「コントロール」してはこなかったが、大きな影響を与えてきた。緩やかな連合体(loose coalition)「イスラエル・ロビー」を形成する諸団体は、全ての点で一致して行動しているわけではない。それらの団体は、パレスチナ国家樹立について、全く異なる意見を持っている。しかし、イスラエル・ロビーは、全体としてアメリカとイスラエルが「特別な関係」を維持し、促進することを求めている。それはつまり、アメリカがイスラエルに対して、無条件の支援を与える、ということだ。ミアシャイマー教授と私は、「イスラエル・ロビーの存在がなかったら、アメリカの中東政策は、今とはだいぶ違った内容のものになったに違いない」と主張する。

 アメリカに存在する無数の利益団体(interest groups)と同じで、イスラエル・ロビーは、アメリカの政治システムの中で、合法的な活動を行っている。イスラエル・ロビーは、イスラエルに対するアメリカの世論をイスラエル寄りにすることに成功し、アメリカ国民の多くがアメリカとイスラエルの特別な関係を強化すべきだと考えるようになっている。その結果、アメリカ国内で、イスラエルやイスラエル・ロビーに関するテーマはタブーとなってしまった。アメリカで政治家になりたい人や、外交政策に関与したいと考えている人は、イスラエルやイスラエル・ロビーについて発言することができないほどになってしまった。

 最終的には、こうした状況は、アメリカの国益も、そして、イスラエルの国益も損なわせてしまう、と私たちは考えている。そして、アメリカ、イスラエル二国間関係をもっと普通の内容にすることが両国にとって良いことだ、とミアシャイマーと私は主張する。その手始めに、アメリカ国内で、イスラエルやイスラエル・ロビーについて公開の議論を進めるべきだと私たちは考える。それによって、アメリカの対中東政策が見直され、親イスラエル派の諸団体の中で、より穏健で、思慮深い団体が影響力を持つことができるのだ。それによって、強硬派の団体も自分たちの主張を考え直せる。簡単に言うと、私たちは、強力な親イスラエル・ロビーの存在を懸念しているのではない。私たちが心配しているのは、イスラエル・ロビーという緩やかな連合体の中でもっとも影響力を持つ団体が、アメリカとイスラエル両方の国益を損なう政策を実行するように主張していることなのである。

 イスラエル・ロビーの活動と影響力は、2008年のアメリカ大統領選挙でも見られた。大統領選挙中とそれ以降のオバマの様子を見ていく。オバマは、その他の候補者たちと同じようにイスラエル・ロビーに取り入った。また、チャールズ・フリーマン(Charles Freeman)を巡る争い(訳者註:フリーマンがオバマ政権の国家情報委員会議長に指名された時、親アラブだとして、イスラエル・ロビーが反対運動を繰り広げた。フリーマンは指名を辞退した)が発生したとき、オバマは沈黙を守った。しかし、オバマは大統領就任後、彼は、親イスラエルとは言えない姿勢をとるようになった。オバマは、中立派のジョージ・ミッチェル(George Mitchell)を中東問題担当特使に任命した。米国イスラエル広報委員会(AIPAC、American Israel Public Affairs Committee)の総会が開催されている間、イスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ(Benjamin Netanyahu)首相は訪米を予定していたが、オバマ大統領は日程が合わず、会談はできないと通告した。その結果、ネタニヤフ首相はAIPAC年次総会への出席を断念し、訪米を遅らせることになった。オバマは、大統領就任後、イスラエルより先に、イスラム教国であるトルコを訪問し、そこで演説を行った。オバマは、エジプトのカイロでイスラム世界全体に対するメッセージを発表する予定でもある。カイロ訪問の前には、サウジアラビアを訪問する予定であるが、今回の歴訪で、イスラエルを訪問する予定は組まれていない。

    

フリーマン    ミッチェル     ネタニヤフ

 また、注目すべきは、オバマ大統領と政権の高官たちがそろって、パレスチナ国家樹立を支持し、イスラエルの入植地拡大に明確に反対していることである。彼らは、「イスラエルの入植地が自然に増えてしまうという見え透いた言い訳をするのも許さない」としている。彼らはこうした主張を繰り返している。親イスラエルのはずの、ヒラリー・クリントン(Hilary Clinton)国務長官も、ラーム・エマニュエル大統領首席補佐官(White House Chief of Staff Rahm Emanuel )も例外ではない。

     

ヒラリー・クリントン  ラーム・エマニュエル

 パレスチナ国家樹立への支持とイスラエルの拡大政策への不支持は、ドイツのフランク・ウォルター・スタイメアー(Frank-Walter Steinmeier)外相も表明している。オバマ政権は、中東問題に関し、ヨーロッパ各国の支持を受けている、と言える。ミッチェル特使も、オバマ政権の立場を支持しており、最近では、イスラエルのエフード・バラク国防相に、パレスチナ国家樹立への支持とイスラエルの拡大政策への不支持を表明した。こうしたオバマ政権の姿勢を、イスラエルの指導者たちは大変不快に思っていることは疑う余地がない。オバマ自身はイスラエルとの関係について次のように述べている。「自分がある人にとっての良い友人となるためには、その人に率直に、そして正直に接することが肝要だ」と。この発言から、オバマは、イスラエルに対する無条件の支持は危険だと考えている、と推測することができる。

 これらの事実から、イスラエル・ロビーが力を失っていると言うことができるだろうか?そして、私たちの本の内容が間違っていると言えるだろうか?そんなことはない。

 最初に、オバマ大統領は発言と行動の内容が全く異なっている。私は上げ足を取ってそう言っているのではない。オバマ大統領と側近たちは、これまでの政権に比べ、強い言葉を使っており、イスラエルの抗議に対しても何の言い訳もしていない。オバマ大統領ははっきりした言葉を使ってイスラエルについて語っている。それはもう撤回したらなかったことになる、そんなものではない。また、オバマ大統領は、ブッシュ前政権の対イスラエル政策とは全く異なった政策を実行しようとしている。ブッシュ前政権の対イスラエル政策は間違った内容のものであった。オバマ政権はそれとは全く異なるアプローチを取ろうとしている。しかし、オバマは就任以来、口では強いことを言っているが、イスラエルに対して圧力をかけることはしていない。イスラエルがアメリカの希望に沿わないことをすれば、年間3億ドルにものぼる対イスラエル支援を減額することができるのに、オバマはそれをしていない。問題は、イスラエルが入植地の拡大を自ら止める意向があるのかないのか分からないということだ。それはつまり、パレスチナ国家が実際に樹立できるのかどうか分からないということだ。

 ミアシャイマーと私は、『イスラエル・ロビー』の中で、イスラエル・ロビーの影響力はアメリカ連邦議会(上院と下院)で強く、大統領やその側近にはそれほどの影響を与えていない、と書いた。ジミー・カーター(Jimmy Carter)とジョージ・H・W・ブッシュ(George H.W.Bush、父ブッシュ)は、大統領在任時、イスラエルに対して、ほんの少し圧力をかけた。歴代大統領の業績を見ていくと、イスラエルに対して圧力をかける行為それ自体はかなり珍しいことである。一方、連邦議会の状況は全く変わらない。AIPACは、上院議員76名分、下院議員329人分の署名を掲載した書簡をオバマ大統領に送付した。その中身は、オバマ政権の中東政策は、イスラエルとの協力関係を軸にして行うように求めるものであった。そして、パレスチナ人の置かれている状況を改善するための提案もなされていた。連邦議員たちの中のイスラエル支持派がもっと直接的な方法で、AIPACのために動員されている兆候も見られる。

 しかしながら、同時に、連邦議会内でのAIPACの影響力が弱まっていることを示す兆候もある。リチャード・シルバースタインは次の点を重要だと指摘している。民主党の中でも急進的な二人の国会議員がAIPACからオバマ大統領に送付された書簡に署名しなかった。その二人とは、マサチューセッツ州選出のバーニー・フランク(Barney Frank)下院議員と、カリフォルニア州選出のロバート・フィルナー(Robert Filner )下院議員である。また、ネタニヤフ首相とアメリカの国会議員が会談を持った際に、イスラエルの入植地政策に関して鋭い意見の応酬があった。その中には連邦上院外交委員会委員長を務めるジョン・ケリー(John Kerry)上院議員も含まれていた。AIPACがオバマ大統領に送り付けた二通の書簡に名前を載せた政治家たちは名前を貸しただけであろう。AIPACの書簡が以前には持っていた大きな影響力はもうなくなったようである。従って、国会議員たちは、オバマ政権の対イスラエル政策を、これまでと大きく逸脱しないようにしたいとは思っているが、オバマ政権の姿勢を大きく変えたいとは思っていない。

 ミアシャイマーと私は、一貫して、「イスラエル・ロビーがアメリカ政治において大きな影響力を持つ」と主張してきた。私たちの主張は誤っていることになるだろうか?

 第一に、私たちが『イスラエル・ロビー』を書いたのは、イスラエルについての公開された議論を促進することであった。私たちは本の中で、イスラエル建国から本の出版された2007年までの状況を書いてきた。ミアシャイマーと私は次のように確信している。イスラエルのことは話題にしないというタブーが打ち破られ、もっと公の場で議論がなされるようになれば、より多くのアメリカ人が「現状維持派のイスラエル・ロビーの諸グループが主張している政策はアメリカの国益にも、イスラエルの国益にも適わない」ということに気づくようになる、と。現状維持派には、AIPAC,クリスチャン・ザイオニスツ(Christian Zionists)、ネオコン(Neoconservatives)、米国ザイオニスト協会(Zionist Organization of America)が挙げられる。ここ数年、イスラエルについて公の場で議論されることが多くなってきた。これは良い傾向である。ジミー・カーター元大統領は、『パレスチナ:アパルトヘイトではなく平和を』を書いた。インターネットのブログの間でもイスラエルについて議論がなされている。エズラ・クライン、フィル・ワイス、アンドリュー・サリバン、リチャード・シルバースタイン、マット・イグレシアスなどがブログで議論を展開している。また、コラムでも、ロジャー・コーエンなどがイスラエルについて発言している。ジョン・スチュアートは、テレビ番組「デイリー・ショー」の中で、イスラエルについて議論をしている。スチュアートは、ガザについて指摘したり、AIPACについて批判をしたりしている。

 第二に、イスラエルについて公の場で議論がなされるようになったことで、イスラエルを支持するアメリカ人の大部分が、パレスチナ国家樹立がとん挫してしまうと、イスラエルの将来が危険に晒されてしまうと認識するようになった。『イスラエル・ロビー』でも書いたし、ブログでも書いたが、パレスチナ国家が樹立されないとすると、その代りに起こるのは、イスラエルのパレスチナ人に対する民族浄化である。イスラエルは、イスラエル国籍を持つパレスチナ人の参政権を制限する民主政体となり、アパルトヘイトが存在する人種差別のある国となる。こうしたことを避けようとして、エフード・オルメルト(Ehud Olmert)がパレスチナ国家樹立を認めるようになり、イスラエルに対して圧力をかけることに反対していた人々もその正しさを認めるようになった。イスラエル・ロビーの重要人物であるマーティン・アインダイク(Martin Indyk)も、イスラエルに対する圧力に同調するようになっている。「親イスラエル」という言葉は考え直されねばならなくなっている。オバマ政権は、アメリカの対イスラエル政策をもっと思慮深く行えるようになっている。

 第三に、中東で起きている出来事によって、アメリカはこれまでとは全く異なったアプローチをとるべきだとする考えが広まる結果になった。2006年にはイスラエル軍がレバノンに侵攻し、レバノン戦争が勃発した。また、最近、イスラエルはガザ地区に対する攻勢を強めている。こうした出来事によって、人々は次のように考えるようになった。「イスラエルの抱える問題は武力では解決できないのではないか。また、イスラエルは自分たちがいつも被害者だと言っているがそれは正しいのだろうか」多くの人々は、パレスチナ人たちの人口が増え続ける一方で、イスラエル国民の数は頭打ちであることに気づいている。また、アラブ・リーグ(Arab League)に加盟するアラブ諸国は、パレスチナ国家が樹立されたら、イスラエルとの正式な国交を樹立する用意があると表明している。イスラエルとパレスチナの紛争を解決することで、イランの影響力を削ぐことができ、アメリカがアラブ諸国の協力を得てイランと対峙しやすくなる、と主張する人々もいる。イスラエルの総選挙では、右翼勢力が勝利し、イスラエル史上、最も右派的な政権が発足した(外相にはアビグドア・リーバーマンが就任した)。これによって、アメリカ国内の親イスラエル保守派にとって難しい状況を発生させることになった。

 第四に、アメリカ国内の親イスラエル派の中でも熱心なグループの活動が、人々にその危険性を知らせることになっている。そうしたグループは、アメリカとイスラエルとの間の「特別な関係」を批判する人々を非難し、排除しようとしてきた。親イスラエルグループは、批判者たちを、反ユダヤ主義、もしくは「自己嫌悪に陥ったユダヤ人」と糾弾した。しかし、そうした行動によって、そうしたユダヤ人たちは、周囲の人々から信頼されないようになった。それは、彼らの糾弾が、全く的外れの人々に向けられてきたからだ。ネオナチに傾倒する人々や、ホロコーストを否定する人々を糾弾することは価値がある。カーター元大統領、デズモンド・ツツ(Desmond Tutu)、トニー・カシュナー(Tony Kushner)、トニー・ジャッド(Tony Judt)などの立派な人々に対して、親イスラエルのグループは的外れの糾弾を行い、イスラエルについての知的な議論を封殺しようとした。イデオロギーや教義を信奉する人々は親イスラエルグループと同じ戦術をとる。しかし、それによって人々の支持を減らしてしまうことになる。

 最後に、ミアシャイマーと私は、『イスラエル・ロビー』の中で、これまでとは性質が違うイスラエル・ロビーが生まれ、それによって、今のイスラエル・ロビーと同じように影響力を持ちながらも、アメリカの対イスラエル政策がもっとアメリカの国益に適うようになる、と結論付けた。そうした動きが発生するような兆候がある。Jストリート(J Street)、イスラエル政策フォーラム(Israel Policy Forum)、ブリット・ツェデク・ヴィ・シャローム(Brit Tzedek v'Shalom)などの、親イスラエルの新しいグループが生まれ、発展してきている。AIPACのような昔からあるグループも発展を続けており、AIAPCは、もっと手の込んだ形で政策に影響を与えようとしている。

 イスラエル・ロビーは、ユダヤ人の秘密組織(secret Jewish conspiracy )であると考えている人々がいる。そうした人々は、イスラエル・ロビーの影響力は強大すぎて対抗できず、イスラエル・ロビーに属しているグループの影響力を弱めることなどできないと信じている。こうした考えそのものが、陰謀理論や反ユダヤ主義の基となってしまう。人々はユダヤ人組織を暗黒の、そして魔法を使う秘密組織であり、それらは邪悪で、万能で、不変で、誰にも止められないと考えてしまう。一方で、イスラエル・ロビーを他の利益団体と同じようなものだ、同じように民主政治にいろいろな形で参加しているだけだ、と考える人々は、イスラエル・ロビーの影響力は、時間が経てば、変化し、弱まっていくとも考えている。彼らは、イスラエル・ロビーがアメリカ政治の中でもっとも影響力のある利益団体であり、その影響力によって策定されたアメリカの対イスラエル政策がアメリカとイスラエル両国の国益に適ってこなかったことを認識している。ミアシャイマーと私は、イスラエルとイスラエル・ロビーについての議論を活発化させるために、『イスラエル・ロビー』を書いた。リアリストと呼ばれる人々は、中東について楽観的すぎる見方をすることはない。私もその中のひとりである。しかし、最近のアメリカの中東政策の転換は心が弾むものを感じる。オバマ大統領がカイロでどのような演説を行うか、今はそれを待ちたい。

(おわり)