「0037」 翻訳 強力で、有効な手段?(An Army of One?)−「オバマ大統領を巡る議論:オバマの登場で世界は変わるか?」 2009年6月22日 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳

 

 ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦です。今日は2009年6月22日です。本日は、フォーリン・ポリシー誌に掲載された、興味深い記事を訳出して皆さんにご紹介したいと思います。今回の記事は、オバマ大統領が6月4日に、エジプトのカイロで行った演説(演題:「新しい始まり」New Beginning)を受けて、企画されたものです。オバマ大統領のカイロ演説の後、反米意識が高い地域で様々な変化の兆しが見られます。それが、オバマ大統領の演説や存在によって起きたのか、というのが記事の主題です。

演説中のオバマ大統領

 フォーリン・ポリシー誌は、7人の専門家に依頼をして、「オバマ効果」(Obama Effect)が存在するか、文章を書いてもらいました。それをまとめて掲載しているのが今回の記事です。7人の専門家たちは、それぞれ、持論を展開しています。オバマ効果は存在する、という筆者から、そんなものは存在しないという筆者まで様々です。

 オバマ大統領の影響力によって、反米感情の強い地域の国々で変化が起こり、最終的には、民主政治体制ができるのか、ということが、重要な視点なのだと思います。この記事での主張は、まとめると、「オバマ大統領の人気と影響力によって、反米感情の強い国々の一般の人々が立ち上がり、現在の非民主政治体制を打ち倒すはずだ」という内容のものです。

 こうした主張は、アメリカでは大変耳触りのよいものです。アメリカには、「アメリカ合衆国は、民主政治体制を擁護し、拡大する使命を持っている」という考えがあります。しかし、それはきれいごとではありません。実際、アメリカ政府は、CIAを使って、世界各国で騒動を起こし、非民主政治体制を転覆させ、表面上は、民主政体の姿をした傀儡政権を世界中で作って回りました。日本だってそうです。オバマ大統領は、カイロでの演説の中で、アメリカが、過去に、イランの民主政権を転覆させたことに言及し、反省しています。

 オバマ大統領を「民主化の象徴」として、アメリカが、世界各国に関与し、民主政体を作ってまわる。これこそ、副島隆彦先生が喝破した、「文明的外科手術」です。オバマ大統領の存在によって、世界各国で変化が起こるのか、という議論の裏には、このような恐ろしい裏があります。

 それでは拙訳をお読みください。

 

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強力で、有効な手段?(An Army of One?

*訳者註:An Army of Oneは、アメリカ陸軍が採用していたキャッチコピーであった。テレビやラジオのコマーシャル、雑誌の広告などで使われた。Oneを訳すのが大変難しい。アメリカ陸軍のキャッチコピーなので、An Army of Oneは、「あらゆる要素が結集した最強の軍隊」という意味になると訳者は考える。フォーリン・ポリシー誌が、オバマ大統領の外交姿勢の議論に対して、この言葉を使ったのは、「強力で、有効な手段」という意で使いたかったからではないかと訳者は考える。

「オバマ効果」を議論する

フォーリン・ポリシー誌

2009年6月

 今回のイラン大統領選で、現職のアフマディネジャド大統領の強力な対抗馬となったのは、67歳の、ミル・ホセイン・ムサヴィ(Mir Hossein Mousavi)だった。彼は、建築家の職を捨て、イスラム革命運動に身を投じた。現在は穏健派の政治家として知られる。ムサヴィと、アメリカのオバマ大統領との間にある共通点はほとんどない。オバマ大統領は、47歳で、アフリカ系アメリカ人である。以前は、シカゴの大学で法律学を教える大学教授だった。今ではアメリカ合衆国大統領である。ムサヴィは、今月のイラン大統領選挙で、現職のマフムード・アフマディネジャド(Mahmoud Ahmadinejad)大統領を選挙で破るのではないかという期待が持たれるほどの高い支持を得るようになった。(訳者註:選挙は6月12日に実施され、アフマディネジャド大統領が大差で再選された)

   

ムサヴィ      アフマディネジャド

 このような期待が高まったのは、ムサヴィ支持の大衆運動が拡大していったからだ。ムサヴィには、「イランのオバマ」というニックネームがつけられた。ムサヴィの妻は、政治的な動きができる人物で、ムサヴィをよく支えている。彼女のあだ名は、「イランのミシェル(訳者注:オバマ大統領の奥さんの名前がミシェル)」である。イランで、何かが進行しているのは明らかだ。

バラクとミッシェル

 オバマの大統領就任にあたり、アメリカ国民を含む世界中の人々は、大きな不安と期待を感じていた。こんなことは、これまでの歴代大統領にはなかったことだ。大統領就任まで、オバマには、外交経験はほとんどなかった。それでも、世界中の人々は、オバマ大統領が実行するであろう外交政策に希望を持っていた。人々は、オバマ大統領が、これまでのアメリカの外交政策を根本的に変化させるにちがいない、と思っていた。また、オバマ大統領が語る変革のメッセージに、人々は感激していた。

 大統領就任以来、オバマは、アメリカの人気を回復することに成功した。外交評論家の中には、世界中で変革が起きたのは、オバマ個人の影響力が大きかった、と主張する人々もいる。オバマの大統領就任以来、世界中で数々の重要な出来事が起きた。レバノンの選挙でヒズボラが敗れた。ロシアの対米姿勢はいくぶん柔らかいものになった。そして、今回のイランの大統領選挙では、思いがけなく、穏健派のムサヴィの人気が上がった。これらの出来事の背景には、オバマの個人的な影響力があった、と主張する人々がいるのだ。

 一人の人間の演説や存在が、世界各地の政治の動きを変えてしまうのだろうか?本誌(フォーリン・ポリシー誌)は、7人の気鋭の専門家たちに依頼して、オバマ大統領の影響力について文章を書いてもらった。本誌から、7人の専門家たちには次のような質問をした。「‘オバマ効果’によって、世界中で変革が起きたと言えるだろうか?オバマの大統領就任以来、世界各国で起きた様々な変革は、オバマ大統領個人の影響力によって起きたと言えるだろうか?」と。7人の専門家たちは、様々な主張を展開している。オバマ大統領の功績を積極的に認める人から、懐疑的な主張をする人まで様々だ。彼らの主張を読んでいく中で、新たな疑問も生じた。それらは、以下のようなものである。「オバマ大統領個人に世界の政治を変えるほどの影響力があると認める。それなら、アメリカのパブリック・ディプロマシー(public diplomacy、訳者註:外国の政府ではなく、メディアや広報活動を通じて一般の人々に働きかける外交)を、有効な手段として活用すべきなのか?オバマ大統領に対する熱狂が鎮まった後でも、オバマ効果は有効であろうか?」

 

  1. 外交を活発化させる人

ジェームズ・トラウブ(James Traub)筆

 アメリカの政治家たちは、外交交渉において、相手国に対してどれほどまでの圧力をかけても大丈夫かを常に計算している。例えば、中国に対して制限の多い通貨政策の規制緩和を行わせるのに、どれほどの困難を伴うか?エジプトに自由な選挙を行うようにさせるには?ロシアの隣接国をNATOに加入させるのは?アメリカ政府が外国に圧力をかけたら、代償をどれくらい払わねばならないか?政治家たちは常にこんなことを考えている。

 国際関係を考える上で、リアリズムという考え方がある。リアリズムでは、国家は、国益を達成するために、合理的な計算に基づいて行動する、と考える。もし読者の皆さんが、リアリズムの考え方に従うなら、国家の行動を決定するための計算式に入る要素は決まっている、ということはお分かりになるだろう。この計算式について考える場合、変化があると思われるのは、相手国に対して、アメリカがどれくらいの程度の外交圧力をかけることができるか、という点だけだ。しかし、ジョージ・W・ブッシュ政権時代はそうではなかった。ブッシュ前大統領は、外交にあまり頼らなかった。それどころか、外交交渉などを馬鹿にしていた。アメリカ政府は、国連の安全保障理事会で全会一致の採択を得られるような事項まで、国連を使わず、アメリカだけで、しかも外交交渉を行わずに解決しようとした。

 バラク・オバマが大統領に就任して、5ヶ月ほどが過ぎた。オバマ大統領は外交を重視する姿勢を取っている。ブッシュ前大統領下の異常な状態から転換した。メディアは、オバマ大統領のカイロ演説によって、レバノンの選挙の趨勢が大きく変わった、と報じた。レバノンでは、ヒズボラではなく、世俗主義の「3月14日連合」が選挙に勝利した。ジョー・バイデン米副大統領が最後の最後で要らぬちょっかいを出したように思われたが、穏健な勢力が選挙に勝利した。レバノンの選挙結果は、オバマ大統領のカイロ演説と同じように、レバノンの選挙での穏健派の勝利は、金曜日に行われるイランの大統領選挙に影響を与えるだろう。イランの大統領選挙で、ムサヴィ元首相を勇気づけることになるだろう。レバノンの選挙での野党連合の勝利によって、イスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ首相は難しい立場に立つことになった。ネタニヤフは、来る日曜日に演説をする予定になっている。その演説の中で、ネタニヤフは、イランからの脅威が取り除かれない限り、イスラエルはパレスチナと妥協する考えはない、と述べる予定である。しかし、イランで改革派のムサヴィ元首相が勝利した場合、ネタニヤフの主張は根本から再考を迫られることになる。

 外交政策についてのアメリカ国民の世論が変化してきている。それもまた、オバマ大統領の存在のおかげである。オバマ大統領は、イスラエルによる入植地の拡大に反対している。アメリカ国内のイスラエル・ロビーの諸団体は、オバマ大統領のそうした姿勢に即座に反応し、反対運動を展開するはずだが、今のところ、イスラエル・ロビーは活発に反対活動を展開していない。それは、オバマ大統領が選挙において、ユダヤ人有権者の中の78パーセントの得票を得たという厳然たる事実があるからだ。イスラエル・ロビーも、その基盤となるユダヤ系の人々の意向には逆らえない。

 イスラエル・ロビーの中でも力のあるAIPAC(米国イスラエル広報委員会)や主流派に属する諸団体は、オバマ大統領に対して、沈黙を守っている。連邦議会の議員たちも、イスラエル・ロビーに対して、びくびく怯える必要はなくなった。オバマ大統領は、イスラエル・ロビーに気を使うことなく、中東政策を実行できることに気づいた。ネタニヤフ・イスラエル首相もそのことに気づいている。イスラエル・ロビーの影響力が落ちているという事実は、ネタニヤフ首相が日曜日に行う演説にも影響を与えるはずだ。中東地域に平和な状態が確立されるまで、まだまだ時間がかかる。しかし、昨年に比べ、今年は、中東に平和がもたらされるという希望が強く感じられる年となっている。

 オバマ大統領は、ここ数カ月で、様々な外交政策を実行している。ブッシュ前大統領は、軍備削減に真剣に取り組まなかった。アメリカ以外の国は、軍備増強や核開発を推進した。各国は、アメリカが軍備削減に取り組んでいないから私たちもそうしているのだ、という言い訳をしていた。オバマ大統領は、アメリカが核兵器の廃絶に向けて努力していく、ということを演説の中ではっきりと述べた。世界各国もアメリカの動きに同調することだろう。

 ブッシュ前大統領は、外交というカードを使わなかったので、世界各国で変革を起こすためにかなりの代償を払う羽目に陥った。オバマ大統領は、そんな馬鹿なことはしない。オバマ大統領は、外交、ソフト・パワー、国内外での高い人気を使って、世界各国での変革を発生させている。アメリカの支払う代償は、かなり小さくなっている。もちろん、オバマ大統領はその限界に間もなく気づくことになるだろう。北朝鮮は手に負えないほどに強情だ。シリアとレバノンは、これまでの政策から転換できないかもしれない。それでも、私たちは、オバマ大統領は、戦争ではなく、外交を使って問題を解決してくれるという希望を持てるはずだ。これはブッシュ大統領のときには、全く持てなかった希望だ。

ジェームズ・トラウブ:ニューヨーク・タイムズ・マガジンに定期的に寄稿。著書に『自由のためのアジェンダ:アメリカが、ブッシュの時とは違うやり方で、民主政体を世界に広げねばならない理由』がある。

 

(2)有効な手段?スワットチームも必要ではないか?

パラグ・カンナ(Parag Khanna)筆

 ある大統領が、デモクラシーを活性化させた。MTVがここ数年行っていた「投票に行こう」キャンペーンなんかより、その人物が大統領選挙に出馬したことの方が、投票率アップに貢献した。これはアメリカで起きたことだ。ブッシュ前大統領は不人気な大統領であった。それに反して、オバマ大統領の人気は大変に高いものであった。アラブ各国で起きた「もう十分だ!」キャンペーンとよく似ている。今回のイランの大統領選挙についての議論は沸騰している。議論の活発化は、イランのデモクラシーを活発化させる。アメリカはイランの市民グループに資金援助を行っているが、そんなことよりも議論が活発化することこそが、イランのデモクラシーを活発化させることになるのだ。

 オバマ大統領の「変革」の影響は南アジアや中央アジアにまで拡大するだろうか?南アジアも中央アジアも、中東地域よりもいろいろと難しい地域である。

 この疑問に対する答えは、「おそらく」ということになる。インドの状況を考えると、答えを見つけるのが難しい問題があるように思われる。過去10年間、インドとアメリカは、アメリカ企業の事業移転、核の平和利用、戦略的な同盟関係などを通じて、強力な同盟関係になっていった。インドは、世界最大の民主政体の国であるが、その国が、親ブッシュの国のひとつとなったのである。インド政府は、バラク・オバマがどうしてインドを無視し、ときに馬鹿にするような態度をとるのか、という疑問を持っている。バラク・オバマ大統領は、インドがより良い未来を探すことすら否定しているかのようである。

 インド政府の持つ疑問の答えは実に簡単なものだ。オバマ大統領はパキスタンに配慮しているのだ。パキスタンは、今はもう語られなくなった「テロとの戦争」の中心地だ。パキスタンとアメリカは、パキスタンが地域にとって重要な国で、戦術を間違うと大変なことになる、と考えている。この地域で重要な国はアフガニスタンではない。パキスタンが変革したら、地域の各国も変革する。

 オバマ大統領は、今でも、パキスタンの辺境地域に対して、プレデター戦闘機による空襲を行っている。しかし、プレデター戦闘機による空襲の回数はここ数週間、減少している。パキスタン軍は、スワットバレーに対する攻勢を強めている。アメリカ国務省のSMSプロジェクト(アメリカ国務省のホームページ上にあるSWATというアイコンをクリックすると5ドルの寄付ができる)によって、アメリカは国連難民高等弁務官事務所に対して、多額の資金を拠出している。パキスタンでは、タリバン掃討作戦で、200万人の難民が発生すると予想されている。パキスタン政府の難民対策は全く進んでいない。また、200万人の難民の中から、多数の若者が、イスラム原理主義グループに入ることが予想される。イスラム原理主義グループは、難民キャンプ内で、物資を配るなどの活動に力を入れている。1980年代、アメリカとパキスタンは、ソ連と戦うための組織ムジャヒディーンの兵力を増強するために、難民キャンプで若者たちを多くスカウトした。それと同じことをイスラム原理主義グループは行っている。

 パキスタンは自衛のためにアメリカと共同して戦い始めた。それはオバマ大統領の理念に共感したからではない。パキスタン国内で、ここのところ、自爆テロが頻発している。ラホーヤ、イスラマバード、ペシャワールなどの都市で自爆テロが頻繁に発生している。パキスタン政府と国民は、バングラディシュが1971年に分離独立して以来の脅威と恐怖を感じている。その恐怖感は、パキスタンのザルダリ大統領が「我が国は国家の存続を脅かしているタリバンと戦っている」と述べたほどだ。

 アフガニスタンにおける「オバマ効果」の有効性ははっきりしない。アメリカの大統領選挙期間中、アフガニスタンのカルザイ大統領は、候補者たちから散々に批判された。しかし、カルザイ大統領の再選にあたり、アメリカは大きな支援を与えた。アフガニスタンに対する米軍の2万人増派が成功かどうかはまだ分からない。オバマ大統領のアフガニスタンにおける人気も、米軍の増派の結果いかんにかかっている。

 中東では、「オバマ効果」によって起きたと考えられる出来事がいくつかあった。しかし、南アジアと中央アジアでは、オバマ大統領の存在や演説があっても、政治の動向に変化はない。歴代のアメリカ大統領たちは、アラブ諸国に関与する際、アメリカ国内では人気のない、アラブ諸国の指導者層を支援するか、それとも、アラブ各国の一般の人々、どちらかを選ばねばならなかった。アフガニスタン、パキスタン、インドでは、オバマ大統領は、指導者層からも、一般の人々からも好意的に受け入れられている。オバマ大統領の政策は幅広く支持を受けている。オバマ大統領は、アフガニスタンとパキスタンの再建を進めようとしている。また、インドとの経済的、戦略的つながりを強化しようとしている。オバマ大統領が南アジアと中央アジアを安定させることができてはいない。しかし、私たちは希望を持って良いと思う。

パラグ・カンナ:ニューアメリカ財団上級研究員。著書に『「三つの帝国」の時代』(邦訳、講談社、2009年2月刊)がある。

 

(3)オバマは彼らの期待を裏切る

ゲイバー・スタインガート(Gabor Steingart)筆

 先週の木曜日、私は、カイロ大学の講堂のいすに座り、バラク・オバマ大統領の演説を聞いた。私は深く感動した。オバマ大統領の演説が、私には、天使の歌声のように聞こえた。世界の指導者の演説の中で、今回のオバマ大統領の演説ほど甘美な響きをもったものはこれまでなかった。

 オバマ大統領が演説を始めた時、私の隣に座った若い女性は、髪の毛をスカーフですっぽりと覆っていた。オバマ大統領が演説を終え、聴衆から万雷の拍手を受ける頃には、彼女は、スカーフを脱いでいた。彼女は周りに顔を見せていた。美しい笑顔だった。私の隣に座った若い女性は、まさに「演説によって気持ちに火をつけられ、何かをしようという気持ちにあふれた」状態になっていた。

 高揚した若い女性を見ながら、私は次のように考えていた。「いま、私の隣に座ったのが、この若い女性やその友人でなかったらどうだっただろうか?ヒズボラ、ハマス、ファタファ、タリバンの指導者たちやイランの宗教指導者たちだったら、どんな反応をしただろうか?彼らは、若い女性と同じように大きな拍手をしただろうか?」と。答えは誰でもわかるだろう。彼らは拍手などしなかっただろう。それでも、彼らは何かを叫んだはずだ。それは、「ジハード(聖戦)!」という言葉であっただろう。

 オバマ大統領の話し方は流麗であった。しかし、イスラム原理主義者たちは、オバマ大統領の話の内容を理解できなかっただろう。オバマ大統領は、理想に基づいた未来について切々と語った。イスラム原理主義者たちは、オバマ大統領の演説の内容を誤解して、ジハードを叫んだだろう。オバマ大統領は相互協力の重要性を語った。イスラム原理主義者たちは、それをイスラム世界のアメリカに対する従属について語っていると誤解するだろう。オバマ大統領は妥協について語った。イスラム原理主義者たちは、それを、アメリカの弱腰と嘲(あざけ)るだろう。オバマ大統領が友好的な態度を取っても、イスラム原理主義者たちは怒りを募らせるだけだ。

 オバマ大統領の演説によって、世界中の人々が幸福感を得られた。オバマ大統領のおかげで、世界各国で、アメリカの評判も良くなっている。オバマ大統領はまさに、パブリック・ディプロマシーの天才と呼ぶにふさわしい人物だ。

 中東のイスラエルとパレスチナの間の和平プロセスを進める上で、オバマ大統領の演説と存在によって作り出された熱気はいつか冷めて、和平プロセスを妨害する要素ともなりうる。そうなれば、アメリカ政府は、和平プロセスを成功に導くために、大きなプレッシャーを受けることになる。オバマ大統領は、和平プロセスを成功に導けることを証明しなければならなくなる。アメリカ政府は、中東地域の各国に対し、口先だけではなく、実際に平和をもたらすことができると示さねばならなくなる。

 カイロ大学でのオバマ大統領の演説は、天使の歌声のようであった。私がそのように感じたのは、オバマ大統領が、演説の中で、解決が困難な問題には一切触れなかったからだ。オバマ大統領は、アフガニスタンから米軍を撤退させたいと述べた。しかし、それはタリバンをせん滅してからだ、という条件を付けた。オバマ大統領は、グアンタナモ収容所を閉鎖すると約束した。しかし、テロリスト狩りはこれまで通り行うとも述べた。オバマ大統領は、アメリカは平和を望んでいる、と言った。しかし、彼の言う平和とは、イスラム教徒にはなかなか受け入れがたい内容のものである。

 オバマ大統領は、ジミー・カーター元大統領のようにはならない。オバマ大統領もやがて、理想ではなく現実を踏まえた外交政策を展開することになる。現実に基づいた外交政策とは、交渉、最後通告、経済制裁、そして戦争を仕掛けると脅すことである。そして、外交政策に効果がないことが分かれば、オバマ大統領は実際に戦争を起こすしかない。オバマ大統領は、アメリカとイスラエルの戦闘機にイランを攻撃するように命じるだろう。彼は新しい顔を持つ政治家であるが、これまで通りの政策を実行するしかなくなる。

 オバマが理想主義者の仮面を脱ぎ棄てた時、カイロ大学の講堂に集まっていた理想主義者たちは、オバマ大統領の感動的な演説を思い出しながら、オバマの変節に失望するだろう。私の隣に座っていた若い女性もオバマに失望するだろう。それは残念なことだが仕方がない。オバマはまもなく、カイロ大学の講堂にいた聴衆たちを悲しませることになるだろう。

ゲイバー・スタリンガート:ドイツ日刊紙「ダースピーゲル」紙ワシントン支局長。著書に『富をめぐる戦争:フラット化された世界が壊れかけている理由』がある。

 

(4)オバマ効果の実態も分からないうちから持ち上げすぎてはいけない

アルヴァロ・ヴァルガス・ロサ(Alvaro Vargas LLosa)筆

 ここ数週間、世界中で重要な出来事が起きている。レバノンの選挙では、穏健派がヒズボラを破った。イランの大統領選挙では、アフマディネジャド大統領の牙城が、改革派のムサヴィ元首相によって脅かされている。パキスタン軍は、スワットバレーとワジリスタンにおいてタリバンに対する攻勢を強めている。キューバのカストロ前議長は、オバマ大統領に賞賛の辞を送った。

 こうした出来事は、オバマ効果の結果なのだろうか?

 私は、これらの出来事の発生にオバマ大統領が影響を与えているとは思わない。オバマ大統領は世界各国でのアメリカのイメージを改善しようと努力している。また、外交政策では交渉をその中心に据えようとしている。その努力の日数はまだまだ短いので、その効果を議論するには早すぎるし、また、その効果の程度を見極めることはできない。

 レバノンの選挙の結果は、キリスト教徒の投票率がかなり上がったことと、ヒズボラに対するレバノン国民の嫌悪が大きくなったこと、の2つの理由から説明できる。ヒズボラは、2006年のレバノン戦争で、イスラエルのレバノン攻撃を引き起こした。レバノン国民は、ヒズボラの対イスラエル強硬姿勢に嫌気がさしたのだ。

 イラン国内では、ムサヴィ元首相が復活し、その人気が日に日に急上昇している。ムサヴィ元首相の人気の裏には、イラン国民の多くが持つ改革を求める気持ちがある。ハタミ前大統領時代に、いくつかの改革が実行された。しかし、そうした改革の成果がことごとく、強硬保守派の聖職者たちによって無効とされてきた。そのことに、イラン国民は不満を持っているのである。

 パキスタンで本格的にタリバン掃討作戦が実行されることになった。これは、独裁者であったムシャラフ前大統領が退任し、昨年の9月に実施された民主的な選挙で選ばれた政府が発足したからである。ムシャラフ前大統領は、パキスタンの情報機関にいるイスラム原理主義グループを排斥できなかった。パキスタンの情報機関内のイスラム原理主義グループはタリバンと強いつながりを持っていた。ムシャラフ大統領の力の源泉は情報部内のイスラム原理主義グループにあった。また、パキスタン国民の大部分が、タリバンの慎重に恐れを抱いてきた。

 キューバのカストロ議長がオバマ大統領を賞賛した裏には、したたかな計算がある。ここ数カ月、カストロ議長は、硬軟取り混ぜた態度や言葉を使っている。アメリカの様子をうかがっているようだ。

 オバマ大統領の外交政策が諸外国での変化の原因であるかどうか分かっていない。しかし、世界中の人々が、オバマ大統領の外交政策によって変化が起こっていると考えている。各国の穏健派と急進主義者たちがそれぞれ、オバマ大統領の外交政策によって、動きを活発化させている。ハマスは、オバマ大統領のカイロ大学での演説を好意的に受け止めた。このことは、ハマスが、状況が変われば、パレスチナ自治政府に参画する可能性が高いことを示している。

 オバマ大統領はイラン政府に対して対話に応じるように呼びかけている。この対話の呼び掛けによって、アフマディネジャド大統領のライバルたちの存在感が高まった。彼らの人気が高まることで、イランの宗教指導者たちに対してけん制となる。結果、彼らはイラン国民からの支持を集めるようになる。カイロ演説の中で、オバマ大統領は、パレスチナ国家自立を強力に支持し、イスラエルの入植地拡大に断固反対した。オバマ大統領は、明確なメッセージをイスラエルのネタニヤフ首相に送った。この演説によって、イスラム世界のリベラル勢力が勇気づけられ、アルカイーダとその協力者たちに対抗するようになる。キューバはオバマ大統領に対し柔らかい態度を取っている。そのことによって、キューバ自体が変革を真剣に考えなくてはならなくなった。フィデル・カストロ前議長の弟である、ラウル・カストロ現議長がもし変革を拒絶したら、その拒絶を国民に納得させなくてはならなくなる。

 オバマ大統領の政治手腕は大したものである。外交政策を見ていくと、ブッシュ前大統領のときとほとんど変化がない。しかし、何か大きく変化したと思わせている。世界中の人々が、オバマ大統領の出現によって、「自分たちの考えで外交を進めて良いのだ。アメリカ帝国に従属し、アメリカの意向に過敏にならなくてもよいのだ」と考えるようになった。これは、ブッシュ前大統領とオバマ大統領との間の大きな違いである。

アルヴァロ・ヴァルガス・ロサ:インディペンデント研究所上級研究員。編著書に『貧困層から学ぶ教訓』がある。

 

(5)握りしめられた拳(こぶし)

リディア・ハリル(Lydia Khalil)筆

 バラク・オバマ大統領は、中東地域にしっかり関与しようとしている。オバマ大統領以外の歴代の大統領は、中東地域にきちんと関与することをためらってきた。歴代のアメリカ大統領たちは、アラブとイスラエルとの間の和平交渉という泥沼にはまってしまわないようにしてきた。オバマ大統領は就任当初、中東問題にしっかり取り組むことを明言している。オバマ大統領は、アメリカとイスラム世界の間の断絶を修復することを外交政策の中心目標としている。オバマが大統領に就任して約6か月が経った。その間、オバマ大統領は中東地域に向けて頻繁に友好的なメッセージを送った。その結果、レバノンでは、穏健派の「3月14日連合」が選挙で勝利した。また、中東地域全体で、反米意識が和らいだ。

 こうした変化は、「オバマ効果」の結果なのだろうか?私はそうではないと考える。レバノンの選挙で「3月14日連合」が、イランの支援を受けたヒズボラを破った。これは、レバノンの国内要因が大きく変化したために起きたのだ。中東諸国の国民は、アメリカのオバマ新大統領に興味を持ち、オバマの打ち出す中東政策を歓迎している。しかし、中東の人々は、アメリカのこれまでの中東政策によって、アメリカに対しぬぐいきれないほどとの不信感を持っている。中東の人々は、「こぶしを固く握りしめたままで、オバマ大統領の差し出している手を握るまでには至っていない」のである。

 オバマ効果について何かを語るには早すぎる。しかし、私はこれだけは強調しておきたい。中東各国に、国民が政治参加できる道が用意されていなければ、オバマ大統領が影響力を行使して、各国に変化をもたらすことはできない。

 ブッシュ大統領は、中東各国の民主化に熱心に取り組んだ。その方法は間違っていた。オバマ大統領は、中東各国の国民に直接語りかけている。彼は、中東各国の政府に対して、もっと民主的になるように、などとは言わない。

 レバノンは、民主政体の国である。レバノン国民は有権者であれば誰でも選挙に参加できる。レバノンでは、オバマ大統領のカイロ演説に、有権者が直接反応した。中東地域には民主政体の国家はほとんどない。それらの国の国民が政治に参加することは、ほとんど不可能である。そんな国では、オバマ大統領の演説に国民が感動しても、変革を起こすことはできない。それらの国々の政府はオバマ大統領の影響力を心配しなくてもよい。中東各国の一般の人々がどのような政治体制を望むかを表明することはないし、できない。それでは、オバマ大統領のメッセージが効果を十分に発揮することはできない。

 オバマ大統領が、イスラム教徒向けに素晴らしい演説を行った場所について考えてみよう。その場所とは、エジプトである。エジプトは昔、「世界発祥の地」と呼ばれた。エジプトは、硬直化した、非民主的な政府によって統治されている。エジプトは、政治的、経済的、文化的に重要な国であるが、硬直化した政府の統治によってその力が十分に発揮されてはいない。エジプト人のほとんどが参政権を持っていない。このままの状態であれば、オバマの中東に対する努力は無駄に終わる。エジプトの政治が大きく変わることはない。オバマ大統領が歴史に残る名演説を行ったエジプトでも、変革を起こすことはできない。中東全体で見ても、変化を起こすことはできない。

 オバマ大統領は、演説などを通じて、中東の独裁者たちに、改革を行うようにほのめかすことしかできない。オバマ大統領が中東地域に変化をもたらすことは難しい。中東地域は不安定な地域であり、いつも紛争を抱えている。一般の人々の政治参加と政治的な変化によって、中東に安定がもたらされる。私たちは、中東が安定した地域となる日が来ることを信じている。

リディア・ハリル:外交評議会国際問題専任研究員。非営利団体「中東民主化プロジェクト」に参画している。

 

(6)有効な手段はときに期待以上の結果をもたらす

ロブ・アシュガー(Rob Asghar)筆

 19世紀、ヴィクトリア女王時代のイギリスに、ウィリアム・グラッドストーンとベンジャミン・ディズレーリという二人の偉大な政治家がいた。彼らは修正のライバルであった。彼らの人柄は全く別のものであった。グラッドストーンは、人に「素晴らしい」という印象を残す政治家であった。ディズレーリは、人を「鼓舞する」政治家であった。彼らの違いは政治学の教科書に、指導者の性格の好例として載せるべきだ。

 言い伝えによると、ある人がグラッドストーンと会食した。会食の後、グラッドストーンにあった人は、「グラッドストーンは、私が知る中で最もユーモアがあって、魅力的な人間だ」と述べた。同じ人がディズレーリと会食した。その人は、ディズレーリと会食した後、「私自身が世界で最もユーモアがあって、魅力的な人間であることに気付かされた」と述べた。

 ロナルド・レーガン大統領下のアメリカはグラッドストーンのようであり、オバマ大統領下のアメリカはディズレーリのようである。オバマ大統領の個人のカリスマを使って、アメリカは、他国を喜ばせ、世界中に同盟国を増やすことができる。

 オバマ大統領に批判的な人々は、オバマ大統領ができることには限界があると主張している。しかし、目標を持った大統領は、個人で、政府全体ができることよりも、より大きな業績を残すことがある。アメリカは、イラクに侵攻する際、見せかけだけ、イスラム世界と共闘するという姿勢をとった。それで中東各国から総スカンを食った。オバマ大統領は、イスラム世界に協同しようとは呼びかけていないが、イスラム諸国からの受けが良い。

 哲学者のエリック・ホッファーは、全ての大衆運動には、良い面があるとは限らない。しかし、全ての大衆運動は狂気の面、悪い面を抱えている。アメリカとイスラエルは、何十年間も、中東地域と南アジアのイスラム教徒たちにとって悪魔のような存在であった。オバマ大統領のディズレーリのような姿勢によって、それらの地域における憎悪は少しずつ和らいでいる。

 レバノン国内で、ヒズボラは弱体化してきている。イランでは、ムサヴィ元首相が人々の英雄となりつつある。イランのアフマディネジャド大統領は、選挙戦で、有権者たちに自分が行った政策についてしっかりと説明をしなくてはならなくなった。アフマディネジャド大統領が人々を煽動すれば再選される、という状況ではない。パキスタンでは、一般の人々がグループを結成し、タリバンや他のイスラム原理主義グループに抵抗している。

 これらの変化は、国内要因の変化によって起きたと言えるだろう。それに加えて、オバマ大統領個人の努力によって、イスラム世界内の風向きが変化した結果でもある。

 変化が起こり、その変化が覆されないためには、寛容の精神と不断の努力が必要となる。オバマ大統領は、これから、変化を嫌う世界中の独裁者たちにとって、目の上のたんこぶとなるはずだ。オバマ大統領と対峙する、国民を扇動する独裁者たちは、変革によって、いつか追い落とされることになるだろう。その変革にオバマ大統領は多大の影響を及ぼすだろう。

ロブ・アシュガー:南カリフォルニア大学パブリック・ディプロマシー研究所研究員。国際政策に関する太平洋委員会会員。「ハフィントン・ポスト」紙コラムニスト。

 

(7)オバマ効果?確かに彼は効果を及ぼした

ラメズ・マルーフ(Ramez Maluf)筆

 レバノンのベイルートに住んでいると、人々のアメリカに対する意識が変化していることが良く分かる。オバマ大統領の人気によって、去る6月7日に行われた、レバノン議会の選挙での親欧米派連合の勝利がもたらされたわけではない。しかし、オバマ大統領の影響のおかげで、親欧米派連合の勝利は確かなものとなった。レバノン国内で、「今のオバマ大統領は好きだ」と公に言っても、誰からも批判されない。

 オバマ大統領の人気の高さは、アメリカの人気の高さにつながる。世界中の人々は、オバマを大統領に選んだアメリカを口には出さないが、尊敬している。アメリカ以外の国に住む人々は、オバマが大統領になったことにまず驚いた。それは、自分たちの国を考えてみたら、オバマのような人が、国の最高の地位にまで上り詰めることなど考えられないからだ。レバノン国民の多くは、イスラム教徒、キリスト教との区別なく、アメリカの持つ、平等、機会均等、努力が報われること、などの諸価値を尊重してきた。オバマ新大統領は、まさにこうした価値を体現した人である。中流家庭に育った、黒人であるオバマ大統領は、人々を説得する力を使って、アメリカ最高の地位にまで駆け上がった。昨年の11月4日に実施された、アメリカ大統領選挙は、まさにアメリカの信念が結実した日となった。

 オバマ大統領は、カイロで行ったイスラム社会向けの演説の中で、自分の信念をはっきりと述べた。これがイスラム社会に衝撃を与えた。アメリカ国務省は、演説の前に、各国のメディアに演説の翻訳版を配った。翻訳された言語の数は17にのぼった。各国メディアはその翻訳版を読んで、「オバマ大統領の演説は美しい」と絶賛した。演説は世界中に同時中継され、多くの人々がテレビの前にくぎ付けとなった。アメリカの大統領が、イスラム世界に対して、演説という形でメッセージを送ったのは初めてであり、多くの人々をこれほどまでにくぎ付けにしたのは初めてだった。オバマ大統領の演説がこれほど人々を魅了したのは、彼の人柄が素晴らしいからだ。同じ演説原稿を、ジョージ・W・ブッシュやジョン・マケインが読んでも、人々は批判的にしか聞かないはずだ。

 オバマ大統領は世界中から好意的に受け入れられている。多くのアラブ人と同様、レバノン国民も、西洋とのあつれきにうんざりしている。そして、新しいスタートを切りたいと願っている。オバマ大統領は、西洋とイスラム社会の関係を新しく、友好的なものにすることができる。彼はそれにうってつけの人物だ。オバマ大統領は、カイロ演説の中で語った様々な課題に取り組まなければならない。カイロ演説を聞いた多くの人々は、オバマ大統領は課題を克服することができると期待している。

 保守派、もしくは現実主義者の人々は、アメリカ国内のことを心配している。それは、ネオコン派、キリスト教シオニスト、事なかれ主義の政治家たちが、アメリカ政治の表舞台にでてくるのではないか、というものだ。もしそんなことが起きれば、アメリカとイスラム世界の関係は、大混乱に陥り、修復できなくなる。

ラメズ・マルーフ:ベイルートにあるレバノン・アメリカン大学コミュニケーション学教授。

(終わり)