「0043」 翻訳 論文「イスラエル・ロビー」に対する批判に対するミアシャイマーとウォルトの反論:「誤解を正す」(1) 高野淳(たかのじゅん)訳 2009年8月26日

 

 「副島隆彦を囲む会」研究員の高野淳です。私は、『イスラエル・ロビー』の翻訳作業に参加しました。 今回はイスラエル・ロビーに関する論説をご紹介したいと思います。

 ジョン・ミアシャイマー(John Mearsheimer)とスティーブン・M・ウォルト(Stephen M. Walt)(以下M&Wと略します)は2006年3月に「イスラエル・ロビー(The Israel Lobby)」論文を「ロンドン・レヴュー・オブ・ブックス(London Review of Books)」誌に発表しました。それに対してさまざまな批判がなされました。M&Wはそうした批判を分類した上でこれらに反論を行っています。以下はこの反論集を抄訳したものです。原文は現在インターネット上で、ダウンロード、閲覧可能です。ダウンロードは、こちらから可能です(真ん中あたりに、Setting the Record Straight: A Response to Critics of "The Israel Lobby" とあります)。

ミアシャイマー(右)とウォルト

 反論の日付は、2006年12月になっています。書籍『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』の発刊は2007年9月ですので、この反論は「論文版」発表と「書籍」刊行の間に作成されたものです。その内容は、「イスラエル擁護派からの非難」「イスラエルの歴史家ベニー・モリスからの非難」「イスラエル批判派からの非難」「あまり重要でない非難」「われわれのあやまり」「むすび」からなっています。全文はENDNOTESを除いて翻訳文で9万字超と結構な分量になります。そこで、イスラエル・ロビーの定義、石油ロビー、パレスチナ国家、イラク戦争、イランなどに言及しているいくつかの項目を選んで訳してみました。

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 それでは拙訳をお読みください。

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誤解を正す:「イスラエル・ロビー」論文批判への反論(Setting the Record Straight: A Response to the Critics of "The Israel Lobby")

(抄訳)

ジョン・ミアシャイマー
シカゴ大学

スティーブン・M・ウォルト
ハーバード大学

2006年12月12日

 2006年3月23日、われわれは、「ザ・イスラエル・ロビー」と題する論説文を、ロンドン・レヴュー・オブ・ブックス誌(LRB)に発表した。同時に、LRB版よりもう少し長い「イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策」と題する省略なしの版も用意した。われわれはこれをハーバード大学ジョン・F・ケネディ政治学大学院(John F. Kennedy School of Government, Harvard University)の教職者の論文ウェッブサイトに投稿した(ハーバード版)。この2つの論文の中で、われわれは次のことを論じた。

            

ロンドン・レビュー・オブ・ブックス  ハーバード大学

(1)イスラエルに対するアメリカの無条件の支援は戦略的理由や人道上の理由から正当化できないこと。(2)無条件の支援は主に「イスラエル・ロビー」(団体や個人がゆるく結びついた連合体)の政治力によるものであること。そして、(3)このロビーがアメリカに実施させようとしてきた政策はアメリカの国益にもならずイスラエルの長期的利益にもならないこと

 われわれは、この論文が論争を巻き起こすことになるだろうと覚悟していた。というのは、これまで、そこで取り上げた一連の重要問題を、主流派の学者やジャーナリストたちはほとんど検討してこなかったからだ。また、この論文が批判をあびるだろうと覚悟していた。なぜなら、その中でわれわれは何人かの有力者や団体に異議を唱えたからだ。そして彼らが深くかかわってきた、一連の歴史についての主張や政策上の立場に疑問をなげかけたからだ。さらに、われわれはおそらく個人攻撃にもさらされるだろうと考えていた。なぜなら、われわれはイスラエルの政策とアメリカ政府の無条件なイスラエル支援に対して批判的だったからだ。そして過去にこうした態度をとってきた者に何が起こったのかを観てきたからだ。

 われわれはこれまで論文に寄せられた主な批判に対して詳しい反論を一つにまとめていなかった。この小論の目的は、まさにそれをおこなうことである。この小論は、これまでに出されたすべての批判に答えたわけではない。しかし最も重要な批判は取り上げている。

 個別の非難に目を向ける前に、批判者たちの議論の背後にある基本戦略について記しておくことも役に立つのではなかろうか。大きく言うと、批判者たちは3つのやり方をとっている。

 第一のやり方。批判者のうち著名な何人かは根拠の無い人身攻撃に出た。われわれは、「反ユダヤ主義者(anti-Semite)」あるいは「うそつき」と攻撃された。われわれの論文は、悪名高い『シオンの長老の議定書(The Protocols of the Elders of Zion)』の現代版だとあからさまに書かれた。批判者たちは、われわれをデイヴィッド・デューク(David Duke)のような人種差別主義者(racists)と結び付けた。われわれがたくさんの材料をネオ・ナチ(Neo-Nazi)のウェッブサイトから取ってきたなどと虚偽の断定を行った。こうした一連の攻撃は、われわれを偏見に満ちた人間や過激派にしたてあげようとするものだった。こうすることで、われわれの議論を真剣に受け止めようとする気を人々から奪おうとするのが目的だ。

    

デューク       KKK姿のデューク

 われわれはこのやり方に驚いたわけではなかった。イスラエルを批判しアメリカのイスラエル支援に疑問を呈する者に対して、いつもこのような糾弾が行われてきたからだ。あるいはイスラエル・ロビー自体に異議を唱える者に対してはいつもこのような糾弾が行われてきたからだ。こうした傾向があることを、われわれは現に論文の中でページをさいて論じている。つまりこう言及している。イスラエルの行動に疑問を持つ者や、アメリカによる無条件のイスラエル支援が得策かどうかわからないと言う者をだまらせ、信用を失墜させるために、反ユダヤ主義という非難がいつも決まって持ち出されると。本来すべき中身のある主張を十分持っていない人に限って、この手口を使うと見てよいだろう。もし、事実と論理の点で批判者に分があるのなら、われわれの論文を論破するために人格攻撃などする必要がなかっただろう。

 第二のやり方。多くの批判者たちは、われわれの見解を不正確に伝えている。われわれが主張していない議論を持ち出してわれわれを非難している。そうかと思えば、われわれが言葉ではっきりと書いた重要なポイントを無視している。このやり方も驚くことではない。誰かの書いたこと、考えていることそのものに反論できない場合はどうするか。自分が攻撃できる議論を勝手に作って「やつらはそう言っている」と非難してしまえというわけだ。

 第三のやり方。批判者たちの何人かは、われわれの論考には事実誤認が多く、全体として学術研究としてはずさんなものだと非難している。これはまったく違う。われわれの論文にもいくつかの小さな事実誤認があった。また、言葉をもっと慎重に選べばよかったような箇所もいくつかある。しかし、それがわれわれの結論の信頼性になんら影響を与えるものではないことも示すつもりだ。

 以下のページで、われわれの原論文(LRB版)に向けられた非難あるいは反論を位置づけする。そして、なぜこれらの批判が当たっていないと考えるのかを示す。まず、論文発表以降に出された、強力なイスラエル擁護者側(あるいはイスラエル・ロビー側)からの主な非難を取り上げる。そしてこれに反論する。ただし親イスラエルの個人あるいは団体がみなこうした批判を支持しているわけではない。「親イスラエル」であり、なおかつこのロビーの影響力があやまった方向に向かっている、あるいは行き過ぎていると考えることは可能だからだ。

 その次に、ベニー・モリス(Benny Morris)の細部にわたる議論に目を向ける。われわれの論文には歴史についての数え切れない誤りがあるとモリスは主張する。われわれは、モリスに特に関心を持っている。彼は真摯な歴史家で、彼の過去の業績は非常に価値あるものだからだ。そして、モリスの批判を他の人たちがわれわれの論文に対する決定的な打撃として引用しているからだ。そのあと、ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)やジョセフ・マサード(Joseph Massad)、ノーマン・フィンケルシュタイン(Norman Finkelstein)のような人たちから出された批判をいくつかとりあげる。彼らは自らがアメリカとイスラエルの政策に相当批判的な人たちだ。最後にいくつかのあまり重要でない批判に答える。そして、訂正が必要な部分を確認する。結論として、この議論の現状に対して、二、三の意見をまとめる。

      

モリス     チョムスキー  マサード   フィンケルシュタイン

イスラエル擁護者による主な非難

非難 1:ミアシャイマーとウォルト(以下MWと略記する)は、イスラエル・ロビーをユダヤの陰謀ないしは秘密結社であるかのように描いている。それがアメリカの外交政策を支配しているのだと。彼らの論文は、あの忌わしい反ユダヤ主義の小冊子『シオンの長老の議定書』の現代版に他ならない。このような非難論調は「ハーバードとシカゴの議定書」と題する、イスラエルの日刊紙ハアレツ(Ha’aretz)の記事によく現れている。あるいは名誉毀損防止連盟(Anti-Defamation League)の次の表現にもよく現れている。すなわち、われわれの論文が「古典的で陰謀論的な反ユダヤ主義にもとづく分析で、ユダヤ人の力とユダヤ人の支配という流言を呼び起こすものだ」という表現に

反論:われわれは、ユダヤの陰謀や秘密結社について語っているのではないのだ。そのことを明確にするために、われわれは、充分に努力した。われわれは、このロビーを個人と団体のゆるやかな連合体であり、中央統括本部(a central headquarters)を持たないものだと定義した。さらに、このロビーがアメリカのユダヤ人集団と同義語ではないことも強調した。それはユダヤ系アメリカ人のなかにはこのロビーの立場を支持しない者がたくさんいるからだ。さらにこのロビーの重要な構成単位のうちでいくつかはユダヤ人のものではないからだ。また、次の点にも触れておいた。さまざまな親イスラエル団体は時に特定のイスラエル関連問題では意見が一致しないことがあると。

 われわれがはっきりと次の点を論じたことは最も重要である。つまりこのロビーを構成するグループと個人は公然と利益団体による政治にかかわっていること。さらに彼らの行動には共同謀議的あるいは非合法的なものは何もないことだ。実際に、イスラエル・ロビーがおこなっていることは他の特定利益代表グループ(special interst groups)がおこなっていることとあまりかわりがない。キューバ系アメリカ人ロビー、農業ロビー、全米退職者協会(American Association of Retired Persons、AARP)、全米ライフル協会(National Rifle Association、NRA)などがみなやっていることなのだ。

 この点を確かめるため、ハーバード版論文から1段落を引用しておくのがよい。

(引用はじめ)

 イスラエル・ロビーの力は、こうした利益団体政治のゲームを比類なくうまくやれる能力に由来する。イスラエル・ロビーの基本活動は、農業ロビー、鉄鋼あるいは繊維労働者組合、あるいは他の民族ロビーと変わりはない。イスラエル・ロビーと他のロビーを引き離しているのはその並々ならぬ効率の良さである。だからといって不適切なことは何もない。ユダヤ系アメリカ人とそのキリスト教徒の同盟者がアメリカ外交をイスラエル寄りに動かそうとしている。これについて不適切なことは何もないのだ。このロビーの活動は、『シオンの長老の議定書』のような反ユダヤ文書に書かれている陰謀の類ではない。このロビーを構成している個人あるいは団体はふつうに他の専門分野の利益団体が行っていることと同じことをしている。それを、もっとずっとうまくやっているだけだ。さらに加えて、親アラブの利益団体の力は弱い。存在しないといっていいほど弱い。それがまたイスラエル・ロビーの仕事をいっそう容易にしてしまうのである。

(引用終わり)

 以上のように、われわれがこのロビーを陰謀や秘密結社のように描いているという非難は正しくない。この非難をおこなった人たちは、次のどちらかだ。われわれの論文を注意深く読んだことがないか、あるいはわれわれが実際に書いたものを曲げて伝えているか。

 

非難 3:ミアシャイマーとウォルトがあの論文を書いたのは、アメリカが現在中東で直面している問題を「ユダヤ人のせいにする」ためである。特にイラク侵攻という破滅的な決定をしたことを「ユダヤ人のせいにする(blame the Jews)」ためである。この非難は、「うまくいかない時はユダヤ人のせいにしろ」と題するフォワード紙(Forward)の社説からとったものだ
 
反論:われわれはもともと「アトランティック・マンスリー(The Atlantic Monthly)」誌向けにあの論文を書くよう話をもらっていた。それはイラク侵攻よりずっと前の2002年秋のことだ。そして、この時点では、ブッシュ政権が外交政策で不始末をやらかすようには見えなかった。ネオコンたちの影響力もその時が最高だった。つまりこの時期はアメリカにとって「うまくいかない時」ではなかった。

 もちろん、あの論文は2006年3月まで発表されなかった。だがそれは、われわれがアメリカ外交の旗色が悪くなる潮時を待っていたからではない。発表日がこうなったのは、ひとえに、出版業者のきまぐれのせいだった。われわれは、2002年11月から2005年1月まで「アトランティック」誌と緊密に仕事をしていた。だがこの月に編集者が方針を翻し、「イスラエル・ロビー」論文は不採用となった。われわれは他のつてをいくつか探した。しかし、あの論文がアメリカ国内の適切なところから公刊される可能性は低いとの結論に至った。これが2005年の晩春だった。われわれは、いずれも別のプロジェクトに取り組むようになった。2005年秋にわれわれは突然有名なアメリカ人の教授から連絡を受けとった。この教授は「アトランティック」に投稿したわれわれの最終原稿の写しをもらっていた。彼はあの論文に感銘を受け、われわれに、ロンドン・レヴュー・オブ・ブックス(LRB)に投稿する気はないかと打診してきたのだった。われわれはイエスの返事をした。2005年10月にLRBの編集者マリー・ケイ・ウィルマースと連絡をとり、2006年1月15日までに書き改めた新版を送ることが決まった。われわれはそのとおり実行し2006年3月にあの論文が発表されたのである。

 イラク戦争自体に関して、われわれはこう書いている。「イラクでの戦争をユダヤ人の影響のせいにしては誤りになるだろう」と。そして戦争実施の決定を支持する者について次のように指摘した。ユダヤ系アメリカ人の中で戦争決定を支持する者の割合(52%)は、全人口中での支持者割合(62%)と比較して少ないのだと。われわれが言ったのはむしろ次のことだ。戦争決定に向けて重要な役割を果たしたのは、このロビーの中のグループ、特に何人かの有名なネオコンたち(Neo Conservatives)だと。また、このロビーは戦争のための必要条件(necessary condition)ではあったが十分条件(sufficient condition)ではなかったことも強調した。そしてロビーが単独で戦争を起こしたわけではないことは確かであるとも強調した。それについては以下でじっくり議論するつもりだ。このように、これらの非難をおこなった人たちはわれわれが実際に書いたものを無視しているのだ。

 

非難 7:ミアシャイマーとウォルトは、「イスラエルははっきりとユダヤ人の国家として創設された。市民資格を決める原理は血族関係(blood kinship)である」と言っている。これは間違いである。

反論:この非難に関して、何点かを順に述べよう。第一、この文章のもともとの言葉使いはまずかったし、誤解されやすいものだった。われわれはこの部分をもっとはっきり表現しなかったことを悔やんでいる。あの部分で言ったことは次のことだ。イスラエルがユダヤ人国家として創設されたこと。創設期から現在に至るまでの指導者たちがイスラエルのユダヤ的性格を維持することに専心していたのは疑問の余地がないことだ。1948年5月14日のイスラエル国家設立宣言はどうなっているか。それは国連による「ユダヤ人が自分たちの国を創る権利」の承認を引き合いに出している。そしてイスラエルの地に「ユダヤ人国家を設立すること」を公然と宣言している。そして後の方で、新しい国家を「みずからの土地に定住しているユダヤの民の主権機関」と記述している。このように、「イスラエルははっきりとユダヤ人の国家として創設された」というわれわれの主張には疑問の余地がない。なぜイスラエルの指導者たちは自分たちの支配地でユダヤ人が多数を占めることを非常に気にするのか。それをこのイスラエル誕生時の性格が説明している。

 第二、誰をユダヤ人とみなすかはふつう家系によって決る。特に母方の家系(maternal ancestry)によって決まる。言い換えれば、血族関係がユダヤ人であるかどうかを決める主要な因子であるということだ。もちろん非ユダヤ人がユダヤ教に改宗することはあるかもしれない。しかしそのような改宗を行ったイスラエル市民の数は少ない。

第三、イスラエルは確かにユダヤ人の国家である。しかしイスラエル国民であるためにはユダヤ人である必要はない。このことをわれわれは理解している。それはわれわれの原論文(LRB版)を見れば明らかである。正確には、われわれはこう書いた。「イスラエルは、はっきりとユダヤ人の国家として創設された。市民資格を決めるのは血族関係原理である。このような市民資格の考え方があるため、イスラエルの130万のアラブ人が二級市民あつかいされている。それも不思議ではない」イスラエルに非ユダヤ人の市民がいることをわれわれが認識していたことは明らかだ。ダーショウィッツが引用した文のまさにその次の文で、アラブ人イスラエル市民について触れているではないか。われわれは「市民資格を決めるのは血族関係原理である」と書いた。そこではユダヤ人としての市民資格つまりイスラエル市民がユダヤ人とみなされるかどうかについて語ったのだ。これは見間違いようがないことだと思っていた。

 最後に、イスラエルのユダヤ的性格についてのわれわれのコメントと「血の侮辱」のぞっとする神話とは何の関係もない。血の侮辱は大昔の反ユダヤのデマである。ユダヤ人がキリスト教徒の子どもの血を宗教儀式に使っているとしてユダヤ人を責めた。これが血の侮辱である。ダーショウィッツとモリスは、裏付ける証拠がないにもかかわらずこの非難をおこなった。そうすれば、われわれが筋金入りの反ユダヤ主義者であるかのように聞こえるからだ。

 要するに、この問題について論じる際に、われわれはもうすこし注意深い言葉遣いをしておくべきだった。それでも基本的な点でわれわれは正しかった。

 

非難 8:ミアシャイマーとウォルトは、イスラエル・ロビーをあまりに広く定義している。そのため、イスラエルに親近感を感じる者なら実質的に誰でもこのロビーに含めることができるようになっている。さらに、彼らは様々な親イスラエル派の個人やグループの間にあるたくさんの違いを認識していない。

反論:われわれは、イスラエル・ロビーを広く定義した。そうするには理由があるからだ。第一の理由は、既に言及したとおりこの「ロビー」が中央組織を持つきっちり組織化された活動ではないことだ。それは個人と団体のゆるい連合体である。この個人や団体はアメリカとイスラエルの緊密な関係を育むことに腐心する人たちだ。何があってもアメリカのイスラエル支援を確保しようと専心している人たちだ。しかしながら、われわれは、親イスラエル的傾向をもつ者が実質的に誰でも含まれるような定義をしたわけではない。現に、われわれは「このロビー」を「アメリカの外交政策を親イスラエルの方向に操る仕事を実際にしている」個人と団体のみに限定した。

 第二の理由としては、イスラエル・ロビーは他のほとんどの特定利益団体と同様な活動をしている。われわれのこの主張とこの広い定義はうまく合うのだ。他の利益グループと同様に、イスラエル・ロビーにも「中核(core)」がある。中核には、アメリカの外交政策に影響を与えてこれを親イスラエルの方向にもっていくことを目的として明示している団体が入る。例えば、AIPAC(The American Israel Public Affairs Comittee、米国イスラエル広報委員会)、あるいはイスラエルのためのキリスト教徒連合(Christians United for Israel)などである。それに、生活あるいは職業生活のかなりの部分をこの目的に宛てている個人なども中核構成者である。ロビーはまた、周辺部の個人や団体からも支援を得ている。周辺部には次のような個人や団体が入る。アメリカがイスラエルを強く支援することを望んでいるものの、中核となるほどには精力的ではない、あるいはいつも活動しているわけではない他の個人や団体である。

 最後に、われわれははっきりこう言っている。このロビー内部の個人とグループは何の問題であれ意見の不一致はないなどと言うつもりはないと。次に示すパラグラフでこの点を詳述している。

(引用はじめ)

 ユダヤ系アメリカ人はまたイスラエルの個々の政策に対してさまざまな意見を持っている。米国イスラエル広報委員会(AIPAC)や主要ユダヤ人団体代表者会議(the Conference of Presidents of Major Jewish Organizations、CPMJO)のようなロビーの主要構成団体の多くは、強硬路線派が運営している。この強硬派はオスロ和平プロセス(the Oslo Peace Process)への反対も含めてだいたいリクード党(the Lekud Party)の膨張政策を支持している。一方、大部分のユダヤ系アメリカ人はもっとパレスチナ人に譲歩してもよいと思っている。そして、「平和を求めるユダヤ人の声」などの二、三の団体は、そうした方向を強く唱えている。こうした違いはある。しかし中道派と強硬派はいずれもアメリカのイスラエルへの変わらぬ支援を支持している。

(引用終わり)

 要するに、われわれがこのロビーを一体化した一枚岩のようなものと見ているという主張は、われわれの見解を誤って語っているのである。

 

非難 9:ミアシャイマーとウォルトはこのロビーの力を全く過大評価している。このロビーは、ワシントンでなにがしかの影響力を持っているかもしれない。しかし彼らが言っているほどの影響力を及ぼしているわけではない。

 批判者のうちの何人かはわれわれが次のようにみなしているのだと論じている。つまりこのロビーがアメリカの外交政策を「支配している」のだと。そして、ロビーの影響力の大きさはわれわれの示すものとは程遠いものだと主張している。デニス・ロス(Dennis Ross)は、われわれがこのロビーを「全能(all-powerful)」であるとみなしていると言う。一方、シュロモ・ベン−アミ(Shlomo Ben-Ami)は、われわれがこのロビーの影響力を「まったく大げさ」に描いていると書いている。また、このロビーをさして「架空の神話」だとまで言っている。

   

デニス・ロス     シュロモ・ベン−アミ

反論:この非難はわれわれが書いたものを部分的に誤って伝えている。というのは、われわれは、このロビーが「全能」だなどと言ったことはないからだ。「いかなる問題に対しても思いのままだ(it gets its way on every issue)」という含みを持たせたこともない。重要なことは、この非難が勝手に判定基準を作り出している点だ。これでは、このロビーがアメリカの中東政策の全ての側面を完全に支配している場合にしかわれわれは正しくなくなるのだ。

 イスラエル・ロビーはアメリカがサウジアラビアやエジプトなどの主要同盟国に武器を売却することを阻止できなかった。われわれはそれを知っている。しかし、こうした敗北は1970年代おそくから1980年代の早い時期のものだった。アメリカ大使館をエルサレムに移そうとした努力も失敗した。しかしこれは最重要問題ではない。それによって物的援助や外交的支援の継続的実施が影響を受けたわけではない。さらに言うと、それはイスラエル政府が強く推進している課題でもない。それより重要なことは、このロビーが時とともにすっかり強力になっていることだ。そして今日ではこのロビーが重要問題でしくじることはほとんどないことだ。クリントン政権が提示したエルサレムについての和平提案はイスラエルの指導者たちが好まない形のものだった。イスラエル・ロビーはこの提案を阻止することができなかった。だが、この提案を受け容れるようクリントンがイスラエルに圧力をかけることは困難になり、ついには不可能になった。そうさせたのはこのロビーだ。そして提案はしずかに消えていったではないか。

 われわれの批判者の何人かでさえ、このロビーがアメリカの中東政策形成に大きな影響力を持っていると認めている。例をあげよう。クリストファー・ヒッチェンス(Chrisopher Hitchens)はわれわれの論文が反ユダヤ主義的だと強くほのめかしている。そのヒッチェンスがロビーの影響力についてのわれわれの主な議論は正しいと言っている。そればかりでなく、彼の許容範囲をそう大きく超えていないとも言っている。具体的には、彼は次のように書いている。

ヒッチェンス

(引用はじめ)

 米国イスラエル広報委員会(AIPAC)その他のユダヤ人団体は特にキャピトル・ヒル(連邦議会周辺)で中東政策に絶大な影響力を及ぼしている。このことは誰でも知っている。その影響力は、おそらくキューバ人亡命者がキューバ政策に及ぼす影響力よりは小さいだろう。しかし、少数民族の力を示すものとしては堂々たるものだ。またほとんどすべての人が次のことを認めている。イスラエルの占領行為は、道義的政治的に大失敗であることを。そしてこれがアメリカを道義面コスト面で泥沼に引きずり込んでいることを。わたしだったら、ミアシャイマーとウォルトよりもっと踏み込んだだろう。そしてイスラエルの担った役割について次のことをはっきり示しただろう。南アフリカのアパルトヘイト政策を支持したこと。コンゴとガテマラで独裁者のために武器を供与し兵士の訓練を行ったこと。そしてアメリカ国内で反動勢力の汚い行為を支援したこと。中でも、イラン・コントラ事件での憲法侵害と、リクードとキリスト教右派との同盟を作り出したことだ。これらに比べれば、冷戦中や中東地域でのイスラエルの協力に関する論駁はとるに足らないものだ。        

(引用終わり)

 同様に、われわれに対する批判者としては最も手厳しいアラン・ダーショウィッツ(Alan Dershowitz)でさえも、イスラエル・ロビーの大きな力を認めている。もっと言うと、ダーショウィッツはそのことをとても誇りに思っているのだ。1991年の著書『立ち向かう勇気』の中で「同世代のユダヤ人たち」を引き合いにだして、ダーショウィッツは次のように書いた。「われわれは一翼を担ったのだ。おそらく民主制度の歴史上で最も成果をあげたロビイング(lobbying)活動と募金活動の一翼を。われわれは真に大仕事をやったのだ。できる限り許される限りの大仕事を」と。

ダーショウィッツ

 私の記憶の限りでは、アメリカの歴代大統領でイスラエル・ロビーなるものについて話した人はいなかったと断言できる。アメリカの国益を犠牲にしてまでイスラエルに好意的な外交政策に振り向けさせたオーバル・オフィス(Oval Office、大統領執務室)の決定など一度も見たことが無い。ゲルゲンのこの主張に関しては次の点の認識をしておかなければならない。第一点として、彼はアメリカの中東政策形成にあたって重要な役回りを演じた人物ではなかったことだ。ゲルゲンのホワイトハウスでの経験の回想記『権力の目撃者』では、なぜか中東への言及がほとんどない。これは彼が中東政策形成にあたって重要な役回りを演じた人物ではなかった事実から説明がつくのではないか。

オーバル・オフィス

 第二点として、「アメリカの国益にならないと思うがやろうじゃないか。あの団体の願いだというのだから」。こんなことを言ってのんきにしている大統領や補佐官たちはいない。そのくらい普通に考えてもわかる。利益グループはこうするのだ。1)大統領が考慮しようとしていることを制限する、2)圧力がなければ進むことはないかもしれない方向に(ただし、圧力がかかれば大統領は好んでやっているようなふりをすることになる方向に)大統領を力づくで踏み込ませる、3)自分たちが反対する構想を大統領が持ちつづけることを次第に難しくさせる、4)自分たちの推進する政策に最重要高官たちが自ずと好意的になっていく雰囲気を作る。こうして自らの目的を達成するのだ。

 要約する。ロビーは全ての問題で勝利してはいないという事実をもってしても、次のわれわれの中心的主張は覆っていない。「イスラエルが何をしようとも、アメリカに気前よく経済的、軍事的、外交的援助を続けさせる。そのことをイスラエル・ロビーは極めてうまくやっている」。なぜか? それは、イスラエルには強力な特定利益グループが背後についているからだ。このグループは、アメリカの指導者たちにいつも次のように思わせることができるからだ。「アメリカのイスラエル支援をもっと条件付きなものとすることは、わざわざ苦労してまでやる価値が無い」と

 

非難 10:ミアシャイマーとウォルトは、イスラエルが「戦略上のお荷物(strategic liability)」になっていると言っている。これは正しくない。本当を言うと、イスラエルの戦略的価値はずっと高いままである。たとえAIPACや他のロビーが存在しなくても、アメリカは疑いなく同じレベルの支援を行うであろう。

 マーティン・クレイマー(Martin Kramer)によると「アメリカのイスラエル支援は、地中海東部世界のアメリカによる平和(パックス・アメリカーナ、Pax Americana)の土台になっている。支援が無条件というのも実は幻想だ」。ここでクレイマーは地中海東部とペルシャ湾岸の不安定な状況とを比較している。また、こうも書いている。「リアリスト(Realist)の視点からみて、イスラエル支援は中東の一部で秩序を保つ低コストなやり方になっている。アメリカは対岸にいて軍事力無しで管理するからである」と。さらにこう付け加えている。イスラエルは「自分たちのために働こうという団体をすっかり全部必要としているわけではない。もし、このロビーの体制が明日なくなったとしても、アメリカや他の西側諸国の支援は減ることなく続くであろう」と。

クレイマー
 
反論:クレイマーによるイスラエルの戦略価値擁護論はアメリカの利益を誇張しコストを過小評価している。その第一の理由は、彼の論拠の多くが冷戦時のものであることだ。この時期にはイスラエルの戦略的価値が高かったかもしれない。それにはわれわれも同意している。実際に、われわれは、原論文(LRB版)で、そうはっきり言っている。本当の疑問点は、冷戦後の世界で、特に911同時多発テロ以降にあってイスラエルの戦略的価値がまだ高いかどうかだ。われわれは、これが高くないと論じたのだ。

 第二の理由は、「東地中海地域の安定性」の価値を誇張すべきではないことだ。もちろん、この地域の安定は望ましい。しかしそれがアメリカの戦略的利益にとって死活的に重要なわけではない。一方、ペルシャ湾はアメリカにとって死活的に重要な戦略的地域である。世界の石油供給のかなりの割合がこの地域からくるものだからである。

 第三の理由。仮に、イスラエルの戦略的価値が東地中海地域に「アメリカによる平和」をもたらすことにあるとしてみよう。だがこの点でもうまくいっているとはいえないのだ。1982年のイスラエルのレバノン侵攻はこの地域の安定性を弱めた。それはヒズボラ(Hezbollah)結成に直接つながった。ヒズボラはさらに巡って、アメリカのイラン対策を複雑なものにしている。また、イスラエルの行動のためにレーガン政権は1982年にアメリカ海兵隊をレバノンに送らざるを得なくなった。その結果その地で241名が自爆攻撃で亡くなった。イスラルは、ヨルダン川西岸とガザ地区への入植運動を続けている。これにはアメリカの援助により間接的な助成金が支払われている。この入植運動のため2つの大きな暴動が発生した。そこで数千人のパレスチナ人とイスラエル人が死傷した。

 イスラエル−レバノン国境近くで数名のIDF(Israel Defense Force、イスラエル国防軍)兵士が殺害され誘拐された。これに対してイスラエルはこの夏(2006年)に無謀で不釣合いな報復を行った。これにより、レバノンで千人以上の死者が出た。レバノンの公共基盤は甚大な被害を受け、レバノン自身による民主制への移行が危機にさらされた。そして、この地域でのアメリカのイメージが損なわれたことに加えて中東全体でシーア派の怒りに火がついた。そのためイラクでのアメリカの苦労が台無しにされている。こうしたマイナスの出来事は、アメリカが「一方に肩入れしない」よう努めてきたから起こったのではない。逆である。このロビーが議会とブッシュ政権を説き伏せて目一杯のイスラエル支援に向わせたことがある程度原因となって起こったのだ。結果は、その他の多くの事例と同様に、アメリカとイスラエル双方に悪いものとなった。

 最後の理由。アメリカはイスラエルの膨張主義(expansionism)を支援している。これがこの地域でのアメリカの人気をかつて無いほど低めている。そしてアル・カイダ(al Qaeda)のような武装テロリストグループの勢力増大に手を貸している。クレイマーは言う。「偏見のない」テロリズムの専門家で、アメリカのイスラエル支援がテロを助長してきたとの見解をとる者を知らないと。そしてアル・カイダなどが生じたのは、アメリカが1990−91年の湾岸戦争後に湾岸地域に軍隊を駐留させた後のことに過ぎないと。だがオサマ・ビン・ラディンはパレスチナ人の惨状に大きく動かされて行動していることを示すたくさんの証拠がある。クレイマーは「偏見のない」というを言葉をテロリズムの専門家に対して使っている。この言葉の意味は見え見えだ。彼はこう思っているようだ。つまりアメリカの対イスラエル援助と反米テロに関連があると考える者は誰でも「偏見がある」に違いないと。さらに、クレイマーは次のことを無視して言及していない。1990年代を通じてアメリカは湾岸地域へ軍隊を駐留させたことである。それはアメリカがそれまでの「対岸からバランスをとる」戦略を捨てて、イラクとイランの「二者同時封じ込め」政策を採用したためだ。この誤った戦略は、ワシントン近東政策研究所(Washington Institute for Near Eastern Policy、WINEP)の共同創設者、マーティン・アインダイク(Martin Indyk)が考え出した。そしてこのロビーの中のグループによって強く推奨されていたものだ。 

アインダイク
 
 クレイマーはアメリカの戦略的利益にとってペルシャ湾(Persian Gulf)は東地中海地域よりずっと重要であることに触れている。これは正しい。しかし、ペルシャ湾岸地域に対処するに際してイスラエルの戦略価値は高くない。これはわれわれが原論文(LRB版)で論じたことだ。クレイマーもそれとなく認めている。イスラエルへの無批判の支援は中東の実質的に全ての国でアメリカのイメージを傷つけている。そしてこの地域の友好国の政府がアメリカに表立って協力をすることを難しくしている。クレイマーはまた、イランが核保有の野望を抱いていることを深く懸念している。しかし、イスラエル自身は核非拡散条約署名を拒否している。そしてかなりの核を保有している。このことがイランのような国に独自の核を欲しがらせるのである。同時に、アメリカがテヘラン政府に核保有の望みを捨てるよう圧力を加えることを偽善に見えるようにしてしまうのだ。イスラエルとの結びつきをもうすこし緩めたとしても、アメリカがこの地域で直面するさまざまな困難は消えることはないだろう。だがそうしたならば、アメリカの政策はもっと柔軟で実効のあるものとなるだろう。そして真に重要なアメリカの利益を守る余地は増えるであろうに。

 「ロビーの体制が明日消えたとしても」アメリカの政策は変わらないであろうとクレイマーは主張する。われわれはこれにまったく同意しないことを最後にいっておこう。もし彼が心底そう思っているとしてみよう。では彼はなぜ誰かれとなくイスラエルの行動あるいはアメリカの対イスラエル支援に疑問を投げかける者に挑みかかるのだろう。自分の経歴の多くを費やしてまでも。もし彼の主張が正しいなら、AIPAC、WINEPあるいは同様の団体に資金援助をする人たちは、お金を浪費していることになる。そしてクレイマー自身も自分の時間を無駄にしていることになる。クレイマーは、こうした努力はすべて必要がないものだと主張している。だが、自分自身の行動はその逆を示しているではないか。

 

非難 12:ミアシャイマーとウォルトは比較分析をおこなわずに批判の対象としてイスラエルだけをとりあげている。そして他国の悪い行状を無視している。イスラエルには落ち度があるかもしれないが、サウジアラビア、ヨルダン、エジプト、などはもっとよくない。

反論:われわれがイスラエルの行動に焦点を当てたのは、イスラエルに何か悪意を抱いていたからではない。アメリカがイスラエルに大規模な物的・外交的支援を行っているからだ。その規模が他国への援助に比べて際だっているからだ。この特別待遇はイスラエルの行状が他国に比べてはるかに良いためだからか?これを見極めるのがわれわれの目的だった。われわれは違うと結論した。むしろイスラエルは、特に外交政策で他の国のほとんどと変わらない行動をとっている。

 しかしわれわれはイスラエル社会の特徴をたくさん賞賛している。イスラエルは、すばらしい科学的成果をあげている。市民社会(civil society)には活気があり行動の自由がある。公開の議論を好む風潮がある。才能ある多くの作家、芸術家、音楽家がいる。経済は高度に発達している。その他にも多くの肯定的な特徴がある。しかし、こうした特徴は、なぜアメリカがそんなにもたくさんの経済的、軍事的、外交的支援を行うのかの説明になり得ない。他のたくさんの民主国家も同じくらい肯定的特徴を持っている。しかしどの国もイスラエルほどの援助を受けていないのだ。

 

非難 13:アメリカがイスラエルにそれほどまで支援する主な理由はこのロビーである。こうミアシャイマーとウォルトは論じるがこれは誤りである。アメリカのイスラエル支援の本当の基盤にあるものは、長い間アメリカ国民が抱いてきたユダヤ人国家に対する一体感である。特にその民主的価値観との一体感である。

 批判者の何人かが、アメリカの政治家はこのロビーにそれほど影響を受けていないと論じている。彼らはロビーというよりむしろアメリカの世論の基本的な方向をくみ取っているだけなのだと。

反論:この批判は、もっともらしく聞こえる。しかし詳しく見ればボロがでてくる。確かに、アメリカとイスラエルの間には一定の文化的親和性がある。その基盤にはある程度、ユダヤ−キリスト教の伝統の共有がある。しかし、この伝統がこれまで友好の源だったことはほとんどない。アメリカ世論の間にはイスラエルへの強い支持がある。その主な理由は、このロビーがイスラエル批判を押さえつけ、同時にイスラエルを善玉にしたてることに成功しているからだ。もし、公開で包み隠しのない討論がもっと行われているとしたらどうだろう。例えばイスラエルが占領地区で何を行っているかについての討論でもよい。アメリカ世論のイスラエルへの共感はもっと少なくなっているであろう。イスラエル支持者たちは、パレスチナ人に対するイスラエルの政策への批判を黙らせることに多大な労力を割いている。その理由もこれでわかる。もっと率直な討論を行ったからといって、アメリカがイスラエルを見放すことはない。しかしアメリカの支援はもっと条件の付いたものとなるだろう。そしてもっと広範囲のアメリカの国益に沿ったものになるであろう。

 さらに、イスラエルそしてイスラエルの特定の政策を世論がどれだけ支持しているか、これを誇張すべきではない。特に、世論調査ではアメリカ国民が政治家たちよりずっとイスラエルを支持していないことが示されている。アメリカ国民は大体においてイスラエルを支持している。そしてユダヤ人国家の存在に賛成している。しかしイスラエルのいくつかの行動にはかなり批判的である。そして、イスラエルに厳しい態度をとることに驚くほど進んで同意するであろう。

 アメリカがイスラエルを支援するよう背後で駆り立てている勢力はイスラエル・ロビーだけではない。しかし、アメリカの支援が無条件なものとなっていることに対して、イスラエル・ロビーは大きく貢献している。無条件とはイスラエルが何をしようともわれわれの援助は続いているという事実のことを言っている。なぜアメリカ人がユダヤ人国家に好意的な見方をする傾向があるのか。これについてはさまざまな理由がある。われわれはそれらのいくつかに同意もする。それでも、このロビーの到達目標は次のことに置かれているのだ。できるだけ多くのアメリカ人にイスラエルとアメリカの利害は同じであると思わせること。そしてそれと違うことを言う者には政治的代償を払わせること。あるいはアメリカとイスラエルの間に距離を置かせようとする者には政治的代償を払わせることだ。

非難 14:ミアシャイマーとウォルトは、アメリカの中東政策を形成するにあたって重要な役を演じている他の利益団体や社会勢力を無視している。

 この種の論調の中の一つは次のように言う。旧保守派、アラブやイスラム支持グループ、そして外交界の有力者など、拮抗する勢力がさまざまにあると。また別の一つは、石油の重要性、いわゆる「オイル・ロビー」の重要性を強調する。(「オイル・ロビー(Oil Lobby)」は石油会社が構成しているもの、あるいは裕福なアラブの石油生産者が構成しているものを指す)。例をあげると、ヘルフとマルコヴィッツはこうに主張する。「アメリカの中東政策の真の中心にあるものは石油である。イスラエルではない」と。以下で見るように、この批判は何人かの有名なイスラエル批判者の間でも人気が高い。

反論:われわれは、アメリカの中東政策形成に働きかけを行う他の利益グループがあることを承知している。しかし、これらのグループは、単独でも、束になっても、イスラエル・ロビーに匹敵するものではない。アメリカには、2、3の親アラブあるいは親パレスチナの政治グループがある。しかしそれらは小規模で、資金豊富とは言えない。そしてあまり成果をあげているわけではない。組織立っていて政治的実力のある「アラブ・ロビー」は無い。そしてアメリカの政治家達が親アラブグループから多大な圧力を感じているという証拠はほとんどない。同様に、次のような広く流布した説を裏付ける証拠はほとんどない。あるいはまったくない。つまりアメリカの石油会社が積極的にブッシュ政権を押してイラクを侵攻させたという説だ。

 石油会社と武器製造業者は時おり自分たちの商売上の目的が妨げられないようロビー活動を行う。しかし、通常彼らは、アメリカの中東政策に広範囲に影響を与えようとすることはない。アメリカの政策へのこの影響力の不均衡は明らかである。もし、石油ロビー、武器商人、そしてアラブの石油長者がアメリカの政策を動かしているとしてみよう。その場合、アメリカがイスラエルと距離をおきパレスチナ人へ援助をおこなっている姿が見られてもよい。そう思えないだろうか。また一方、サダム・フセイン(Saddam Hussein)のイラクあるいはイランイスラム共和国のような大産油国にアメリカがご機嫌を伺っている姿が見られてもよいと思えないだろうか。しかし、これらのグループはイスラエル・ロビーよりずっと弱い。このためアメリカの政策は逆の方向に大きく傾いているのだ。サウジアラビアのような産油国は、彼らのイメージ向上のため広告会社を雇っている(特に、911同時多発テロのような事件のあとで)。

フセイン元大統領

 しかし、このような努力は、アメリカの政策のおよその方向に対してほとんど影響を与えていない。1980年代初期にAIPACの元会長モリス・アミタイ(Morris Amitay)はそのわけをこう説明している。「石油業界その他の業界もロビー活動を行う。そのとき、彼らは99パーセントの活動時間を費やして、自己利益になるとみなしたことだけを行う。税金法案にロビー活動を行うのだ。彼らが外交政策問題に対してロビー活動をしているのをわれわれはほとんど見たことがない。ある意味で、この領域はわれわれのひとり舞台なのだ」

モリス・アミタイ

(つづく)