「0046」 翻訳 アメリカ(の一部)を激怒させた、鳩山論文 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳 2009年9月2日

 ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦(ふるむらはるひこ)です。今回は、前回の論文掲載(「0045」)でのお約束通り、鳩山論文の翻訳を掲載します。日本のマスコミでも多く報道されていますが、この論文によって、アメリカ(の一部)が激怒し、「鳩山は反米主義者だ」とか「鳩山は反資本主義者だ」とかヒステリックに喚(わめ)いているようです。

 読んでみると、簡潔にまとまっていますが、微妙な違和感が残ります。ニューヨーク・タイムズ紙の論説欄は、それこそ世界最高の知識人や政治家が寄稿した文章が掲載されます。それらは格調高いものですが、今回の鳩山論文は、「日本人が書いたにしては上手だが、アメリカ人が手を入れたにしてはお粗末」なレベルのものです。代名詞の使い方が下手である点、文の構造が全て単調である点(アメリカ留学したら、外国人はこのように、短く、単純な文を書くように指導されます)から見て、鳩山氏が英訳したか(これはありえまえん)、ネオコン、グローバリストにお世話になってきた日本人(留学経験あり)が英訳したものと思われます。

 内容は、とても素晴らしいものです。アジアの地域統合は、国際関係論(International Relations)でも大きなトピックを一つですし、通貨統合から地域統合へ、というゆっくりとした、しかし着実な動きを実感できます。そして、アメリカに対する諫言(かんげん)となっています。心あるアメリカ人なら、反米だなんだと騒ぐのではなく、素直に読んでもらえると思います。これは、アメリカに対する、日本からの揺り戻し、ブローバック(Blowback、日本研究の泰斗であるチャルマーズ・ジョンソン博士の言葉)の始まりの宣言文であり、日本の独立宣言書です。

 なお、訳文にある強調部分は、訳者である古村が加えたものです。

 それでは拙訳をお読みください。

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日本の新し道(A New Path for Japan

鳩山由紀夫(Yukio Hatoyama)
The New York Times(ニューヨーク・タイムズ紙) OP-ED Contributor

August 27, 2009(2009年8月27日)

 ポスト冷戦時代(ソ連崩壊後)の20年間、日本は、アメリカが主導する市場原理主義(market fundamentalism)に席巻され、翻弄されてきた。こうした動きは、一般的には、グロバーバライゼーション(globalization)と呼ばれる。こうした原理的な資本主義(capitalism)を求める動きの中で、人間は目的(end)ではなく、手段(means)として扱われるようになった。結果、人間の尊厳は失われてしまった。

 何の制限もされない市場原理主義を終わらせるにはどうしたら良いだろうか?無制限の市場原理主義によって、社会に道徳(morals)と穏健さ(moderation)がなくなってしまった。こうした道徳と穏健さによって、人々の財産と生活が守られるのだ。この問題に私たちは直面しているが、これを解決しなければならない。

 現在のような状況の時こそ、フランス革命時のスローガンである、「リベルテ(liberte)、エガリテ(egalite)、フラタニテ(fraternite)」にある友愛(fraternity)の精神に立ち返らねばならない。この友愛の精神によって、自由の中にどうしても潜む危険を回避することができるのだ。

 私は、友愛という言葉の実践によって、現在のグローバル化された資本主義の行き過ぎを是正することができ、伝統に裏打ちされた、それぞれの国や地域に根ざした経済活動を守ることができると考えている。友愛という言葉は、こうしたことを行う際の原理(principle)となるのだ。

 現在の経済危機の原因、それは、アメリカ型の自由市場経済(American-style free-market economies)は、世界共通の、そして理想的な経済秩序であるという考えによって生み出されたと言える。そして、この考えに従って、世界中の国家は、世界共通の(もっと言えばアメリカの)基準に基づいて(in line with global (or rather American) standards)、これまでの伝統を捨て、規制を緩和しなくてはならない、という考えが大勢を占めるようになった。

 日本においては、どこまでグローバライゼーションの流れに従っていくか、で世論が二分された。ある人々は、グローバリズム(globalism)を称揚し、全てを市場に任せてしまおうと主張した。またある人々は、社会におけるセーフティ・ネットの拡充と、伝統的な経済活動を守るために努力すべく、もっと穏健な方法を取るように主張した。小泉純一郎首相の政権下(2001―2006年)、与党の自由民主党(Liberal Democratic Party)は前者の考え方を押し進め、私たち民主党(Democratic Party of Japan)は、後者の立場をとってきた。

 どの国でも、経済秩序は、長い年月をかけて築き上げられてきたものだ。そこには、それぞれの国の伝統(traditions)、習慣(habits)、人々の生活様式(life styles)の影響が色濃く反映される。しかし、グローバリズムは、経済とは関係ない、お金にならない諸価値、環境問題、資源の枯渇問題など考慮されず、ただただ、市場原理主義を推し進めてきた。

 冷戦終結後の日本社会が経験した変化を振り返って、私(鳩山)は、「グローバリズムが推進した経済秩序によって、日本の伝統的な経済活動は損害を受け鈍化し、地方のコミュニティは破壊された」、と断言する。これは誇張でも何でもない。

 市場の理論の中では、人間は人件費のかかる、厄介な存在である。しかし、現実の世界では、人間は、コミュニティの維持を助け、生活様式、伝統、文化を体現する存在である。人間は、仕事を得、コミュニティの中で役割を果たし、家族の生活を支えることで、人間として尊敬されるのだ。

 友愛の原理の下、私たち民主党は、人間の生命と安全に関わる分野を、グローバリズムの原理に委ねるような政策を実行しない。人間の生命と安全に関わる分野とは、具体的に言うと、農業、環境、医療などの分野のことである。(Under the principle of fraternity, we would not implement policieisthat leave areas relating to human lives and safety- such as agriculure, the environment and medicine- to the mercy of globalism.

 私たちにとっての、政治家の使命とは、グローバリズムの進行によって、ないがしろにされ続けてきた、非経済的な諸価値にもう一度目を向けることである。私たち民主党は、人々のつながりを結びなおすための政策を実行していく。そして、自然と環境にもっと関心を払い、福祉・医療制度の再構築をし、より良い教育制度と子育て支援を行う。そして何より、富の格差(wealth disparity)を是正していく。

 友愛という概念から生み出されるもう一つの国全体としての目標は、東アジア共同体(a East Asian community)の創設、である。もちろん、日米安全保障条約は、日本の外交政策の基軸であったし、これからもあり続ける。Another national goal that emerges from the concept of fraternity is the creation of an East Asian community. Of course, the Japan-U.S. security pact will continue to be the cornerstone of Japanese diplomatic policy.

 しかし、私は、私たち日本人が、日本がアジア地域にある国であり、私たちのアイデンティティはアジア地域にある、ということを忘れてはならないと考える。(But, at the same time, we must not forget our identity as a nation laceted in Asia. )アジア地域は、活力にあふれている。そして、アジア地域に、日本は存在しているのだ、ということをしっかり認識すべきだ。

 金融危機(financial crisis)は私たちに次のことを教えてくれている。アメリカの一極主義の時代はもうすぐ終わるだろう。(the era of U.S. unilateralism may come to an end.)そして、アメリカの通貨であるドルが世界の基軸通貨として永遠に機能し続けるかどうか、世界中の人々は疑わしく思っている。(It has also raised doubts about the permanence of the dollar as the key global currency.

 イラク戦争の失敗と金融危機の結果、アメリカ主導のグローバリズムは終焉を迎え、世界は多極(mutlipolarity)へと進んでいくのではないか、と私(鳩山)は思っている。しかし、近い将来のことを考えれば、アメリカに代わって、世界を支配するようになる国は出てこないと考える。それと同じで、ドルに代わって世界の基軸通貨となる通貨もまだしばらくは出てこないとも考えている。アメリカの影響力が様々な分野で衰えていくだろうが、ここ20年から30年は、アメリカが世界最大、最強の軍隊を持ち、最大の経済力を持ち続けるだろう。

 中国に関して言えば、最近の発展ぶりを見れば、世界の経済大国のひとつになることは間違いない。一方で、中国は軍事力も増強し続けている。ごく近い将来、中国が経済力で日本を追い越すことになる。

 日本はいかにして、アメリカと中国の間にあって、政治的、経済的な独立を保ち、国益を守ることができるだろうか?状況は複雑である。アメリカは、世界の唯一の超大国としての地位を保とうとして奮闘している。一方、中国は世界の大国としての地位を狙っている。

 政治的、経済的独立の問題は、日本だけでなく、アジア地域の中規模国、小国にとっても心配事となっている。アジア地域の各国は、アメリカの軍事力の存在が地域の安定にうまく機能して欲しいと思っている。しかし同時に、アメリカの政治的、経済的に関する過度な力を抑制したいとも思っている。中国に関して言えば、アジア地域の各国は、中国の軍事力の脅威を減少させたいと願っている。また、中国の経済発展がある程度秩序だったものであって欲しいと思っている。こうした共通の懸念や願望によって、アジア地域の統合(regional integration)が促進されるだろう。

 現在、超国家的な、政治的、経済的な哲学であるマルクス主義(Marxism)もグローバリズムも、良し悪しはあるが、停滞している。その代り、多くの国々で、ナショナリズムが大きな影響を持ち始めている。

 国際協力の新しい形(new structures for international cooperation)を構築するとき、私たちは、行き過ぎたナショナリズムを乗り越えねばならない。そして、ルールに則った経済協力と安全保障をアジア地域で達成しなければならない。

 アジア地域は、広さ、発展段階、そして政治体制の面で、ヨーロッパとは大きく異なっている。従って、経済統合(economic integration)は短期間では達成されない。しかし、アジア各国は地域の通貨統合(regional currency integration)への動きを止めてはならない。それは、アジア地域の通貨統合は、アジア地域の急速な経済発展の結果だからである。アジア地域の急速な経済発展は、日本がまず先陣を切り、次いで、韓国、台湾、香港、東南アジア諸国連合(Association of Southeast Asian NationsASEAN)に所属する各国と中国と続いてきている。通貨統合に不可欠な、アジア地域における永続的な安全保障の枠組み(permanent security framework)の構築の努力を怠ってはいけない。

 アジア共通通貨の実現に向けては10年以上の時間がかかるだろう。そしてアジアにおける通貨統合の後にくる政治的な統合はもっと時間がかかるだろう。

 ASEAN、日本、中国(香港を含む)、韓国、台湾は、世界のGDPの25パーセント以上を占めるまでになった。アジア地域における東アジア地域の経済力と相互依存関係は、ますます発展してきている。従って、アジア地域の経済ブロックの構築にとって必要な枠組みはすでに出来上がっていると言える。

 よって、私(鳩山)はいささか矛盾しているかもしれないが、アジア地域の統合に立ちふさがっている諸問題を本当に解決するには、より大規模な一体化を行うことだと考え、そのことを提案したい。ヨーロッパ連合(European UnionEU)の経験を教訓とすべきだ。地域統合によって、国境紛争をなくすことができるのだ。

 地域統合と集団安全保障(collective security)は、日本国憲法(Japanese Constitution)に書かれている平和主義(pacifism)と多極的な国際協力(multilateral cooperation)という諸原理を実現するために、私たちが進まねばならない道(path)であり、目標である。(I believe that regional integration and collective security is the path we should follow toward realizing the principles of pacifism and multilateral cooperation advocated by the Japanese Constitution.)そして、この道を進むことで、日本は、政治的、経済的独立を守り、アメリカと中国の間にいて、国益を追求することができるのだ。(It is also the appropriate path for protecting Japan’s political and economic independence and pursuing our interests in our position between the United States and China.

 私は、クーデンホーフ=カレルギー伯爵(Count Coudenhove-Kalergi)の言葉を引用して、この文章を締めくくりたいと思う。クーデンホーフ=カレルギー伯爵は、統一ヨーロッパ実現に向けての民衆運動を最初に組織した人である。私の祖父である鳩山一郎は、クーデンホーフ=カレルギー伯爵の著書The Totalitarian State Against Menに感銘を受け、日本語に翻訳した(邦題は、鳩山一郎訳『自由と人生』)。クーデンホーフ=カレルギー伯爵は、今から85年前に発表した論文「汎ヨーロッパ(Pan-Europe)」の中で次のように書いている。「歴史上に残る素晴らしいアイディアの全ては、ユートピアを求める空想(a utopian dream)に始まり、現実のものとなって結実する。ある素晴らしいアイディアがユートピアを求める空想で終わるか、現実のものとなるかは、理想を信じ、その理想に基づいて行動する能力を持つ人々がどれくらいいるかにかかっている」

鳩山由紀夫:民主党代表。今度の日曜日(2009年8月30日)の選挙で民主党が勝てば日本の総理大臣になる人物。この論文の完全版は、日本の月刊誌「ヴォイス(Voice)」9月号に掲載されている。

(終わり)