「0066」 翻訳 イスラエル・ロビーの新しい動き。イスラエル・ロビー内の反主流派のお話(1) 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳 2010年1月11日

 

 ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」の管理人、古村治彦(ふるむらはるひき)です。今回は、イスラエル・ロビーの反主流派のあるグループについての記事をご紹介いたします。少し古い記事ですが、大変参考になりますので、お読みいただければ幸いです。

 今年に入っても、イスラエルはパレスチナのガザ地区に攻撃を行っています。以下に新聞記事を転載します。

 

(新聞記事転載はじめ)

 

「イスラエル軍がガザ空爆、武装勢力の3人殺害」

2010年1月11日 朝日新聞

 [ガザ/エルサレム 10日 ロイター] イスラエル軍は10日、パレスチナ自治区ガザで空爆を行い、パレスチナの武装勢力3人を殺害した。イスラエルのネタニヤフ首相は空爆に先立ち、ガザ地区からのいかなる攻撃にも報復攻撃を行う姿勢を明確にしていた。

 イスラエル軍のスポークスマンによると、空爆のターゲットは、イスラエルに向けたロケット弾の準備をしていた武装メンバー。パレスチナ側も、武装組織の3人が死亡したとしている。

 ネタニヤフ首相は閣議で、ハマスが実効支配するガザ地区から先週、イスラエルに向けて迫撃砲やロケット弾が発射されたと説明。「この事態を非常に深刻に受け止める。(イスラエル)政府の方針は明らかだ。われわれの領土に対する攻撃には、即時かつ強力な対応を取る」と述べた。

 イスラエルとガザ地区の境界線では過去1カ月、武力攻撃が激化しており、オバマ米政権が目指す中東和平の進展が一段と難しくなることも懸念されている。

(新聞記事転載終わり)

 古村治彦です。

 イスラエルは、ガザ地区からの攻撃されたことを理由にして、その報復としてガザ地区への攻撃(空爆)を行いました。この図式は全く変わっていません。イスラエルはパレスチナ自治政府(ハマス)との対話を拒否しています。

 アメリカのイスラエル・ロビーについては、副島隆彦先生が翻訳した『イスラエル・ロビーT・U』(講談社、2008年9月・10月)に詳しく書かれています。今回ご紹介する記事の中に出てくるのは、イスラエル・ロビーの中の反主流派のあるグループです。

 彼らはまだまだ現実政治の世界で力を発揮できていないようですが、インターネット上で活発に活動しながら、少しずつ既成の団体を切り崩そうとしています。

 それでは拙訳をお読みください。

 

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新しいイスラエル・ロビー(The New Israel Lobby)

 

「ニューヨーク・タイムズ」紙(The New York Times
2009年9月3日

ジェームズ・トラウブ(James Traub)

 2009年7月、バラク・オバマ大統領(President Barack Obama)は、ユダヤ系アメリカ人諸団体のリーダーたちと、45分間にわたって会談を行った。歴代の米大統領は、イスラエルを支持する、こうした諸団体と面会してきた。しかし、オバマ大統領はのらりくらりとした態度で接し、ユダヤ系団体のリーダーたちは、オバマに対して怒りを感じたようだ。オバマ大統領はイスラエルに対して冷淡に見える。それは、彼がパレスチナ難民の故郷への帰還に対して同情的であり、反対に、イスラエルに対しては入植地の拡大を凍結するように表だって圧力を加えているからだ。2009年7月、オバマ大統領は、ホワイトハウスのルーズベルト・ルームで、全米主要ユダヤ系団体会長会議(Conference of Presidents of Major American Jewish Organizations)の副議長であるマルコム・ホーエンレインと会談を持った。ホーエンレインはオバマ大統領に対して、「イスラエルとアメリカの間に不協和音が起こることは両国にとって利益となりません。不協和音を解消するためにはイスラエルとアメリカの首脳同士が直接対話することで不協和音が解消されると思います」と述べた。ホーエンレインは、その時のことを次のように語っている。「オバマ大統領は椅子の背もたれにもたれながら、あなたの意見には同意できないと言われました。そして、アメリカとイスラエルは、前政権下の8年間、対話を継続していたが、何も前進がなかった、とおっしゃいました」

ベン=アミ

 それでも、ブッシュ大統領との会談を楽しんだメンバーが少なくとも1人はいた。それがジェレミー・ベン=アミ(Jeremy Ben-Ami)という人物である。ベン=アミは「Jストリート(J Street)」という団体の創設者であり、会長である。Jストリートは、結成されてまだ1年の新米のロビー団体で、イスラエルに対して、「革新的な」考えを持っている。ユダヤ社会の主流をなす団体の中には、ホワイトハウスがJストリートの会長を招待することに反対した団体があった。彼らの主張は、Jストリートは傍流の団体であり、彼らの主張は、ユダヤ社会の団結を乱すものだ、というものだった。しかし、Jストリートとオバマ政権はイスラエルに対する考え方を共有している。Jストリートは、ホワイトハウスに招待された。会談中、ベン=アミは一言も発しなかった。ベン=アミは、Jストリートがユダヤ系団体の中ではまだまだひよっこであることをよくわきまえていたので、おとなしくしていたのだ。しかし、会談後、ベン=アミの発言は多くのマスコミで報道され、それが主流派の諸団体を怒らせることになった。Jストリートは、そもそも「皆と協調する」というルールを守る気などさらさら持たない。それはオバマも同じだ。ホワイトハウスでの会談の1か月前、ベン=アミは私に次のように語った。「私たちは、親イスラエルという言葉の定義を作り直そうとしているのです。親イスラエルとは、イスラエルを批判しないということではないのです。党派性を持ちこむことでもないのです。イスラエルがやっていることが正しくても間違っていも関係ない、イスラエルが最も重要だ、という考えのことを親イスラエルというのではないのです」

Jストリートの会議

 Jストリートは支持を拡大しているように見える。Jストリートの予算は、設立当時の2倍の300万ドル(約2億7000万円)に増加した。ロビー活動に従事する職員の数も3人から6人に倍増した。Jストリートは、米国イスラエル広報委員会(American Israel Public Affairs Committee、AIPAC)に比べれば、ちっぽけな存在にすぎない。AIPACのワシントンでのロビー活動は伝説となっているほど、大規模なものである。Jストリートはインターネット上で活発に活動している団体であり、インターネット上で様々な意見を発表している。しかし、それは大した活動ではない。しかし、Jストリートは、現在、重大な転換点を迎えている。オバマ大統領は、それまでのアメリカ大統領とは違い、任期の初めから中東和平の実現に向けて努力することを決めていた。

  

ミッチェル     ネタニヤフ

 オバマ大統領はジョージ・ミッチェル(George Mitchell)を中東和平担当の特使に任命した。ミッチェルは、イスラエル、パレスチナ、アラブ諸国からそれぞれ痛みを伴う妥協を引き出そうとしている。イスラエルの場合、妥協というのは、入植地の拡大を凍結し、パレスチナ国家との共存を受け入れるということだ。オバマは、イスラエルに関して政治的にしがらみのない状況下で、イスラエルに妥協するように求めたいと考えていた。オバマは、アメリカ議会に対して、ベンジャミン・ネタニヤフ(Benjamin Netanyahu)イスラエル首相がオバマ大統領の要求を蹴るために様々なアピールをしてきてもそれを無視するように求めた。こうした問題に対して、主流派のユダヤ系団体は難しい立場に立たされている。一方で、Jストリートは、自分たちの立場を鮮明にしている。ベン=アミは、「私たちがやらなければならないことは、オバマ大統領を支援するために、アメリカ議会にさまざまな働きかけをすることです」

 アメリカには、「イスラエル・ロビー(Israel Lobby)」が存在し、イスラエル・ロビーは、アメリカとイスラエル両方に忠誠を誓うという「二重の忠誠心(dual loyalty)」を持っている、という考えがある。この考えについて、多くの議論がなされてきた。1970年代から、イスラエル・ロビーと二重の忠誠心について議論がなされてきたが、人々の耳目を引くようになったのは、2006年、「ロンドン・レビュー・オブ・ブックス(London Review of Books)」誌に発表されたある論文がきっかけだった。この論文は、政治学者のジョン・ミアシャイマー(John Mearsheimer)とスティーヴン・ウォルト(Stephen Walt)によって書かれた。この記事を基にして本が発表された(『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策I、II』副島隆彦訳、2007年9月・10月、講談社刊)。この本は、陰謀論(conspiracy)的な匂いがすること、イスラエルを守るために、ユダヤ人のネオコン(Jewish neoconservatives)がブッシュ大統領を説得してイラクに侵攻したという主張をしていること、ユダヤ系アメリカ人とそれ以外のアメリカ人がイスラエルに対してどのような感情を持っているのかを無視していることから、多くの人々を嫌な気持ちにさせた。しかし、ミアシャイマーとウォルトの主張は知識人たちに受け入れられた。二人は、「イスラエル・ロビーは、アメリカ議会の議員たちが、イスラエルに対する批判しないように、さまざまな方法を使って抑え込んでいる」、と強固に主張している。

ミアシャイマーとウォルト(右)

 ミアシャイマーとウォルトは次のように書いている。「AIAPCは外国政府(イスラエル)の事実上の代理人として活動している。そして、アメリカ議会に対して強い影響力を持っている。アメリカ議会でアメリカの対イスラエル政策について議論することなど不可能だ。アメリカの対イスラエル政策は世界に重大な影響を与えるのに、政治家たちは議論することができないのである」ミアシャイマーとウォルトはまた、AIPACやその他のユダヤ系団体が政府や議会の重要なポジションに「親イスラエル(pro Israel)」的な人物を送り込むことに成功しているとも書いている。これは他のロビー団体も行っていることではある。例えば、キューバ・ロビー(Cuba Lobby)も同じことを長年行っている。しかし、アメリカの国家安全保障にとって、イスラエルはキューバよりも重要な存在である。イスラエルやキューバのようにアメリカ国内に利害関係を持つ団体や組織を持つ国は他にはない。アメリカのユダヤ系団体の主流派は、イスラエル政府の考え方に従っていることを認めている。ユダヤ系の週刊誌「フォーワード」誌の編集長であるJ・J・ゴールドバーグは、「私たちは個人としての考えとは別に、イスラエルの考え方を強く支持する」と述べている。

 ユダヤ系アメリカ人たちの大多数はリベラルで、民主党支持であるが、ユダヤ系団体は、1980年代に、イスラエルと歩調を合わせるように保守化し、共和党支持となっている。特に、ロナルド・レーガン大統領時代以降の共和党は、民主党よりも親イスラエル的である。ユダヤ系団体はまた、1980年代、共和党の支持基盤として勢力を拡大していたキリスト教福音派(evangelicals)とも提携を始めた。キリスト教福音派は親イスラエル的である。2009年7月、私はマルコム・ホーエンレインと会った。彼は、クリスチャンズ・ユナイテッド・フォ・イスラエル(Christians United for Israel、CUI)というキリスト教団体が主催したワシントンでの集会に出席したばかりだった。CUIは、ジョン・ヘイギー(John Hagee)牧師が創設した団体で、カトリック、イスラム教、同性愛を嫌悪し、攻撃的な言葉で非難していた。2008年の米大統領選挙で、共和党のジョン・マケインは、CUIの支持を受けることを拒否した。

ジョン・ヘイギー

 ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)前大統領は、主流派のユダヤ系団体のイスラエルとパレスチナ、またイスラム教過激派に対する考えを共有していた。1980年代にAIPACの法務部門の責任者を務めたダグ・ブルームフィールドは、AIPACと他の主流派の団体は「ブッシュ大統領に対しておべっかばかり使っていた」と述べている。ブルームフィールドによれば、彼は「過度に平和主義(too pro-peace)」であったためにAIPACを追い出された、と言っている。AIAPCとその他の主流派の団体は、中東地域の平和実現のためにイスラエルに対して妥協するよう圧力をかけないブッシュ大統領を批判することはなかった。これはクリントン大統領の時とは正反対であった。イスラエルの右派リクード党の指導部とアメリカの主流派のユダヤ系諸団体にとって、ブッシュ大統領はまさに最高の大統領であった。

 オバマ大統領の出現と、オバマのイスラエルに対する冷淡な姿勢によって、イスラエル・ロビーからの「抑圧(stranglehold)」(ミアシャイマーとウォルトが指摘した)が減少した。元駐イスラエル米大使であり、ブルッキングス研究所の外交政策部長マーティン・アインダイク(Martin Indyk)は次のように語っている。「ブッシュ大統領時代、イスラエルはアメリカから補助金を好きなだけ貰えた。その時代、ユダヤ人社会と親イスラエルの人々の多くは次のような疑問をもつようになった。ブッシュ大統領がイスラエルにとって最高のアメリカ大統領だとすると、なぜイスラエルを取り巻く環境が急速に悪化しているのだろうか?なぜイスラエルは外交的に孤立を深めてきたのか?イスラエルはどうして、レバノンで、ヒズボラ(Hezbollah)との激しい戦争を行わなければならなかったのか?どうして、パレスチナで、穏健派のファタファ(Fatah)ではなく、過激派のハマス(Hamas)が力を持つようになったのか?ユダヤ人国家イスラエルが存続し続けるには、アメリカがイスラエルに対して無制限に援助金を与えることが最良の方法なのか、議論が分かれている」

 リベラルなユダヤ系アメリカ人の多くは、AIPACや名誉棄損防止連盟(Anti-Defamation League、ADL)が自分たちの考えを代表しているとは思っていない。2004年の大統領選挙において、ブッシュはユダヤ系有権者の4分の1の投票しか得られず、リベラルな有権者たちからそっぽを向かれた。ユダヤ系社会では、自分たちの考えを代弁する新しい団体やその方法を探し始めていた。イスラエル・ポリシー・フォーラム(Israel Policy Forum)のような既存の進歩主義的な団体は、アメリカの対イスラエル政策の変更を求める声明を発表した。しかし、彼らにはロビー活動を行うだけの人的余裕はない。AIPACの元部長トム・ダインは、2006年に、リベラル派のユダヤ人慈善事業家たちのグループから接触された。そのグループが掲げていた目的は「AIPACに対抗すること」だった。2006年末、この「AIPACに対抗すること」という大義名分の下、多くの慈善事業家たちや活動家たちが集まり、進歩主義的なユダヤ系諸団体を一つにまとめて影響力を高める目的で、議論を始めた。その中にベン=アミもいた。そうした議論の中からJストリートが生まれた。Jストリートとは、ワシントンDC市内にはHストリートまでしかないが、そこから、ワシントンで失われている政策に関する議論を喚起したいという思いから、名づけられた。設立資金は、アラン・サグナー(Alan Sagner)とダヴィディ・ジロ(Davidi Gilo)、それに、50人が出資した。50人のメンバーはそれぞれ一律1万ドルを提供した。サグナーは、ニュージャージー州在住の元不動産開発業者で、長年民主党とユダヤ系の諸団体を支援していた。ジロは、イスラエル系アメリカ人で、ハイテク関連の事業を展開している。Jストリートは、自分たちが支援すると決めた政治家たちに対して、Jストリート政治活動委員会を通じて資金提供をする。これは、AIPACやその他のユダヤ系諸団体とはまったく異なる活動である。(訳者註:企業や団体が政治家や選挙の候補者のために政治献金をするために設立する組織)

 ベン=アミは政治を見ることが三度の飯より大好きな人間(political junkie)だ。ベン=アミは14歳の時に、ジミー・カーターに自分の作ったパンフレットを送ったこともある。彼はニューヨーク市役所で働いた後、ビル・クリントン大統領の一期目には国内政策次席アドバイザーを務め、ハワード・ディーンの大統領選挙の国内政策部門の責任者を務めた。ベン=アミの家族はイスラエルと深い関係にある。ベン=アミの曽祖父たちは、1882年に、ロシアからパレスチナに帰還した最初のユダヤ人グループに参加していた。祖父母たちは、1909年にのちにイスラエルとなる土地の一部を、貝殻を使ったくじ引き(Seashell Lottery)で配分された。父親は、イルグン(Irgun、ユダヤ人のテロ組織)の青年組織ベイター(Betar)の司令官だった。ベイターは、ユダヤ・ナショナリズム運動を高揚させ、イスラエルのイギリスからの独立のために戦った。ベン=アミの父親は、第二次世界大戦後、打ち捨てられていた戦艦アルタレナと武器を購入してパレスチナに戻ってくるように命令された。戻ってきた時、デイヴィッド・ベングリオン(David Ben-Gurion)はイスラエルの独立を宣言し、すべての戦闘員に国家の権威を受け入れるように命令した。イルグンの司令官メナハム・ベギン(Menachem Begin)は戦艦アルタレナの政府への引き渡しを拒否した。その結果、イツハク・ラビン(Yitzhak Rabin)率いるイスラエル軍によって攻撃され、戦艦アルタレナは沈没した。ベン=アミはニューヨークで生まれた。彼は次のように回想している。「私の父と彼の友人たちはいつも戦艦アルタレナとベングリオンの話をしていました。そしてベングリオンがいかに馬鹿な奴だったか、そしてベギンがいかにしてシナイ半島を取り戻したかを話していました」

 ユダヤ人のナショナリズムによって、ユダヤ系アメリカ人団体の主流派が形成された。ADLの会長エイブラハム・フォックスマンは、1940年にポーランドで誕生した。フォックスマンは将来起こりうるホロコーストを起こさせないためには、警戒を永遠に解いてはいけないといつも言っている。全米シオニスト協会(Zionist Organization of America)会長モートン・クラインはホロコーストを生き残った両親の間に生まれた。フォックスマンやクラインのような人間たちは未来を予言するようなことを言う。彼らは常に危機感を持っている。有名なユダヤ系団体の本部に入るには厳重に警備された、いくつもの出入り口を抜けなければならない。確かにユダヤ系団体を脅かす危険も存在するだろう。しかし、危険物検査機を何回も通るのは、自分が商品になってレジを通っているような気分にさせる。イスラエル・ポリシー・フォーラム(Israel Policy Forum)のワシントン事務所長をしているM・J・ローゼンバーグは次のように語っている。「ユダヤ系団体の人々が何を恐れていると思います?本当のことを言うと、今現在、ユダヤ系団体の中核を構成している人々には何も危険を感じていないんですよ。実際にホロコーストの被害に遭ったり、生き残ったりした人々はすでに寿命を迎えているんです。老人ホームでイディッシュ語(ユダヤ人の言語)で会話をするような人々はいなくなりつつあります。今の中核の人々は、60代で、若いころにウッドストックに行った人々なのですよ」

 Jストリートは、対照的に一般の人々に開かれている。Jストリートの事務所に行く途中、グラフィックデザイン事務所の前を通る。この2つは、同じフロアにある。Jストリートの事務所には何も隠すものがないし、外部からの危険などないように見える。事務所にいる12人くらいのスタッフの平均年齢は約30歳である。ベン=アミは、ホロコーストの生き残りの孫たちの世代について次のように語っている。「事務所のスタッフの中には、他の宗教の人と結婚している人も多いですよ。事務所のスタッフ全員で仏教の儀式に参加することだってありますしね。私たちの中には、自分たちに危険がせまったときにイスラエルに頼る、だからイスラエルは守り通さねばならない特別な場所だ、なんて考えている人はいませんね」インターネットではブログが大流行している。そして、Jストリートのスタッフたちは、アメリカ国民がイスラエルに対して反対するようになるのはユダヤ社会にとって脅威となるとは考えていない。ここにキューバ系アメリカ人との興味深い類似性がみられる。キューバ系アメリカ人社会は最近まで、カストロのキューバ革命を逃れてきた世代が中心であった。彼らの目標は、カストロ政権を打倒することだった。オバマ大統領は、アメリカの対キューバ禁輸を緩和しても代償を支払わなくてもよい。しかし、歴代大統領は、禁輸を緩和していたら、大変な代償を払わなくてはいけなかった。現在、キューバ系アメリカ人の世論は、古い世代が中核だったころに比べれば、政治に影響を与えなくなった。対中東政策でJストリートが力を持ちつつあるのも同じだ。

 Jストリート政治活動委員会は、2008年夏、下院議員選挙の候補者たちにアンケートを送付し、中東地域に対するアメリカの関与についての考え方を知ろうとした。Jストリートは、41人の候補を支援することを決定した。彼らの多くはユダヤ系ではなかった。そして、6か月で、58万ドルを集めた。資金のほとんどは、インターネットを通じた小口献金によって集められた。インターネットを駆使するという点は、Jストリートが新しいロビー団体の特徴である。そして、献金は流れ込み続けている。2009年6月、ユダヤ系社会の指導者たちは新人議員ドナ・エドワーズに失望している、と報道された。エドワーズはアフリカ系アメリカ人女性で、メリーランド州の郊外の選出である。しかし、Jストリートはエドワーズを支援していた。エドワーズはガザ地区においてイスラエル軍が民間人を殺傷した事件を非難する決議に投票するために議会に出席しただけだし、ガザ地区を訪問した際にイスラエルの入植政策を批判しただけだが、ユダヤ社会の指導者たちには不快だったのだ。エドワーズの支援者たちは、もっと親イスラエルの候補者を次の選挙で立てられると恐れおののいた。その時、ベン=アミはJストリートのウェブサイトなどで、エドワーズのために資金集めを開始した。彼は次のように訴えた。「何十年にもわたって、既存の親イスラエル団体はこのようなやり口で、議会に対して右翼的な、親イスラエル的な態度を強制的に取らせてきたのだ。今回、私たちは友人であるエドワーズのためだけに立ち上がるのではない」エドワーズは、イスラエル・パレスチナ問題に対して自分の考えを表明しようとしただけだ、と述べた。JストリートPACは、ベン=アミのアピールから僅か4日間で3万ドルを集め、エドワーズに献金した。この出来事によって、ワシントンで活動している人々は、Jストリートの存在を認識した。既存のユダヤ系団体のリーダーたちにはショックをお与えた。既存の団体のリーダーの一人は私に対して、「エドワーズに献金をするなど、責任あるユダヤ系団体のすることではない」と憤慨しながら述べた。

 中東地域の平和の実現に関し、Jストリートは、伝統的なリベラル派の立場を共有しているが、主流派のユダヤ系団体とは全く相いれない。Jストリートの綱領には、「Jストリートは、パレスチナ国家の樹立を支持し、イスラエル・パレスチナ2国が共存することを望む。パレスチナ国家樹立に関しては、1967年に確定した国境線を基に、若干の土地交換をして領土を確定すべきだ」と書いてある。Jストリートのこの主張は、2000年に行われた、ヤセル・アラファト(Yasir Arafat)パレスチナ国家大統領とエフード・バラク(Ehud Barak)イスラエル首相との間の交渉において、当時のクリントン政権が提示した条件とまったく同じである。ベン=アミはまた、エルサレムについて、イスラエルとパレスチナ、両国の首都とする案を支持している。アメリカとEUがテロリスト組織と認定しているハマスとの交渉について、Jストリートは大変興味深い主張を行っている。Jストリートは、アメリカやイスラエルの政府関係者が直接ハマスと交渉するのではなく、仲介者を立て、交渉を行い、仲介者を関与させて、イスラエルと平和に共存できる方法を探るべきだ、と訴えている。

 Jストリートは、ユダヤ系アメリカ人のほとんどは自分たちの考えを支持していると主張している。ユダヤ系アメリカ人の大部分が戦争と平和に関しては比較的リベラルな考えを持っている。2007年のギャロップ社の世論調査によれば、ユダヤ系アメリカ人の約75パーセントがイラク戦争に反対していた。ここで疑問となるのは、ユダヤ系アメリカ人たちはどれくらいイスラエルの攻撃的な態度を許容しているのか、ということだ。Jストリートは、2008年7月と2009年3月に、中東地域の諸問題について、ユダヤ系アメリカ人たちの意識調査を行った。調査によれば、ユダヤ系アメリカ人の60パーセントは、イスラエルの入植地拡大に反対していることが分かった。また、ユダヤ系アメリカ人の大部分が、アメリカは、たとえイスラエル、パレスチナ双方の人々が不満を表明したとしても、中東地域の和平プロセスに積極的に関与すべきだと考えていることも分かった。また、イスラエルが反対しても、和平プロセスの前提を見直すべきだとも考えているようだ。また、ユダヤ系アメリカ人の僅か8パーセントがイスラエルのことを心配していないことも明らかになった。

サラ・ペイリン

 Jストリートは、ユダヤ系アメリカ人の92パーセントに向けてアピールをしているのだ。2008年9月、Jストリートは支援者たちに対して、イランの核開発に反対する超党派のデモ行進にサラ・ペイリン(Sarah Palin)を招待して演説をさせないように主催者に求める署名活動を行った。Jストリートによれば、24時間で25000人が署名したそうである。デモ行進へのペイリンの招待は取り消された。デモ行進の開催に尽力したマルコム・ホーエンレインは、ペイリンの招待取り消しに関し、Jストリートは一切関与していないと述べている。Jストリートは、アメリカ議会がイランへの経済制裁を強めようとした時もそれに反対する行動を取った。一部の専門家たちは、経済制裁強化によって、イランとアメリカは関係を悪化させ、戦争にまでエスカレートしてしまうだろうと予測していた。ベン=アミは、ジョン・ヘイギー牧師の過激な発言をウェブサイトに掲載し、主流派のユダヤ系諸団体が大変危険な人物と連携していることを知らせようとした。Jストリートの活動で最も議論を呼び、重要なものは、イスラエルの安全保障に直接関連するものである。イスラエル空軍の戦闘機が2008年12月27日にガザ地区を攻撃したとき、Jストリートは、「政治的な争いを軍事的に解決できない。攻撃停止に向けてアメリカ政府は外交的に介入し、交渉をさせるべきだ」というプレスリリースを発表した。12月28日、Jストリートのキャンペーン部門責任者アイザック・ルリアは、支援者へのメッセージの中で次のように書いた。「イスラエルの人々にロケット弾が降り注ぐのも、自爆テロの危険に晒されるのも正しくない。それと同じように、もうすでに充分に苦しんでいる150万人のガザ地区のパレスチナ人が過激派の行動によって罰を受けるのは正しいとは言えない」

(つづく)