「0067」 翻訳 日本経済には改革が必要だ、という主張をしてきた経済ジャーナリストの最新論文を紹介します。 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳 2010年1月15日
ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦(ふるむらはるひこ)です。本日は「フォーリン・ポリシー」誌に掲載された、日本経済についての記事をご紹介します。
著者のリチャード・カッツは、日本経済を主要なテーマとしている経済ジャーナリストです。彼の著書『日本:機能しなくなりつつあるシステム』(Japan: The System that Soured)は、1998年に出版された本です。この本の中で、カッツは、「日本の高度経済成長を支えた、日本独自の経済システムが、日本の経済不況(「失われた10年」)の原因となってしまった」という主張を行っています。
ですから、カッツは、日本の経済改革、特に小泉・竹中路線を支持してきたはずなのですが、この論文においては、供給サイド、需要サイド、一方に偏った経済政策は良くないと主張しています。供給サイド(企業側)と需要サイド(家計側)両方を良くするために、経済改革が必要だということを書いています。経済改革を行うことで経済が良くなり、民主党は政権を維持できるが、それができなければ民主党は政権を失い、日本は政治的な安定を失うとも主張しています。
政権交代は様々な民主政治体制を採用している国々で起きています。しかし、そのスパンは数年間ありますが、日本は与党が脆弱な立場に置かれているために、逆に政権交代が短いスパンで起きる可能性が高いです。そうなると、経済改革のみならず、政治改革や官僚支配体質からの脱却もできなくなってしまいます。そうならないためにも、現在の民主党政権が衆議院議員の任期の間は続いてもらいたいと思います。
それでは拙訳をお読みください。
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日本のニセモノの経済改革:日本政府は、後ほんの少し「創造的破壊」を行うべきだ(Japan’s Fake Economic Reforms: Why Tokyo could use a little more creative destruction)
2010年1月8日 フォーリン・ポリシー誌(Foreign Policy)
リチャード・カッツ(Richard Katz)筆
2009年末、民主党政権(2009年8月の選挙で大勝した)は、これから10年の成長戦略を発表した。「政府の成長戦略は、これから10年間どうあるべきか」について、2人の人物が真っ向から対決していた。小泉純一郎元首相の経済顧問だった竹中平蔵は、政府が行うべきことは、ビジネス志向の供給サイド(supply side)重視型の政策を実行し、新しい富を作り出すことだ、と述べた。菅直人副総理・財務大臣は、需要(demand)を喚起し、消費者を助ける必要があると、と強調した。菅蔵相は、小泉政権下で実行された政策の失敗を踏まえ、「企業は、商品を売ることができなければ、新しく人間を雇うことも、設備投資にお金を回すこともできない」と述べた。
鳩山由紀夫 菅直人 竹中平蔵
鳩山由紀夫首相は、菅蔵相の主張する方法を選択した。鳩山首相は次のように述べた。「これまでの自民党政権は、供給サイドにばかり偏った政策を実行してきた。私たちは、需要を生み出すための政策を行う」と。鳩山政権は、これから10年間で、GDPの年間成長率を2パーセント、老人介護、医療、環境、観光の分野で新たに476万人分の雇用を創出するという目標を設定した。ここで問題なのは、鳩山政権の発表した成長戦略には、成長も、戦略も含まれていない、ということだ。成長戦略の中には、様々な目標が書かれているが、それを実現するための手段が書かれていなのだ。
更に言うと、目標それ自体が、現実的ではないのだ。鳩山政権はGDPの年間成長率を、2009年比で、2パーセントと設定している。しかし、2007年から2009はじめにかけて発生した経済不況によって、日本のGDPは、全体で9パーセントも減少した。鳩山政権は、GDPの基準を、2007年からの経済不況に陥る前の時期のGDPに置くべきだ。経済不況の前のGDPを基準にすると、鳩山政権の成長戦略のGDPの目標は、2020年までのGDPの年間成長率は、1パーセントにすぎないことになる。これはみじめな数字である。新規雇用を増やす目標も現実味がない。これから10年、労働人口は760万人増えるが、一方で、退職者たちの数も650万人増加する。鳩山政権は、いくら雇用を創出してもそれを埋めるだけの労働人口が確保できない、という問題をどのように処理するつもりなのか?労働人口の微増・減少を解決するために、日本が移民や女性を労働市場に受け入れることはない、と誰もが考えている。
日本が経済的に復活するためには、菅蔵相、竹中元大臣の、サプライサイドと需要サイド、という間違った二分法を乗り越えることだ。著名な経済学者アルフレッド・マーシャル(Alfred Marshall)は、今から約1世紀前に、「はさみには2つの刃が必要だ。経済で言えば供給と需要だ」と主張した。日本経済が成長できない理由、それは、はさみの2つの刃に当たる需要と供給が、錆びついて、うまく切れなくなっているからだ。それに加えて、一つの刃がもう一つの刃の錆びつきを増長させているからだ。
マーシャル
これまで30年間、日本は慢性的な需要不足に苦しんできた。需要不足とは、簡単に言うと、経済における拒食症(Anorexia)と言えるだろう。現在の消費者の消費は余りにも少ない。それは世帯所得が余りにも少ないからだ。過去10年、労働者1人当たりの実質賃金は、1年を除き、毎年減少し続けてきた。それでも消費が少しずつでも増加していっていたのは、各世帯が貯蓄を減らしてきたからだ。日本の世帯貯蓄率を見ていくと、1980年は17パーセント、1997年には10パーセント、そして2008年には2・3パーセントになった。所得が上昇すれば、日本の人々は消費に回すようになる。
需要不足を解消するために、過去10年間、自由民主党(Liberal Democratic Party)政権は、人工的な経済刺激策を実行してきた。巨額の財政赤字、貿易黒字の拡大、破綻寸前の企業の救済とインフラに対する投資を増加させるために通貨供給量を増加、などの政策を行ってきた。自民党政権の行ってきた諸政策は、もともと持続できるものではなかった。それが、最近の経済不況によって明らかになった。最近の経済不況によって、輸出は低下し、投資も低調となり、GDPは減少してしまった。今回の経済不況によって、GDPは、2001年以来回復させてきたものの、その70パーセントを失うことになってしまった。
現在、日本経済は生産能力を7パーセント減らしている状況だ。経済学者たちは、2010年、経済が元に戻ってしまうのではないか、と危惧している。このような状況下で、民主党(Democratic Party of Japan)政権は需要を喚起する政策を早急に実行しようとしている。民主党政権が発表した成長戦略は、経済の初期治療としては良い政策を提案している。民主党政権は、子供手当を支給することで世帯の可処分所得を増やそうとしている。自民党政権は、「どこにも行けない橋を建設している」などと悪評が高かった公共事業を行ってきた。民主党政権は、GDPの4パーセントに当たる21兆円を使い、子供1人あたりに年間3,250ドル(約30万円)を支出する子供手当、高校の無償化(学生一人当たり5,000ドルに相当)、子供の医療費無償化、減税を行うとしている。
残念なことに、民主党は、国民に贈り物をすることで、財政を悪化させることになる。民主党は無駄な公共事業に支出をしないと言いながら、浮いたお金を国民にバラマいてしまうことになる。民主党は、財源不足のために、自分たちが提案したいくつかの政策を削減し、もしくは延期しなくてはならなくなっている。更に、民主党は、労働市場と資本市場にある構造的な欠陥に対する対策を提案していない。こうした分野は家計に直接かかわっているのだが、民主党は何もしていない。
民主党は、自分たちの政策を行うために必要な財源を確保できずにいる。その結果、供給サイドの問題も悪化させている。日本は家計を増加させ、高齢者たちの生活を支援し、税収を増加させ、投資のリターンを増やすための材料を見つけることができないだろう。
労働人口は減少する中で、GDPを増加させる唯一の方法は、労働者一人当たりの生産量を増加させることだ。しかし、ここ10年間での、生産性(productivity)の向上は年率で1・5から2パーセントしか向上していない。労働力は年率で1パーセントずつ低下し、生産性が1.5から2パーセント向上すると仮定すると、GDPはたった0.5から1パーセントしか増加しない。これは計算上明らかだ。これは、日本銀行(Bank of Japan)、OECD、その他の国際機関が予測してきたことが実際に起こることを意味している。
従って、日本は生産性を劇的に向上させなければ、長期にわたる経済成長を達成することはできないのだ。残念なことに、民主党も自民党もこの生産性の向上の必要性を深刻に受け止めていない。現在、科学研究、防衛に関する支出とナノ技術のような特殊な分野について多くの議論が行われている。しかし、日本政府は、アメリカにおいて進行している生産性の革命的な向上に注目しなければならない。アメリカでは、古臭いビジネス慣行が横行していた、金融や銀行業の分野でも生産性の向上が見られる。厳しい競争の下、金融や銀行業の分野では、新しい技術とより効率的なビジネスのやり方を採用している。自動車産業のようないくつかの世界的な産業分野を除き、日本の大多数の産業分野では、生産性が低下し、世界各国に追いつかれてきている。製造業において、日本の生産性は、アメリカの生産性よりも30パーセントも低い水準となっている。
重要なことは、経済学者ジョセフ・シュムペーター(Joseph Schumpeter)が提唱した、「創造的破壊(creative destruction)」を起こすことだ。これはまた、韓国の財務相は、「競争がないところに、競争力は生まれない」とも語っている。健全な経済の下では、雇用は自然と生まれるものだ。企業はより新しく、より良いものが生まれ、古い企業を押しのけていく。社会的セイフティネットが完備されていれば、労働力は企業から企業、古い仕事から新しい仕事へと移ることができるようになる。政府が保証するセイフティネットがあり、同時に競争があることで、経済が成長し、失業率が低下し、賃金が上昇し、収入が保証されることになる。こうした制度は、スウェーデンとデンマークでうまくいっている。
シュムペーター
日本には、競争も、社会的セイフティネットも備わっていない。日本では既存の企業と雇用を守るために競争が制限されている。その結果、先進国の中で、労働力の移動率が最も低く、倒産が最も少ない状況となっている。そして、最も低い経済成長率に甘んじている。自民党は、「パートタイム雇用を増やすことで労働力の移動を促進し、その結果供給側の改革を進めよう」と主張している。現在、日本の労働力の3分の1は非正規雇用が占めている。実際のところ、こうした「非正規の(irregular)」労働者たちに支払われる賃金は低い。各企業が支払う実質賃金もまた低下している。その結果、消費者の需要は減退し、経済改革に反対する政治的な揺り戻しが行った。民主党は、セイフティネットを整備し、非正規労働者の賃金を正規労働者の水準に近づけるという政策を主張していない。そうではなく、民主党は、非正規雇用の労働者をいくつかの産業分野で使用することを禁止し、終身雇用(lifetime employment)を復活させようといろいろと無駄な努力をしている。
民主党の政治家の中には、労働力の柔軟性、より高い水準の賃金、消費者の需要を高めることはそれぞれが相互依存していて、一つ一つが絡み合っていることをよく理解している人々もいる。しかし、党の戦略を決定している幹部たち、特に幹事長の小沢一郎(Secretary-General Ichiro Ozawa)は、脆弱な産業分野に属する有権者や労働組合からの支持を失いたくないと考えている。従って、民主党は、日本にとって、変化が必要な経済的ファンダメンタルズを変化させるという課題を先延ばしにしている。
小沢一郎
幸運なことに、経済不況から脱する方法がある。自民党を長年支えてきた、伝統的な支持基盤がどんどん弱くなってきている。有権者たちは、経済を判断基準として投票するようになっている。従って、短期的には、利益団体を懐柔する必要があり、その場しのぎをしてしまうと、長期的にみると、それによって選挙での敗北につながってしまう。2009年の総選挙で自民党が大敗を喫したのはまさにそうしたことが理由となっている。この新しい政治の動向は、民主党が改革を行おうとする際に、大きなプレッシャーとなっている。
民主党の政治家たちの多くがこのことにすでに気づいている。民主党の政治家たちは、消滅しつつある、高齢化した農業従事者たちに生産補助を行う良売りも、安い農産物を輸入し、個別所得補償を導入することを主張している。自民党は衰退しつつある農業分野に生産補助を行ったことで、かえって支持基盤を失い、政権を失ったと言えるのではないだろうか。当選回数の少ない若手の政治家たちは、その多くが官僚、サラリーマン、学者の出身である。彼らは、長期的に見て、効率的な政治を行うには、効率的な政策を遂行しなければならないことをよく理解しているように思われる。
民主党の発表した新しい成長戦略は、今年7月に行われる参議院議員選挙のための、使い捨てにされるパンフレットにしか過ぎないことはいずれ明らかにされるだろう。民主党は、今度の参議院選挙で勝利を収めることで、両院において、単独過半数を得ることを必要としている。参議院選挙で勝利を収めることで、社民党、国民新党という2つの小政党に頼る必要がなくなり、難しい経済問題にじっくりと取り組めるようになる。2009年の衆議院選挙で勝つために言わなければならなかったことと2010年の参議院選挙で言わなければならないこと、権力を保持するために民主党がやらなければならないことは、まったく違ったものである。民主党は日本経済を復活させないと、権力の座から滑り落ちてしまうだろう。更なる政界再編と、有権者の意識の変化が起こることは間違いない。そうなってしまえば、日本の政治は不安定なものとなる一方、経済的な繁栄は全く見込めなくなってしまう。経済的繁栄を取り戻すためには、真剣に改革を行うことが必要だ。
リチャード・カッツ
※リチャード・カッツは、「オリエンタル・エコノミスト・レポート」誌の編集者である。著書に『日本:機能しなくなりつつあるシステム』(Japan: The System that Soured)
(終わり)