「0070」 翻訳 史上最大のネズミ講事件を扱った本の書評をご紹介します。 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳 2010年1月30日

 

 ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦です。今回は、私が翻訳に関わっている本の書評をご紹介したいと思います。

 今回、私がご紹介するのは、The Believers: How America fell for Bernard Madoff’s 65 billon investment scam by Adam LeBor (NY: Orion Publishing, 2010)です。現在、私は、この本の翻訳を進めております。できるだけ早い時期に出版できるよう、努力をしております。

アダム・レボー(著者)

 著者のアダム・レボーは、イギリス出身のハンガリーの首都ブタペスト在住のジャーナリストです。ヨーロッパの政治経済、ユダヤ人に関する何冊もの本を出しています。そのうちの1冊は、日本でも出版されています。それは、『ヒトラーの秘密銀行』(KKベストセラーズ、1999年)です。この本は、第二次世界大戦中、スイスの銀行がいかにヒトラー率いるナチス・ドイツに協力していたか、ドイツがユダヤ人たちから没収した資産を預かっていたことを明らかにしています。

バーナード・マドフ

 今回の本はレボーの最新刊で、一昨年(2008年)12月に発覚し、大騒ぎとなった、バーナード・マドフ(Bernard Madoff)によるネズミ講事件を題材にしている本です。マドフのネズミ講の被害額は、650億ドル(約6兆円)にものぼり、史上最大の詐欺事件と呼ばれています。そして、多くの著名人たちが被害者となっています。スティーヴン・スピルバーグやラリー・キングなどが多くの著名人たちが被害者となっています。この本の著者レボーは、事件の根底にあるものを詳細に描いています。詳しくは、是非、本を手にとってお読みください。できるだけ早く、皆様のお手元に翻訳をお届けできるように努力してまいります。

 翻訳が出版されましたら、当サイトでもお知らせいたします。どうぞよろしくお願いいたします。

 

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書評1 ニューステイツマン(New Statesman):イギリスの左翼系月刊誌

アダム・レボー(Adam LeBor)著『バーナード・マドフ事件』(The Believers: How America Fell for Bernard Madoff’s $65bn Investment Scam

評者:ブライアン・アップルヤード(Bryan Appleyard)筆
2009年12月3日付

 

「犯罪の天才」

 

 本書は、バーナード・マドフ(Bernard Madoff)と彼が行ったネズミ講・無限連鎖講(Ponzi, or pyramid-selling, scheme)を取り扱っている。そして、「マドフはどのようにネズミ講を行ったのか?」という疑問に鮮やかに答えを出している。バーナード・マドフは、魅力的な人柄、傲慢さ、並はずれた残忍さを使い、ネズミ講を成功させていた。しかし、本書の著者アダム・レボー(Adam LeBor)は、「バーナード・マドフはどうしてネズミ講を行ったのか?」という疑問には答えを出していない。しかし、誰にもその答えを出せない、というのが公平な評価であろう。

 ネズミ講とは、新しい投資家から得たお金を、古くからいる投資家に支払うという方式を取る詐欺行為だ。ネズミ講は、最終的には破たんする。時間が経てば、新しい投資家を見つけられなくなるからだ。マドフはそのことをよく分かっていた。それでもマドフはネズミ講を運営するために努力し続けた。そして、マドフのネズミ講が明るみに出たとき、被害総額が650億ドル(約5兆8500億円)となっていた。マドフは、ネズミ講を止めることができなかった、と発言している。しかし、彼はネズミ講を止めることができたはずだ。そして何より疑問に思うのは、「バーナード・マドフがどうしてネズミ講を始めたのか?」ということだ。

 マドフのネズミ講の特徴は、「親近感を利用した詐欺」である。ユダヤ人であるマドフは同胞のユダヤ人たちをターゲットにした。マドフの被害者たちは自分とマドフは親友だと思っていた。被害者たちは、マドフのことを魅力があり、信頼できる人物だと考えていた。しかし、あるウォール街で活躍している投資銀行家が述べたように、自分の人種をセールスに利用する人物には近付いてはいけないのだ。バーナード・マドフはあらゆる機会に、自分がユダヤ人であることをアピールし、利用した。そして、多くのユダヤ人たちが籠絡されたのである。

 本書の著者レボーは、マドフのネズミ講事件の背景を私たちに分かりやすく説明してくれている。マドフの父方、母方の祖父母たちは共に20世紀の初めに、それぞれワルシャワとガリツィア(ウクライナの南西部)からアメリカに移民してきた。彼らは、ユダヤ人の大量移民の波に乗ってアメリカにやってきた。しかし、この20世紀の初頭に起きたユダヤ人の大量移民の波は、すでにアメリカに定着していたユダヤ人たちを恐怖に陥れた。彼らは、「イエッケ(Yekkes)」と呼ばれ、都市に住み、専門職に就いている者が多かった。彼らの先祖は19世紀にはアメリカに移民してきており、少なくとも1世紀以上にわたり、アメリカ人として生活していた。

 新しくやってきたユダヤ人たちは二つの特性を持っていた。悪い面で言うと、新しくやってきたユダヤ人たちは虐げられ、差別された。それに対抗するために、彼らの中にはギャング団を結成する者たちがいた。ユダヤ系ギャングは、現在でも小説や映画によく出てくる。だが一方で、彼らは、勤勉で、創造性にあふれていた。また、同じユダヤ人である「イエッケ」と、他のアメリカ人が持つ反ユダヤ主義(anti-Semitism)を乗り越えようと努力していた。マドフはユダヤ系アメリカ人の中でも最悪の人物である。著者レボーは、マドフのことを「金融犯罪の天才」と呼んだ。私はマドフが天才であるかどうか分からないし、天才とはどのような人のことなのか、はっきり分からない。しかし、彼はただの愚か者であり、敗北者である。しかし、「犯罪(criminal)」であることは間違いないが、「悪徳(evil)」まで言えるかどうか、私は自信を持てないでいる。

 マドフのトリックは成功した。彼は、マンハッタンにあるリップスティックビルの2つのフロアを借りて、手広く株式取引ビジネスを展開していた。彼は、コンピューターによる株式取引の先駆者のひとりであり、ナスダックの会長を務めた。ウォール街の伝統的な勢力はマドフのことを嫌っていた。しかし、ウォール街は、伝統勢力はマドフの成功を無視することはできなかった。投資家たちにとって、マドフは優良な投資先であった。

 リップスティックビルの1つのフロアでは、ネズミ講が大きく成長していった。ネズミ講には、秘書や幹部社員は関わっていなかった。ネズミ講に関わっていたのは、礼儀知らずのフランク・ディパスカリと古ぼけたIBM製のコンピューターであった。ディパスカリの使命は、顧客に送る報告書に記載するために、何百万ドルもの虚偽の取引をでっちあげることだった。ディパスカリは顧客に対して横柄な態度で接した。不快感を覚えた顧客たちがマドフに電話をかけたが、マドフは顧客に対して礼儀正しく接した。

 マドフの噂話は、マンハッタンのユダヤ人たちの間に最初に拡がった。ついで、コネチカット州のワスプたち、そして、パームビーチの金持ちたちにまで拡がった。バーナード・マドフのファンドは年率10から12パーセントの利益を安定的に出すということで評判になった。安定した利益というのが投資家たちにとって魅力的だった。年率10から12パーセントの利益というのは、人々を惹きつける。それより高ければ嘘くさいし、何より高すぎる利益を出し続けていたら、ネズミ講は数カ月で破たんしていただろう。

 手ごろな利益率は詐欺の一部分にすぎない。マドフは、投資ファンドをカルトに仕立て上げた。人々の証言によれば、マドフの投資ファンドに投資するのは大変に難しかった。マドフは投資家を選別していたし、ビジネスを拡大しなかった。しかし、マドフがうなずいたり、ウィンクをしたりすることで、投資家たちは顧客として受け入れられたことになった。実際、投資家たちが何も知らないまま詐欺に騙されていたというのは、このマドフ事件のもっとも笑えるが悲しい点である。今回の事件で悪名が高まったフィーダーファンドは、投資家たちに知らせることなく、マドフに何十億ドルものお金を流していた。コネチカット州やパームビーチに住む大金持ちたちは、金融の知識を持っていたにもかかわらず、お金をバーナード・マドフに渡していたのだ。

 マドフのネズミ講の最後の特徴は、政府機関がきちんと機能しなかったことである。証券取引委員会は、1999年から後、マドフのネズミ講を摘発できたはずだった。金融の専門家たちは、マドフがネズミ講を行っている可能性が高いことを指摘していた。バロン誌で記事を書いているジャーナリストのエリン・アーヴェドランドは、マドフが巨大なヘッジファンドを運営していたのに、手数料も、出した利益の一部も受け取っていなかった。アーヴェドランドの調査によると、マドフは2億4000万ドルを稼いでいた。フランスの銀行ソシエテ・ジェネラルは、マドフの投資戦略について秘密の調査を行ったところ、その戦略を行っても利益が出ないことを確認した。マドフは胡散臭かったのだろうか?政府機関はマドフを胡散臭いと考えなかった。重要な点は、強欲は、セックスと同じように、理性を超えてしまう。マドフは、頭が空っぽの金持ちたちに、自分は選ばれた人間でそれによって金儲けができると思わせた。彼らは、「マドフは金儲けのための秘儀を持っている」という根拠のない幻想を本当のことだと信じたのだ。

 マドフのネズミ講を破たんに導いたのは、2008年に起きた経済危機だった。マドフは市場を利用してのし上がり、そして市場によって殺された。マドフは現在、サウスカロライナ州の刑務所に収監され、机やドアにつけるネームプレートを作っている。株式市場などは少しずつ回復しつつある。住宅価格は上昇している。金融機関では再び高額のボーナスが支払われるようになっている。そして、新しい詐欺事件も次々に起こっている。私はブレヒト(Bertolt Brecht)の警句を引用したくないのだが、あの有名な警句で締めくくりたい。「私たちは敵をやっつけることができた。しかし、油断してはいけない。私たちの敵を生み出した売女は再び発情している(The bitch that bore him is in heat again)」

 

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書評2(ジ・アイリッシュ・タイムズ)

傲慢と偽善の物語は、投資家たちがマドフの狂信者となる過程を語る

 

ローラ・スラッテリー(LAURA SLATTERY
2009年11月17日付

アダム・レボー(Adam LeBor)著『バーナード・マドフ事件』(The Believers: How America Fell for Bernard Madoff’s $65bn Investment Scam

 

 人々はどうしてバーナード・マドフに夢中になってしまったのか?ホワイトカラーの犯した犯罪など何も珍しいことではない。ウォール街の金融業者に自分のお金を託すほど信頼してはいけないというのも当たり前のことだ。しかし、ここ1年、私はマドフの狂信者たちについて興味が尽きなかった。

 私は、マドフに騙された有名人たちの名前をしっかり覚えている。また、インターネット上にあるマドフの邸宅や別荘のスライドを見た。加えて、「ヴァニティ・フェア」誌に掲載された、マドフの妻ルースに対する非難と同情が織り交ぜられた記事や、ルースが保有を許された資産250万ドルに関する記事を興味深く読んだ。人々がマドフに関心を持つのは、これまであった詐欺事件よりも規模の大きい詐欺を行い、ニック・レッソンやジョン・ラスナックのような悪徳トレーダーたちが小物にしか見えないほどのことをやってのけたからだ。

 アダム・レボーのこの素晴らしい本は抑制が良く効いている。本書は、どのようにして650億ドルものお金がマドフに流れ込んだのか、について詳細に説明している。2008年12月、マドフは逮捕され、自分の投資ビジネスは「大きな嘘」だったことを認めた。

 金融の知識がある人々がどうしてマドフに騙されてしまったのか?マドフの被害者たちはどうして、投資の鉄則である分散化をすることなく、すべての資産をバーナード・マドフにつぎ込んでしまったのか?どうして政府機関は多くの警告を無視し、その結果、マドフ自身が考えていたよりも、長くネズミ講を生かすことになったのか?

 本書のタイトル「ザ・ビリーバーズ(The Believers)」がいみじくも示しているように、本書はマドフの伝記ではなく、彼の「カルト」たちのことを書いてある。レボーは、マドフを神のような存在であると考えると、今回のネズミ講事件のことを理解しやすくなると主張している。マドフに騙された人々は多岐にわたっている。このことから、マドフの人間を騙す能力は大変なものだということが分かる。

 マドフは、「親近感を利用した詐欺」と呼ばれる詐欺を行った。マドフはターゲットを、自分が属するユダヤ人社会の金持ちたちに設定した。マドフは、マンハッタン、ロングアイランド、パームビーチに住むエリートたちを騙したのである。マドフはユダヤ人社会の金持ちたちを自分の仲間だとは考えていなかったようだ。マドフの祖父母たちは東ヨーロッパからの貧しいユダヤ移民であった。一方、金持ちユダヤ人たちの先祖はドイツからいち早くアメリカに渡ってきた金持ちのユダヤ人たちであるイエッケスだった。イエッケスたちは、東欧からやってきてスラム街を形成した「オストジュデン」たち(貧乏ユダヤ人たち)が大量にアメリカに移民してくることに恐怖を覚えた。それは貧乏ユダヤ人たちの存在によって、アメリカで反ユダヤ主義が大きくなってしまうと考えたからだ。

 レボーは、東欧から移民してきた貧しいユダヤ人たちの子孫たちは、イエッケスの冷たい仕打ちを何世代にもわたって忘れていない、という主張を行っている。そして、その主張が正しいとすると、マドフは、何十年にもわたって、カントリークラブを舞台にして金持ちユダヤ人たちを騙したのは、先祖の恨みを晴らすためだったのだ、という説明ができる。マドフは合法的な証券会社を設立し、それで成功し、何百万ドルものお金を手にするようになった。彼が成功を収めたのはユダヤ系のスラム街があった場所ではなかった。マドフと妻のルースは、金持ちユダヤ人たちが多く住むパーク街のペントハウスに住んでいた。

 レボーは、マドフの残忍さを、怒りを持って描いているが、当時に、被害者たちにもあまり同情を持っていないようである。被害者たちは、年率10から12パーセントの利益を約束してくれる、秘密の、そして、排他的なファンドに投資しようと右往左往していた。

 投資家たちは、多くのヘッジファンドが大変に高い利益を謳い文句にして宣伝していたが、自分たちは安定した利益を出していたマドフを選んだのであって、決して強欲ではなかったと言っている。他の投資家たちは、自分たちはマドフが安定して利益を出していることに疑問を持っていたが、マドフのトリックに引っ掛かってしまい、その疑問を口にできなかったと言っている。マドフのトリックとは、「あなたたち特別な存在だから、特別な利益を得ているのです」ということを顧客たちに吹き込むことだった。更に、投資家の中には、自分はマドフが何かインチキを行っていたことを知っていたのだ、と言う人々がいた。彼らは、マドフがインサイダー取引をしているのだろうが、それは自分たちとは直接関係ないことだ、と考えていた。

 レボーのこの本は、複雑なマドフのネズミ講事件の多くの側面を時系列に、丁寧に描いている。この本には傲慢と偽善についての詳細な物語がたくさん詰まっている。マドフのネズミ講に資金を流した人々は、自分たちがいくら損失を被ったのかはっきり言わない。それは、これ以上、訴えられないようにするためだ。

 本書の中身は、繰り返しの話が多いように思われるかもしれないが、それぞれの話に出てくる人間たちは、それぞれ自分自身の考えに基づいて行動した。その結果として、すべての人間がマドフに騙された訳ではない、ということが分かるのだ。

 

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書評3(ザ・タイムズ)

イアイン・フィンレイソン(Iain Finlayson)筆
2009年10月24日付

アダム・レボー著『バーナード・マドフ事件:巨大ネズミ講の顛末』(ウェインフィールド・アンド・ニコルソン刊、280ページ、2009年10月)

 騙されやすい人々が古典的なネズミ講に引っかかった。被害者たちは、負債額が資産額を超過してしまった。つまり、資産をすべて失い、借金だけが残ってしまった。レボーは次のように語っている。バーナード・マドフは、短期に尋常ではない利益を出すのではなく、長期にわたり、安定した、平均以上の利益を出していた、と喧伝していた。この点だけ見ても、マドフは犯罪の天才である。現在、経済は危機的状況にあり、私たちは正しい者が最後には報われるという道徳的な物語を読みたいと思っている。

 この本は、マドフが、金融の知識を持ちながら騙された馬鹿な金持ちたちから、いかにしてお金を騙し取ったのかについての物語である。レボーはマドフのネズミ講事件の裏側にある人間物語を巧みに描いている。そして、経済のことを知らない人々でも本書を楽しんで読むことができる。

 

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(終わり)