「0080」 翻訳 オバマ政権内での対イスラエル政策の亀裂に関する論文を2本ご紹介します。 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2010年4月5日
ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦です。まず、宣伝をします。いよいよ、2010年4月17日に、副島隆彦先生が監訳・まえがき、私が翻訳をしました、アダム・レボー著『バーナード・マドフ事件 アメリカ巨大金融詐欺の全容』(成甲書房刊)が発売されます。どうぞよろしくお願いいたします。
今回ご紹介する2本の論文は、オバマ政権内の対イスラエル政策で、2つのグループがあり、対立しているということを報告しています。そして、オバマ政権内で、親イスラエル的な立場から対イスラエル政策を捻じ曲げているのが、副島先生が翻訳された『イスラエル・ロビー1・2』にも登場する、デニス・ロス(Dennis Ross)という人物です。
デニス・ロス
それでは拙訳をお読みください。
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オバマ政権内で進行している対イスラエル政策についてのすさまじい議論(Fierce debate on Israel underway inside Obama administration(UPDATED))
ローラ・ローゼン(Laura Rosen)筆
2010年3月28日付
Politico(http://www.politico.com/) (アメリカのインターネット政治ニュースサイト)
イスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ(Benjamin Netanyahu)が先週、ホワイトハウスを訪問した。その直後から、オバマ政権内で、ネタニヤフ首相がいる状態でどのように中東和平を進めていったらよいか、についての議論が白熱してきている。イスラエル政府は、アメリカ政府と中東和平に関して部分的に合意に達したと本日(3月28日)までに発表する模様である。
ネタニヤフ デニス・ロス ミッチェル
アメリカの情報機関の関係者によると、ホワイトハウスの中東戦略立案者であるデニス・ロス(Dennis Ross)が、「アメリカ政府はネタニヤフ首相のイスラエル国内での政治的基盤により配慮すべきだ。アラブ側の新たな要求を生み出さないように東エルサレムでの入植地建設を問題にしてはいけない」と強く主張しているそうである。一方、ジョージ・ミッチェル(George Mitchell)米中東特使に近い政府高官たちは、「アメリカ政府はネタニヤフ首相から、イスラエル・パレスチナ和平交渉を決裂させるような行動を取らない、そしてオバマ政権が交渉をリードできる能力を保てるように、念書を取る必要がある」と主張している。
ポリティコは数人の政府高官に対し取材を行い、オバマ政権内で中東政策に関し激しい議論が行われていることを確認している。デニス・ロスとジョージ・ミッチェルのスポークスマンは取材に答えていない。
今週の土曜日、ある政府高官はポリティコの取材に答えて次のように語っている。「ロスはアメリカの国益よりもネタニヤフ・イスラエル首相の連立政権が継続することを重視している。ロスは彼のイスラエル偏重がエルサレムの入植問題などよりも深刻な問題だということを理解していない。問題の核心は、ロスがイスラエルに肩入れすることで、対外的にオバマ政権の信頼を損なってしまうことなのだ」と。この問題を二重の忠誠心(dual loyalties)の問題としてとらえる人たちは、オバマ政権内で二重の忠誠心問題が発端となって中東政策についての議論が白熱していると考えている。
今週の日曜日、国家安全保障会議(NSC)の議長デニス・マクダナウ(Denis McDonough)はポリティコの取材に対してEメールで次のように答えた。「私は二重の忠誠心が問題の核心となっているとは思わない。どんな人でも二重の忠誠心が問題になっているとは言わないはずだ。デニス・ロスはこれまで何十年も国家と国益に貢献してきた。彼はオバマ大統領が率いるチームの重要な一員である」
デニス・マクダナウ
先週、ネタニヤフが訪米し、米・イスラエル政府間の交渉が行われた。前出の政府高官は次のように語っている。「ロスは常にネタニヤフ首相の意向を重視しすぎている。彼の論理からすれば、アメリカ政府の目的と利益は、ネタニヤフ氏率いる連立政権が壊れることよりも重要ではないと述べている」と。
アメリカ政府とイスラエル政府との間は、東エルサレムの問題があり、しっくりいっていないように外からは見える。ある政府高官は、政権内でのロスの主張を次のようにまとめている。「アラブ人たちは要求をエスカレートさせている。従って、私たちは、イスラエルにも利益を与えなければならない。そのためにはアメリカ政府の信頼性を少し損なっても仕方がない」
もう一人の政府高官は、オバマ政権内で白熱した議論が行われていることを認めている。オバマ政権の中東政策チームは政策決定の全ての段階で、何を中心にし、誰を利用し、どのくらい圧力をかけるかについて戦術的な決定をするように迫られている。ロスの主張とミッチェルの主張のどちらが大統領の意向が最も反映されているものかについて、前出の政府高官は次のように語っている。「大統領は実際には大まかな指示だけを出している。大統領はそもそも細かい点を指示することはしないものだ。しかし、デニス・ロスは細かい点に固執し、大統領の意向をぼやかしてしまっている。デニス・ロスはオスロ合意で失敗をしているのに、どうしてまた同じような失敗をしようとしているのか、という点を誰もが疑問に思っているが、表だって口にする人はいない」
アメリカとイスラエルとの間の緊張について最近デニス・ロスと議論をした人々は、ロスが次のように語ったと述べている。「アメリカもイスラエルももっと大きな問題に集中すべきだ。それはイランの核開発問題だ。イスラエルとパレスチナの和平交渉も、アラブ諸国をこちら側に引き入れるための道具として使うべきだ。そのようにして、国際的な、もしくは地域的な連合を形成し、イランに圧力をかけ、孤立させるようにすべきだ」
ロスの主張はネタニヤフ首相率いるイスラエル政府の意向と共鳴している。同時に、アラブ地域の親米諸国は、アメリカ政府に対して、「イスラエルが東エルサレムの入植地拡大によって、アラブの人々の怒りを増幅させ、アメリカに対して絶望感を覚え、イランの核開発について非公式にイスラエルと強調しようとしても大変難しい状況になっている」と言ってきている。アラブ地域の親米諸国は、アメリカ政府がイスラエルを管理でき、アラブ地域で協力してイランに対抗するためにイスラエル・パレスチナ和平交渉を進めることができるということを実際に示して欲しいと言っている。
消息筋からの情報から、オバマ政権内で激しい議論が行われていることが表面化してきた。イスラエル政府は、日曜日か来週月曜日には、「イスラエル・パレスチナ和平交渉を進めるために、イスラエルとアメリカ両国の信頼を構築するために、合意に達した」ということを発表するものと思われる。
しかし、米政府高官は、アメリカ政府とイスラエル政府との間で何か合意が形成されたということはないとしている。
前出の米政府高官は次のように語っている。「イスラエル側が発表する合意なるものに、政権内の高官たちのほとんどが理解していない。合意の中身は知らされていないし、合意そのものの基礎となる交渉もなかったし、その合意内容を書いた書類も存在しない。イスラエル政府は、私たちが受け入れることができるいくつかの項目を口頭で伝えてきた。しかしそれ以外に私たちが受け入れ難い主張も数多くしてきている。アメリカ政府は、イスラエル政府が主張している両国政府間での合意というものは、イスラエル政府が口先だけで一方的に言っているだけだ、ということをはっきりさせるだろう」
先週金曜日、オバマ政権内での議論が表面化する前、イスラエル政府の報道官が、イスラエル政府とアメリカ政府との間で合意が形成されたという発表したことを受けて、ホワイトハウスの報道官は「アメリカ政府とイスラエル政府との間で合意は形成されていない」と明確に否定した。
ホワイトハウスのトミー・ビエトー報道官は、ポリティコの取材に対してEメールで回答してきた。「アメリカ政府の東エルサレムの入植地に対する立場に変更はない。この問題についてイスラエル政府との間で何らかの合意に達したという事実はない。東エルサレムの問題について、アメリカ政府は、イスラエルの歴代政権の異なった政策に根気強く対応してきた。オバマ大統領は、イスラエル・パレスチナ間に山積する諸問題を解決するには、当事者たちが交渉の席に戻ってくることしかないと確信している。こうしたことから、私たちはイスラエル政府に対し、交渉が成功するように雰囲気作りをするように求めている。イスラエル政府との話し合いは有意義であり、これからも継続される。パレスチナ側ともイスラエル・パレスチナ和平交渉を成功させるための話し合いを継続していく」
(終わり)
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「二重の忠誠心」について(On “dual loyalty”)
スティーヴン・M・ウォルト(Stephen M. Walt)筆
2010年4月2日
フォーリン・ポリシー誌(Foreign Policy)http://walt.foreignpolicy.com/
ウォルト
先週、インターネット雑誌であるポリティコのウェブサイトにローラ・ローゼン記者の記事が掲載された。彼女の記事は、オバマ政権内の中東政策に関わる亀裂についての報告だった。ローゼン記者の記事の中で特筆すべきことは、「ホワイトハウスの重要な戦略立案者であるデニス・ロスが「アメリカの国益よりもネタニヤフ・イスラエル首相の連立政権が継続することを重視している」という匿名の政府高官の証言だ。
この証言を聞いて、古くからある「二重の忠誠心(dual loyalty)」の問題を思い起こした方もおられるだろう。デニス・ロスに批判的な人々は、彼が二重の忠誠心を持っていて、それは罪に値すると主張してきたし、デニス・ロスを擁護する人々は、ロスがお馴染みの反ユダヤ主義の標的となっていると弁護してきた。実際、ローゼン記者は、米国家安全保障会議のデニス・マクダナウに取材し、彼の回答を記事に引用している。マクダナウは、ロスを擁護し、「ロスの国家と国益への貢献」を賞賛している。マクダナウのロスを擁護する態度は、二重の忠誠心問題が大きな争点にならないように火消しをしているように見える。
私たちは、「二重の忠誠心」問題をどのように考えるべきだろうか?私は、二重の忠誠心問題は、配慮をしながら取り扱わねばならないものだと考えている。そして、デニス・ロスの問題は、二重の忠誠心という用語を使わずに議論をすべきだと考える。
ある人は、「二重の忠誠心」というフレーズを聞くと、悲しむべき、下劣な歴史を思い出すだろう。「二重の忠誠心」は、ヨーロッパで吹き荒れた反ユダヤ主義の中で使われたフレーズである。「二重の忠誠心」という容疑をかけられ告発されてきた人、特にユダヤ人たちは、この問題に敏感に反応するが、それには理由がある。更に言うと、多くの人々は、愛国心(patriotism、自分の国を愛する心)が大変重要な価値であると信じている。その結果、愛国心という原理にそぐわない行動に対して、否定的な対応をしてしまう。ナショナリズム(nationalism)が核となっている現代社会において、国に対する忠誠心を疑われることは深刻なことなのだ。
しかし、ここ最近、学者たちは、「二重の忠誠心」というフレーズを分析的に、かつ中立的に使うようになってきている。それは、人間というものは、「複数の忠誠心や愛着」を当然のように持つ存在であるということが事実(fact)だということに気付いたからだ。例えば、私のほとんどはアメリカ合衆国に対して愛着を持っているが、家族、友人、地域、人種、スポーツチームなどにも愛着を持っている。愛国心は、そういった様々な愛着の一種であり、その他の愛着よりも優越するものではない。小説家のE・M・フォスターは、「友人を裏切るか、それとも国家を裏切るかと問われれば、私は国家を裏切る方を選ぶ」と書いているが、これは有名な文である。2006年、ピュー・リサーチセンターが13カ国に住むキリスト教徒にアンケート調査を実施した。その調査において、アメリカに住むキリスト教徒の42パーセントが、「自分にとって、キリスト教が第一で、アメリカは二番目だ」と答えた。こうしたことから、国に対する「忠誠心」は、その他多くの愛着真の一種にすぎないということが分かる。
現代は、様々な国籍や人種の人々が世界中の様々な場所で一緒に生活するようになっている。そうした中で、緊張や紛争が異なる国籍の人々の間で起きている。現在、学者たちは、「二重の忠誠心」を、個人が複数の国に愛着を持つ状態を表す言葉として使用している。イスラエルの政治学者ガブリエル・シェファーは、著書『避難者たちの政治学』(Diaspora Politics)の中で、忠誠心の種類を、「全体」、「二重」、「分裂」に分類している。そして、シェファーは、これら三種類の忠誠心は、自国以外に住む人種や宗教でまとまっている人々が持つものであると主張している。
言うまでもないことだが、アメリカのような、人種が混じりあう、るつぼ(melting-pot society)のような社会で、アメリカ国民の多くがアメリカ以外の国に愛着を持っているが、それは当然のことだ。それは、人種、宗教、個人的経験(留学など)など様々な理由による。しかし、重要なのは、アメリカでは、そうした他国への愛着を公言しても責められないという点だ。例えば、アメリカ国民は二重国籍が認められている。また、他国のために、アメリカの外交政策に影響を与えることを目的とした利益団体を作ることも合法である。これがアメリカの政治体制であり、二重国籍や外国のために活動することで、「アメリカに対して忠誠心がない」とは見なされない。
しかし、政府の役職に就いたり、アメリカの国益が損なわれる可能性がある問題が絡んでいたりする場合はどうだろう?デニス・ロスの問題では、「二重の忠誠心」というフレーズは、「裏切り」とか「反逆」という感じを持たせてしまうので、使うべきではないと考える。私は、「利益の衝突」(conflicts of interest)というフレーズを使うことを推奨したい。外国に対して全くなんのしがらみもない人に重要な分野におけるアメリカの政策決定を任せることはアメリカの国益にかなうことである。しかし、アメリカと対立している国に個人的に強い愛着を持っていることが明らかな人に政策立案を任せることはアメリカの国益に適うことだろうか?
私たちは人生経験を通じて、個人の利益や愛着によって判断が決定されることがままあるが、同時に人々はそうした個人の利益や愛着を離れて決定ができることも知っている。裁判官や陪審員は、原告、被告問わず裁判の当事者との間で関係があることを隠していたら罰せられる。大学の教員や職員は、客観性や確からしさに影響を与えると考えられるあらゆる関係を明らかにしなければならない。また、あるファイナンシャルアドバイザーが、自分の親族が所有する会社に投資するように勧めることは不適切だと考えられている。全てに言えることだが、自分が持つ関係やしがらみを明らかにすることが重要なのである。それはなぜか?それはそこに利益の衝突が存在するからだ。
同様の論理で、政策立案に携わる人が、その分野で明らかな経済的利益を持っているとき、もしくは政策が影響を与える組織や団体に対して強い愛着を持っているとき、大変な懸念を持つのである。だから、ある人が公務員になるときには、投資をやめてもらったり、第三者の財団やファンドに預けてもらったりするのである。石油会社のロビイストを務めた経験のある人を内務省(Department of Interior)や環境保護庁(Environmental Protection Agency)の高官に任命するのは良い選択とは言えないというのにはちゃんとした理由がある。もちろん、ロビイストをしていた人を任命しないということではない。公僕(public servant)である公務員の責任とは、国益のために最善のことをすることであり、特定のグループのために働くことではない。だから、私たちはある公務員が利益の衝突を抱えていると気づいたとき、心配するのである。外交政策の分野でも全く同じだ。
しかし、利益の衝突がどこで誰に発生するのか分からないので、私たちはそのことに対して慎重に対処する必要がある。私は、人種、宗教、出自などだけである公務員がある政策決定に関われなくするのは不適切だと考える。例えば、アメリカの対南アジア政策の立案から、パキスタン系アメリカ人やインド系アメリカ人を排除するのは間違っている。アメリカの対中東政策立案からイスラム系アメリカ人、アラブ系アメリカ人、ユダヤ系アメリカ人を、彼らのバックグランドだけで排除してしまうのは間違っている。たまたま韓国人と結婚した人を東アジア政策に関われなくするのもまた間違っている。
しかし、ある政府高官の行動や言動が明らかにある特定の一国に対する強い愛着を示している場合、その人物にアメリカの外交政策、特にその特定の国に対する政策に関わらせるのは良いことだろうか?もしその国とアメリカとの間で何か衝突や合意できない問題が発生した場合、その人物にとって地位に留まることは困難となり、また中立的な立場で政策を実行することができるのだろうか?また、彼らが真摯にアメリカの国益を追求しようとするとき、彼らがある外国に愛着を持っていて、彼らの行動が中立的なままでいられるだろうか?
議論のスタート地点に戻ろう。アメリカの中東政策は、親イスラエルのシンクタンクであるワシントン近東政策研究所(WINEP)やイスラエル・ロビー団体であるアメリカ・イスラエル広報委員会(AIPAC)で勤務した経験を持つ人たちが政策立案に重要な地位に就くとき、イスラエル寄りに捻じ曲げられていないだろうか?彼らがそうした機関や団体で働いていたということは、中東地域のある国に対して強い愛着を持っている、ということではないだろうか?問題は彼らのアメリカに対する愛国心ではない。それは問題ではない。問題は、彼らがどのように中東和平をいかに進め、イランにどのように対処し、アメリカ政府がイスラエルの国益をどの程度重視するかということを考えるときに、彼らの持つイスラエルに対する愛着が影響を与えるのかどうかである。彼らの愛国心は非難の対象にはならないだろうが、彼らのアドヴァイスはアメリカの国益に適っていないということは明らかにしておくべきだ。
話は変わるが、私は、アメリカの中東政策が、パレスチナに関するアメリカ・タスク・フォースやナショナル・イラニアン・アメリカン・カウンシルなどの団体の出身者たちによってパレスチナ寄りにゆがめられることも心配している。重大な国家安全保障政策がゆがめられそうになっているとき、ある団体や組織に強い思い入れを持っている人々に任せてしまうのは良いころだろうか?皮肉なことだが、そういう人々は政策立案から離れてもらうことが全ての人を安心させることなのである。
(終わり)