「0085」 翻訳 国際関係論(International Relations)の3つの理論で日米中の関係を読み解く。 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳 2010年5月8日

 ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦です。本日は、国際関係論の理論を使って、日米中の関係を読み解いている論文をご紹介いたします。著者はイギリスのシンクタンクに所属している学者です。結論はどっちつかずで、「結局何が言いたいの?」という思いになりますが、学者が書くものは得てしてそんなものです。

 この論文で使われている国際関係論の理論が重要です。論文で使われているのは3つの理論、リアリズム(Realism)、リベラリズム(Liberalism)、コンストラクティヴィズム(Constructivism)とそれぞれ呼ばれています。それぞれについて、簡単に説明したいと思います。

 リアリズムは、古典的リアリズムからネオリアリズムへと発展してきました。古典的リアリズムは「国々は力を強めようと相争うので、国際政治は競争的となり国家間の協調はほとんど起こらない」という主張を核としています。これは第一次大戦前と戦間期に現れたリベラリズムに対して起こった考え方です。こうした考え方を提唱したのはE・H・カー(E.H. Carr)とハンス・モーゲンソー(Hans Morgenthau)です。

  

カー      モーゲンソー

 ネオリアリズムは、ケネス・ウォルツ(Kenneth Waltz)が唱えたもので、国際関係論をもっと学問的に整備しようという試みから生まれました。ウォルツは、国際関係で、争いが起こり、協調がなかなかできないのは国際政治の構造に理由があると主張しました。ウォルツは国際政治の構造の特徴を次の3つにまとめました。(1)国家以上の権威が存在せず、無秩序(anarchy)である。(2)国々は、それぞれ体制は違うが、同じ機能を果たしているため分業ができない。(3)二極、もしくは多極の構造を持つ。そして国際政治システムは均衡(balance)を求めるというものでした。冷戦構造は米ソという二極体制で均衡が取れていたので、「長い平和(long peace)」だったという学者もいます(G・アイケンベリー)。リアリズムのキーワードは、「力(power)」と「均衡」ということになります。

ウォルツ

 リベラリズムは、別名アイデアリズム(理想主義)とも呼ばれています。民主国家が増えれば戦争が減る、とか、経済的相互依存性(economic interdependence)が深まれば国家は協調するようになる、とか、国際機関が国際協調を促進する、などの考え方をします。しかし、20世紀に起きた二つの大戦を予測できず、また防ぐこともできなかった、ということでリベラリズムの人気がなくなりました。

 1970年代に、ジョセフ・ナイ(Joseph Nye)とロバート・コヘイン(Robert Keohane)がネオリベラリズムを唱導するようになりました。ネオリベラリズムは国際政治が無秩序で、国々は利益追求を行うというリアリズムの前提を受け入れ、理論を組み立てました。そして、各国は協調することで自国の利益が最大化することを知っていて、それで国際機関を創設し、国際協調を進めている、と主張したのです。リベラリズムのキーワードは、「相互依存」と「協調(cooperation)」です。

  

ナイ       コヘイン

 コンストラクティヴィズムは、人々の考えや規範、知識などがアイデンティティや国益を規定する、という主張を核にしています。考えやイデオロギーなど目に見えない要素が国際政治を理解する上で重要な要素となるという考え方です。代表的な学者はアレクサンダー・ウェント(Alexander Wendt)です。コンストラクティヴィズムのキーワードは、「アイデンティティ(identity)」ということになります。

ウェント

 ちょっと乱暴ですが、一応まとめてみました。国際関係論ではこのような3つの理論を使って、事象を説明すること(explanation)になります。

 それでは拙訳をお読みください。

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アメリカ―日本―中国の安全保障の三角形についての3つの解釈(Three interpretations of the US-Japanese-Chinese security triangle

イースト・アジア・フォーラム(East Asia Forum) 2010年5月1日
ジョン・へミングス(John Hemmings)筆

東アジアは、アメリカ、日本、そして中国の間の安全保障の三角形(security triangle)で動いている。日米同盟は巨大な経済力と軍事力を持っているが、ここ数年、不協和音が聞こえてきている。中国の経済力と軍事力の伸びは凄まじいばかりだ。こうした状況において、中国と日本の政治的な結びつきを強めることも日本側のオプションとなってきている。

安全保障の三角形は形を変えるだろうか?それとも上に述べたような変化は表面上のことだろうか?

アーロン・L・フリードバーグ(Aaron L. Friedberg)は、2005年、専門誌「インターナショナル・セキュリティー」誌に「米中関係の将来」と題する論文を発表した。その中でフリードバーグは、国際関係論(international relations)の3つの理論を使って米中関係について議論をしている。国際関係論の3つの理論とは、リアリズム(Realism)、リベラリズム(Liberalism)、そしてコンストラクティヴィズム(Construtivism)である。本論文において、私は、フリードバーグと同じ手法を用いて、中国の台頭に直面する日米同盟について、どの要素が同盟を維持させ、どの要素が同盟を解消させるかを分析してみたい。

リアリズム:日米同盟は継続の可能性もあるし、解消の可能性もある

 一般的に、リアリズムは次のような主張を行う。「国家はパワーと影響力を巡り、相争う。それはホッブス的な、ゼロサムの競争である。国家は自国の利益のためにしか行動しない。国家の利益というものはその時々で優勢な力の均衡(power balance)によって決まるものである。」

 リアリストの視点からすると、日本がアメリカから離れて中国に近づくのは、中国の台頭(the rise of China)とアメリカの衰退(the decline of the US)いう事態に対する自然な反応である。アメリカの衰退は金融危機やアメリカがアフガニスタンやイラクでの争いにくぎ付けになっていることでも明らかだ。日本は自国の利益を追求するという点から、現在起きている国際関係における力関係の変化を認識する必要がある。そうすると、日米同盟一辺倒ではなく、中国との関係を強化することになる。

 しかし、リアリズムは決してある動きにだけ集中せよ、と言っていない。リアリズムを信奉する人々の中には、国際関係はゼロサムの性質を持っていることを指摘し、アジア地域において日本の力は、中国の影響力の増大に伴い、弱くなっていると主張する人もいる。中国の台頭によって日本の力が弱まるという考えからすると、日米同盟を堅持し、他のアジア諸国とも連携しながら同盟をうまく利用することで中国の覇権拡大に対峙することが日本の利益になる、という結論も導き出される。

リベラリズム:地域統合(それによっていくつか問題が起こるだろうが)

 リベラリズムの立場を取る人たちは、経済的相互依存(economic interdependence)と様々な国際機関(international institutions)によって、国家は徐々にではあるが、相争うことから、協調へと進むと主張している。現代のリベラリズムの主張は、トーマス・フリードマン(Thomas Friedman)の著書『レクサスとオリーブの木』(Lexus and the Olive Tree)を読むと良く分かる。その主張とは、国際的な統合によって徐々にではあるが、全ての国々が民主化される。そして、民主政治体制を採ることは、グローバライゼーション化された世界で豊かになる最も効率の良い方法となる。

この視点からすると、鳩山首相の提唱している東アジア共同体(East Asian Community)という考えは、自由な民主体制国家である日本がアジア地域の国々が加盟する機関に中国をつなぎとめることで民主体制や開かれた社会と交流させ、中国の国内システムを少しずつ国際社会に適用させようという試みだと言える。東アジア共同体の最終目的は、中国の民主化とアジア地域の包括的な統合である。

 リベラリズムが抱える問題点は具体性に乏しい点だ。中国が民主化するという社会の大変革が起きるのはしばらく先である。中国共産党(Chinese Communist Party)が中国を支配し続ける可能性は大変高い。そのことをリベラリズムは見落としている。中国共産党の支配が続くとすると、日本はアメリカとの関係を少し弱めて、アジア地域のパートナーとして中国との関係を深めようとするだろう。そうなると日米同盟は日米対立によってダメージを受けることになるだろう。

コンストラクティヴィズム:日本を日米同盟にひきつける

コンストラクティヴィズムを支持する人々は、「国際政治は国家間の関わりあい、貿易関係、軍事力だけでなく、国家の諸政策を決める政治エリートたちのアイデンティティ、信条、規範にも影響されている」と主張している。コンストラクティヴィズムを信奉する人々は、国家の行動はその国の世論(public opinion)にも影響されるとも主張している。

中国と日本の世論は日米同盟や日中関係についてどのような傾向を示しているか?

中国と日本の世論は、これまでの両国関係の歴史から生み出されるお互いに対する反感がその特徴になっている。簡単に言うと、お互いを嫌っている。日中両国民のお互いに対する否定的な考えとコンストラクティヴィズムの観点を総合すると、日中同盟というものができるとは考えにくい。日本とアメリカの世論調査の結果では、強力な日米同盟を強力な日中関係よりも重要だ、と多くの人たちが考えていることが分かる。

現在、民主党の不人気が高まっているが、こうしたことも原因ではないかと考えられる。つまり、民主党がアメリカよりも中国に傾斜していることに対し、多くの日本国民が不満を感じていて、それが民主党の不人気となって表れているのだ。コンストラクティヴィズムはそれぞれの国の社会的な信条や人々の考え方は変化するもの、としている。しかし、日中両国でナショナリズムが伸長している状況では、日本が日米同盟から日中関係へシフトすることは起きないだろう。

日本の政治エリートたちの信条は安全保障の三角形にどのような影響を与えるだろうか?

中国は、国際秩序の見方が超リアリズム一辺倒の国である。一方、アメリカと日本は、国際秩序についてリアリズムとリベラリズムを混ぜたような見方をする国々である。日本の現在の民主党政権はリベラリズムを重視しているように見える。しかし、中国のリアリズムを基調とした外交政策によって、日本のエリートたちもよりリアリズムに傾いた考え方をするようになる可能性は高い。確かに、アメリカと日本の軍事関係者たちは、中国の軍事力の増強を懸念している。しかしながら、アメリカ政府は現在国内問題にかかりきりのように見える。この隙に日本のエリートたちが強力な日中関係が日本の将来に利するという決定をすることも考えられる。

結論:単純な回答は存在しない

 アメリカ―中国―日本という安全保障の三角形は複雑な作りをしている。国際関係論の3つの理論を使って、その状況に光を当てて議論することで、これから起こると考えられる変化がどのようなものになるかはっきりさせることができる。しかし、3つの理論のうちのどれか1つだけで分析しようとしても、将来起こる変化を予測することは困難である。このことはこれまでの議論を見れば明らかだ。

ジョン・へミングスは、ロンドンにあるロイヤル・ユナイテッド・サーヴィシズ・防衛・安全保障研究所(the Royal United Services Institute for Defence and Security Studies,  RUSI)の研究コーディネイターを務めている。

(終わり)