「0096」 翻訳 ギリシアがいることでイスラエルが暴発しないという論説をご紹介いたします。 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2010年8月6日
ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦です。今回ご紹介する論文は、アメリカの雑誌「ナショナル・インタレスト」誌に掲載されたギリシアとイスラエルとの関係を論じた論文です。この論文の著者ツジアンピリスはギリシアの大学の先生です。著者の主張は、「ギリシアがイスラエルとの関係を深めることで、中東地域の安定に貢献できる。そのためにもアメリカはギリシアに対しての支援を行わねばならない」というものです。
ギリシアは経済危機に見舞われ、経済的に苦境に立たされています。しかし、著者のツジアンピリスは、「ギリシアはイスラエルとの関係を深めることで中東地域の安定に貢献でき、それがアメリカの利益となるので、アメリカはギリシアに様々な支援を行うべきだ」という図々しい、そしてしたたかな主張を行っています。確かにギリシアはヨーロッパの端に位置し、歴史的に中東とヨーロッパの架橋のような役割を果たしています。
現在、トルコが活発な活動を続けており、地理的な関係で言えば、トルコがヨーロッパと中東の橋渡しができる状況です。そうなるとギリシアの役割は小さくなり、そうなると経済状況ばかりがクローズアップされ、ギリシアの苦境は続くことになります。
ギリシアがイスラエルとの関係を強化することで、アメリカからの支援を受けて生き延びようという戦略が成功するのかどうか、分かりません。しかし、こうしたしたたかな外交姿勢は日本も見習うべきだと思います。
それでは拙訳をお読みください。
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イスラエルがある限り、ギリシアの重要性は保たれる(Athens Meets Israel)
アリストテレス・ツジアンピリス(Aristotle Tziampiris)筆
2010年8月4日
ナショナル・インタレスト誌(National Interest)電子版
ギリシアは今年初めの経済危機以降、経済的に大変な状況に追い込まれている。している。しかし、ギリシアは中東地域で建設的な役割を担っている。ギリシアはイスラエルとヨーロッパの橋渡しをしている。アメリカ政府はギリシアにこうした役割をもっと果たしてもらいたいと願い、様々な支援を行っている。
今日、イスラエルは孤立を深めている。イスラエルは核兵器開発を行っているイランと対峙し、存在を揺るがされるような脅威に晒されている。トルコとの関係は悪化し続けている。アメリカ政府もイスラエルに対しては厳しい態度を取るようになってきている。イスラエルに対して敵対しているハマス(パレスチナ自治区の組織)やヒズボラ(レバノンの組織)のような組織は強力である。
イスラエルを取り巻く環境が厳しさを増す中、イスラエルは自国が排除され、孤立化していると感じている。イスラエル情勢はより緊迫感を増している。またどのように動くか予測がしにくく、そして大変危険な状況にある。イスラエルが孤立感を深めることは中東地域の安定を損なうことになるのは間違いないところだ。また国際社会が求めているものとは正反対の結果を生み出すことにもなる。
このような状況下、ギリシアはイスラエルとの関係をもっと改善することで、中東地域の安定に貢献できる。ギリシアは伝統的にアラブ世界と良好な関係を築いてきたが、イスラエルとの関係を良くすることでアラブ世界との関係が悪くなると考えるのは間違っている。ギリシアがイスラエルとの関係を強化することでアラブ世界にも利益がある。ギリシアはイスラエルとの関係を良くすることで、アラブ世界との関係ももっと良くし、中東地域の安定に貢献できるのだ。また、イスラエルとの関係をもっと深めるからと言って、ギリシアは過去数十年間にわたり示してきたパレスチナ人に対しての同情を示さなくなるなどということもない。
ギリシアがイスラエルと関係を深化させるという戦略を進めるのは、歴史的に見ても、文化的に見ても現実的である。ギリシア人とユダヤ人は、三千年前からずっと歴史に登場してきている数少ない民族、という共通点を持っている。ギリシア人とユダヤ人は長く、劇的な、そして悲しい歴史を持っている。2つの民族は故郷から離れることを余儀なくされた難民・ディアスポラ(diasporas)の経験を持っており、それが歴史を形作っていると言える。ギリシア人とユダヤ人は芸術や科学技術の面で大きな貢献をしてきた。西洋文明は基本的にギリシアとユダヤがその基盤となっている。西洋文明の核となる合理主義と信仰は、 「アテネ」と「エルサレム」がその発祥地である。ウィンストン・チャーチル元イギリス首相は次のように述べた。「ギリシア人とユダヤ人ほど世界のその足跡を残した民族はいない。この二つの民族は様々な逆境を乗り越えて生き抜いてきた。時には自分たちで逆境を作り出すこともあったが、それも乗り越えてきた」現在、イスラエル国内ではギリシアの文化や音楽は人気があり、イスラエル国民の多くはギリシアで休暇を過ごす。
イスラエルが建国された後、ギリシアとの関係は流動的で、二律背反するものだった。しかし、ここ20年程の間で、関係は少しずつ改善されていった。例えば、1990年、ギリシア政府はイスラエルとの外交関係を深化させ、イスラエルにおいていた代表部を大使館に格上げした。2006年2月には、イスラエル大統領の初めてのギリシア訪問が実現した。2009年11月、イスラエル国防軍のガザ地区での軍事行動を非難するゴールドストーン報告書の採択での投票でギリシアは棄権をした。こうしたイスラエル寄りの行動は、昔では考えられないことだった。
つい最近では、2010年5月、ギリシアとイスラエルは空軍の共同訓練「ミノス2010(Minoas 2010)」を実施した。この共同訓練は、ガザ沖での事件が発生したために計画よりも縮小された。しかし、事件が両国間の関係を悪化させることはなかった。2010年7月、事件の数カ月後、ギリシアの首相パパンドレウはイスラエルを公式訪問した。訪問中、パパンドレウは「ギリシアとイスラエルの関係を深化させることはギリシアにとって最優先の政策となっている」と明言した。イスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ首相のアテネ訪問もその時に提案された。
様々な分野でギリシアとイスラエルとの関係は良好なものになっている。経済分野では、両国間の貿易は拡大しており、昨年度の貿易総額は三億ユーロ(約三三〇億円)に達している。しかし、ギリシアからイスラエルへの投資はまだまだ小さいままだ。農業や工業の分野での研究・開発での両国間の協力は進んでいる。農業や工業の共同研究・開発のための基金は準備されている。建設業、通信、観光の各分野での両国間の協力関係も実現している。
学術の面で言うと、両国の学界の関係は、共同研究プログラム、教員や学生の交流を通じて深まるだろう。両国の宗教組織、大学、シンクタンクは協力と相互理解を深めるために努力を続けなければならない。
軍事関係では両国の関係が深まっている。中でも軍需産業の面での関係は深化している。イスラエルは対テロといった重要な問題でギリシアに貴重なアドバイスをしている。
ギリシアとイスラエルトの関係が深化していることを象徴的に示す事例は、ギリシア政府は、第二次世界大戦中、ギリシアに住んでいたユダヤ人でホロコーストから生還できたユダヤ系ギリシア人を先祖に持つイスラエル国民には、ギリシア国籍、つまりEUの市民権を与えていることだ。似たような処置として、ギリシア政府は旧ソ連に住んでいたギリシア人の子孫たちに国籍を与えている。ギリシア政府はこうした方策を取ることで、「イスラエルを孤立させない」というメッセージを強力に送っているのだ。
イスラエルはギリシアとの関係を近いものとすることで、必然的にヨーロッパとの関係も近くなる。イスラエルとヨーロッパの関係が近くなることで、排斥感、反ユダヤ主義、孤立感といったイスラエルが抱えているマイナスの感情を和らげることができる。ギリシアがイスラエルとの関係を深化させることで中東地域の安定は促進される。アメリカからのギリシアへの支援はこのような素晴らしい結果を生み出すことになる。
アリストテレス・ツジアンピリスはピレアス大学(University of Piraeus)の国際関係論担当の助教授。この論文で展開されている主張は彼自身の考えを反映したものである。
(終わり)