「143」 論文 広島原爆を体験した祖母と放射能ヒステリア・ママたち(2) 鴨川光(かもがわひろし)筆 2010年6月3日

●三五年前、トイレット・ペーパーを買いに群がったあの姿―あれが今の自分の姿だドアホ

 何のために買い占めたのか知らないが、納豆と豆腐が消えている。

 納豆、豆腐は本来、その日の朝に作ったものを、その日の夕方に食べるもの。計画停電で冷蔵庫も消えてしまう。生鮮食品を買い占めてもどうにもならない。その日に食べるしかありません。災害も何も関係ないことでしょうに。私は今回、ここに日本人の愚かな「浅ましさ」が見えてしょうがなかった。九四年のタイ米騒動(九三年の冷夏の影響)、一九七三年のトイレット・ペーパー騒動(オイルショックの影響)の時と同じような、ただの強迫観念による、バカ騒動です。原発、放射能、関係ありません。

オイル・ショック

 納豆くらいと思いながら、見事に棚が空になっているのを見ると、あほらしいと思いながら、どうしてこうにも浅ましいのかと思わざるを得なかった。

納豆がない棚

 テレビでオイルショックの時の、トイレット・ペーパー騒動という愚劣な大衆行動が、たびたび放送されます。それを見ている私たちはおそらく「昔の人は馬鹿だなあ。愚かだなあ。無知な人々だ」などと他人事のように思えます。

 あの当時の映像に映っている大衆の姿。あれが今のお前の姿だ!!あれがお前の浅ましさそのものだ!!特に馬鹿若母どもと老人。いい加減にしろ、この野郎!

 三月の時点で、こんなつまらない騒動を目の当たりにした自分の本当の気持ちがこれです。福島だとか被災者だとかには全く関心を払っていなかった。それが私の見た東京郊外の日本人の行動でした。

 仕事で一日に八王子のあちこちを車で飛び回り、一ヶ月の間には八王子から相模湖の方までほとんど全てを回りました。その際に各地域でスーパーに人々が群がり、一方の住宅地では、子供をつれた若母たちがぺちゃくちゃおしゃべりをして、所かまわず子供を送り迎えしたりしているのを見て、今回の地震、津波、原発事故といった三大凶事は、この人たちには全く関係のないことなのだというのが私の実感です。

●今やるべき買いだめとは「ゆっくりとした買い進め、買い置き」

 私自身も買い置きをしていなかったので、いろいろと悪口を書きましたが、この点に関しては私も心苦しい。災害というものに無縁の二〇数年でしたので、懐中電灯とか、乾パンだとか、非常用のものの準備をしていませんでした。というより、そのような感覚が消えていた。

 七〇年代、昭和四〇年代のころは、台風が来ると一家で家の戸締りをしっかりとして、来る時に備えたりしていたし、各地で起こる災害ニュースに関しても、他人事としてはとらえていなかった。自分たちのこととしてとらえていました。

 ところが、先日述べたように、一九八六年三月の大雪以来、私には、そして日本には災害というものはなくなったのだ。伊勢湾台風だとか室戸台風のようなものはもう日本には無いのだとなぜか災害はバブルと共に消えてしまったかのように思っていました。九五年一月の阪神淡路大震災の時も、他人事でした。

 そんなわけで、もう少し流通が落ち着きを取り戻したら、私は缶詰とレトルト(なぜかこれは買い占められていない。非常時用なのだし、別に暖めなくても食べられるし、持ち運びも缶詰よりもよいのに)そして電池を、買い物のたびに、一つ二つ、少しずつ買いましをして、非常時用の買い置きをしていくつもりです。迷惑がかからぬ程度に、気がついたときに買っていく。

 三〇日分ぐらいたまれば、とりあえずそのぐらいにしておいて、食べたくなったら古くなったものから食べて、買い物のたびに補充をしていけばいい。そうすれば、買い物籠をいくつも持って、車一杯に買ったものを詰め込まなくてもよいし、浅ましい姿を周囲に晒(さら)す必要はなくなります。(さすがに私も、こんなに災害に無縁だったので、非常用の備えを怠っていた。面目ない。平和に繁栄した日本をのほほんと、ぽぽぽぽ〜んと謳歌していました。)

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 そうして家族一月分ぐらいの買い置きが揃って余裕ができた頃、もう一月分、缶詰三〇個とかを買い進めていこうと思っています。これは余剰分です。ゆっくりと、少しずつと買っていきます。あわてて買いません。(五月一五日現在で一ヶ月分くらいたまっています。)

 この余剰分は、今回のような騒動に乗り遅れた人、自分知り合いとか近所でそのような人が一人いたら、そのときはその人にあげます。自分の家族以外に、もう一人とか、もう一家族に分けてあげられる分として考えています(まだ買っていないですけれど)。

 物の量の問題というよりも、心の余裕があったほうが身動きがとりやすい。実際には二か月分の非常食を持って移動することはできないでしょう。自分以外にもう一人助けられれば、助かる人が倍になると思う心持ちが出来る。ほんの一人を助けてあげられるだろうという余裕が、一番の心強さとなるでしょう。

 私の場合は、母親の友達で一人住まいをしている人が二、三人ほどいます。皆お年寄りで、必ず大騒動の波に乗り遅れてしまいます。いざというときは、その人たちに何とか必要なものを少しでも分けてあげられればよい、というささやかな余裕を持つだけにします。私のような一般人には、それ以外にできることは無いのです。

●「買いだめ」とは投機、スペキュレーションと同じもの

 「買い進め」といえば、株の買い進めを思い浮かべます。ある企業を乗っ取るために、個人株主が株を買い進めていく感じがします。私の頭には、バブル真っ盛りのころ一九八九年にトヨタ車のランプを製造している小糸製作所の株式を大量に買い進めた(グリーン・メーラー Greenmailerと言われた)ブーン・ピケンズ Boone Pickensを思い出します。

ブーン・ピケンズ

 株式だって同じことです。その企業を信頼し、投資するという目的で、少しずつ株を買っていくという堅実な投資家はいます。取得した割合だけ配当を受けるということ。これが本当の、本来のラショナリズムなのです。本来のコーポラチオーン(コーポレーション corporation)です。株式会社というのは、本来は講と変わらない。

 問題はその大半を買い占めて、権力を握ろうとする行為なのです。これが強欲の思想です。そして株の将来の値上がりと値下がりを見越すという考え方。「投機、スペキュレーション speculation」が悪いのです。「投資、インヴェストメント investment」とは全く違った考え方です。(投機、投資といって、頭に同じ「投」の文字が入っているから、なんとなく同じように考えられていますが、二つは全く違うものです。株式投資とは、投資割合に応じた有限責任、つまり得失を負うということです。この当たり前のことを知らないで、株だとかFXなんかやるなよ。)

 混乱に乗じて、自分だけ物を買い占めようという考え方。これこそ「投機」と全く同じものなのです。それが行き着いた究極の姿がデリヴァティヴ(derivative、金融派生商品)であり、サブプライム・ショックであり、リーマン・ショックであり、バーナード・マドフ事件なのです。これを「買いだめ」などという言葉でメディアは和らげているが、そんなことに一般庶民はだまされません。「買占め」です。先を見越した「投機」です。めんどくさいことに巻き込まれたくないようにしたいという不安から来た投機に過ぎないのです。

   

 バーナード・マドフ        『バーナード・マドフ事件』

 一般主婦や学生、フリーター、ニートまでがFXに手を出すというのは分かるような気がしてきました。その根本はこの平成の「買占め騒動」と同じものです。不安を煽られただけです。

●風評への加担―茨城・東北の被爆者扱い

 この部分を書いているのは三月二五日です。東北関東大震災はまるで他人事のようになってしまった。今問題になっているのは「風評被害」です。「風評」を作り出している、とくに福島と茨城に関する悪い風評作りにいそしんでいるのはテレビです。朝の「ズームイン・スーパー」から午前、昼、午後、夜十一時からのニュース番組らは風評を生産し続けています。

 八王子にいる私が被災地の方々を本当に助けようと思えば、一〇トントラックに食糧を詰め込んで、実際に乗り込んでいくしかない。それがやれる人はいません。私のような大多数の一般人は出来ない。一〇トントラックを持っていても、仕事でどこからかの要請があって、ようやくため息をつきながら被災地に行くのがやっとでしょう。

 私が今出来るのは、東京に程近い茨城と福島の農産物と人、土地に関する悪い風評に耳を貸さないことだけです。後は街角で行なわれている募金箱に百円玉を入れるぐらいのことだけです。

 千葉には福島産農産物を積極的に取り扱うことに決めた、個人経営のスーパーがあるといいますが、一般的には福島産の農産物は敬遠され始めています。

 今日(三月二七日)、私は地元のスーパーに行ってきました。おや、お米売り場にはお米が戻っている。そう思ってお米を見たら、滋賀産(近江米)をはじめとした西日本のお米だけが並んでいました。

 私にはこのスーパーのメッセージとして「私たちは、放射能汚染されている東北と茨城(茨城のとちおとめは安く、私の住む地域では近年沢山売られている。輸送費がかからないから)の米は売りませんから安心してください」と感じられました。

 これは風評を作り出し、風評に加担している行為の萌芽でしょう。こうした「風評加担スーパー」にははっきりと、風評を作り出し、世の中を混乱させている当事者であると名指しで抗議するべきです。

(著者注記:当時の激情に駆られて副島先生風にそう思いましたが、五月一五日現在、完全に冷めました。スーパーには東北の米は戻っています。輸送その他の理由で東北の米がなかったのでしょう。)

 こうしたことに「東北からの流通が確保できないため、当面の処置として行ないました」というのが予想される。(私の地元のこのスーパーは最近まで青森のお米のキャンペーンをやっていた。)

 それでは、お米が確保されればきちんと茨城と東北のお米、それから野菜などもきちんと扱うのだろうな。それを私は厳しく監視していきます。そして、風評に加担したスーパーは、「そのようなお店なのだ。茨城と東北を「ヒバクシャ」扱いする店なのだ」と厳しく断罪していかなくてはいけない。

●素人がiPhoneなどで撮影した迫真の津波映像

 私は津波が起こってからの一週間、Youtubeの映像を見ていました。テレビの編集された画像では、津波の恐怖が伝わってこない。現在発生から八日後の二〇一一年三月一九日になります。

 Youtubeで見ていたのは、素人の撮影による震災動画です。一般の人が撮影した津波の動画です。ほとんどがデジカメかiPhone、携帯動画撮影機能で撮影されたものです。

 私は、テレビで編集されて放送された映像ではなく、素人が自分の手で撮影し、自らでYouTubeにアップしたものだけが見たかったのです。これこそが津波の真実を記録した、世界初、史上初の詳細な現実を撮影した映像群だと思います。津波が東北各地のわが町を直撃するシーンを克明に記録した映像です。まずは私が見ていたURLを貼っておきます。

http://www.youtube.com/watch?v=6qJaF_QhfSY (多賀城ジャスコ 1)
http://www.youtube.com/watch?v=c2qlBVi4OvM&feature=related (多賀城ジャスコ 2)
http://www.youtube.com/user/hayatonzero#p/u/0/uSEoIgXDa4g (水の引いた後の多賀城)
http://www.youtube.com/watch?v=bI5GUmSX4Us (消防隊員が逃げる)
http://www.youtube.com/watch?v=FvnoUglt9nQ (仙台空港)
http://www.youtube.com/watch?v=n_7Xc5Q1TOo (釜石)
http://www.youtube.com/watch?v=7JHSBqFUoG4&feature=related (釜石津波シュミレーション)
http://www.youtube.com/watch?v=23Q4TBf_FKY (岩手県野田村)
http://www.youtube.com/watch?v=Ct9GEaWAmJg (おいらせ町)
(これを撮った人物の生存が分からないらしい。目の前が大洪水になる)
http://www.youtube.com/watch?v=PCFc1ZkrMDE&feature=related (仙台新港 グルメコロシアム会場 1)
http://www.youtube.com/watch?v=HZowat-Etis (仙台新港 グルメコロシアム会場 2)
http://www.youtube.com/watch?v=9cveZgTEpJs (千葉県一ノ宮町)
http://www.youtube.com/watch?v=PhlfzG3EPQ4 (岩手県三陸町 テレビ放送)
http://www.youtube.com/watch?v=dH2WHPQ14CM (仙台港近く)
http://www.youtube.com/watch?v=-1GNRJJPuTU (不明)
http://www.youtube.com/watch?v=Uu8DQgWz5ho (岩手県大槌町)
http://www.youtube.com/watch?v=OhzHvSCh4a8 (津波前の引き潮)
http://www.youtube.com/watch?v=X6h8rgc-Ses (岩手県大船渡)
http://www.youtube.com/user/chikintakezou#p/a/u/1/KwCBaYEhUfE (多賀城イオン屋上 1)
http://www.youtube.com/user/chikintakezou#p/a/u/0/kW9s7-2Pc6I (多賀城イオン屋上 2)
http://www.youtube.com/watch?v=taqHehtNUWw (八戸港)
http://www.youtube.com/watch?v=i6H7yMfUQeA (岩手県大船渡)
http://www.youtube.com/watch?v=Ann27T6JTek (気仙沼)
http://www.youtube.com/watch?v=ydmkde7BuVw (不明)
http://www.youtube.com/watch?v=jUFZwb6U3V4 (不明 津波の全景)
http://www.youtube.com/watch?v=dlAuPclMIBg&NR=1 (不明)
http://www.youtube.com/watch?v=7Vo98BzMgiQ (多賀城市 1)
http://www.youtube.com/watch?v=p7i0XO36NQo&feature=related (多賀城市 2)
http://www.youtube.com/watch?v=nJcs3X3cCnU (釜石港)
http://www.youtube.com/watch?v=4-mkzcxnJS8&feature=rtupdates&src=yt_results&tid=48999593098227712&eid=1300518073485002_178564935_2646822466&l=j.mp/dMy2jV
(海上保安庁巡視船 まつしまが津波を突っ切っていくところ)

 津波の本当の実像が全世界に公開されたのは、歴史上始めてのことでしょう。このような鮮明な映像が一般に届けられたのは、二〇〇六年のスマトラ大地震が最初ですが、その映像は公式のものや、プロのカメラマン、観光客、カメラが趣味の人、たまたまカメラ携帯を持って撮影できた人です。まだiPhoneはありません。ですから、私は、いまひとつその実態がつかめませんでした。皆さんもそうだったのではないでしょうか。

 ところが今回の日本は違います。全くの素人が、自分の足元にまで迫ってくる津波を、必死に逃げまどいながら、自然の恐るべき猛威を撮影したのは、人類史上初めてのことです。

 日本という、世界で最も精密に産業の発達した国で、その製品を普通の人が普通に所有している稀有の国だったからこそ可能だったのでしょう。津波に限らずおそらく、巨大な自然災害が記録されたのは、史上初のことです。

 撮影者の多くは高台の上で観察しているだけです。たまたま津波に襲われずに済んだ、幸運な人です。

 この幸運な人々のどのビデオを見ても、皆最初は他人事です。自分の車のことを心配しています。車のローンを心配しています。子供のころから津波の恐ろしさや、対策を教育されてきた人々のはずなのですが、そのビデオの映像を見ている私と同様の反応を現場でしています。最初は「おー、来たど、来たど。津波、すんげぇ〜なぁ〜」と、花火でも見る感覚で、我が町が目の前でゆっくりと飲み込まれていくのを見物しています。

 ところがあれよあれよという間に、目の前が放流渦巻き。おそらくどのビデオも見物人は最後は無言です。ビデオの終盤になって、ようやく事態が自分に関わることなのだと気づき始めます。

 この津波という未曾有の大災害の現実感のなさを克明に記録した貴重な映像は、人類の宝かも知れない。学問的な価値も高いのではないでしょうか。

(終わり)