「0167」 翻訳 中国政治の最近の動きを紹介している論文をご紹介します(1) 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳、2011年11月26日

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政治局常務委員会入りを目指す党幹部たちの間での争いが激化(Jockeying for Position Intensifies among Candidates for the Politburo Standing Committee

『チャイナ・ブリーフ』第11巻20号
2011年10月28日
ウィリー・ラム

http://www.jamestown.org/programs/chinabrief/single/?tx_ttnews%5Btt_news%5D=38585&tx_ttnews%5BbackPid%5D=25&cHash=af92db93d512ed71f3894bf20441f385

説明: http://www.jamestown.org/typo3temp/pics/097e41c7ad.jpg
常務委員会入りが有望視される薄熙来重慶市党委員会書記

 中国共産党中央委員会年次総会はつい先日終了した。総会では「文化システムの改革(the reform of the cultural system)」が決議された。この「文化システムの改革」とは、中国のソフトパワーを強化し、中国の「文化的安全保障(“cultural security)」を高めることを目的としている。中国共産党中央委員会は通常年一回総会を開催している。今回の総会では、第18回中国共産党大会について何を議論するかに注目が集まった。第18回党大会では中国共産党の最高指導部層が交代する。しかし、新華社通信が報道した中央委員会年次総会で採択されたコミュニケでは4日間の会議の間何が話し合われ、何が行われたのかはっきりしない。第18回党大会は2012年の後半に開催するとだけコミュニケには記されている。コミュニケには次のように書かれている。「党大会は全ての面で穏やかな繁栄を享受する社会の建設における重大な時期に開催されることになる。改革開放の推進と経済発展のパターンの変化の中で党大会は開催される」中央委員会はまた党員たちに対して「わが国の近代化を促進するとともに全ての面で穏やかな繁栄を享受する社会を建設するために団結し全ての中国人民を指導する」ように求めている(2011年10月18日付、新華社通信;2011年10月19日付、人民日報)。

 情報は極端に不足しているが、中国共産党政治局常務委員会(Politburo Standing Committee)入りを目指す党幹部たちの間での争いが激化しつつあるのは明らかだ。現在の常務委員会は9名で構成されているが、2012年にはそのうちの7名が常務委員から退くことが予想されている。中央委員会には370名の委員、候補委員が所属している。それらが一堂に会することはめったにない。そうした中で、中央委員会年次総会は常務委員会入りを目指す党幹部たちにとっては政治運動や工作を行うには絶好の機会となる。胡錦濤(こきんとう、Hu Jintao)中国国家主席が率いる共産主義青年団(the Communist Youth League)出身者の派閥(共青団派)と党長老の子息たちで構成される太子党(the Gang of Princelings)という中国共産党内部の2つの大派閥は、中央委員会年次総会が開催されている間、来年の党大会で自派の幹部たちを昇進させる機会を得ようと積極的に動いた(2011年10月14日付、ブルームバーグ;2011年10月19日付、Agence France Presse)。

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胡錦濤国家主席

 2つの派閥の争いを象徴するのが重慶市党委員会書記である薄熙来(はくきらい、Bo Xilai)だ。薄熙来は政治局員の地位にある。過去三年間、62歳になるカリスマ性を備えた太子党のプリンスである薄熙来は中国でも最も高い評価を得る政治家の一人と目されるようになった。彼は「紅い革命歌を歌い、社会の黒い分子を打ちのめす(唱紅打黒)」という人々に受けの良いキャンペーンを推進することで高い評価を受けることに成功した。毛沢東指導下時代の規範を復活させ、組織犯罪に対抗しようとした(2009年11月19日付、チャイナ・ブリーフ)。「唱紅(chang hong、singing red songs)」という「革命歌を歌おう」キャンペーンがいくつかの都市で熱心に展開されているが、中央委員会は毛沢東主義的な文化の復活に対して全面的な許可を与えていない。中央委員会の年次総会コミュニケには次のように書かれている。「全ての中国人民は改革と創造性の精神を動機として文化的な創造物を生み出すべきだ。文化的な創造物は中国の近代化を促進し、世界と未来を導くものである。私たちは全ての人々の文化水準を引き上げなければならない。また中国の文化的なソフトパワーを強化し、中国文化の宣伝に努めねばならない。そして最終的には文化的に協力は社会主義国家を建設しなければならない」(2011年10月18日付、China News Service;2011年10月18日付、Sina.com)コミュニケの中に「革命文化」への言及がないのは、中国の2人の指導者、胡錦濤と温家宝(おんかほう、Wen Jiabao)首相が薄熙来の推進している「唱紅」運動を気に入っていない証拠となる。重慶市は中国に4つしかない中央政府直轄都市のひとつであり、中国西部のビジネス拠点ともなっている。しかし、胡錦濤も温家宝も2007年末に薄熙来が重慶市の党委員会書記になって以降、重慶市を訪問していない(2011年10月14日付、Cablenews Hong Kong;2011年10月8日付、The Globe and Mail)。

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温家宝首相

 薄熙来は「重慶モデル」への支持を拡大しようと躍起になっており絶望的な努力をしている。このことは薄熙来の政治局常務委員会入りの可能性が少なくなっている、または彼の政治活動に対して大変な批判が起きていることを示している。2011年10月初め、薄熙来は故ケ小平の弟・ケ墾(とうこん、Deng Ken)を重慶に招待し、2帖の揮毫を頼んだ。それぞれ「自強不息(自分自身を強化することを止めてはいけない)」「両手都要硬(両手は等しく強くなければならない)」という揮毫になった。こうした文言は物質文明と精神文明の両方を涵養することに成功した重慶に対する明らかな賛辞となっている。同時に重慶日報は胡錦濤のいとこですでに第一線から退いた胡錦星(こきんせい、Hu Jinxing)に対して長時間のインタビューを行い、記事を掲載した。胡錦星は現在上海を拠点にしている慈善団体の代表をしている。胡錦星はインタビューの中で薄熙来を次のように賞賛している。「人々の生活の向上に貢献し、平等主義を推進している。重慶市の取り組みは中国式の社会主義建設に向けての貴重な経験を私たちに提供している」中国政治は保守的な伝統を持っている。それから考えると、一人の政治家が昇進のための自己アピールをするために昔の指導者と現在の指導者の親族の助けを借りるというのは前代未聞のことである(2011年10月6日付、重慶日報;2011年10月8日付、Wyzxsx.com [Beijing];2011年10月13日付、Sina.com)。

 薄熙来が政治局常務委員会入りに失敗する可能性もある。そうなった場合、薄熙来とおなじく太子党に属している上海市党委員会書記の兪正声(ゆせいせい、Yu Zhengsheng)が政治局常務委員会入りすることも考えられる。兪正声は「太子党内の兄貴分」と呼ばれることもある。薄熙来同様、一部では評価が低いが、華やかな政治家である。第18回党大会が開催されるとき、兪正声は67歳になっており、政治局常務委員会入りにはぎりぎり可能な年齢である。兪正声は上海市党委員会書記を務めており、その前は河北省党委員会書記を務めた。彼の経歴は二流どころであり政治局常務委員会入りは難しい。しかし、兪正声は中国共産党内に存在する各派閥にとって受け入れやすい人物ではある。兪正声はケ小平一族の利益代表者という一面を持つ。「偉大なる改革の設計者(Great Architect of Reform)」ケ小平の弟子を自任する党幹部たちにとって兪正声は親しみを感じる存在なのである(2011年10月11日付、The Australian;2011年7月6日付、Apple Daily [Hong Kong])。

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兪正声上海市党委員会書記

 薄熙来に対して逆風ばかりが吹いているわけではない。2011年10月9日に人民大会堂(Great Hall of the People)で開かれた1911年革命の100周年を祝う会に江沢民(こうたくみん、Jiang Zemin)前国家主席が登場した。これは全く予想外の出来事であった。江沢民の公の場への登場は薄熙来をはじめとする太子党の人々にとっては良いニューとなった。85歳になる前の中国のトップは6月に開催された中国共産党創立90周年行事には姿を見せなかった。そのことで一部には江沢民の死期が近づいているという見方も出た。江沢民自身も太子党であり、薄熙来の父親である党長老の故薄一波(はくいっぱ、Bo Yibo)と親友の間柄だった。2007年の第17回党大会で江沢民は、太子党のプリンスで胡錦濤の後継者として有力視されていた習近平の国家副主席就任に重要な役割を果たした。江沢民は今年の初めに病に倒れたが、それまでは王岐山(おうきざん、Wang Qishan)の強力な後ろ盾となっていた。王岐山は国務院常務副総理を務めた故姚依林(よういりん、Yao Yilin)の女婿である。江沢民は王岐山に強力な後ろ盾を与えることで、第18回党大会後、温家宝の跡をついで国務院総理に就任させようとしていた。第17回党大会で筆頭副総理になった李克強(りこっきょう、Li Keqiang)が温家宝の跡を受けて総理になるというのが暗黙の了解になっている。李克強は共青団派の有力者であり、胡錦濤国家主席の側近である(2011年10月9日付、ニューヨーク・タイムズ紙;2011年10月10日付、Ming Pao [Hong Kong])。

説明: C:\Users\Furumura\Desktop\副島隆彦の論文教室\img\jiangzemin001.jpg  説明: C:\Users\Furumura\Desktop\副島隆彦の論文教室\img\wangqishan001.jpg
江沢民      王岐山副総理

 中央委員会年次総会の前後の出来事などを見て、私は56歳になる李克強の存在感は増しており、温家宝の跡を受けて国務院総理になるのに何の問題もないと考える。中国の公式メディアが李克強の地方幹部時代の業績を紹介し、賞賛する記事を掲載している。新華社通信は今月初め、政治評論家・ゴン・ウェンによる記事を掲載した。その中で、李克強が1998年から2004年にかけて勤務した河南省時代の業績、特に西洋と東洋の経済的つながりを省内で構築したことが賞賛された。記事の中で次のように書かれている。「李克強は先進諸国から技術、資金、才能を河南省にもたらした。河南省は先進諸国にとって魅力的な土地となった。河南省は東アジア、中央アジア、東欧と深くつながるようになった」この記事は元々『党建設』という雑誌に掲載されたものだ。この『党建設』という雑誌には李について別の記事が掲載された。それは李の農業指導の業績についてであった。記事では次のように書かれている。「河南省は省内の人口1億人に食糧を供給しているだけでなく、他の省に加工食品を移出できるほどになっている」複数の国営メディアは、李が1974年から1977年にかけて下放(rustication)キャンペーンで安徽省に行った際のことを記事にしている。そして記事の中で李を「若者の理想像」と書いている。それらの記事は李について「若いとき、昼間は農場で激しい肉体労働をし、夜は長時間勉強をした」と紹介し、李の能力を称賛した(2011年10月9日付、新華社通信;2011年10月11日付、News.ifeng.com [Beijing])

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李克強筆頭副総理

 李克強は中国国内や海外へ重要な訪問を行っている。これは筆頭副総理である李克強の存在感や重要性が増していることを示している。例えば、李克強が2011年8月に香港を訪問した際、彼は国務院を代表していた。李は香港特別行政区の経済発展を維持するための経済政策を行うことを約束していった。2011年9月初め、新疆ウイグル自治区のウルムチで開催された第一回中国・ユーラシア博覧会に出席し開会を宣言した。中国はこの博覧会を通じて中央アジア諸国と経済だけでなく様々な連携を深めようとしている(2011年9月1日付、China News Service;2011年8月17日付、China.org.cn)。博覧会に参加したのは、パキスタン、アフガニスタン、キルギスタン、アゼルバイジャン、カザフスタンの各国だった。2011年10月23日、李克強は北朝鮮と韓国を訪問する一週間の外遊に出た。外遊の目的は長い間中断されている朝鮮半島の非核化を協議する六か国協議を再開するための準備であった(2011年10月23日付、新華社通信;2011年10月23日付、China Daily)。

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劉雲山中央宣伝部長

 中央委員会の年次総会で注目されたのは共青団派にも太子党にも属していないが政治局常務委員会入りの可能性を持つ党幹部たちである。文化、イデオロギー、ソフトパワーに関連する諸問題に中国の指導部が関心を寄せるようになっている。その結果、現在プロパガンダを担当している政治局員(中央宣伝部長)である劉雲山(りゅううんざん、Liu Yunshan)は中国共産党中央精神文明建設指導委員会主任・李長春(りちょうしゅん、Li Changchun)の跡を受けて政治局常務委員会入りをする可能性が高い。64歳になる劉雲山はリベラルな知識人たちからは保守的なイデオロギー守護者として批判されている。一方で、中国共産党内部の各派閥からは正統派の牙城を守る人として評価されている。劉雲山は新華社通信の記者をしていた経歴を持つ。彼は公の場で行われる議論から社会を不安定な方向に誘導する発言や「調和を乱す」発言を排除することに長けていると見られている(2011年5月31日付、China Daily;2010年5月1日付、Asia Times [Hong Kong])。今回の中央委員会年次総会では議題は文化とイデオロギーに集中した。これは劉雲山が党の関心を中国のソフトパワーの強化や「文化的な安全保障」の強化といった、これまで顧みられてこなかった分野に向けることに成功したことを示し、劉雲山の能力の高さを示している。

 中央委員会のコミュニケに書かれている「文化改革」の重要なゴールは、「中国の全人民は、中国の文化的なソフトパワーを強化するために、自身の文化的な自意識と文化的な自信を強化するべきだ」となっている。一党による権威主義的な支配という中国モデルを国内、国外で積極的に宣伝することは中国共産党の長年の課題であった。そうした点から考えると、政治局常務委員会の委員選びのプロセスでは「西洋式の」メカニズムは導入されないことは確実だ。しかし、胡錦濤国家主席も温家宝首相も「党内デモクラシー(intra-party democracy)」の拡大とデモクラシーや法の支配(rule of law)といった「国際的な規範(global norms)」の受け入れを繰り返し表明している。中国共産党内部では、長年表にはあまり出ない形で派閥争いが続けられてきた。この伝統から考えて、来年行われる、政治局と政治局常務委員会のメンバー選びは、時代遅れで、中国式の特徴にあふれた駆け引きや騙し合いで決定されることになる可能性は高い。

(終わり)