「0182」 翻訳 ロサンゼルス・タイムズに掲載されえたイスラエル人歴史家による「イラン攻撃すべし」論説とそれに対する反論、歴史家による再反論の記事をご紹介します。古村治彦(ふるむらはるひこ)翻訳 2012年3月18日

 ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦です。本日は、2012年2月にロサンゼルス・タイムズ紙に掲載されました2本の記事をご紹介します。一つ目は、2012年2月14日にイスラエル人の歴史家ベニー・モリス(Benny Morris)が書いた論説記事(op-ed)です。二つ目は、2012年2月25日に掲載された、モリスの論説記事に対する読者の反論をまとめた記事です。この記事には、モリスによる再反論も含まれています。

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ベニー・モリス

 現在、イランを取り巻く状況は不安定さを増しています。イスラエルがイランに核開発関連施設に攻撃を加え、中東で新たな戦争が起きる、その戦争が、核戦争になるではないかという懸念が大きくなっています。

 ベニー・モリスは、イスラエルか、アメリカがイランを攻撃して、イランの核開発を阻止すべきだという論理を展開しています。それに対して、読者からはイスラエルこそが中東の平和を乱しているという反論がなされています。

 現在の状況を理解するうえでも大変参考になる記事ですので、是非お読みください。

 

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『イスラエル・ロビーT・U』

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●「イランについて。正真正銘の正しい選択とは何か(On Iran, a stark choice)」

ロサンゼルス・タイムズ紙
2012年2月14日付
ベニー・モリス(Benny Morris)筆

http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-morris-iran-20120214,0,3948377.story

狂信的で、暴力的な政治指導者に率いられたイランに核兵器を保有させるか、それとも軍事攻撃をして、イランの核兵器保有を阻止するか

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 最新の世論調査によると、アラブ世界の人々のほとんどは、ホロコースト(Holocaust)は、本当は起きていない、ホロコーストは、ユダヤ人たちが創作した作り話で、世界の同情と支援を得ようとするための方便である、と信じているようだ。イランのマフムード・アフマディネジャド(Mahmoud Ahmadinejad)大統領もそのように信じているようだ。彼はこれまでに何度も、「ホロコーストは作り話だ」と発言してきた。

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マフムード・アフマディネジャド

 西洋世界では、多くの政治指導者やコメンテーターたちは、ホロコーストは実際に起きたと発言している。そうなのだ、ホロコーストは実際に起きたのだ。しかし、プライベートな場面、もしくは公式の場所で、イスラエル国民に対して、「ホロコーストのことはそろそろ乗り越えたらどうですか」と発言する人たちもいる。彼らの言いたいことは、第二次世界大戦中に600万人のユダヤ人が殺害されたという事実が、現在のイスラエルの政策の基礎になる、もしくは影響を与えているが、それは好ましくないということだ。

 こうした考えは、合理的であるか、もしくは道徳的であるか?イスラエルは、ユダヤ人に実際に起きた現実と記憶を脇に置いて、何事もなかったように国家を運営していくべきなのか?イスラエルの指導者たちは、イスラエルの世論を背景にして、イランが第二のホロコーストを起こして、イスラエルを地図上から壊滅させてやると繰り返し発言していることを真剣にとらえている。イランは、イスラエルを「シオニスト集団」「シオニスト政権」と呼んでいる。イスラエルの指導者たちは、イランの核開発計画についても憂慮している。国際社会は、長年イランが核兵器を持つことなどありえない、もしくは疑わしいが持つことはないだろうと考えてきた。その結果、イランは核兵器製造へ向けて進むことになった。イスラエルは、迫りくる危機から目をそらさなかった。そして、イランが核兵器を保有したら、彼らは核兵器を使用するだろうと確信している。そうなれば、イスラエルは存亡の危機に立たされる。

 イスラエルは国際社会に対して硬軟取り合わせて働きかけを行った。そして、アメリカとヨーロッパ諸国はついにイランの石油産業と中央銀行に対して厳しい経済制裁を科すようになった。しかし、経済制裁は遅すぎた。そしてロシア、中国、インド、トルコ、アラブ諸国などが経済制裁に参加していない。その結果、経済制裁の効果は薄くなってしまっている。イラン政府は、経済制裁によって人々の生活が苦しくなっても、核開発計画を止めることはないと言っているのに、効果の薄い経済制裁をやっても意味がない。イスラエル軍の諜報部のトップによれば、イラン国民は年率24パーセントのインフレ、16パーセントの失業率に苦しんでいる。通貨リアルの価値は乱高下している。

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レオン・パネッタ

 しかし、アメリカとヨーロッパの指導者たちはイスラエルに対して「ちょっと待ってほしい。経済制裁をすべきだ」と言ってきた。しかし、残された時間は余りに少ない。レオン・パネッタ(Leon Panettta)米国防長官は、「イランが核兵器保有を決断したら、1年以内に核兵器を完成させ、核兵器の運搬手段をその1年か2年後には完成させるだろう」と公式に発言している。パネッタの考えは間違っている。彼が考えているよりも短い期間で、イランは核兵器を保有することになる。エフード・バラク(Ehud Barak)イスラエル国防相は、2012年2月初め、「イスラエルに対していつまでも待て、待てと言っているうちに、対処するのに遅すぎるという事態を迎えることになる」と発言した。

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エフード・バラク

 どのような選択をすべきか、明らかである。狂信的で、暴力的な政治指導者に率いられたイランに核兵器を保有させるか、それともアメリカ軍、もしくはイスラエル軍が軍事攻撃をして、イランの核兵器保有を阻止するか。アメリカは、イランを攻撃して核開発計画を止める力を持っているが、イラクやアフガニスタンでの戦争で疲れているならば、より限定的な軍事力しか持たないがイスラエルがイランを攻撃しなければならないことになる。

 アメリカは、イラン攻撃というアイデアを繰り返し、そして公式に否定してきている。それならば、アメリカ政府は、イスラエル政府の深刻な懸念にどのように対処するのだろうか?イスラエルは核兵器を保有するイランの出現を恐れる。同時に、2012年はアメリカ大統領選挙が行われる年であり、オバマ大統領は、反イスラエル的な動きに対して対処できないだろうと悲観的になっているイスラエルの政治指導者たちもいる。

 もちろん、イランは巷間言われているほど強力な軍事力を持っている訳ではない。しかし、張子の虎(paper tiger)という訳でもない。2007年にイスラエルはシリアを攻撃した際に、シリアは反撃に出た。その程度の反撃をイランもできる能力を持っている。ちなみに、イスラエルは2007年のシリア攻撃で、シリア国内で北朝鮮が設計した原子炉を発見した。このような局地的な事件として済めばましだ。より現実的なシナリオは、世界規模で石油価格が上昇し、イスラエル、ペルシア湾岸諸国、ホルムズ海峡、イラク、アフガニスタン、西洋諸国に対しての通常攻撃、もしくはテロ攻撃が増加するというものだ。イスラエルかアメリカがイランを攻撃するとなると、イスラム世界で両国に対する怒りが増し、世界規模での争いが発生することになるだろう。しかし、テルアビブやハイファに対して核攻撃を受けるとその結果は、イスラエル政府が予想しているように、最も悲惨なものとなるだろう。

 イスラエルが通常兵器を使って、イランを攻撃しても、イランの核開発計画の完成をほんの2、3年遅らせることしかできない。それでも遅らせることができるだけでも良しとしなくてはいけない。遅らせている間に、国際社会が、そしてロシアも核兵器を保有するイランの危険性に気づき、イランの核開発を完全に停止させる手段を取ると期待できる。

 しかし、結局のところ、次のようなシナリオが最も現実性が高いだろう。イランの核開発計画を通常の方法で今すぐにでも阻止できないとなると、お互いの選択ミスや誤解によって、イランからの核攻撃、もしくはイスラエルによる先制攻撃が発生すると考えられる。その場合、どちらにしても中東で核戦争が起きてしまうことになるだろう。

ベニー・モリス:イスラエルの歴史家。最新作は『1948年:第一次中東戦争の歴史』。

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●「イランとイスラエル:どちらがより大きな脅威か?(Iran and Israel: Who's the bigger threat?)」

ロサンゼルス・タイムズ紙
2012年2月25日付

http://www.latimes.com/news/opinion/letters/la-le-postscript-israel-iran-nuclear-20120225,0,6848944.story

イスラエルは核兵器を保有している。一方でイランは核兵器を保有していない。どうしてイスラエルは近隣にある核保有国家を恐れる必要があるのか?

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 イスラエル人の歴史家ベニー・モリス(Benny Morris)は、2012年2月14日付本紙に論説記事を寄稿した。モリスは、記事の中で「イランの核開発を阻止するために軍事攻撃が必要だ」と主張した。それに対して読者から、「モリスは中東で唯一の核保有国について言及していない。それはイスラエルだ」という反応が本紙に多く寄せられた。読者の中には、「相互確証破壊(MAD)は、冷戦期のアメリカとソ連の間では有効であった。だから、中東地域の二大核保有国であるイスラエルとイランの間にもMADが作用し、お互いを壊滅させる可能性はごく小さい」と書いてきた人たちもいる。一方で、イスラエルは中東における唯一の核保有国であり、中東地域の平和にとって脅威となるのはイランではなく、イスラエルだ、と主張する読者もいた。カリフォルニア州ゴレッタ在住のジョン・ウィリアムズ氏は次のように書いている。「ベニー・モリスの論理を推し進めると次のようになる。イランは、イスラエル、アメリカ、そしてロシアに対して使用する意図をもって、現在核開発を行っている。それならばイランに対して大規模な先制攻撃を行う必要があるし、イスラエルはイランに対して核攻撃を行うべきだ」

 ある読者は次のように書いている。「地球を人間に例えるなら、イスラエルは、地球の頭に銃を突き付けて引き金を引くことについて語っているようなものだ」

 別の読者は次のように書いている。「イランは核兵器を保有していない。また、核兵器を開発するとも公式に発言していないし、イスラエルに対して軍事攻撃をすると言ったこともない。一方で、イスラエルは、核兵器を保有している。イスラエルと世界の平和にとって、イスラエルとイラン、どちらがより大きな脅威であろうか?イスラエルは、私たちを破壊に満ちた世界に連れて行こうとしている」

ベニー・モリスからの反論:

 私の論理は単純明快である。外交交渉や経済制裁ではイランの核開発計画を阻止できなかった。軍事力を持って阻止しなければ、イランは近い将来、核兵器を保有することになる。核兵器を持つイスラエルと核兵器を持つイランの間には大きな違いが存在する。イランの現政権は悪(bad)である。イランでは2009年に大統領選挙が行われ、アフマディネジャド大統領が再選された。しかし、この選挙は不正だらけだった。また、イラン政府は、選挙の結果に異議を唱える自国民を暗殺、または殺害した。イランは、自国外のテロリストたちを支援している。その中には反イスラエルのテロリストたちも含まれる。イランの現政権は狂って(mad)いる。彼らはイスラエルの壊滅を標榜し、イスラエルの生存を脅かしている。

 一方で、イスラエルは、1973年にシリアとエジプトから大規模な攻撃を受けた際も、核兵器を使用しなかった。イスラエルは当時、既に核兵器を保有していた。そして、核兵器保有の期間は40年を超えた。イスラエルは、近隣諸国に対して「徹底的に破壊・壊滅する」というような脅威を与えたことはない。タカ派の右派政権が誕生したこともあるが、イスラエルの指導者は常に、合理的な志向ができ、抑制力を持った人々であった。イスラエルの政治指導者たちは国が存亡の危機に瀕した時でさえ、核兵器を使用しなかった。イスラエルは民主国家であり、イランは全体主義的な神政独裁国家である。イスラエルとイランを比較することは馬鹿げたことであり、道徳的な相対主義の誤用である。両国を実際に訪問してみれば、両国を比較するなど馬鹿げたことだということがより明らかになるだろう。

 私は、イスラエルが核兵器を用いてイランの核関連施設を破壊せよと書いたことはない。イランの核関連施設への攻撃は通常兵器を用いれば十分に目的を達成できる。そして、イランの核関連施設への攻撃に関して言うと、イスラエルが行うよりも、アメリカがミサイル、空軍、海軍を用いて行ってくれた方がより徹底して核関連施設を破壊することができる。しかし、ひとたびイランが核兵器を開発してしまえば、核戦争は避けられない。この際の核戦争は何もイランとイスラエルの間で行われるとは限らない。ただし、イランとイスラエル間で起きるのが最も可能性が高いだろう。イランの核兵器保有は、中東における核拡散を促進することになる。サウジアラビア、エジプト、トルコが核抑止力を得るために、独自の核兵器保有を目指すだろう。そうなれば、中東地域の不安定さを考えれば、我々が懸念していることは確実に起こってしまうだろう。

(終わり)