「199」 翻訳 ヒラリー・クリントン米国務長官による重要な政策論文である「アメリカの太平洋の世紀(America’s Pacific Century)」を皆様にご紹介します(1) 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳 2012年10月12日

 ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦です。今回は、ちょうど1年前に米外交専門誌に発表された論文を皆様にご紹介したいと思います。1年前の論文ということで、そんなものをどうして今頃紹介するのかと思われる方もいらっしゃると思います。しかし、この論文はアメリカの世界戦略の転換を示すものであり、1年経った今でもその重要性は変わりません。

 この、「アメリカの太平洋の世紀」というタイトルをつけられた論文は、アメリカが、「アジアへ回帰する」と宣言したもので、この戦略的転換は、欧米のマスコミでは、pivot to Asiaと呼ばれています。pivot(ピボット)と言えば、バスケットボールで使われるプレーが思い浮かびます。ピボットとは、ドリブルができないとき、どちらかの足を軸にして回転するというものです。pivot to Asiaのピボットは、「軸足を定める」「転回する」という意味で使われています。

 私は、アメリカのpivot to Asiaが、中国への関与を深めることを目的にしているのか、それとも中国を封じ込めることを目的にしているのか、今でも判断しかねていたのが正直なところです。クリントン政権時代には、コンゲージメント(封じ込めを意味するcontainmentと関与を意味するengagementの合成造語)政策が採られましたが、これに近いものなのと思います。しかし、最近のヒラリー・クリントン国務長官の動きを見ていると、対立confrontation政策なのではないかと思うようになりました。

 読者の皆様の判断材料として、今回から3回に分けて、重要論文をご紹介いたします。

※アメリカのアジアへの大転換の関する記事は、ブログ「古村治彦の酔生夢死日記」(こちらからどうぞ) でもご紹介しております。お読みいただければ幸いです。ブログの左にカテゴリーで「pivot to Asia」としてまとめてあります。

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アメリカの太平洋の世紀(America's Pacific Century)

政治の将来が決まる場所は、アフガニスタンでもイラクでもない。アジアである。そして、アメリカは、政治の将来を決める動きの中心となる。

ヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)筆
フォーリン・ポリシー(Foreign Policy)誌
2011年11月号
http://www.foreignpolicy.com/articles/2011/10/11/americas_pacific_century

ヒラリー・クリントン

 イラクでの戦争が終わりに近づき、アメリカはアフガニスタンから米軍を撤退させ始めている。今まさにアメリカは大変重要な転換点(pivot point)を迎えている。この10年余りの間、アメリカはイラクとアフガニスタンという2つの戦地に莫大な資源を投入してきた。これからの10年、私たちは、限られた時間とエネルギーを、賢く、体系的に使う必要がある。これからの10年、私たちアメリカは、指導的地位を確保、維持し、国益を確保し、私たちの持つ価値観を世界に拡散するために最も有利なポジションを取らねばならない。より具体的に言うと、次の10年のアメリカの国政にとって最も重要な目標の一つは、アジア・太平洋地域に対して、外交、経済、戦略などの面で投資を確実に増やす、ということになる。

アジア・太平洋地域

 アジア・太平洋地域は、これまで、国際政治を動かす主要な地域だった。この地域は、インド亜大陸から南北アメリカ大陸の西海岸にまで広がっている。この地域は2つの大洋である、太平洋とインド洋があり、これらは海運と戦略でその結びつきが強まっている。この地域には、世界の総人口のほぼ半分が居住している。また、世界経済のエンジンとなるいくつかの国も存在する。更には、温室効果ガスの排出国トップ10のうちのいくつかも存在する。アメリカにとっての重要な同盟諸国もあり、また中国、インド、インドネシアのような新興大国も存在する。

 アジア・太平洋地域では、現在、安定と繁栄を促進するために、より成熟した安全保障と経済の枠組みを構築しつつある。まさにこの時期、アメリカのアジア・太平洋地域に対しての関与は必要不可欠なものだ。アメリカは枠組みの構築を支援することができる。そうすることで、この21世紀も続くアメリカの指導力を確保するという利益を得ることもできる。アメリカは第二次世界大戦後、様々な機関や関係性を網羅した包括的で、永続的な環大西洋ネットワーク(transatlantic network)を構築した。このアメリカの関与は、その時の投資の何倍もの利益を現在に至るまでもたらし続けている。今、アメリカは、第二次世界大戦後にやったことを今度はアジア・太平洋地域でやっているのである。アメリカは太平洋地域の大国として、第二次世界大戦後に大西洋地域(ヨーロッパ)に対して行ったような投資をアジア・太平洋地域に対しても行うべき時が来たのだ。これはバラク・オバマ大統領が政権発足当初から進めてきた戦略であり、すでに成果を上げている。

バラク・オバマ大統領

 イラクとアフガニスタンについては移行期にあり、アメリカ国内の経済状況は厳しい状況が続いている。こうした状況下で、アメリカ軍の再配置でなく、本国への撤退を求める人たちがアメリカの政界の中にいる。彼らは、国内の諸問題解決を優先するために、アメリカの海外への関与のレベルを引き下げることを求めている。そうした動きやその裏にある衝動は理解できる。しかし、彼らの主張は、的外れである。アメリカにはもはや世界に関与する余裕はないと言う人たちがいる。こういう人たちは時代に逆行した主張をしているのだ。アメリカは海外への関与を何としても続けていかねばならないのだ(We cannot afford not to.)。アメリカの企業のために新しい市場の開放から、核拡散の抑制、通商と船舶の安全な航行のためのシーレーンの確保まで、アメリカの海外での活動はアメリカ国内の繁栄と安全保障のために必要不可欠なものなのである。60年以上の間、アメリカは、「本国への帰還」論争が醸し出す魅力と、その中にあるゼロサム的な論理に抵抗してきた。私たちは、これまでと同じように、こうした誘惑に抵抗し、打ち勝たねばならない。

 国外では、多くの人々がアメリカの意図について疑念を持っている。アメリカはこれからも世界に関与し、リードしていくつもりがあるのかと疑っている。アジア諸国の人々は、私たちアメリカに対し、アジアに留まってくれるのか、世界各国で様々な事件や出来事が起きるたびにそちらにかかりきりになるのか、経済的、戦略的関与をこれからも続けてくれるのか、必要なときにはきちんと行動してくれるのかといった疑問をぶつけてくる。私たちはいつも、「私たちは関与し続ける。その意思は変わらない」と答えている。

 アジアの経済成長と活力を利用することは、アメリカの経済的、戦略的利益にとって重要であり、オバマ大統領の掲げる最優先事項の一つである。アジアの開かれた市場は、アメリカ企業にとって投資、貿易、最新技術の獲得といった点でこれまでにないほど大きなチャンスを提供してくれる。アメリカ国内の景気回復は、輸出の拡大とアメリカ企業がアジアの成長する消費者層をつかめるかどうかにかかっている。戦略的な観点から言えば、アジア・太平洋地域の平和と安全を維持することは、世界の発展にとって重要だ。アジア・太平洋地域の平和と安全を守るには、南シナ海の船舶航行の自由を守り、北朝鮮の核開発に毅然とした態度で対峙し、地域の大国の軍事行動の透明性を確保することが重要だ。

東アジアサミットの様子

 アメリカの未来にとってアジアが必要不可欠であるように、アジアの未来にとってアメリカの関与は必要不可欠である。アジア・太平洋地域は、私たちアメリカのリーダーシップとアメリカ企業の進出を熱望している。彼らの熱望ぶりは、この時期、これまでにないほど高まっている。アメリカは、アジア・太平洋地域において、強力な同盟諸国とのネットワークを構築している唯一の大国である。また、領土的野心を持っていない。更には、これまで長い間、世界の公益に貢献してきた歴史がある。私たちは、地域の同盟諸国と共に、地域の安全を守ってきた。アジアのシーレーンをパトロールし、安定を維持してきた。こうしたことが経済成長のための基盤づくりにも役立った。アメリカは、経済的な生産性の向上の促進、国家ではなく、市民団体など社会全体の強化、人々の繋がりの拡大を通じて、地域に住む数十億の人々が世界経済に参加することを手助けしてきた。アメリカは、アジア・太平洋諸国にとって主要な通商、投資のパートナーである。また、アメリカは、太平洋両岸の国々の労働者や企業に利益をもたらす技術革新の中心地である。更には、毎年35万人のアジアからの留学生を受け入れている。アメリカは、開かれた市場と、世界共通の価値観である人権を擁護する。

 アメリカは太平洋において他国が果たせない役割を果たすため、オバマ大統領はアメリカ政府全体で多面的な、そして継続的な努力を続けるよう、先頭に立って導いてきた。こうした努力はこれまで表に出ることはあまりなかった。私たちの達成してきた成果がマスコミで大々的に報道されることもなかった。それは、長期にわたる投資は、目の前にある危機よりも人々を興奮させるような性質のものではないからだ。また、世界中で様々な事件や出来事が起きており、マスコミの目はどうしてもそっちに向かってしまう。

中国を訪問するクリントン国務長官

 アメリカの国務長官として、私は、これまでの長い慣習を破り、私の最初の外遊の目的地にアジアを選んだ。それ以降、私はアジアを7回訪問してきた。私はアジアを訪問するたびに、急速な変化が起きていることを直接目にする機会に恵まれた。そして、アメリカの未来がアジア・太平洋地域の未来と密接にリンクしていることを実感した。アジア・太平洋地域へ軸足を移すというアメリカの戦略的大転換(strategic turn to the region)は、アメリカの世界的なリーダーシップをこれからも維持していく点からも論理的に正しいことである。この戦略的大転換を成功させるには、アジア・太平洋地域はアメリカの国益にとって重要なのだという、党派を超えた(bipartisan)コンセンサスを形成し、維持することが必要だ。アメリカの歴代大統領と国務長官は、所属政党に関係なく、世界に関与してきた。私たちはこの力強い伝統をこれからも追求していく。また、戦略的大転換には、アメリカの選択が世界に与える影響を考慮に入れた一貫性のある地域戦略を堅実に実行する必要がある。

 アメリカのアジア・太平洋地域に対する戦略とはどのようなものか?この戦略には、私が「前方展開(forward-deployed)」外交と呼ぶ継続的なアメリカの関与がまず必要となる。前方展開外交とは、私たちが持つ外交上の全ての手段や資源を投入し続けるということだ。この中には、政府高官、開発についての専門知識を持つ人々、省庁を超えて編成されるチーム、アメリカが持つ様々な資源や資産を、アジア各国や各地域に送り込み続けるということも含まれる。アメリカの戦略は、アジア全域で起きている急速で、劇的な変化を考慮し、対応するものでなければならない。このことを踏まえて、私たちは6つの方針に沿って行動することになる。その6つの方針とは以下のとおりである。@二国間の安全保障同盟の強化、A中国などの新興大国との関係の深化、B地域的な多国間機関への関与、C貿易と投資の拡大、Dアメリカ軍のプレゼンスの拡大、E民主政治体制と人権の拡散。

 アメリカは地理的に特殊な場所に位置している。アメリカは大西洋と太平洋の両方に接している大国である。アメリカはヨーロッパ諸国のパートナーであることに誇りを持っている。また、彼らに様々な利益を提供してきたことも私たちの誇りだ。私たちがこれから取り組むのは、大西洋の場合と同様に、アメリカの国益と価値観に一致した、太平洋全域を網羅するパートナーシップと様々な機関のネットワークを構築することである。太平洋でのネットワーク試みは、その他の全ての地域における試金石となる。

 私たちアメリカは日本、韓国、オーストラリア、フィリピン、タイと条約に基づいた同盟関係を結んでいる。これらの国々との同盟関係は、アメリカのアジア・太平洋地域に対しての戦略的大転換の支点となる。これらの国々との同盟関係は、半世紀以上にわたり、地域の平和と安全保障を実現してきた。また、地域の著しい経済発展を促進する環境を作り上げてきた。同盟諸国は、アメリカのアジアにおけるプレゼンスを利用してきた。一方で、アメリカは。同盟を通じて、安全保障環境が複雑化していく状況下で、アジアにおけるリーダーシップを強化してきた。

 アジア諸国との同盟関係は成功を収めている。しかし、私たちはそれらをこれからも維持するだけではいけない。私たちは変化する世界に対応するために、同盟関係を進化させねばならない。そのために、オバマ政権は3つの原則に沿って行動している。一つ目は、アメリカの同盟諸国が持っている重要な目標について政治的な合理を形成し、維持することである。二つ目は、私たちの同盟関係が状況に素早く対応できるようにすることだ。それによって、私たちは、変化を把握し、新しいチャンスを捉えることができる。三つ目は、アメリカの同盟諸国の防衛能力と通信インフラが、国家や非国家アクターたちによる挑発を実践的に、また物量的に抑止できるだけのものとなることを、アメリカが保証することである。

 アジア地域の平和と安定の要石(cornerstone)となるのは、日本との同盟関係である。アメリカと日本との同盟関係を見れば、オバマ政権が上に挙げた3つの原則をいかに守っているかは明らかだ。日米両国は、明確なルールに基づいた安定した地域内秩序、という価値観を共有している。その中には、船舶航行の自由や開かれた市場、公正な競争が含まれる。日米両国は、新たな取り組みを始めることにも合意している。その中には、日本が50億ドル(約4000億円)以上の資金を新たに提供するということも含まれる。また、日米は、日本国内に引き続き米軍を駐留させることでも合意に達している。更には、地域の安全保障を脅かす脅威を抑止し、迅速に対応できるようにするために、情報交換、監視、偵察活動を合同して行うことや、サイバー攻撃に関しての情報共有を進めることも決定している。日米両国はオープンスカイ協定(航空協定)を締結した。これにより、ビジネスへのアクセスや人と人とのつながりを増進されることになる。また、日米両国は、アジア・太平洋地域に関する戦略対話を開始した。更に、日米両国は、アフガニスタンに対する二大援助国として協力して行動している。

 日本と同様、韓国との同盟もより強化され、作戦面での日韓の協力・統合も進んでいる。米韓両国は、北朝鮮からの挑発を抑止し、対応するための米韓共同での作戦遂行能力を、継続的に発展させている。米韓両国は、戦時作戦統制権(operational control during wartime)の円滑な移行を確実に進めるための計画の実行に関し合意に達している。また、韓米自由貿易協定(Korea-U.S. Free Trade Agreement)の成立も間近に控えている。米韓同盟は活動の幅を世界規模にまで拡大している。G20、核安全保障サミット、ハイチやアフガニスタンでの協力といった幅広い活動に米韓両国で参加している。

 アメリカとオーストラリアとの同盟関係も太平洋を対象とするパートナーシップという形から、インド洋と太平洋とを網羅する規模に拡大している。米豪同盟もまた世界規模にまで活動の範囲を拡大させることになる。サイバースペース上での安全保障、アフガニスタン問題、アラブの目覚め(アラブの春)、アジア・太平洋地域の枠組みの強化といった点で、オーストラリアの助言と関与は、何事にも代えがたいものであった。東南アジアにおいては、フィリピン、タイとの同盟関係を刷新し、強化している。アメリカは、フィリピンに寄港する船の数を増やしたり、ミンダナオ島での共同作戦を通じてフィリピンの対テロ部隊のトレーニングを行ったりしている。タイは、私たちアメリカと、アジア地域において、最初に条約を締結し同盟関係を持った国である。米タイ両国は、協力して、アジア地域における人道支援や災害救助の拠点をタイ国内に構築しているところである。

 私たちは、新しい事態に対応して、既存の同盟関係を刷新している。また、アメリカとアジア諸国が共に抱えている問題の解決の手助けとなる、新たなパートナーシップの構築も進めている。中国、インド、インドネシア、シンガポール、ニュージーランド、マレーシア、モンゴル、ベトナム、ブルネイ、太平洋の島嶼諸国に対して、アメリカはパートナーシップの構築を進めている。この取り組みは、アジア・太平洋地域におけるアメリカの戦略と関与に関して、より包括的なアプローチをトルコができるようにするために行われている。これは、アジア・太平洋地域におけるアメリカの幅広い取り組みの一部である。アメリカは、新たなパートナー諸国に対し、ルールに基づいた地域秩序と世界秩序を構築すること、そして参加することを求めている。

(つづく)