「204」 翻訳 アメリカの民主化政策についてアメリカで発表された論文をご紹介します(3) 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳 2012年11月30日

『アメリカ政治の秘密』

 驚くべきことでもないが、経済的に成功している圧政国家。中国や機能的な政治を行っている圧政国家、プーチン率いるロシアにとっては、アメリカの民主的移行(democratic transition)という考えは、「体制転換(regime change)」としか捉えられない。アメリカ政府はこうした各国の懸念に気づきながら無視しているのか、それともアメリカ政府は自分たちのやっていることに自信を持っていて、各国の懸念など気にせずに民主化の鞭をふるっているのか、そのどちらかなのかは分からない。アメリカの政治家や民主政体促進事業の活動家たちの発言から判断すると、アメリカは自分たちのやっていることに自信を持っているのだ。そして、ロシアや中国といった国々も、ヒラリー・クリントン国務長官が述べた「民主国家で構成される世界」の一員になると単純に考えているようなのである。

ウラジミール・プーチン

 アメリカがこうした思い上がりを持っていることは何も驚くべきことではない。確かに、1990年代のアメリカでは、人々がイデオロギーに熱中するということはなかったと考えられている。ビル・クリントン大統領時代は、大統領の弾劾の危機以外は落ち着いていたように見える。しかし、この時代、地球上のすべての人間が同一の政治的、経済的システムの下で生きるようになることを自分たちは見届けることになるのだという考えに多くの人々が捕えられた。これがこの時代のイデオロギーの高揚と言える。

 こうした考えに歴史的な裏付けは全くなかった。そこにあったのは、「アメリカによって育てられた民主政体の世界への拡散」という考えに対する布教活動に似た熱情であった。民主政体は、システムであると同様に人々にとっての信念となっている。政府やNGOが民主政体促進のために活動することは、歴史的に見て、中世の王たちがキリスト教の布教のために活動していたことに良く似ている。

 冷戦終結後の民主政体促進事業の活動家たちとキリスト教の宣教師たちを比較してみれば、宣教師たちにとってのキリスト教と、活動家たちにとっての民主的・資本主義は、それぞれのシステムにそれぞれが大きな自信を持っているという点で同じであり、キリスト教と民主的・資本主義は一つの選択肢ではなく、それしかない最終形態ということになる。

 従って、キリスト教は、合理的な人々が反対できる「思想」などではない。宣教師たちは、キリスト教を純粋に、かつ単純に、真実を提供するものと考えている。民主政体確立のために活動している人たちは、国際規模の人権運動の一部であると考えている。そして、自分たちは決して「神の言葉」を説教して回っているのではないと信じている。しかし、人権運動に関わっている人たちも傍観している人たちも、人権運動を世俗の宗教だと見ている。

 フクヤマの「歴史の終わり(自由民主政体の勝利)」、NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ、ソロス財団などが一緒になることで、民主政体促進(民主化)運動は、道徳的な信任を得ているということで、活発化した。これは、ケニアにおけるホワイト・ファーザーズ宣教師団や中国におけるプレスビテリアン派の宣教師たちにも見られたことだ。彼らもまた、細かい点では誤りはあっても、彼らの信じる根本教義に誤りはないと考えていた。

 キリスト教の宣教師たちと比較されることを、現代の民主政体促進に関わっている活動家たちは拒否している。それは、全米民主研究所(NDI)のウェブサイトに掲載されている、彼らの活動目標を見ることでもわかる。その文言は以下のとおりである。

「私たち(NDI)は各国のパートナーたちに解決策を押し付けることはしない。また、一つの民主的なシステムが全ての国々に共通して当てはまるとも考えていない。私たちは世界各国での経験を基にして、いくつかのオプションを提供する。それぞれの国のリーダーや活動家たちは、自分たちが直面している状況下で機能するシステムや機構を選択することができる」

 しかし、このような主張には不誠実さ以上の何かがある。このような主張は、アルゼンチンで古くから語られているジョークを思い出させる。それは、独裁者、フアン・ペロン(Juan Peron)についてのものだ。ある時、ペロンは、国を揺るがす、厳しい政治問題に直面した。彼は自分にとっての各ライバル・グループがどのように動くかを観察した。しかし、分かったことは、彼らは多少の違いはあれ、皆がペロン主義者だということだった。NDIの「特定の民主システムを売り込んでいる訳ではない」という主張を額面通り受け取ることはできない。

フアン・ペロン

 ある国の指導者たちが中国の全体主義的政治システムを選択するという決断をする。これは彼らが民主化をしないという選択をしたことを意味する。もしくは、ある国の指導者たちが民主的・資本主義、西洋型の所有権や法的規範などを選択するということもある。その時、NDIは、民主政治システムと非民主政治システム、どちらがそれぞれの国に合っているかを表明することはしないと言っているのである。そんなことを信じられるだろうか。NDIの主張を、作家ドロシー・パーカーの女優キャサリーン・ヘプバーンの演技における感情の動きの幅についての有名な言葉を借りて言い直すなら、「私たちは全ての政治的可能性に対応し、AからBへと容易に動くことができる」ということになる。

 全米民主研究所(NDI)が政治と関係ないと言う時、その意味するところは、アメリカ国内の政党政治とは関係ないということである。民主政体は政治上の枠組みであるが、それを政治的ではないというのは、哲学的に見て馬鹿げた主張である。しかし、一見、納得されやすい、便利な主張ではある。

 アメリカ政府に勤務している、もしくは非政府組織で活動している民主政体促進を主張する人々はこのことを認識しているかどうかははっきりしない。しかし、アメリカ以外の国々では、このような利他主義に対して警戒感を持たれているのである。グローバル・サウスに属する国々、ルワンダ、エチオピア、スリランカなどで強力な政府が次々と再建されている。こうしたことにアメリカ政府は全く気付いていない。1980年代から1990年代にかけて、国境なき医師団(Doctors Without Borders)、セーヴ・ザ・チルドレン(Save the Children)、国際救援委員会(International Rescue Committee)といった団体は世界各地で、自分たちの活動が必要だと考えた土地で比較的自由に行動できた。 しかし、現在は戦場や難民キャンプといった場所では、地元の政府が大きな力を持っており、非政府組織は自由な活動ができない。

アメリカ政府は。ポピュリスト指導者であるユーゴ・チャベス(Hugo Chavez)やウラジミール・プーチンのような独裁者たちを、「自分たちの権力を脅かされるので、海外での民主政体促進(民主化)事業の邪魔をしている」と非難している。アメリカ政府の庇護の下で、民主政体促進事業が行えていた日々とは遠いものとなった。

 ロシアからアメリカへの最大の反撃は2012年9月19日に起きた。この日、ロシア政府は米国際開発庁に対して10日以内に、ロシア連邦内での全ての活動とプログラムを永続的に停止することを命じた。米国国際開発庁に対する事実上の国外退去命令が出されたのだ。世界の大国の中でこのような厳しい処置を行ったのはロシアが初めてだった。プーチン政権が下したこの判断をロシア政府は、ロシア外務省の声明の中で次のように正当化している。「米国国際開発庁の職員たちは、ロシアの国家的な目標である経済発展と人道的な協力には全く貢献しない活動を行ってきた。より具体的に言うならば、彼らは、資金援助を通じて、ロシアの政治過程に影響を与えようと試みてきた」
 
 米国務省のこの決定に対する怒りに満ちた反応は偽善というものを研究するうえで恰好のケーススタディとなる。また、冷戦後の世界で実行されてきた民主政体促進が最初から混乱を抱えてきたことを示している。国務省のヴィクトリア・ヌーランド(Victoria Nuland、ロバート・ケーガンの妻)報道官は、「アメリカはロシアにおける民主政体、人権、より活発な市民社会(civil society)の支援をこれからも続けていく」と明言した。ヌーランド報道官は更に、自信たっぷりな態度で。「アメリカ政府はロシアの各非政府組織と緊密に協力していくことを望んでいる」と述べた。

ヴィクトリア・ヌーランド
 
 プーチン率いるロシア政府に反対し、メモリアル、ゴロス(選挙監視団体)、その他プーチン政権に反対している反体制派を支援することは完全に正しいことだとオバマ政権は考えている。しかし、そのために、アメリカ政府はロシアの国内問題には介入していないと装うことは馬鹿げたことである。ロシア国内で民主化を求めて活動している人々にとっては、ウラジミール・プーチンの存在が全てであり、打倒目標である。しかし、プーチンは悪だとは言えるが、彼は間違った政治を行っているとは言えない。

 米国国際開発庁は、ロシア政府をこれまでとは異なる、より民主的な政府にしようとして活動している団体に資金援助をしている。アメリカ政府は、ロシアの独裁政権はアメリカが彼らの敵(反体制派)を支援し続けることを許さなかったとして憤りを表明した。私たちがこのことから知るべきことは、民主政体建設プロジェクトには、傲慢さによる錯乱が内在しているということである。

 遅かれ早かれ、アメリカ政府は、世界のルールが変化していることに気付くだろう。アメリカ政府は、中国を民主化するために影響力を発揮できないということに既に気づいているようだ。しかし、アメリカの政策立案者たちは、アメリカの民主政体促進への関わり方を再考する気にはなっていない。現在、民主政体促進(民主化)事業の関わる人々は守りを固めている(circle the wagons)。彼らの代表格であるトム・カロザースやカーネギー財団は、民主政体促進事業が停滞していることを告白している。しかし、彼らは、現在のようなかなり困難な状況下でも、民主政体促進(民主化)事業は有効であり続けると確信している。民主化促進事業が有効であり続けるなら、そうであろう。

 しかし、アメリカの政策立案者たちは次の疑問に答える必要がある。それは「アメリカ政府の民主政体促進(民主化)への関与が今でもアメリカの国益に適っているのだろうか?」というものだ。ソ連崩壊直後、ジョージ・ソロスは、世界が開かれた社会(open society)になる可能性が出てきたと主張した。しかし、ジョージ・ソロスが正しかったのかどうかを知る術はない。現在の状況を考えると、開かれた社会が実現する可能性があったのは、過去であって、現在にはもう存在しない。現在の世界でも、歴史は「終わっていない」。世界にはいくつかの経済モデルが存在し、それぞれが競争している。これらはこれからも共存していくだろう。また、世界には民主政体に関するコンセンサスも存在しない。こうした状況下、アメリカの外交政策にとって、民主政体促進が優先的な政策であり続けているのは何故なのだろうか?

 冷戦期、民主政体拡散の試みが有効であったことは明らかだ。冷戦を戦ううえで、民主政体拡散の試みは「武器」であった。冷戦終結直後、アメリカが一から育てようと努力してきた新しい世界秩序(new world order)が実現するだろうと多くの人々が信じた。従って、民主政体促進(民主化)事業は、アメリカの政策立案者たちにとっては合理的な政策であった。それは、民主政体促進が、新しい世界秩序を強化することに貢献するだろうと思われていたからだ。しかし、現在、当時実現すると考えられていた新しい世界秩序は幻想のままである。このような状況で、現在とは異なる時期と異なる状況で作られた政策を、アメリカはどうして実行し続けるのだろうか?

 歴史的に見て、アメリカはこれまで、自国の世界における役割に関して、革命的な考えを持ってきた。しかし、財政状態が厳しい今日、これまでと同様に宣教師的な政策目標の達成を追求することが、アメリカにとって賢い判断と言えるだろうか?再び、ロシアとの関係について考えてみよう。世界のある場所では、アメリカの国益とロシアの国益は衝突する。しかし、他の場所では両国の国益は共通する。このような状況下、ロシア国内のプーチン政権反対派を支援することは、アメリカの国益に適うことであり、何が起こっても、彼らへの支援は継続されるべきだという主張を正当化できる理由は何であろうか?それは一言で言えば、「政治体制変更(regime change)」である。そして、政治体制変更を軍事力ではなく、平和的な手段で実行しようとしている。これは、民主政体建設プロジェクトの望ましい姿、すなわち民主政体をロシアに樹立するということである。そのためには手段はどちらでもよいが、平和的な手段がより望ましいということになる。

 ロシアで起きたことは、これから起きる同様の出来事の最初の一つに過ぎない。中国の台頭とアメリカの比較相対的な衰退は、アメリカの政策立案者たちを不安にしていることは確かだ。そして、アメリカ政府は 民主政体確立の野心を何か別の方向に振り向けることに成功した経験を持たず、何をすべきかも理解できないだろう。先の見えない、不確実な時代を迎え、人々の本能は、変化など起きていないかのようにこれまで通りのことを続けることを選ぶだろう。アメリカ政府がこれからも民主政体促進(民主化)を政策の中心とし続けるのが象徴的なことであれば(掛け声だけで実際は何もしない)、まだ理解できる。しかし、民主政体促進事業を実体的に政策の中心とし続けるならば、それは賢いこととは言えない。

※デイヴィッド・リーフ(1952年生)はこれまでに8冊の著書を発表している。代表作として、A Bed for the Night: Humanitarianism in Crisis (Simon & Schuster, 2003)とAt the Point of a Gun: Democratic Dreams and Armed Intervention (Simon & Schuster, 2005)がある。1978年プリンストン大学卒業。大学卒業後は出版社ファラー・ストラウス・アンド・ジローで編集者となる。現在は、ニュースクール・フォ・ソーシャル・リサーチ付属ワールド・ポリシー研究所上級研究員。外交評議会(CFR)会員。オープン・ソサエティ研究所中央ユーラシアプロジェクトに参加。母は高名な作家だった故スーザン・ソンタグ(Susan Sontag)。

『アメリカが作り上げた“素晴らしき”今の世界』

(終わり)