「218」 論文 核融合と「進歩の観念」(3) 鴨川光(かもがわひろし)筆 2013年9月9日

●「 D―T反応 」― 実用核融合とは何か

 ここからが核融合の本題である。地上での実際の制御核融合は「D – T 反応」という。結論から言えば、「 D – T 反応 」で初めて実行が可能な制御核融合で放出されるエネルギーは、17.58 MeVである。くどいようだが、核融合の燃料には、二重水素(デュートリウム、元素記号Dまたは 1(2)H )と三重水素(トリチウム、元素記号Tまたは 1(3)H。こちらは放射性物質になる)を使う。

 二重水素は海水の中にふんだんに存在するが、トリチウムはリチウムと中性子を融合させて、人工的に作り出すしかない。

 この三重水素を、もし1トン使って核融合を行った場合、その熱量は8.4×1020 joulesである。同じ1トンの石炭を燃やして得られる熱量は2.9×1010 joules。これは石炭の290億倍の熱量が出るということである。だから、海水から作られる重水素を、ほんの少量だけ断続的に核融合炉の中に吹きかけてやれば十分だ、という意味である

 この「D – T 反応」も、太陽で行われている「H + H 反応」も根本的に同じ理論が基盤になっている。どちらの反応も、原子核が別の物質に変わるが、全体の質量やエネルギーはどこかに失われているわけではない。

 「質量欠損」により、あったはずの質量が、エネルギーに変わっただけである。だから核反応(核融合と核分裂)とは「エネルギー変換の法則」と「エネルギー保存の法則」が無ければ成り立たない。核分裂と核融合(原爆、原発、水爆)はこの二つの理論を原子単位で証明したということが重要である。

●アインシュタインの「 E = mc2 」出自はロマン主義である

 私鴨川が、なぜこの「エネルギー変換の法則」と「エネルギー保存の法則」をくどくど言うのかというと、この二つの現代の物理学の根幹となる理論は、実はカントらドイツ人中心の「ネイチャー・フィロソファーズ(nature philosophers)」が、ニュートン物理学に対して、その可能性を探っていたものだからである。

 呼び名が「ナチュラル・フィロソファーズ」ではないことに注意が必要。こちらはいわゆる「自然哲学者=サイエンティスト」のことで、ニュートニアン、ニュートン物理学支持者のことである。これに対して「ネイチャー・フィロソファー」は、反ニュートニアンで「空間、スペース」つまり、虚無を否定する。その根拠として「場の理論」(フィールド・セオリーField Theory)を提唱し、磁場、電場、重力場の存在を指摘した。

 この立証のために導入されたのが、「エネルギー変換・保存の法則」である。主にドイツ・フランスの哲学者たち(一八世紀当時はもう、サイエンティストとして認定されている)から成るが、彼らはニュートニアンから「ロマンティスト」と呼ばれた。彼らの「場の理論」と「エネルギー変換・保存の法則」の動きも、科学史では「ロマンティック・リヴォルト(Romantic Revolt)」と呼ばれている。

 現在、本当に自然界で観測され、証明されているのは「場の理論」の側の方で、これは「波、ウェイヴwave」の理論と言い換えてもいい。しかし、この立場はそもそも、あの「進歩の観念」(ジ・アイディア・オブ・プログレスthe idea of progress)に対する、激しい反撃として現れたという出自を持つ。それが「ロマンティシズムromanticism」(ロマン主義)という一九世紀を席巻し、今にも続く思想と運動の巨大な総体である。ロマン主義は芸術運動と言われるが、それは間違いである。

 主に「ドイツを中心とした政治運動」というのが、ロマン主義の正しい世界的理解である。その創始者は誰あろう、フランス革命に反対した、あのエドマンド・バーク(Edmund Burke)である。フランス革命自体が「進歩の観念」を具現化した運動だったと考えれば、ここですべてが繋がってくるのがわかるであろう。

 「波」「場の理論」「エネルギー変換・保存の法則」「ロマンティック・リヴォルト」は、この「進歩の観念」(合理主義、ニュートン物理学側)に対する「ロマンティシズム」という巨大な思想史の中にあるものとして理解しなければ、ヒッグズ粒子発見の意義もわかるわけがない。

 ヒッグズ粒子は、粒子であるから「空間」を肯定する側。だから、「進歩の観念」の側である。しかし、ヒッグズ粒子も、実は粒子ではない「波」であることが確認されている。

●再び「D – T 反応」の話

 さて。ようやく本題の、地上での実用制御熱核融合「 D – T 反応 」の解説をします。

 D、デュートリウム=二重水素は、海水の中からふんだんに取り出せる、つまり、ほぼ無限にいくらでもあるということだ。核融合が実現したら、資源問題、エネルギー問題が解決すると言われるのはこのためである。だから本当は「D –T 反応」ではなく、二重水素核同士をぶつける「D – D 反応」が実現すれば、それこそ本当の最終解決である。

 しかし、それは「D – T 反応」実用化の後のことで、次世代核融合炉として考えられている。「D – T反応」の方では放射性物質を使わなければならない。三重水素、つまりトリチウムがそれであり、これは自然系に存在しないため、人工的に作り出さなくてはならない。

 その際、リチウムに中性子をぶつけて作り出すわけだが、その時にも放射線(アルファ粒子=ヘリウム原子核)は出る。ただしその量は少量であり、人体への放射能の危険性は極めて低いということらしい。

 「核融合でも放射能を出すではないか。危険だ」と言われるのは、「D – T 反応」の際に、トリチウムと一緒に放出される中性子のことである。もっと言うと、この中性子一粒だけの問題である。

 二重水素(重水素、ヘヴィ・ハイドロジェンとも言う)は、重水(ヘヴィ・ウォーター)から、ナトリウムとの反応で製造される。(一九三二年、H.C.Ureyによる発見。重水D2Oとは重水素と酸素が結合したもの。)

(著者注記:核融合燃料を説明する時、重水素、三重水素という用語を使う。そしてなぜか三重水素のことを、わざわざ「トリチウム」と言い換えたりする。その一方で、二重水素という言葉は使わないし、その元の言葉である「デュートリウム」という言葉はなぜか使わない。「トリチウム」は使うのに、である。ここで混乱する。

 「〜ウム」と言った語感は、何やら難しく、放射能を発する毒物のようなイメージと共に、理解を遅らせてしまう。そこで私は、重水素という言葉は、あえて使わないことにする。二重水素のことを重水素と日本では用い、「二」を取っただけのような印象があるが、重水素は元々「ヘヴィ・ハイドロジェン」と言って、二重水素、三重水素の両方を指す言葉だからである。

 だから本来は、「二重水素=デュートリウム」、「三重水素=トリチウム」と言う風にきちんと分けて、英語と日本語の表記を入れ子にしないで、並列して表記すべきである。

●「 D – T 反応 」の反応式

 さて、「D – T 反応」の式とは、一番単純なものでこうなる。

D + T → He + n

である。これを詳しく見てみよう。

 Dとは二重水素、デュートリウム Deuterium のDである。元素記号としての表記は1(2)H。元素記号の表記のひな形は、Z(A)Xと書く。左下のz は原子核の電荷(陽子の電荷だから、プラス電気を負うこと。チャージcharge という)のことであり、「陽子の数」のことであると押さえておけばいい。

 左上Aは原子質量。原子の「重さ」、つまり陽子と中性子の数である。「アトミック・ウェイト Atomic weight 」の頭文字をとってAである。右側の大きな文字のXは、その元素や核の名前の頭文字である。

 そこで、X がヘリウムだった場合He、中性子なら小文字のn、陽子なら小文字のp、水素なら大文字のHである。もしヘリウムを表すなら、陽子2つ(プラス電荷)が2なので左下が2、核子4つ(陽子2、中性子2。つまり質量4)なので、左上が4。それでヘリウム表記が 2(4)Heとなる。

 二重水素とは、水素の同位体、アイソトープで、本来の水素が陽子一つだけのところに、中性子と陽子を一つずつ持っている。だから、表記は1(2)H。そして三重水素、トリチウムは中性子が二つ、陽子が一つなので、1(3)Hである。

 だから上記の「 D + T → He + n 」式をこれで書き表すと,

1(2)H(二重水素、D)+ 1(3)H(三重水素、T)→2(4)He(ヘリウム)+ n(中性子)

となる。つまり、二重水素 1(2)Hの左上の2=「陽子1個と中性子1個」と、三重水素 1(3)Hの左上の3=「陽子1個と中性子2個」の計5つの核子がぶつかり合い、「陽子2個、中性子2個」のヘリウム原子核が出来上がる。

 その時、余った中性子1個はどうなるのかと言うと、ヘリウム原子核を構成することなく飛び出す。それがこの式の最後にあるnの意味である。

(著者注記:Dの核は重核子、デュートロンdeuteron と呼ばれ、2.0140 amu、Tの核子は三重陽子triton といい、3.01605 amuである。)

 この 2(4)He (ヘリウム)+ n(中性子)の部分を、n(中性子)+ a(アルファ線、アルファ粒子)と書き表すこともあって、面食らうことがある。しかし何のことはない、アルファ粒子とは、ヘリウムの原子核 2(4)Heのことである。

(著者注記:すぐに人体に害のある「放射線」とは、このアルファ粒子=アルファ線=ヘリウム原子核のことである。ヘリウム・イオンと言い換えてもよい。電子と原子核が分離された状態が、物質の第四の状態=イオンのことだからである。

 同じ放射線のベータ線=電子と違って、ヘリウム原子核は非常に大きな核のため、多量に受けると、有機体=生物を構成する原子にぶち当たり、「イオン化」、つまり「電離化」を引き起こす。これがいわゆる放射能、ラジオアクティヴ、アクティヴィティである。)

 さて、D ( 1(2)H ) + T ( 1(3)H ) → 2(4)He + n だけでよいのかというとそうではない。ここに欠けているものがさっきの「質量欠損」=「結合エネルギー(バインディング・エナジー)」である。この時放出されるバインディング・エナジーは、ヘリウム原子核の方 2(4)Heで3.52 MeV。一方の中性子からは14.06 Mevのエネルギーが放出される。

 だからこうなる。

D + T → 2(4)He ( 3.52 ) + n ( 14.06 )

言い換えると、

D + T → a(ヘリウム原子核)+ n (中性子) + 17.58 MeV( 3.52 MeV + 14.06 MeV )

である。

●自分で「 D – T 反応 」の計算をやってみる

 この数値が本当に正しいものかどうか、「 H – H 反応 」でやったのと同じ式で求めてみる。

 もう既に私たちは、核融合エネルギーである「質量欠損(バインディング・エナジー、結合エネルギー)」の求め方、メガ・エレクトロン・ボルトに直す方法と理屈を知っているので、あとはそれに当てはめてみるだけである。

安倍氏が提示している反応式は、

1(2)H( 二重水素、D )+ 1(3)H( 三重水素、T )→2(4)He( ヘリウム )+ n( 中性子 )+ E

である。

 最後のEがエネルギーであり、さっきの17.58 MeV( 3.52 MeV + 14.06 MeV )のことである。これはさっきの私のものと全く同じことである。

 それで、今回の「 D – T 反応 」の計算は楽である。「反応前の全質量」(つまり二重水素Dと三重水素Tのamu )から「反応後の全質量」(ヘリウムHeと中性子nのamu )を引いて、「原子質量単位1 amuのエネルギーをMeV換算した式から算出した定数931.5 」をかければいいだけである。

 それで、

反応前の全質量:2.01410 ( 二重水素のamu )+ 3.0160494( 三重水素のamu ) = 5.0301494 amu
反応後の全質量:4.00260 ( ヘリウムのamu )+ 1.008665 ( 中性子のamu )= 5.011265 amu

「反応前の全質量」から「反応後の全質量」を引いた質量欠損は、

?M = 5.0301494 – 5.011265
=0.0188844 amu

となり、これに先程の定数931.5をかけると

0.0188844 × 931.5 = 17.5908186 MeV

である。

 阿部氏は17.6 MeV と、四捨五入しているが、この数値は一般的な数値のようで、核融合を時点で調べると、大体17.6 MeV が載っている。

 先程の17.58 MeV という数値は、ヘリウムと中性子を分けて足した数値であり、17.6とも大差はない。ヘリウムと中性子を分けて算出検証してみてもいいが、あまり意味がないのでここは割愛する。

 二重水素、三重水素のamu は、阿部氏の問題からのもので、他の資料は特に調べていないが、しかし、まあこれで正しいのだろう。疑問のある人は、二重水素、三重水素の正確な質量を調べて、上の計算式に入れてやってみてください。おそらくは17.6の近似値が出てくるでしょう。

 数値の検証も終わり、熱の話に戻るが、この式で算出された核融合の目的である熱そのものは、ヘリウム原子核 2(4)Heと中性子 n の二か所から取り出されるということが重要である。

 この二か所から出る熱を、発電に利用する。ジェームズ・ワットの蒸気機関から一歩も外に出ていない、そんな単純なことである。それが制御核融合の本質。さて、これで一応核融合の仕組みは終わりだが、まだ続く。

●二つの熱の行方と「ブランケット」

 ヘリウム原子核と中性子の二か所から放出された熱エネルギーのうち、ヘリウムから放出された3.52 MeVは、核融合を起こす二重水素と重水素のガスである「プラズマ」の過熱と、その高音の維持に使う。

 プラズマとは、熱核融合に必要な、超高温イオン(電子と原子核がばらばらの状態)のことである。「 D – T 反応 」に必要な温度は、一億二千万度である。その維持のために使う。

 では、肝心の発電のための熱の方はどうするのか。それがもう一方の、中性子から出た熱エネルギー14.06 MeVである。この熱が、プラズマの入った容器を囲むように、その周辺に設置された「ブランケット」と呼ばれる装置に取り込まれ、熱エネルギーに変換され、水を沸騰させて蒸気にし、発電機のタービンを回すのに使われるという仕組みである。

 さらにこの「ブランケット」には、Li、つまりリチウムを充満させている。

 なぜ「ブランケット」にはリチウムが充満しているのか。それは、このリチウムに、発電機の中から出てくる先程の余った中性子をぶつけて、三重水素(トリチウム)を製造するためである。

 三重水素は、自然界に存在しないアイソトープなので、人工的に作り出す以外にない。ここで行われる核反応は、原爆とウランを使う原発と同じ「核分裂」である。核分裂炉と同じように、中性子をぶつけて分裂させるからである。しかも、製造されるトリチウムは、放射性元素である。ただし、半減期は圧倒的に短く、一二年でβ崩壊(ベータ線=ベータ粒子を放出して、他の元素に変わる)する。

 β線は陽電子であるから非常に微細であり、人体に影響が出るほどに、電離化、イオン化を引き起こす可能性は低い。この電離化、イオン化(原子核とその周りの電子を分離すること)が、「放射能」と言われる作用の正体である。

 さらに、β線の透過力は弱く、通常は数 ミリのアルミ板や1センチ程度の板で十分遮蔽可能である。ただし、なぜ非常に微細なベータ粒子の遮蔽が容易なのか、私はわからない。このことをもう少し調べてみる必要がある。

 リチウムは石の中から発見された元素で、地殻中に存在する。原子晩報はヘリウムの次で、3番。原子量は6.941。

 トリチウム製造のための反応式は以下の通りである。

6Li + n → a + T + 4.8MeV
7Li + n → a + T + n – 2.5Mev

 上記の二つの方式があるが、一つ目の方で説明する。

 まず6Liだが、正確な表記は 3(6)Liである。陽子3個、中性子3個の、総計6個の核子である。この6個の核子に、n、先程説明した、核融合で発生した余りの中性子をぶつける。すると右辺のa、アルファ粒子(=ヘリウム・イオン、ヘリウム原子核、2(4)He、「陽子2個+中性子2個」。こんなに呼び名がある。アルファ線とも)とT、トリチウム( 1(3)H、陽子1個、中性子2個)となる。

 「陽子3個と中性子3個」(リチウム)とそれにぶつけた「単体の中性子1個」が、「陽子2個、中性子2個」(ヘリウム原子核)と「陽子1個、中性子2個」(トリチウム)という配分に変わったのである。6:1が4:3という比に変わったわけである。

 右辺、左辺ともに陽子、中性子の総数7個に変更はない。ここにも「質量保存の法則」が適用されている。といっても、質量数は変化しないが、これまで同様、質量は変化しているが、エネルギーとして変換されたということである。

 当然、ここにも原子核の衝突によって減った、つまり「欠損した」質量があり、右辺の総質量(重さ)は、左辺の総質量より小さくなっている。「質量欠損」、つまり核融合で生じる「結合エネルギー」が同じように生ずる。この際の放出されたエネルギーは、4.8 MeVである。これも発電用に使える。

 ただし、6Liは、自然界の存在比が7.4パーセントである。7Liの場合は中性子を出し、熱を出さない。熱は吸収されてしまう。だからどちらかというと、6Liのほうがいいと言えるが、最終的にどちらを採用するのかはわからない。

 以上が核融合の仕組みである。その原理を出来るだけ明快に説明した。

 さて、あれこれといろいろな式と原理を申し上げたが、これだけだと、「それがどうした」で終了である。これらの原理を実現するシステム、設備を次に紹介しなくてはならない。

 核融合施設。一言で言うとそれは「トカマク」という方式のことである。それを次には、核融合がこれまで歩んできた道と、政治状況に翻弄されてきた歴史と共に説明していこうと思います。

(終わり)