「219」 論文 やさしい日本現代史・日本国は万邦無邦の「デタラメ国家」である(1) 鳥生守筆 2013年10月18日

はじめに

○ 日本は、表向きは「世界の一等国」であり、「たいへん立派な大国」である

 かつて日本が太平洋戦争で大敗北を喫するまで、日本は万邦無邦の神国だと自負してきた。その万邦無邦の国体を守らなければならないと言ってきた。日露戦争直後から、日本のエリート官僚はそれを誇りとして世界に対峙してきた。少なくとも太平洋戦争敗戦(1945年8月15日のポツダム宣言受諾発表の日)までは、そのように自負してきた。そして今でも、その考えが一部で生き残っている。かすかではあるが、国民一人一人の心の奥底に「神国」日本の国民であるとの意識がある。マスコミを主として、気づかないうちにそのような教育と刷り込みがなされてきた。だから「世界の一等国日本」という自己認識は、今でも当然のこととして、受け継がれている。

 また日本はいま、中国に追い抜かれたとはいえ、GDP世界第3位である。また40年間以上(1968年から2009年まで)も第2位の地位を維持してきた。これは日本がれっきとした大国であるということを意味する。だからこれによっても、日本は「世界の一等国」であるとの見方が成り立つ。

 このことからすれば、日本は数字的には間違いなく、自他共に許す「立派な大国」である。日本のテレビやラジオ、新聞などは、日本は立派な国であること、「大国」であることを、当然としている。表向きには、それに違和感なく通っているかに見える。

○ 日本は、「大国」なのか?

 しかし、目の前の現実を直視すべきである。日本は本当に「大国」だ、「一等国」だといえるだろうか。このゆとりのない日本人の生活を直視すべきだ。この日本人のどこが経済大国なのか、ということだ。

 40年以上もGDP世界第二位であれば、インフラや生産体制は蓄積され整備されているはずである。我々日本人の暮らしは、もっと豊かな暮らしになっているはずなのだ。なのに現実は全体的に見て、暮らしは良くなっておらず、むしろ少しずつ貧しくなっているのである。暮らしが少しずつ良くなるというのが、人間社会の本来の原則である。なのに今の日本では、その原則に反することが起きているのである。これは「大国」の姿ではない。

 日本人は今、この二十年間一貫して暮らしが悪くなっている(つまり経済衰退している)のはなぜかを反省しなければならないのに、自分の暮らしに追いたてられて、それができないでいる。これは「大国」の姿ではない。

 日本人の暮らしが徐々に悪くなっていること、つまり経済衰退している現実が、とりもなおさず、日本が「大国」とは言えない理由であり、それを証明するものである。しかし、大手マスコミは、この現実を明言したことがない。この現実を直視したことがない。マスコミは、この現実直視を避けている。何恥じるともなく、厚顔にも、毎日嘘を演出しつづけ、「真実隠し」や「情報遮断」を続けているのである。この大手マスコミの姿勢が、日本の経済衰退の最大の元凶の一つである。

東京オリンピック開会式の様子

 日本は1964年の東京オリンピック頃から自信を回復したが、そのころはまだ敗戦の謙虚さがあった。日本人同士には共生感があった。ところが、1985年のバブル発生ごろから後は、傲慢が現れるようになった。謙虚さを徐々に失った。共生の態度が喪失していった。そしてバブルが去っても、謙虚さが回復しなかった。そのようにして現在に至っているが、マスコミや政府(官僚)は未だこの傲慢さを反省したことがない。この傲慢さが経済衰退の原因である。傲慢と経済衰退は一体のものである。

過熱する東京証券取引所の様子

 傲慢と経済衰退はなぜ起こるのか。それは、格差拡大容認論と弱者切捨て容認論が是認されるからである。格差拡大も弱者切り捨ても、両方とも悪である。社会を暗くさせ衰退させる悪である。格差拡大容認と弱者切捨て容認が、経済衰退の原因である。現在超大国アメリカの経済衰退も、格差拡大容認と弱者切捨て容認が原因である。アメリカは長期にわたって、弱者を見捨てる一方で、記録的な強者を作ろうとしてきたのである。その結果、資源大国なのに借金大国となったのである。アメリカはだらしのない国である。

 これに反して格差拡大否認と弱者切捨て否認の思想がそろうことで、社会は経済活況を呈するのである。すなわち、格差縮小と弱者保護との思想が経済活況の原因となるのである。そういう国はたとえ数字的には良くなくても、実際には経済が好回転しているのである。「数字的には良くなくても、実際には好回転している」経済、実はそういう経済が、最も理想的な経済なのである。

 日本人は誰しも内心では密かに、経済衰退をもたらしているその傲慢さを自己嫌悪している。マスコミがそれを直視して真摯に取り上げて正しい対策を提言すれば、日本国民はこの傲慢さを直視し反省し改善するだろう。そのためには、例えば、マスコミは格差拡大否認と弱者保護を進める思想を持つ論者を多数登場させ、専用のチャンネルを設けたり何度も再放送したりして数多くの国民が聞くことができるように工夫したうえで、タブーなき自由で十分な討論をさせるようにしなければならない。格差拡大否認と弱者保護の政策が正しく打ち出されれば、日本国民は謙虚さを取り戻し、そのことによって日本は本来の社会経済原則を取り戻すことになるだろう。そうすることで、日本は「大国」となるだろう。

 しかしマスコミは、その直視、日本経済の回復、日本が「大国」になることを回避し、妨害している。マスコミは悪しき世界支配者国際金融資本(マフィア)の家来となり、彼ら悪のために働く存在となっているのだ。国際金融資本の思想は、先ほど述べた、格差拡大容認と弱者切捨てなのである。マスコミはこの国際金融資本の思想以外は十分な時間を割いて登場させないのである。

 日本人は現在でも、相変わらず狭い空間に住み、あくせくと長時間労働に服したままだ。一人で二、三人分の仕事をさせられている。この不合理な長時間労働を受け入れない者は、失業者同然になってしまう。人材の浪費である。公僕たる公務員も給料が高いだけで、中身がない仕事に長時間を費やしているにすぎない。

 日本政府は巨額のアメリカ国債を買っている。それは回収されない貸し金である。税金が浪費されている。日本人と公務員、日本政府の仕事ぶりは、日本経済を良くするのに何ら役立たず、明らかに後退している。インフラにしても、確かに部分的には進んだが、全体的にはバランスが悪い。そのアンバランスによってインフラが十分に機能せず、逆に有害にすらなるのである。そして、それを改善する意欲のある人たちは追いやられ、表舞台から抹殺されている。これは国際金融資本の思想に基づいて動いている結果なのである。

 このように日本国は、国際金融資本の思想を採用することによって、全体的に見て、日本人は確実に貧しくなっている。このまま行けば、日本人の暮らしは急激に貧しくなる可能性が濃厚である。街を行く多くの人々の寂しそうな顔は、それを物語っている。この日本経済の衰退が、国際金融資本(マフィア)とその家来たち(日本国の権力を握った日本人たち)がもくろみ推し進めている目標なのである。

 決して、日本は「大国」ではないのである。

○ 日本は、その実質は、「とんでもなくデタラメな国家」である

 日本はマスコミや歴史学者たちによる厚化粧で「大国」らしく装ってきたが、その実は、日本が「大国」ではない。そのことは以上の論述で明らかになった。しかし真実はそれにとどまらないのである。それどころか、様々の真実(大手マスコミでは情報遮断されて、決して語られることのない数々の真実)を冷静に追ってみれば、日本は実は「とんでもなくデタラメな国」である、と言わざるをえないのである。

○戦後60年以上たった今でも、日本には米軍基地がある

 先ず、日本にある米軍基地である。10万人の米軍とその軍属が、戦後占領後60年以上を経た現在でも日本に駐留しているのである。つまり日本には、60年以上も外国の軍隊が駐留しているのである。そしてそのうえ、日本は、外国の軍隊(米軍)が自国内に常駐するのに対して何の疑問も持つことなく、それが当たり前の国になっているのである。日本のマスコミに、この疑問が日常的に登場することはない。これでは、日本は普通の独立国とは言えないのである。このことだけで、日本は「とんでもなくデタラメな国家」であるとしか言えないのである。

在日米軍普天間基地

 日本における米軍基地問題は、前泊博盛著『日米地位協定入門』(創元社、2013年)に詳しく書かれている。以下は、それに基づいて述べる。

『日米地位協定入門』

 イラクの場合は、占領後8年で米軍はイラクから完全撤退したのである(2011年)。フィリピンの場合は、1987年の憲法改正によって米軍を完全撤退させたのである(1992年)。イラクにもフィリピンにも、それ以来、米軍基地はひとつもない。ところがわが日本では、戦後占領から68年後の今日でも、数多くの米軍基地が残っているのである。

 米軍の基地の使い方も、イラクは「イラク・アメリカ地位協定」によって制約をつけさせていたという。その主なものは、次の五項目だということである。

@ 協定に米軍撤退を明記する
A 米軍撤退期限は2011年であり、撤退期限のあいまいな表現は削除する
B 米兵の免責特権(治外法権)についてイラク側の権限を強化する
C 米軍がイラク国内から周辺国へ越境して攻撃することを禁止する条項を追加する
D アメリカの艦船などの搭載物の捜査権をイラクにあたえる

 イラクから見て、Bは不十分だったが、その他は実現させたということだ。イラクは武力では一方的に負けたが、イラク政府はしっかりと超大国アメリカと交渉したのである。このイラクの「地位協定」は日本の「地位協定」と大きく違うのである。日本の「地位協定」は日本の立場がほとんど盛り込まれていない。

 イタリアでは、駐留米軍は軍事訓練や演習を行うときは必ずイタリア政府(軍)の許可を受けなけばならない。すべての米軍基地はイタリア軍の司令官の下に置かれ、米軍は重要な行動のすべてを事前通告し、作戦行動や演習、軍事物資や兵員の輸送、あらゆる事件・事故の発生をイタリア側に通告する取り決めになっている。

 ドイツでは、地位協定(ボン補足協定:1959年締結)を1993年に改定し、たとえ米軍基地周辺といえども国内では、米軍機に飛行禁止区域や低空飛行禁止を定めるドイツ国内法(航空法)が適用されるようになっている。

 ドイツやイタリアには、日本と同じく米軍基地が存在するようだ。しかしその運用において、米軍に節度ある行動をさせる交渉を行っているということだ。この姿勢は、日本政府にはない。日本では、米軍に飛行禁止区域はなく、逆に、日本の航空機に飛行禁止区域が存するのである。

 日米地位協定は、難解で不可解な条文で、密約もたくさんあり、恣意的な運用ができる文面だという。またさらに、運用に不可欠な日米合同委員会の合意内容が開示されないので、結局、米軍のやりたい放題ということだ。さらに悪いことに、専門家によれば、協定の内容が曖昧で不明瞭であり、だから改定しようがないことになっているというのである。(ただし、日米安保条約を解消すれば、「日米地位協定」は効力を喪う。日米安保条約は、どちらかの国が破棄を通告すれば、1年後に解消されることになる。そうすると在日米軍の存在理由は失われ、米軍は日本から撤退しなけばならなくなり、米軍の侵害はなくなる。)

 1951年1月26日のアメリカ側のスタッフ会議で国務長官顧問ジョン・フォスター・ダレス(John Foster Dulles、1888年〜1959年)は、日米安保条約の最大の目的は「我々が望む数の兵力を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保すること」であると述べた。それが実現したのである。ここの「のぞむ数の兵力」とは制限のない兵力ということだし、「望む期間」というのは半永久的ということだ。

ジョン・フォスター・ダレス

 昭和天皇は、それを全面的に約束し、日本政府にそれを承認させた。それによって在日米軍には、憲法や国内法が適用されなくなった。そして今日まで、その被害の多くは沖縄に集中しているが、日本全体にも大きな被害をもたらしている。昭和天皇が日本全体に被害をもたらしたといえるのだ。

 結局、日本国(政府、トップ政治家、トップ官僚)に(イラク政府やフィリピン政府のように)国際法や国際ルール、国際正義を駆使して交渉する知恵と実行力がないということである。これは自国を壊滅させる行為である。

 よって、日本はイラクやフィリピンに遠く及ばない、「とんでもないデタラメ国家」なのである。

○ 問題は基地問題だけではない

 ここ数年だけでも、自国を破滅させかねない問題が、上記の米軍基地問題のほかにもある。すなわち、

@不況下での大増税問題
ATPP参加問題
B原発事故とその処理問題
C西松建設事件と陸山会事件問題
D検察の調書捏造問題
E最高裁裏金問題
Fオスプレイ配備問題
G不正選挙問題
H不当裁判問題

などの大問題が次々と浮かび上がっている。これらはすべて非常に重大な問題である。大問題が起こること自体はよいとしよう。そして、これらの重大問題をオープンな国民的議論の中でごまかさずに処理すれば、何の問題もない。しかし政・官・財・学・マスコミ界の権力につながるリーダーたちは、国民的議論を避けながら国民的議論なしのまま、ごまかしの処理をして進めようとしている。これが問題なのである。

 大手マスコミは、これらの問題を情報遮断して隠し通している。そしてまた情報を出すときは、一面的な情報だけを報じそして一方的に偏った議論を演じているに過ぎない。それで国民的議論が起こらないようになっている。これによって、ごまかしの処理が行われる。

 これらはすべて日本政府が起こした問題である。そしてこの発生した問題を解決せずに残しておく。問題を残しておいて、さらに新たなる問題を起こす。日本政府はそういうことを現在やっている。そういうことで、現在、日本国の一般国民は激動の波にさらされている。

 日本は、極めて破滅的な状況である。政府、官僚、政治家、財界、学界、マスコミ。これらのトップが一体となって、日本を破滅的な状況へと導いているのである。この一体となっているグループが、なぜこれほどまでに広範囲のグループになるかというと、それは皇室を中心としたものであるからだ。現代日本では、彼らが「現代天皇制国家」を形成しているのだ。彼らが「現代天皇制国家」を形成し、国際金融資本の家来に成り下がっている。これによって、日本国が破滅的な状況にさらされているのだ。

 この「現代天皇制国家」が、「デタラメ国家」日本の正体である。

(つづく)