「238」 翻訳 民主政治体制(デモクラシー、democracy)とその危機に関する論稿をご紹介いたします(3) 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2014年8月8日

 下からの攻撃も上からの攻撃と同様に強力なものとなっている。それは、カタルニアやスコットランドといった国家からの分離独立を目指す地方、インドの各州、アメリカのいくつかの都市の市長たちが国家らの分離や独立を目指している。彼らの全ては中央政府から力を奪おうとしている。これらに加えて、国際平和カーネギー基金のモイゼス・ナイムが「マイクロ・パワー」と呼んでいるNGO、ロビイストといった存在も重要になっている。マイクロ・パワーは伝統的な政治を崩壊させ、民主的に選ばれた場合でも専制的な場合でも指導者たちを苦しめるようになっている。インターネットの登場によって、人々を組織化し、煽動することが容易になった。人々はテレビのリアリティ番組の投票に毎週参加できる。もしくはマウスをクリックするだけで請願を支持することができる。選挙が数年に1回しか行われない議会制民主政体の構造は時代遅れだと考えられるようになっている。イギリス議会の議員であるダグラス・カーズウェルは伝統的な政治をイギリスンのレコードショップ大手だったHMVに譬えている。人々は自分が聞きたい曲を聞きたい時にデジタル音楽ストリーミングサーヴィスのスポティファイを通じて楽しむようになったために、HMVは倒産した。

 民主政治体制に対する最大の挑戦は、上からでも下からでもなく、その内部から起きている。有権者たちが民主政体に対して疑義を呈し、挑戦するようになっている。プラトンは、民主政治体制に対して大きな懸念を持っていた。プラトンは「市民たちは日々の生活に忙しく、その時その時の楽しさにかまけてしまう」と考えていた。プラトンは先見の明があることを証明した。民主的な政府には構造的な欠陥が存在することは当然のことであった。有権者たちは短期的な希望に基づいて投票しがちであり、長期的な投資という観点を無視する。フランスとイタリアは30年以上にわたり財政は均衡状態ではない。財政危機が明らかにしたのは、そのような借金に頼った民主政治体制は持続不可能なのだという事実である。

プラトン

 2008年に世界規模の金融危機が起き、その後景気回復のための刺激策が実施されたが、その効果も薄れてきた。このような状況下、政治家たちは、安定した経済成長と貸し出しが容易だった時代には避けることができた難しい争いに直面しなければならなくなっている。しかし、新たな耐久生活の時代を耐え忍ぶように有権者たちを説得することは、人気を得ることはできないことは容易に証明されるだろう。そうしたことを主張する政治家たちは当選できないだろう。低成長と緊縮財政の結果、限界のある資源を巡って利益団体が相争うことになるだろう。更に悪いことに、西洋諸国で高齢化が進んでいるので、こうした争いは既に起きている。高齢者たちは、若者たちに比べて、自分たちの要求を政治家たちに聞かせることができている。高齢者たちは、若者たちに比べて投票率が高く、全米退職者協会(American Association of Retired Person、AARP)のような圧力団体を結成している。全米退職者協会は強力な団体である。全米退職者協会は多くの会員数を誇っている。民主国家の多くで、過去と未来、既得権と将来への投資との間で争いが起きている。

 政治に対する冷笑主義が拡大していく中で、時代に適応していくことはより困難になっている。先進諸国では政党に所属する人の数は減少している。イギリスでは、1950年には20%のイギリス人が政党に所属していたが、今はわずか1%しか所属していない。投票率も低下している。民主国家49カ国を調査した結果、1980年から1984年の時期と、2007年から2013年の時期に比べて、投票率が平均して10%も低下していた。2012年にヨーロッパ7カ国で調査したところ、有権者の過半数が「政府に対して信頼を持っていない」という結果が出た。「ユーガヴ(YouGov)」が2012年にイギリスの有権者に対して行った世論調査では、62%の人々が「政治家はいつも嘘をつく」と答えた。

 嘲笑と抵抗運動との間の境界線は溶解しつつある。2010年、アイスランドの最高党は汚職を行うという公約を掲げて、首都レイキャビックの市議会議員選挙を戦い、数議席を獲得した。そして、2013年に行われたイタリアの総選挙では、有権者の4分の1がコメディアンのベッペ・グリッロ(Beppe Grillo、1948年〜)が創設した政党「五つ星運動」に投票した。このような人々の政治に対する冷笑主義は、人々が政府に対して何も要求しないのなら、健全だと言えるだろう。しかし、人々は政府に対して様々な要求をしている。その結果は薄汚れた、そして不安定なものとなる。国民の政府への依存と政府への軽蔑が起きる。国民が政府に依存することで、政府は過度にその規模を拡大させ、その負担をどんどん大きくさせることになる。一方、国民が政府を軽蔑することで政府の正統性が失われることになる。民主政体の機能不全は民主政体への不信を生み出している。

ベッペ・グリッロ

 欧米先進諸国の民主政治体制は数々の問題を抱えている。その結果として、世界中の民主政治体制が退潮の中にあると言うことができる。20世紀において民主政治体制はうまく機能した。その理由の一つはアメリカの覇権(hegemony)がきちんと機能していたことだ。アメリカ以外の国々は世界を牽引する超大国アメリカの真似をしたいと望んだ。しかし、中国の影響力がどんどん大きくなっていくにつれて、アメリカとヨーロッパはロールモデルとしての魅力を失っている。また、欧米諸国も民主政治体制を拡散したいという情熱を失いつつある。オバマ政権は、拡散した民主政治体制はならず者政権を生み出し、ジハード主義者たちを強化するのではないかという恐怖心のために動きが取れなくなっているように見える。アメリカ政府が予算を通過させられず、未来への計画だけが残っている状況で、発展途上諸国が民主政治体制を理想的な統治システムだと考えるだろうか?ヨーロッパ各国の選挙で選ばれた指導者たちが健全財政を進めようとしているのに、エリートEU官僚たちが彼らを馬鹿にしている時、独裁者たちがヨーロッパ諸国から「民主政治体制を受け入れた方が良い」と教えられて、それに素直に耳を傾けるだろうか?

 発展途上の民主国家群は先進民主諸国と同じ諸問題に直面している。発展途上諸国も長期の投資よりも短期的な浪費に耽溺しているのである。ブラジルでは、公務員は53歳で退職することができるのだが、近代的な空港システムを構築できていない。インドでは、膨大な数の国家に依存しているグループに多くの予算を割いているが、インフラ整備にはお金をかけていない。政治システムは利益団体に足を取られ、反民主的な習慣によって傷つけられている。イギリスの歴史家パトリック・フレンチはインド下院の30歳以下の議員たちは全て政治的な名門の家族出身であることを指摘している。インドの資本家たちの間では、民主政治体制に対する支持が減退している。インドの富豪たちは常に、インドの民主政治体制は無秩序を生み出し、結果として、社会資本の整備は全く進まないが、中国の権威主義体制は高速道路、巨大な空港、高速鉄道を次々と整備しているではないかと批判している。

 民主政治体制は守勢に回っている。1920年代から1930年代にかけて、共産主義やファシズムは未来における主流の考えになると見られていた。1931年にスペインが一時的に議会制度を回復した時、ベニト・ムッソリーニは、「スペインは電気が主流の時代に石油ランプに戻ったようなものだ」と揶揄した。1970年代中頃、元西ドイツ首相のヴィリー・ブラント(Willy Brandt、1913〜1992年)は、「西ヨーロッパの民主政治体制は20年から30年しか経っていない。そして、現在の状況がずっと続くとは限らない。西ヨーロッパは、独裁政治体制の海をエンジンも航路図もなく漂っているようなものだ」と発言した。現在の状況はブラントが予想したよりは悪くはない。しかし、ブランドが発言した当時は、共産主義に対して、「民主政治体制は本質的に優れており、いかなる挑戦も乗り越えられるだろう」という考えは説得力を持ったが、現在の中国の躍進を見ているとこの考えは大きな挑戦に直面していると言える。

ヴィリー・ブラント

 しかし、中国の輝かしい成長と発展はより深刻な諸問題の存在を隠している。中国のエリートたちは地位にしがみつき、利己的な存在であった。中国の全国人民代表者大会に参加している最も富裕な50名の財産総額は947億ドルである。この額はアメリカの連邦議会の上位50名の富裕な議員たちの財産総額の60倍に達する。中国の経済成長率は10%から8%に低下し、今後も低下傾向は続くと予想されている。中国共産党支配の正統性が一貫した経済成長をもたらす能力に依存している中、経済成長の鈍化はその正統性を脅かすことになる。

 同時に、19世紀にアレクシス・デ・トクヴィル(Alexis de Tocqueville、1805〜1859年)が指摘したように、民主政治体制とは実態よりもその見かけは弱々しく見えるものだ。民主政体は、表面上は混乱ばかりしているように見えるが、隠された強さというものを持っている。代わりの政策を提示する代わりの指導者たちを登板させることができることで、民主政治体制は独裁体制に比べて、創造的な解決策を見つけることができ、既存の諸問題を解決することができるようになるのだ。独裁体制では、正しい政策に向かって最短距離を進むことができないのである。しかし、民主政治体制が成功するためには、確固とした基盤の上に構築されていなければならない。

アレクシス・デ・トクヴィル

 ジェイムズ・マディソン(James Madison、1751〜1836年)やジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill、1806〜1873年)のような近代民主政治体制の創始者たちに関する最も重要な事柄は、彼らが大変に現実的であったということである。彼らは、民主政治体制を強力なしかし不完全なメカニズムであると考えていた。民主政体は注意深く設計されねばならないと考えた。それは、人類の創造性を発揮させながら、人類の持つ悪意をチェックしなければならないからだと彼らは考えたのだ。また、そうすることで、民主政体をうまくそして円滑に機能させ、現実にうまく順応し、うまく機能していくようになるとも彼らは考えた。

   

ジェイムズ・マディソン   ジョン・スチュアート・ミル

 構築されたばかりの民主政治体制には現実的な感覚が必要なのである。多くの民主化実験が失敗に終わった理由の一つは、選挙を強調し過ぎていながら、民主政治体制のその他の重要要素を軽視し過ぎていたことである。例えば、国家権力はチェックされる必要があり、言論の自由や結社の自由のような人権は保障されねばならない。新しく誕生した民主国家の中で民主政治体制が成功した国々は全て過半数支配の誘惑を避けることができた国々であった。過半数支配の誘惑とは、選挙で過半数を得た勢力が望むことを何でもできるとする考えのことである。インドは1947年の独立以来、民主国家であった。そのうちの数年は緊急的な非民主的な体制になったことはあった。ブラジルでも1980年代半ば以降に民主死体が成功したのは同じ理由からである。インドもブラジルも政府の権力に制限をかけ、人権をきちんと保障することに成功したのである。

 しっかりとした憲法(constitutions、国家体制とも訳せる)があることで、長期的な安定が促進されるだけでなく、不満を持った少数派たちが政権に対して武力で反抗するということも減らせるのである。また、しっかりした憲法を持つことで、発展途上国にとって致命傷となる腐敗との戦いを促進することができる。反対に、出来上がったばかりの民主政体によくあるのは、選挙で選ばれた指導者たちが、過半数の支配を正当化し、彼らの権力に対する制限を取り除こうとする。モルシは、ムスリム同胞団の支持者たちを動員してエジプト上院を包囲させようとした。ヤヌコヴィッチはウクライナ議会の権限を縮小した。プーティンは人民の名のもとにロシアの独立した諸機関を制限下に置いている。アフリカ諸国の指導者たちは純粋な過半数支配を利用している。彼らは大統領職に設けられている任期制限を廃止したり、同性愛者に対して厳しい罰則を設けたりしている。2014年2月24日にウガンダのヨウェリ・ムセベニ大統領が行ったことがその例である。

(つづく)