「0004」 翻訳 ダグ・バンドウ論文「北京と均衡する」(ナショナル・インタレスト誌) 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳 2009年3月3日
「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦です。論文ではありませんが、アメリカの外交政策について、中国との共存を主張する論文を訳出し、ここに掲載します。米中の衝突についてはその有無で2つの陣営があります。『イスラエル・ロビー』の共著者、ジョン・J・ミアシャイマー(John J. Mearsheimer)教授(シカゴ大学)は、著書『大国政治の悲劇』の中で、「米中の衝突は必ず起こる」と予測しています。
本日、ご紹介する論文の著者、ダグ・バンドウはリバータリアニズム(Libertarianism)を標榜するケイトー研究所(Cato Institute)の上級研究員(Senior Fellow)をしています。このリバータリアニズムは大きな政府に反対し、外交的にはアメリカが覇権を持つ必要を認めません。
ダグ・バンドウ
本論文の中で、バンドウは、米中は衝突すべきではない、と主張しています。それは、中国が台頭してきているとは言え、アメリカの重大な国益に対して脅威を与えていないからである、としています。
アメリカが覇権を維持することが国益であると考えるなら、中国の経済的、軍事的台頭は脅威です。しかし、中国は「平和的台頭(peaceful rise)」を掲げ、東アジアでの影響力の強化を図っています。それはアメリカの究極的な国益、アメリカ本土の安全保障には脅威となりません。バンドウは従って、アメリカの直接の脅威とならない中国とは共存共栄の道を進むべきだと主張しています。
外国との対決的な外交政策を主導してきた、ネオコン派(Neoconservatives)の主張とは異なる外交政策の論文を読むことで、アメリカには様々な思想潮流があり、外交政策についてもそれが反映されている様子をお読みいただきたい、と思います。
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ナショナル・インタレスト誌(The National Interest)
北京と釣り合いをとる(Balancing Beijing)
ダグ・バンドウ(Doug Bandow)
2009年2月24日
EP−3スパイ飛行機に端を発する米中間の緊張が発生した後、ブッシュ政権は、米中間の良好な関係を作り出した。その当時、アメリカ政府は中国との良好な関係を必要としていた。北朝鮮への対処、アメリカの思う通りの国連安保理決議を出すこと、そして、互恵的な貿易関係の構築、これらの課題の解決に、米中の良好な関係は不可欠だった。
オバマ政権もまた、ブッシュ政権とは違う理由であるが、中国との関係はまずい状態で、スタートした。ヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)国務長官(Secretary of State)は「中国との包括的な対話(comprehensive dialogue with China)」を標榜し、北京を訪問した。この訪問自体は何の問題もなかった。しかし、同時に実のある合意は何もなされなかった。
ヒラリー・クリントン
経済が駄目になっていくという恐怖感が高まり、国際貿易の量は減少していく中、中国は、保護主義(protectionism)をとりたい政権にとって、格好の標的となっている。更に、民主党(Democrats)は、中国との関係で、人権問題を頻繁に持ち出す。保守派の人々は、中国の地政学的(geopolitical)な野心が高まり続けている、と懸念を表明している。経済界は、中国との経済関係が拡大することを支持している。しかし、経済界は、アメリカ国内において政策形成に対しての影響力を失っている。これから起こるであろうこと、それは、中国に関する政治的な嵐、である。
米中関係に関し、オバマ政権は、「ヒポクラテスの宣誓(医師の倫理綱領の宣誓)」を基本にするべきだ。その第一は、「傷つけない(do not harm)」ということだ。二国間関係においては毎日何かしら突発的な事件が起こる。何が起ころうとも、両国の長期間の関係を維持することこそがより重要なのである。アメリカは世界における唯一の超大国として国際社会における様々な出来事を牛耳ってきた。しかし、中国は勃興する大国である。中国の影響力は、アジアだけでなく、世界に拡大している。経済成長を続ける中国は、第三世界の国々との通商関係を強化し、軍事力を増強してきている。
こうした中国の変化の効果は大きいものである。もっとも重要な変化は、アメリカ政府が中国に対しての発言力や影響力を失いつつあるということである。
例えば、ティム・ガイトナー(Tim Geithner)財務長官(Treasury Secretary)は、中国政府が、人民元を「不当に操作(manipulating)」している、と中国を非難している。それが本当のことなのかどうかだけが議論の対象となるはずだ。しかし、両国は、通貨問題は、二国間の経済関係を危険にさらし、危機的な状況を生み出している。オバマ政権は、中国に対し、一方的な要求をする立場にはない。アメリカ政府は、中国が7000億ドル(約64兆円)ものアメリカ国債を購入してくれ、と期待している立場なのだ。これは中国の外貨準備高の4分の1ほどを占める額である。この中国の米国債購入によって、米財務省は本年度の財政赤字の大部分を解消することができるようになる。経済制裁、貿易制裁はアメリカ、中国両国の経済を破壊してしまう効果を持ってしまう。そして、報復の連鎖に陥ってしまうだろう。
ティム・ガイトナー
人権問題(human rights)についても同じことが言える。信教の自由(religious liberty)、言論の自由(freedom of speech)、そして民主的な選挙(democratic elections)の実施といった諸問題について、米中間の隔たりは大きい。人権グループの中には、クリントン国務長官に対し次のような内容の手紙を出したグループもある。その内容とは、中国に対し、「アメリカとの関係は、中国が世界的に認められている人権を中国国民に認めるかどうか、にかかっている」と主張するよう求めるものであった。
中国に対し変化を求める誘惑は心地よいものであるが、その成果は乏しい。アメリカ政府は道徳的な権利を有しているし、人権の擁護に関与することを世界中に表明すべきである。実際、クリントン国務長官は上院議員だった時、ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)大統領に対し、中国の人権状況に抗議するために、北京オリンピックの開会式に出席しないように求めた。しかし、アメリカ政府は中国政府に対し変化するように強制する立場にはなかったし、今もない。中国政府は、成長を続ける国家を率いる政府であり、古代からの文化を代表する政府であるのだ。説教じみた苛めを進めていくと、アメリカ政府はアジアとヨーロッパの同盟諸国から見放され、孤立してしまうことだろう。外交的にピーチクパーチクと、が鳴り立てる以外で、何がアメリカにとっての武器となるだろうか?経済制裁や軍事力の脅威であろうか?アメリカが公式の最後通告を中国に発することで、中国から何かしらの反応があるだろう。しかし、中国は変化している。改革は開始され、継続している。こうした中国の改革は、国内の勢力でなされるべきだ。実際、アメリカからの外圧に関係なく、中国国内での社会不安が深刻化し、増大している。
アメリカ政府は、外国に変化を起こすことができる能力を謙虚に判断すべきだ。クリントン国務長官がいみじくも述べたとおりである。彼女は次のように述べた。「私たちは、中国に変化するよう圧力をかけ続けなければならない。しかし、中国に関するいくつかの問題を解決するよう圧力をかけることによって、他の問題の解決が妨げられることがあってはならない」と。アメリカ政府が中国政府と積極的にかかわり、良好な関係を築くことで、中国が今より自由な国となる可能性は高いのだ。結果を予測することはできないが、アメリカが関与することで、中国は将来、もっと自由な国になるとなるであろう。アメリカは、自国の理想の実現に努力するべきであるが、しかし、その強制には限度があることも認識すべきだ。
アメリカ政府は、中国が世界中の国々と、商業的、外交的つながりを拡大することを暖かく見守るべきであろう。ワシントン・ポスト紙の軍事アナリストであるトム・リックスは抑制のきいた意見を述べる人物である。その彼が次のように述べている。「私は、中国が今アフリカで何をしているのか、何をしようとしているのか、よく知らない。しかし、15年後には、その結果が明らかになり、手遅れだったということに気づくことになるだろう」と。
アメリカとソ連は冷戦時代の大部分を通じて、第三世界の国々に影響を与えることに苦心してきた。しかし、その結果ははかばかしいものではなかった。多額の国家予算が投入され、多くの人々の命が失われた。しかし、ラオス、コンゴ、アンゴラ、マナグアの国々を誰が掌握しているのかは問題とはならなかった。今でも誰もそのことを問題にしていない。ケイトー研究所での私の同僚、ベン・フリードマンは次のように述べている。「中国はアフリカで大したことはできないだろう。アフリカにおいて中国の立場を強めるとか、アメリカの国益に損失を与えるとかできないだろう」と。中国は、地政学的に重要でない地域に、多額の投資をしようとしている。そのことにアメリカが反対する理由があるだろうか?
もっと重要なことは、アメリカは、中国との軍拡競争に参加すべきではない、ということである。米国防総省は「合同作戦環境評価報告書2008(Joint Operating Environment 2008)」を発表した。その中で、国防総省は、「中国は自国の軍事力の増強を強調していないが、将来的にはその軍事力によって、アジアと西太平洋地域を支配できると予測している」と見解を出している。米国防総省は毎年、中国の軍事支出を推定している。国防総省によれば、中国の軍事支出は、中国の「東アジアにおいてアメリカが中国に干渉してこないように、けん制できる軍事力を持つ」という意思を示している、ということだ。チェイニー(Cheney)副大統領の主席外交顧問であった、アーロン・フリードバーグ(Aaron Friedberg)は、次のように警告を発している。「米中の勢力均衡(balance of power)は変化している。アメリカにとっての不利な状況の中で、変化する米中の勢力均衡は、見込み違いと衝突を生み出すことだろう」と。
ここで問題は、「勢力均衡とは何か?」ということである。中国は、アメリカ本土の安全保障に対して、何の脅威も与えていない。また、太平洋における米国の権益にさえも脅威を与えていない。アメリカは、軍事力に関し、かなりの優位を保っている。アメリカは、11の艦隊を世界中に展開しているが、中国は外洋艦隊を持っていない。また、アメリカは、中国の5倍もの軍事費を支出している。これには、アフガニスタンとイラクの戦費は含まれていない。また、アメリカは、アジアとヨーロッパの先進諸国と同盟関係を結んでいる。ここまで見たように、中国はアメリカにとっての脅威となっていないのである。
中国は東アジアにおける影響力を増し、アジア地域のアメリカの同盟諸国の安全保障に影響を与えている。中国は攻撃的と言うよりも、強情な国家である。アメリカの同盟諸国、日本と韓国は、アメリカに頼ることなく、個別に、また集団的に安全保障を確保することができる。アメリカ政府は、中国の反対があっても、台湾などの同盟諸国に武器を売却することに躊躇すべきではない。しかし、同盟諸国の安全保障は、それぞれが責任を持つようにさせるべきだ。中国が抑制の利いた、外交・防衛政策を堅持し続ければ、アメリカは、東アジアからの撤退をしやすくなる。
アメリカが中国の国境付近にある国々に対する支配を維持するためにできることはほとんどない。つまり、アメリカはその支配力を失っていくのだ。それを保とうとすれば、そのコストは受け入れがたいものとなる。中国は評価方法によるが、世界第2位、もしくは第3位の経済大国であり、成長を続けているのだ。アメリカは中国の軍事力に対抗するために、経済危機の真っただ中にありながらも、軍事支出を増やしていかねばならないだろう。それでもなお、中国はアメリカの覇権(hegemony)をいつまでも受け入れてばかりではないだろう。衝突とまではいかなくても、米中の緊張は高まるだろう。
より良い選択肢は、アメリカが地政学的な自惚れを捨て、東アジアにおける中国の影響力を受け入れることである。中国は力を増大させ、アメリカの言うことなど聞かなくなるだろう。アメリカの主要な目標は、中国の台頭を平和裏に行わせることである。この平和的台頭は中国が約束している。
米中の外交関係は、昨秋で、正常化30周年を迎えた。米中関係はいくつかの危機を乗り越えてきた。しかし、将来にわたり、危機に直面することだろう。しかし、両国間の抜きがたい相違はあるにしても、両国のつながりは強化されねばならない。米中両国が、経済的、地政学的野心をお互いに抑えることで、21世紀はこれまでの世紀とはだいぶ違った、良い世紀となるであろう。
ダグ・バンドウ:ケイトー研究所上級研究員。レーガン元大統領特別アシスタント。著書に『海外のバカげたこと:アメリカの新しい世界帝国』、共著に『朝鮮半島の謎:南北朝鮮とアメリカのトラブルばかりの関係』。