「0049」 論文 鳩山由紀夫民主党代表・次期首相を取り巻くスタンフォード大学人脈 反米などではない華麗、かつ緊密なネットワーク(1) 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2009年9月7日

 ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦(ふるむらはるひこ)です。2009年8月30日の総選挙で民主党が大勝し、あっという間に1週間が経過しました。その間、小沢一郎氏が民主党幹事長に、平野博文氏が官房長官、岡田克也氏が外務大臣、菅直人氏が副総理兼戦略相に、と人事が着々と進んでいます。対外的には、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された「鳩山論文(題名:日本の新しい道)」が反米的であるとして騒ぎになる様相を見せましたが、この動きも今は沈静化しているようです。

    

鳩山由紀夫   小沢一郎  岡田克也  平野博文  菅直人

 ワイドショーなどで、鳩山氏がスタンフォード大学に留学していたことは写真付きで報道されました。しかし、そのほとんどが、留学時代に、アメリカ建国二百周年を目の当たりにして政治家を志した話と、幸夫人と出会い、毎日50キロの道のりを運転して会いに行っていた話が中心です。今回、私は、鳩山由紀夫民主党代表・次期首相が博士号を取得したスタンフォード大学を中心とする人脈について書きたいと思います。スタンフォード大学を中心にした対日人脈・ネットワークが存在し、それが民主党政権下で重要な役割を果たすのではないか、と私は考えています。

 

スタンフォード大学

 スタンフォード大学(Stanford University)は、アメリカを代表する名門大学です。アメリカの西海岸、カリフォルニア州のサンフランシスコから約60キロ離れたパロ・アルト(Palo Alto)という美しい町にあります。このパロ・アルトのあたりは、コンピュータ産業のメッカ、シリコン・ヴァレー(Silicon Valley)の中心地です。スタンフォード大学は、アメリカのトップ10にも入るほどの名門大学で、多くの学者、有名人を輩出しています。ブッシュ政権で国務長官を務めた、コンドリーザ・ライス(Condoleezza Rice)女史は、ブッシュ政権入りする前、政治学部で、国際関係論(International Relations)の教授を務め、退任後、復帰しています。また、スタンフォード大学には、フーヴァー研究所(Hoover Institution)という研究所があり、数々の著名な学者が過去に在籍、もしくは今も在籍しています。ノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマン(Milton Friedman)が在籍していました。日本人では、植草一秀氏が、フェローとしてフーヴァー研究所に在籍していました。

     

フーヴァー研究所  ライス    フリードマン

 サンフランシスコ近郊には、カリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley、UCバークリー)があり、こことスタンフォード大学は、ライバル関係にあります。特に、アメリカン・フットボールの試合は、何万人も集まって、熱狂的な応援を繰り広げます。日本ではUCLA(University of California, Los Angeles、カリフォルニア大学ロサンゼルス校)が有名ですが、UCバークリーは、カリフォルニア大学の本校で、格はずっと上です。

        

スタンフォード大学の試合の様子   UCバークリー

 あと、余談ですが、日本ではちゃんと区別がされていないので、書いておきます。カリフォルニア州をはじめ、アメリカの多くの州には州立大学があります。大きな州になると、2つの種類の州立大学があります。カリフォルニア州を例にして話を進めます。化るふぉるニア州には、カリフォルニア大学系(University of California、UC)とカリフォルニア州立大学系(California State University、CSUもしくはCalState)という、2つの系列があります。

 ロサンゼルスには、それぞれ、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)とカリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(CSULA)が存在します。この2つの系列の違いは、大雑把に述べると、UCの方が、伝統があり、入るのが難しい、CSUは出願したら、ほとんど全員が入学できるということです。以前に民主党の議員の学歴詐称問題が起きました。そのとき、大学の正門前に群がる日本のマスコミがロサンゼルスで話題になりました。そのとき、私がUC系を卒業したアメリカ人の友達に「日本ではUCとCSUの区別がちゃんとしていないんだ」という話をしたら、「それは君の周りにだけでもしっかり伝えて欲しい。まったく違うから(totally different)」と真顔で言われました。近くには、CSU出身の友達もいたのですが、何も言い返せない様子でした。

 日本をはじめとするアジア各国(中国、韓国など)は、学歴社会であり、子供たちは受験地獄に苦しんでいる、と言われます。そして、アメリカでは学歴などはそんなに関係ない、卒業するのが難しいので卒業したかの方が大事だ、などと言われます。しかし、それは事実ではないのです。アメリカにおいても「どこの大学(院)を出たか」が大事なのです。そして、同じ大学、もしくは、ライバル関係にある大学、同じスポーツリーグに所属する大学(日本でも有名なアイヴィー・リーグIvy League)卒業生同士という関係は重要なのです。共通の話題がある、ということが大変大事なのです。スタンフォード大学で言えば、ライバル校は、カリフォルニア大学バークレー校であり、スポーツリーグは、パシフィック・テン(Pacific Ten、Pac10)に所属しています。Pac10には、ワシントン州のワシントン大学、UCLA、南カリフォルニア大学(University of Southern California、USC)など、日本研究が盛んな大学が所属しています。

 鳩山由紀夫民主党代表は、東京大学工学部卒業後、スタンフォード大学に留学し、1972年に修士号、1976年にオペレーションズ・リサーチ(Operations Research)という、いろいろな計画の最適な方法を見つけ出すという学問分野で、博士号を取得しています(http://news.stanford.edu/news/2009/august31/the-dish-090209.html)。鳩山氏は、1970年から76年にかけて、7年間、スタンフォード大学で大学院生活を送ったことになります。そこで、幸夫人と出会ったことは各種報道ですっかり有名な話となりました。

 日本の政治家でも、アメリカやイギリスに留学した経験を持つ人たちが多くなりました。しかし、そのほとんどが、半分遊んでいるような、学位取得を目指さないものでした。安倍晋三元首相は南カリフォルニア大学に留学していた、ということで、首相に就任した時、日本語や日本のことを勉強している学生たちは喜びましたが、学位取得どころか単位も取れていないことが分かると、どっちらけの雰囲気となってしまったことを覚えています。この点、鳩山氏は博士号を取得しているので、アメリカ人たちが見る目も違います。

 上記のスタンフォード大学のホームページでは、鳩山氏にお祝いを述べている、ジョン・ルース(John Roos)米駐日大使の写真が掲載されています。ルース大使もスタンフォード大学の卒業生です。日本の次期首相とアメリカの駐日大使が同じ大学の卒業生同士なのです。この重要な点については、口述します。

鳩山代表とルース駐日大使

 スタンフォード大学にはダニエル・オキモト(沖本)という、日系二世の日本政治専門の政治学者がいます。主著に『通産省とハイテク産業』(Between MITI and the Market)があります。『通産省とハイテク産業』の中で、オキモト教授は、日本が、通産省とジェトロ、企業がネットワークとして結びついて、産業を発展させてきた、ことを検証しています。オキモト教授の業績は、日本政治を分析する上で、官僚主導モデル(チャルマーズ・ジョンソン博士が主導しました)に代わる、新しい、ジャパン・インク(日本株式会社)モデルの実証的研究となりました。また、オキモト教授には、『仮面のアメリカ人 日系二世の精神遍歴』(American in Disguise)という著書があります。この本の中で、オキモト教授は、日系二世がアメリカ社会で生きていく困難さと、白人社会に同化していく過程を描いています。第二次世界大戦中に強制収容所で誕生した、という特殊な生い立ちが彼の人生に影響を与えているようです。このオキモト教授がスタンフォードの対日人脈・ネットワークの中心人物であるようです。

   

オキモト     ルース

 スタンフォードの対日人脈・ネットワークの中心人物であるオキモト教授は、ルース氏の駐日大使就任時、ルース氏本人から相談を受けた人物として、2009年5月30日付の産経新聞の「グローバルインタビュー」というシリーズの一環で、インタビューを受けています(http://sankei.jp.msn.com/world/america/090530/amr0905301800009-c.htm)。このインタビューによると、スタンフォード大学卒で、その周辺、シリコンヴァレーで弁護士をしていたルース氏が、長年の友人であるスタンフォード大学の日本政治専門家に相談をしていたのです。インタビューの中で、オキモト教授は、重要なことを話しています。産経新聞の記事から引用します。

(引用はじめ)

−駐日大使ポストに関しルース氏と話し合ったか

 「そうだ。彼とは25年以上にわたる付き合いで、多くのことについて話してきた。われわれは(駐日大使の)地位に就くプラスマイナスについて話し合った」

(中略)

−ハーバード大のジョセフ・ナイ教授が当初有力をみられていた

「ナイ教授は経験豊富で、政府の役職にも就いてきた。日本やアジアでもよく知られている。指名されるのも理にかなっているといえるのかもしれない。ただ私が知る限り、オバマ大統領はナイ教授と付き合いは深くない。お互いをよく知っているとは思わない」

−オバマ大統領とルース氏が初めて会ったのは2005年と最近だが

「付き合いは短いものの、価値観を共有していたので、信頼関係を構築するのにそんなに時間はかからなかった。選挙戦で多くの課題に直面していくなかで、関係も深くなったといえるのではないか。

   選挙期間中、ルース氏は資金調達だけでなく他の分野でも貢献した。彼は選対技術委員会の一員として、しばしばオバマ氏とも選挙戦略その他についても話し合った。彼は単なるマネーマシンではない。幅広く選挙戦にかかわった」 

(中略)

  −日米関係は在日米軍再編や北朝鮮の核開発・拉致問題など困難な課題を抱える。ルース氏と日本の情勢について話し合ったか

「すでに(日本関係の)いくつかの会合を開いた。今後スタンフォードで彼のためにセミナーを開こうと思っている。日本に関する書物や新聞記事もすでに渡してある。日本の歴史、文化、社会などを知らないのは不利ではあるが、スタンフォード大で優秀な学生だった彼は学ぶのも早い。彼は学ぶのをやめてしまったり、専門以外のことへの興味を失っているような人ではない」

−日本の政界との接点はどうつくっていくか

 「彼は日本の指導者とも積極的につきあっていくだろう。オバマ氏のことをよく知っているのは強みだ。麻生太郎首相はスタンフォードで学び、民主党の鳩山由紀夫代表もスタンフォードで学び、博士課程を修了した。ルース氏は強力なスタンフォードのネットワークを持っている。

彼は政治家ではない。見た目圧倒させるような人物ではないが、日本人はだんだんと彼の知性、誠実さ、そして信頼できる人物であることがわかってくるのではないか」

※強調部分は筆者が加えました。

(引用終わり)

 このダニエル・オキモト教授が、25年来の友人である、ジョン・ルース氏が駐日大使になるにあたり、ルース氏から相談を受けたという話です。そして、引用の中で強調している部分にあるように、スタンフォード大卒であることが、ルース氏が駐日大使になるにあたり、重要なファクターであることはまず間違いありません。オキモト教授はルース氏とだけ話したのではなく、民主党上層部や政府関係者とも話していると考えられます。民主党の重鎮として、日系二世のダニエル・イノウエ(井上)上院議員がいますし、オキモト教授自身は、プリストン大学では歴史学で学士号、ハーバード大学で東アジア学修士号、政治学博士号はミシガン大学で取得する、という具合で大変に華麗な経歴です(http://www.nikkei.co.jp/hensei/ngmf2007/rm_001.html)。オキモト教授は東部で教育を受けているので、政府関係者にもつながりがあるようです。

 産経新聞は、2009年8月30日の総選挙後、再び、オキモト教授にインタビューをして、総選挙の結果について質問しています。2009年9月5日付産経新聞から引用します(http://sankei.jp.msn.com/world/america/090905/amr0909050801001-n1.htm)。

(引用はじめ)

--民主党は「対等な日米関係」の確立などを訴えてきた。日米関係はどのように変わるか

   「自民党政権であれ、民主党政権であれ、日米同盟が米国のアジア政策におけるコーナーストーン(礎石)であることに変わりない。もちろん米国の指導層の一部には鳩山由紀夫代表がニューヨーク・タイムズ紙(電子版)に寄稿した論文や、選挙戦で掲げた『対等な日米同盟』などの表現に対する懸念はある。ただ、この数週間鳩山代表らは日米関係の重要性を再確認しているように思える。

オバマ政権としては、今回の歴史的な選挙結果を前向きに受け止め、引き続き強固な日米関係の維持に努めるだろう。民主党が政権の座についてから、どのような政策を打ち出していくか辛抱強くみつめることになると思う

--ブッシュ前政権は、インド洋での自衛隊の給油活動継続などをめぐって、民主党との関係は良好ではなかった。オバマ政権は「民主党政権」への準備はできているか

「オバマ政権とブッシュ前政権は大きく異なる。オバマ大統領は『チェンジ(変革)』を掲げて当選した。同様に変革を打ち出して誕生した民主党政権を受け入れやすいといえる。両政権は信頼関係を構築するために話し合いを始めることになるが、クリーン・テクノロジー、世界的な景気後退からの回復など重要分野で協力しあうことになるだろう」 

※強調部分は筆者が付け加えました。

(引用終わり)

 オキモト教授は、日本の専門家としての立場から、日本に対して不安を述べるのではなく、アメリカが忍耐強く見守り、協力関係を築いていくだろう、と述べています。そして、協力関係は、クリーン・テクノロジーや不景気からの回復になるだろう、とオキモト教授は述べています。アメリカ大統領と直接話せる、駐日大使、その後ろにいてバックアップする日本専門家、そして、日本の次期首相が全員、スタンフォード大学の関係者であることは注目に値します。

 アメリカの駐日大使が長く空席で、なかなか決まらず、候補者だったハーバード大学のジョセフ・ナイ(Joseph Nye)教授も来ず、結局、ルース氏になりました。この時、ルース氏が日本では無名の弁護士、ということで落胆が広がりました。しかし、これはアメリカ側の深謀遠慮があってのことで、麻生、鳩山両氏のことをよく研究し、かつ、民主党が政権を取るかもしれない、という可能性まで加味した人事であったとも考えられます。そして、スタンフォード大学卒、シリコンヴァレーの弁護士、ルース氏が選ばれたと言えるのではないでしょうか。

 次回は、オキモト教授がインタビューで述べた「日米が協力していく分野」である、クリーン・テクノロジーを巡るスタンフォード大学の人脈・ネットワークについて書いてみたいと思います。

(つづく)