「0053」 翻訳 中国の外交攻勢の分析 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳 2009年11月8日

 

 ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦です。今回は、中国の外交攻勢の分析をした論文の翻訳を掲載します。著者のウイリー・ラムは、副島隆彦先生の著書『あと5年で中国が世界を制覇する』の中でも引用がなされている、中国政治専門家です。今回、ラムは、中国が外交的に活発な活動をしているが、負の面も見られると分析しています。外交面における、中国とアメリカの戦いが今まさに行われている状況があるようです。それでは拙訳をお読みください。

 

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中国の外交攻勢:「外交マラソンの秋」(Beijing’s Diplomatic Offensive:“Marathon Autumn Diplomacy”

 

ウイリー・ラム(Willy Lam)筆

China Brief (The Jamestown Foundation)

Vol 9 Issue 21

2009年10月22日

 

 中華人民共和国(People’s Republic of China )建国60周年を巡る喧噪は終了した。中国共産党(Chinese Communist Party)指導部は、中国メディアが「馬拉松秋季外交(外交マラソンの秋)」(malasong qiuji waijiao)と呼ぶ、積極的な外交を展開している。温家宝(Wen Jiabao)首相は、北朝鮮を訪問し、習近平(Xi Jinping)国家副主席は、ヨーロッパ5カ国を歴訪した。11月にはアメリカのバラク・オバマ(Barack Obama)大統領が初めて中国を公式訪問する。これに先立ち、中国共産党中央政治局員(CCP Politburo member)の李源潮(りげんちょう、Li Yuanchao、訳者註:党中央組織部長)と中国共産党中央軍事委員会(Central Military Commission)の副主席、徐才厚(じょさいこう、Xu Caihou、訳者註:陸軍大将であり、党中央政治局員)はアメリカを訪れた。10月上旬から、外国首脳の中国訪問が続いた。日本の鳩山由紀夫首相、韓国の李明博(Lee Myung-bak)大統領、ロシアのヴラディミール・プーチン(Vladimir Putin)首相、ベトナムのニャン・タン・ドゥン(Nguyen Tan Dung)首相が相次いで中国を訪問した(新華社通信、2009年10月16日:中国ニュースサービス、2009年10月9日)。

      

温家宝        習近平     李源潮    徐才厚

 一連の首脳会談や会議は多くの目的を達成するために行われた。それらの目的の中で、関連する2つのものをこれから詳しく見ていきたい。中国は、今年8パーセントの経済成長を達成すると予想されている。これは世界の主要国の中で最も高い経済成長率である。胡錦濤(こきんとう、Hu Jintao)政権は、中国の世界における地位を、「半超大国(quasi-superpower)」にまで引き上げようと努力している。そうなれば、中国には世界に対しての責任が発生するようになる。更に、オバマ・胡会談に向けて、中国政府は、アメリカ政府との取引材料を準備しようと躍起になっている。中国は、G2という枠組みの中で、アメリカとの対等な関係を構築しようとしている。従って、超大国アメリカの世界的影響力を弱めるために、中国政府が外交攻勢に出ているのは驚くに値しない。

 天安門広場での軍事パレードの直後、温家宝首相は、平壌(Pyongyang)に飛び、北朝鮮政府に対し、中国政府が主催する朝鮮半島の非核化に関する6カ国協議に復帰するように説得した。北朝鮮の最高指導者である金正日(Kim Jung Il)総書記は朝鮮半島の非核化に関与すると繰り返し述べている一方で、実際には、米朝対話の結果如何で、6カ国協議に戻る用意があるとも述べている。温家宝首相の北朝鮮到着に先立ち、中国外務省は過去の慣例を破り、温首相の訪問では中国からの食料とエネルギー援助を話し合うことになる、と発表した。温家宝首相は金正日から妥協を引き出すことができず、アメリカ、日本、韓国を満足させることができなかった。一方で、このことによって、中国政府が、アメリカ、日本、韓国に対して「北朝鮮カード(North Korea card)」を持つことになった。中国と北朝鮮は、2008年、貿易を活発化させることに合意した。その結果、昨年、中朝間の貿易は、27億9千万ドルにまで達した。(AFP通信、2009年10月4日;ロイター通信、2009年10月5日)中国政府は、金正日体制を支えると決断したのだ。このことは、中国が、国連が認めている、ならず者国家に対する輸出入禁止から離脱したことを意味している。

 中国共産党の指導部のアメリカに対するメッセージは次のようなものであるだろう。「アメリカが金正日に対して核開発を止める、もしくは交渉のテーブルに着かせるために圧力をかけたいのなら、中国政府ともっと連携しなければならない」温家宝首相の訪朝が何の成果も得られなかったと失望した国がある。しかし、中国はこの10月、2つの重要な行事を主催しなければならなかった、と理解してもらいたいように思われる。中国、日本、韓国3カ国首脳会談と上海協力機構(Shanghai Cooperation Organization)首脳会談を主催することで、中国は、国際社会の友好と安定を促す重要な役割を果たしている。東アジア主要3カ国の首脳会談はいつもよりも人々の関心を集めた。それは、日本の新首相、鳩山由紀夫が東アジア共同体(East Asian Community)の設立を標榜していたからだ。東アジア共同体構想には、インド、オーストラリア、ニュージーランドなどの「親米的な(pro-U.S.)」国々も含むとされていたため、中国共産党指導部の反応は鈍いものとなった。清華大学(Tsinghua University)の日本学者である劉江永(Liu Jiangyong)は東アジア共同体について次のように述べている。「東アジア共同体は、安全保障関連ではなく、経済関連で実現する可能性が高い考えである。日本政府は日米同盟の機能強化に努め、西洋の価値観を過度に強調しすぎている」(解放日報、2009年10月14日;環球時報、2009年9月23日)

上海協力機構の首脳たち

 胡錦濤・温家宝チームは、日本との戦略的パートナーとしての関係を強化することに関心を持っている。それは日本政府に対して日米安全保障条約の適用範囲が中国国境を越えないように説得するためだった。言い換えるならが、中国政府は常に日本政府が、アメリカの「反中国・中国封じ込め政策(anti-China containment policy)」の重要なプレイヤーとして役割を果たしていることに懸念を持ってきた。この理由から、鳩山と会談をしている間、温家宝首相は、日本と中国との関係を一歩進め、戦略的なパートナーとする可能性について言及した。(中国ニュースサービス、2009年10月10日;新華社通信2009年10月9日)2009年8月30日、日本では総選挙が行われ、民主党が大勝した。選挙期間中、民主党の鳩山代表は、日本とアメリカ、そして日本と中国、それぞれの関係について、伝統に反し、かなり踏み込んだ発言をしていた。

 第八回上海協力機構首脳会議は、協力と協調を進めることを目的に行われた。中国、ロシア(Russia)、カザフスタン(Kazakhstan)、タジキスタン(Tajikistan)、ウズベキスタン(Uzbekistan)、キルギスタン(Kyrgyzstan)の各首脳は、世界規模の金融危機に対処するため、金融及び貿易の分野での協力関係を強化することに同意した。その中には、上海協力機構で基金を設立し、メンバー国間の共同プロジェクトを遂行する際に資金不足の問題を解決することも含まれている。中国政府は、上海協力機構の加盟国の中で経済的に苦境に立っている国に対して100億ドル(約9000億円)の援助を行った。(新華社通信、2009年10月14日;中国ニュースサービス、2009年10月14日)テロリズムに対する共同防衛の他に、上海協力機構の加盟国は政治的な問題をうまく処理できなかった。それでも、上海協力機構は、2001年の設立以来、北大西洋条約機構(NATO)と釣り合うものとなっている。上海協力機構首脳会議には、オブザーバーとしてパキスタン、アフガニスタン、イランが参加していた。このことは中国が上海協力機構を地政学的に(geopolitical)重要であると考えている証拠である。

 中国政府は、アメリカの対アフガニスタン政策、対パキスタン政策、対イラン政策を批判している。一方で、上海協力機構の首脳会談では、「アメリカ政府がアフガニスタンやその他の問題のある地域から撤退をしたら、中国と上海協力機構が力の空白を埋める用意がある」というメッセージが発信された。中国政府はアフガニスタンとそれに関連する苦境についての政策協議を主導する準備がある。このことについて、中国日報(China Daily)に掲載された記事を見ていきたい。記事の筆者は、中国国家安全保障研究会議(China Council for National Security Policy Studies)の上席研究員のリー・シンゴン(Li Qinggong)である。リーは、アメリカ政府に対して、「まず戦争を止めて」、それから「アフガニスタン政府、タリバン、主要な軍閥の間の和解を促進する」ように求めている。(リンゴ日報[香港]、2009年10月20日;中国日報、2009年9月28日)続けて重要なことは、ロシアのプーチン首相と中国の首脳たちが一対一で話をすることである。かつて共産主義国同士として同盟関係にあった中国とロシアは、弾道ミサイル発射をお互いに通知しあうことに合意した。中国国防大学の軍事専門家リー・ダグアンは、弾道ミサイルの合意を見ても、中国とロシアは、「特別な関係」にあり、「戦略的なパートナー」である、と述べている。中国とロシアは40億ドル(約3600億円)規模の貿易協定にサインした。更に、ロシア政府は中国に対し毎年700億平方メートルの天然ガスを売却することに合意した。(ロイター通信、2009年10月13日;人民日報、2009年10月17日)両国間の取引の少なくとも一部は、人民元(renminbi)とルーブル(roubles)で決済することになっているのは重要だ。中国政府とロシア政府は共同して、米ドルの「覇権(hegemony)」を脅かすのではないか、という疑いを生み出している。中国政府はロシア政府と達した合意と似たような内容の協定を、もう一つのBRICsの国、ブラジルとも結んでいる。中国とロシアは中東諸国と非公式の協議を行っており、その中で、石油取引のドル決済を終了させる可能性について話し合っている。石油や天然ガスの取引は、将来、ユーロ(Euro)、人民元、円(yen)で構成される通貨バスケットで決済されうようになると言われている。(インディペンデント紙、2009年10月6日;明報[香港]、2009年10月14日)

 習近平副主席はヨーロッパを歴訪し、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニアを初訪問した。ここで明らかなことは、ヨーロッパが中国とアメリカの間で綱引きの対象になっているということだ。表面上、習副主席の法王の目的は、純粋に経済や金融に関するものであった。例えば、習副主席は、複数のハンガリーの政治家たちや財界人と会談し、「中国政府は、中国の実業界に対しハンガリー製品の輸入を増やすように働きかける。また、多くのハンガリー企業が中国市場の開拓するために努力してほしい」と述べた。(新華社通信、2009年10月17日)習副主席は中央ヨーロッパ並びに東ヨーロッパ各国を中国陣営に引き込もうと努力したが、その努力も無駄に終わった。それは、習副主席の訪欧の直後、オバマ大統領が、ポーランドとハンガリーにはミサイル防御システムを構築しない可能性があると述べ、両国を驚愕させたからだ。チェコ共和国とポーランドの政治家、特にヴァーツラフ・ハヴェル元チェコ大統領とレフ・ワレサ元ポーランド大統領は、「オバマ政権はロシアに屈した。オバマは東ヨーロッパを見捨てて、ロシアの思うままにさせるつもりだ」、と激しく非難した。(シカゴ・トリビューン紙、2009年10月6日;ラジオ・自由ヨーロッパ、2009年9月25日)習副主席の訪欧は東欧諸国に「第三の道」をアピールするためだったと解釈することもできる。それはつまり、東欧諸国に対して、ロシアとアメリカの他に、頼るべき国として中国があるということをアピールする、ということだ。

 外交マラソンの秋はどれほどの成果を収めることができただろうか?少なくとも近い将来、オバマ政権は中国に対して、アメリカ政府は中国政府を対等に扱っていると思わせようと努力しようとしている。これは明らかに、昨年の夏から、オバマ政権内の中国専門家たちが主張している、「戦略的再保証(strategic reassurance)」政策の土台となるものだ。例えば、オバマ大統領は、ダライ・ラマ(Dalai Lama)との会談をおこわなないと決定した。チベットの宗教指導者ダライ・ラマがワシントンを訪問した際には必ず米大統領と会っていたが、オバマ大統領は会わないと決めた。これは1991年以来のことだ。(ワシントン・ポスト紙、2009年10月5日;環球時報、2009年10月10日)先週、アメリカ政府は、中国政府が人民元の価値を不当に捜査しているという疑惑は存在しないと発表した。中国政府は北朝鮮に対する援助を増大させている。このことは、2009年5月25日に北朝鮮が行った核実験の後、国連が決定した北朝鮮に対する輸出入禁止に反している。しかし、アメリカ政府は中国政府を非難することはなかった。アメリカの政府高官たちは中国政府の反対者たちや弁護士たちに対する人権侵害について何も語っていない。(AP通信、2009年10月16日;ウォールストリート・ジャーナル紙、2009年10月15日)更に言うと、李源潮中央政治局員と徐才厚陸軍大将の訪米の結果として、中国とアメリカ両国間の協力関係は強固なものとなるという期待が大きくなっている。協力分野の中には、将校の訓練と両国の軍隊の信頼の醸成も含まれている。

 しかし、中国は軍事力を強化し、周辺諸国との緊張を高めている。例えば、中国はインドとベトナムとの国境の警備を強化している。中国とインドとの間の国境に関する緊張は高まっている。それは両国のメディアが非難合戦を繰り返しているからだ。(チャイナ・ブリーフ、2009年10月7日)インドは上海協力機構のオブザーバーであるが、インドの首相は、北京で行われた第八回上海協力機構首脳会議に出席しなかった。これは大変に重要なことだ。2009年10月中旬、温家宝首相はベトナムのニャン・タン・ドゥン首相と、重慶市(Chingqong)で開かれた第10回中国西部国際貿易フェアに合わせて会談を持った。両首脳は来年2010年、両国の貿易額を2500億ドル(約2兆円)にまで増大させることで合意した。両首脳は、「国境問題と南シナ海問題」の解決に向けて努力することでは合意したが、南沙諸島(Spratly Islands)の主権問題では何の進展もなかった。(環球時報、2009年10月19日;新華社通信、2009年10月16日;VOVニュース・ドット・コム、2009年10月16日)中国政府が軍事力を強化し、外交攻勢を強めることで、世界のパワーブローカーとしての役割を果たすようになるが、同時に、「中国脅威(China threat)」論がますます説得力を持つようになってしまう。更に言うなら、中国が「火を噴く龍(fire-spitting dragon)」というイメージを強めていくと、近隣のインドやベトナムはアメリカとの関係を深めてしまう結果となる。アメリカは中国の野望を挫く力を持った唯一の国なのである。

(了)

 

ウイリー・ラム

ウイリー・ラム(Ph.D.):ジェームスタウン財団上級研究員。「アジアウィーク・ニュースマガジン」誌、「サウスチャイナ・モーニングポスト」紙、CNNのアジア太平洋総局にて編集に携わる。ラムはこれまでに5冊の本を出版している。最近のものは『胡錦濤時代の中国政治:新しい指導者たち、新しい挑戦』である。ラムは秋田国際大学と香港中文大学で非常勤講師を務めている。