「0069」 翻訳 イスラエル・ロビーの新しい動き。イスラエル・ロビー内の反主流派のお話(2) 古村治彦訳 2010年1月24日
Jストリートはユダヤ人諸団体の中で左に位置する。ベン=アミによると、Jストリートの支援者は9万から10万になっている。Jストリートは右に位置しているユダヤ系諸団体から非難を受けている。また、中道の諸団体からも非難されている。ユニオン・フォー・リフォーム・ジュダイズム(Union for Reform Judaism)の会長でラビのエリック・ヨッフェはフォーワード誌の論説ページで怒りに満ちた文章を書いた。その中で、ルリアの文章について次のように非難した。「ルリアの文章は、道徳的に間違いであり、ユダヤ人の感情を不快にさせ、イスラエル・パレスチナ問題の実情を全く理解していない者が書いた文章である」ジャッフェは以前、次のようにも書いている。「Jストリートは、ガザ地区の戦争についてある主張を行っているが、残念なことに、ユダヤ系アメリカ人の大部分から支持を受けていない。彼らがユダヤ系社会を代表できるかどうか、ガザ地区の戦争は最初のテストになったが、彼らはテストにパスできなかった」
ベン=アミは、イスラエルの危機によって自分たちユダヤ人が受け継いできた感情が動いてしまうことは認めている。彼は次のように語っている。「政策レベルでは理性的に考えることができるし、オバマ大統領の政策を私たちは支持できるんです。交渉をして和平を達成することは良いことだと分かっているんです。先制攻撃なんかよりもずっと良いってね。しかし、感情では、ユダヤの同胞たちに次の大きな悲劇が降りかからないためには、イスラエルのやっていることは正しいのではないか、と思ってしまうんですよ」
Jストリートの姿勢についてある疑問が沸き起こる。それは、ロビー団体として、Jストリートは、少数の熱心な人々を代表しているのか、それとも多くの無関心な人々を代表しているのか?というものだ。全米ライフル協会(National Rifle Association)を見れば、こうした疑問の答えはおのずから分かる。ロビー団体は、少数の熱心な人々を代表しているものだ。オバマ政権で中東地域を担当しているある高官は、AIPACが一つの問題に特化して活動している、と指摘している。その高官は次のように述べている。「ユダヤ系アメリカ人の92パーセントは、イスラエルのことなどに全く関心を持っていない。AIPACをはじめとするロビー団体は、その92パーセントを取り込むことを、長期的な目標としている。私はそんなことは無理だと考えている」
Jストリートが直面している課題は、アメリカ議会内で、「平和志向的な親イスラエル的(pro-Israel, pro-peace)」な勢力を拡大することである。2009年1月、Jストリートは、マサチューセッツ州選出の下院議員ビル・デラハント(Bill Delahunt)が、オバマ大統領がジョージ・ミッチェル(George Mitchell)を中東担当特使に任命したことを評価する決議案を提出した時に、他の議員たちに対して決議案に同調するよう求めた。
ジョージ・ミッチェル
ベン=アミは次のように語っている。「イスラエルのガザ攻撃を止めるように求める決議案に署名することをためらっていた議員たちも、これになら署名できますからね。それがイスラエルに対して不利な決議案にも署名するための第一歩となりますからね」2009年5月下旬、AIPACは、オバマ大統領に一通の書簡を送った。その内容は、「アメリカ政府がこれからもイスラエルとの友好関係を維持し、パレスチナ人たちのイスラエルに対する攻撃を止めさせることを第一目的に、和平交渉を進めさせるべきだ」というものだった。この手紙に、329人の議員たちが賛意を表明した。その数日後、Jストリートは、AIPACの書簡に対して反応し、「アメリカは中東の和平プロセスに積極的にかかわり、パレスチナにしっかりした政府が出来るように援助すべきだ」という内容の書簡をオバマ大統領に送った。この書簡に対し、87人の議員が賛意を示した。この2つの例を見れば、Jストリートがアメリカ議会で支持を拡大するのは困難なことが分かる。イスラエル・ロビーの勢力は、強固であり続けるだろう。ベン=アミは次のように語っている。「私は、自分たちの組織(Jストリート)を反AIPAC組織だと意図的に演出するようなことはしないですよ。もちろん、今回Jストリートが書簡を出したことで主流派の諸団体は苛立ったでしょうけどね」
実際のところ、アメリカ議会で中東地域について議論が戦わされたことはこれまでなかった。私は議会の職員のひとりに、議員たちは中東地域について語るようになっているだろうか、と質問した。彼女の答えは次のようなものだった。「議員たちは中東について何か言うことはないでしょう。だけど、最近、少し変化したことがあります。それは、ガザ地区についての議論で、一方的な親イスラエルの感じが少しなくなってきた様に感じますね」アメリカ下院外交委員長であるハワード・バーマン(Howard Berman)は、イスラエルを強く支持している。バーマンは次のように発言している。「私はイスラエルが遂行している戦争は正当化できると考えている。しかし、戦争によって引き起こされる破壊と罪のない人々の命が失われる現実には心を痛めている」
ハワード・バーマン トム・ラントス
ある議会職員が私に語ったところによると、バーマンの前任者トム・ラントス(Tom Lantos)は、AIAPCのロビイストたちが、決議案や法案の一部の起稿に参加することを許可していたそうである。バーマンのスタッフたちは、Jストリートをはじめ幅広い団体から意見を求め、法案などは外部の人間に任せるのではなく、自分たちで書いていた。アメリカ議会では、イスラエルに対して多くの決議が出されている。それらの決議にはいつも「その一方で」で始まる条項と、「将来的な目標」に関する条項が入っている。「その一方で」で始まる条項とは、「その一方で、ハマスは、イスラエルを破壊することを目的として設立された」というもので、「将来的な目標」条項とは、「独立した、民主的なパレスチナ国家が創設されることを求める」というものだ。
Jストリートの考えや行動に共鳴している政治家たちでさえ、自分たちがJストリートを支援していることである種のコストを支払うことになる、ということを認識している。メンフィス市を選挙区としている民主党所属の下院議員スティーヴ・コーエンは、イスラエルは、レバノンやガザ地区での戦争を通じて、自身で地位を貶めていて、弱い者いじめをしているように見られている、と私に語った。そして、Jストリートが表立って活動を始めた時、「自分たちは彼らに近づくべきだろうか?」と話しあった、とコーエンは述懐している。Jストリートはコーエンを支持し、自分たちのウェブサイトに掲載するためのビデオに出演してくれるように依頼した。コーエンは、「ユダヤ系のベテラン議員たちが私に、ビデオに出演しないようにと警告を発しました」と述べている。コーエンは続けて次のように述べている。「彼らは、私がAIPACから攻撃されることを心配していました。また敵を作るのは良くないよ、と小声で忠告してくれる人たちもいましたよ」コーエンはそういった警告を振り切って、ビデオに出演した。コーエンはまた、Jストリートが大統領に出した、中東和平にアメリカがもっと関与するように求める書簡に署名をした。私は、コーエンに対して何か反響があったか質問した。私の質問に対し、コーエンは次のように答えた。「私は今でもそのことについて考えているんです。私の支持者にはAIPACの熱烈な支持者もいました。そういった人々は私が開いた資金集めのパーティーに来なくなりました。以前ならいの一番に来てくれた人たちだったんですよ」
イスラエルのネタニヤフ首相がオバマ大統領の会見のためにしてきた2009年5月に、試練(acid test)が訪れた。ネタニヤフ首相は、オバマ大統領に対して、イランの核開発についての交渉にタイムリミットを設けるように求めた。イスラエルは、イランの核開発に脅威を感じている。一方、オバマ大統領は、ネタニヤフ首相に対して、入植地拡大の全面凍結を求めた。オバマ大統領は、自分のイラン政策がイランを頑なにしているのかもしれないとして見直しを言明したが、ネタニヤフ首相は入植地について何も発言しなかった。その後、ネタニヤフは、アメリカ議会の議員たちと次々と会見した。ユダヤ系の議員たちとの会見で、ネタニヤフ首相は次のような忠告を受けた、とあるベテラン議員が語った。「いいですか、ホワイトハウス(大統領)が入植地について何か言うことがあれば、その内容を無視してはいけませんよ。その内容にできるだけ沿った形で問題に対処しなくてはいけません」このような強い調子の忠告(批判)をイスラエルの首相が受けることはほとんどなかった。ネタニヤフが1990年代にいちど首相を務めた時、共和党の指導部からこんなことを言われたことはなかった。
ネタニヤフ
オバマ大統領は、イスラエルによる入植地拡大に対して強い調子で非難をし続けている。2009年6月はじめにオバマ大統領はカイロで演説を行ったが、その中でも入植地拡大を非難した。主流派の諸団体はイスラエルを擁護する活動を行っている。2009年8月はじめ、名誉棄損防止連盟は、ニューヨーク・タイムズ紙やその他の有力紙に1ページ全面を使った広告を出した。そのタイトルは、大文字で「問題は入植地ではない。問題は和平交渉を拒否しているアラブ側にある」というものだった。名誉棄損防止連盟は、ユダヤ系の議員たちに頭の痛い問題を突きつけることになった。彼らは、イスラエル側につくか、オバマ大統領につくか、二社選択をしたくないと思っていたが、そうもいかなくなった。カイロ演説の少し前、民主党所属のニューヨーク選出の下院議員ゲイリー・アッカーマン(Gary Ackerman)は、下院外交委員会の中東・南アジア小委員会の委員長である。アッカーマンはあるプレスリリースを発表した。そのタイトルは「アッカーマンは入植地建設を凍結するように主張するが、家族が増えて拡大するのは認める」というものだった。この主張の内容は、入植地の「自然増(natural growth)」は認めるという、典型的な言葉遣いである。このプレスリリースについて、アッカーマンは次のように説明している。「家族が増えていくのは悪いことではない。入植地が拡大するのは認められない」と。アッカーマンは私に対して次のように語った。「イスラエルが入植地を拡大しているのを見ると、イライラする。アラブ側は私たちが彼らの懸念を理解していることを分かってもらいたい」しかしながら、アメリカの議員たちは、自分たちの望む方向とは逆の方向に引きずられてしまっている。
エフード・オルメルト アリエル・シャロン
中東地域の和平達成は大変困難な状況である。ネタニヤフの前任者エフード・オルメルト(Ehud Olmert)とアリエル・シャロン(Ariel Sharon)は、パレスチナ国家の樹立を認めなければ、イスラエルは、民主的なユダヤ国家として生き抜くことはできない、という結論に達していた。二人はこの結論を喜んで受け入れたわけではなかった。パレスチナ国家の樹立のためには、入植地の拡大を止めなければならない。ネタニヤフは、前任者二人が受け入れた和平の道筋をそのまま受け入れてはいない。ネタニヤフは、アメリカ訪問から帰国後、イスラエルとパレスチナ国家の共存を受け入れる旨を演説で初めて発表した。しかし、ネタニヤフの口調は大変厳しいものだった。あるアメリカの上院議員は、ネタニヤフの演説について、「彼の演説のせいで中東和平は進まなくなった」と批判した。ネタニヤフは、演説の中で軟化したようなことを言いながらも、入植地の拡大を全面凍結することを拒否した。
しかし、問題はイスラエル側だけにあるのではない。オバマ大統領は、アラブ諸国の指導者たちを頼りにしている。アラブ側はパレスチナ国家の樹立を助けるために行動しなければならない。アラブ諸国はハマスに圧力をかけ、イスラエルが気に入らない行動をしても自制しなければならない。パレスチナの指導者マフムード・アッバス(Mahmoud Abbas)は、自分の基盤であるファタファ(Fatah)が支持を伸ばしていることで、強気に出ることができる。しかし、ハマスを抑えることはできない。ハマス(Hamas)は、ガザ地区を掌握し、2009年初めからイスラエルに攻撃を加えている。ハマスは、イスラエルへの攻撃を行うことで、パレスチナ人の支持を集めている。ハマスは中東和平にとって危険な存在となっていて、イスラエルはハマスとの妥協をしづらくなっている。
マフムード・アッバス
中東地域の政治状況は流動的となっている。アラブ諸国は、イスラエルと同様、イランに対して懸念を持っていて、アメリカ政府に対して、イラン政府に対して強硬姿勢で臨み、イランの核開発を止めてほしいと願っている。パレスチナ問題があることで、イランに対する足並みは揃わなくなっている。実際、ネタニヤフ首相は、中東地域の関心事を、パレスチナからイランへとずらそうとしている。しかし、アラブ側も、アメリカもその手には乗っていない。オバマ大統領のカイロ演説が示しているように、ホワイトハウスの高官たちは、中東地域におけるアメリカの存在感を保つためにイスラエルとパレスチナの問題について確かな成果を上げなければならないと考えている。ホワイトハウスの高官たちは、成果を上げるためには、ネタニヤフが入植地の拡大を止めることが必要だと考えている。パレスチナ人たちとアラブ諸国は、イスラエルの入植地拡大を、イスラエル側による和平達成の妨害行為であると主張してきた。
ネタニヤフは中東和平達成を妨害しようとしている。しかしながら、中東地域の専門家たちは、ネタニヤフはいつまでも妨害をし続けることはできない、ということを良く知っていて、したたかさを持っている。彼は余りに妨害をし続けると、アメリカからの支持を失ってしまうことをよく知っている。オバマ大統領がネタニヤフ首相から、入植地拡大を止めるという約束を取り付けることができたら、パレスチナ人とアラブ側に対して、イスラエルが求める妥協に応じるように主張することができる。イスラエル、アラブ両方は、もっと解決困難な問題に取り組もうとしている。その問題とは、国境の画定問題、エルサレムの帰属問題、パレスチナ人の故郷への帰還問題である。イスラエルとパレスチナ側との交渉は困難な状況が続いているが、オバマ大統領は、2009年9月に開催される国連総会(United Nations General Assembly meeting)に出席するネタニヤフとアッバスを仲介して会談を持たせるという希望的観測が出ている。
Jストリートは、オバマ大統領を支持するために活発に活動している。Jストリートは2009年8月の1カ月間、オバマ大統領の政策を支持するために「5万回行動」を行うと発表した。2009年8月末、Jストリートは、「2596人の協力を得て、2万9243通のメール、1288件の電話を議員や政府に行った」と発表した。ベン=アミは、AIPACとは比べ物にはならないが、草の根の支援者たちのネットワークを構築し始めたと語っている。ベン=アミは、イスラエル国内の平和を求める人々と連携し、彼らのメッセージをワシントンに伝え、広めようとしている。Jストリートのロビイストたちは、アメリカ議会の反主流派たちと連携するだろう。そして、やがて、イスラエルについてのリベラルな主張など聞いたこともなかった議員やスタッフたちにも自分たちの主張を届けることができるようになるだろう。
Jストリートはオバマ政権が政策を遂行するための強力な後ろ盾と言うには余りにも小さい存在である。しかし、その適度な小ささによって、人々は気軽にコンタクトを取ることができる。
編集者注記(2009年9月27日付)2009年9月13日付の「タイム」誌にJストリートについての記事が掲載されました。Jストリートは、アメリカの中東政策について、進歩主義的な考えを持つ新しいロビー団体です。タイム誌の記事は、Jストリートの目的が、AIPACやその他の既存のロビー団体と競争することである、と主張しています。タイム誌掲載の記事の執筆者は、AIPACに接触して、現在の主張や目的を聞き出していません。タイム誌は、AIPACの代表者に接触して、自分たちの記事の主張に対してどのように答えるか、質問するべきでした。
タイム誌掲載の記事の執筆者は、2006年に「ロンドン・レビュー・オブ・ブックス」誌に掲載されたイスラエル・ロビーについての論文から適切な引用を行いませんでした。2006年のイスラエル・ロビーについての記事は、AIPACは米議会に睨みを利かせているので、アメリカ国内でのイスラエルへの批判を封じ込めていると主張してします。そして、その結果、2006年に発表された論文は、「アメリカの対イスラエル政策は“議会において”議論されていない」と結論付けていますが、「アメリカの対イスラエル政策はアメリカ国内で全く議論されていない」という結論にはなっていません。
(終わり)