「0100」 論文 サイエンス=学問体系の全体像(20) 鴨川光筆 2010年9月3日

 

「人類学」は「人種」を「文化人類学」は「民族」と「文化」を研究する

 ここから「人類学」の本題に入っていく。

 まず、人類学といってもそれは、一つの学問のことを言っているのではない。人類学という独立した学問領域は存在しない。

 人類学とは、「文化人類学」、「形質(けいしつ)人類学」、「先史(せんし)人類学(考古学)」、「民族誌」、「言語人類学」を大きく含んだ領域のことである。人類学はこれらの領域を含みながら、大きく二つの領域に分かれている。

 一つは、いわゆる「人類学」である。「フィジカル・アンスロポロジー(physical anthropology)」あるいは「ナチュラル・アンスロポロジー(natural anthropology)」と呼ばれる。

 日本語では「形質(けいしつ)人類学」などという訳語があるが、一般的訳語であるかどうかは分からない。「形質」というのは英語の「フィジカル」を訳しただけである。自然科学側の人類学のことである。一般に人類学というと、こちらのことを指す。

 形質人類学は、自然科学の分類では、医学生理学、生物学の分野に分けられ、相互に交流が図られている。人間を他の全ての生物と同様の「生物学的な種、ア・バイオロジカル・スピーシー(a biological specie)」と考えて、人間の進化を研究対象としている。

 形質人類学は、かつて「骨相学」(こっそうがく)と呼ばれた分野でもあり、人間の頭蓋骨の形状の違いを比較することで、人間の気質を研究する学問であった。一九世紀に爆発的人気を博したが、大脳生理学の発達と共に廃れていった。

 私たちの生活にかかわりの深いものとして、「法人類学」(ほうじんるいがく Forensic Anthropology)という学問領域がある。これは特定失踪者の写真を判定する際に用いられる。失踪者のものと思われる現在の写真と、若い頃の写真を比べ、あごの形や鼻の形、目など、人相と骨格を人類学的に比較して、法的に認定してもらう際の、学問的裏づけとして用いられている。

法人類学者が主人公のアメリカドラマ『ボーンズ』のひとコマ

 北朝鮮による拉致の疑いがある人物の判定の時に、登場する学問が法人類学である。

 二〇一〇年七月現在のニュースで、来日した金賢姫(キムヒョンヒ)氏に「特定失踪者問題調査会」の荒木和博(あらきかずひろ)代表が面会を求めて断られたという記事が、ほんの少し話題となっている。

  

荒木和博代表         金賢姫

 この「特定失踪者問題調査会」(とくていしっそうしゃもんだいちょうさかい)という民間の団体が、北朝鮮拉致の疑いのある人物の写真を、「特定失踪者」として公的に国に認定を求める活動をしている。

 その際、荒木代表は、失踪者と思しき人物の写真に学問的裏づけをとるために、法人類学の研究機関に頻繁に足を運び、調査を依頼し、きちんとした学問的データをとって、国に提出するという、地道な活動を行なっている。

 そうして集めた特定失踪者四〇〇人分の写真を持参し、金賢姫氏に正式に面会を求めたのである。

 「法」のつく実学的サイエンスには、「法医学(法医学)」というのもある。これは死体の検死(けんし、オートプシー autopsyという)の学問である。ある遺体の死因を、医学的に検証し、自殺であるか他殺であるか、事故死であるかという法的認定の学問的裏づけとして用いられる。

 私たちの地元の歯医者さんが、死体の身元確認の際に警察から協力を依頼されるらしい。これも法医学、あるいは法人類学的見地からの協力要請である。

 人類学は私たちの身の回りの生活に、密接にかかわりがある学問なのである。

 「形質人類学」に対して、「文化人類学」がある。「カルチュラル・アンスロポロジー(Cultural Anthropology)」または「ソーシャル・アンスロポロジー(Social Anthropology)」という。こちらが社会学問の人類学である。

 「文化人類学」は、一九世紀当時、文字を持たない「原始的」な民族(つまり、現在も生息している原始人、プリミティヴ・マン the primitive man)の研究をしていた。「現存する原始人」を捜し求めて、オセアニア、アフリカ、アジア、アメリカ先住民を研究したのがその始まりである。

 文化人類学はその名が表すように、人間が生み出した「カルチャー、文化」を研究する学問である。文化人類学が、人間そのものを研究する形質人類学と違うのはこの部分である。

 では、「文化」、「カルチャー」とは何か。文化人類学が定義する「文化、カルチャー」とはまず文明を、「人類の作り出したものの全体」と考える。この中で形質人類学が扱う分野を除いた「非生物学的、非人種的、非本能的部分」に注目したものが、「文化、カルチャー」である。

 民族、ピープルの「価値観、ヴァリューズ(values)」、「技術、テクニック(techniques)」、「考え、アイディアズ(values)」の総体が文化である。(ちなみに文明の研究をするのが「社会学」(ソシオロジー sociology)である。)

 これに対して、フィジカル・アンスロポロジーのほうは、生物として人間を捉えるから、「人種、レイス(race)」に注目する。

「人種」(レイス)と「民族」(エスニシティ)の違い

 ここで、人種と民族とは何かという問題がある。「人種差別」とは「レイシャル・ディスクリミネイション(racial discrimination)」、あるいは「レイシズム(racism)」という。

 民族の差別のことを「民族浄化」といって、英語では「エスニック・クレンジング(ethnic cleansing)」という。これは九〇年代のユーゴスラヴィア紛争の時に盛んに使われた。どちらも私たち日本人には実感の乏しい言葉であるが、実に恐ろしい言葉なのである。

ユーゴスラヴィア紛争時に破壊された建物

 私たち日本人はよく勘違いするが、アメリカ人、イギリス人、ドイツ人、中国人というのは国民なのであって、人種でも民族でもない。これは「ネイション(nation)」である。

 人種と言うのは、かつては欧米白人を表す「アーリア人種(Aryan)」であるとか、「ユダヤ人種(Jew)」であるとか「セム人種(Shem)」などといわれた。これらの言葉を現在使うことは出来ない。すぐに人種差別主義者のレッテルを貼られてしまうことであろう。ヒトラー、ナチ、ガス室、極右(ウルトラライト ultra right)などといわれてしまうのである。こうなると逆に人間扱いされることになる。周りから相手にされなくなる。

 これは別に政治的レベルの話ではない。こうした政治的、社会的な言葉の使い方の間違いを正そうとすることを「ポリティカリー・コレクト(politically correct)」という。そうではなくて、学問的にも「アーリア」、「セム」などというのは「人種」という定義が出来ないのである。

 人種というのは、骨格とか顔立ち体質といった身体の違い、つまり「形質」(フィジカル)の違いの現れであるが、これらも先の骨相学の話同様、個人差の激しさや、原因の特定が困難であるため、骨の在り方で人種を決めることは出来ない。

 「人種」とは「白人と黒人の違い」のことである。この二つ以外、現在では人種の違いの決め手は存在しない。白人と黒人にしたって、どこからどこまでが白で、どこからどこまでが黒いのかという線引きは、不可能である。白人よりも白い黒人はいるし、黒人よりも黒い白人はいる。

 それでも白人と黒人の違いは、まあ誰が見てもはっきりしているので、この二つは人種として認められている。

 一応もう一つの人種がある。それが私たち日本人や中国人、韓国人、東南アジア人、インド人、モンゴル人、アラブ人、ペルシャ人、トルコ人の人種としての総称である「アジア人種(Asian)」である。

 このうち日本人、中国人、韓国人、つまり東アジア人はみなモンゴル人である。同じ人種である。

 南に下って、インドネシア人、ラオス、カンボジア以西のインドシナ半島から、亜大陸インド(今のインド。インドは半島ではなく、大陸である。亜大陸、サブ・コンチネント sub-Continentという)に住む人々は「インド人」である。

タイ美人

 「タイがインドなの?」と不思議に思う人もいるだろうが、タイは、上層部は中国人であるが、大半の住民はインド人である。タイ国民は人種としてはインド人なのである。

アジアの地図

ベトナム人と日本人は同じ―アジア人種の混血人種、我々は「ハイブリッド」である

 インドシナ半島の一番東側のベトナムはどうなのか、という問題がある。ベトナム人は「インド・チャイナ(Indochine)」である。半島の名前である「インドシナ」とは、日本人だけがそう呼んでいるだけで、本当は「インド・チャイナ半島」という。

 地名と同様にベトナム人は、インド人とチャイニーズ(つまりモンゴル人)との混血である。東南アジア人がインド人と中国人の中間のような顔をしているのはそのためである。

ベトナム美人たち

 日本人はどうかといえば、ベトナム人と同じである。日本人は韓国人のように完全にモンゴル人系ではない。目の細い、朝青龍のような顔ばかりではない。日本人にはくりくりした目をした愛嬌のある顔をした人も多くいる。東北や沖縄に多い。おそらくは中国から来たモンゴル人の前から列島にいた人々であろう。

 もともとこの島国に居住していたということは、何人なのであろうか。インド人しかいないであろう。「南船北馬」(なんせんほくば)という熟語が在るが、これが最もよくアジアのあり方を表現している。

 バングラディシュの光景を見たことがあるだろうか。ガンジス川(the Ganges)にほとんど水没したような、川も海の違いもなく、ただアジアの沿岸に住み着いているのがインド人である。

バングラディシュの洪水の様子

 バングラディシュから、インドシナ、インドネシアにインド人は住んでいる。この地域を船で移動していたアジア人がインド人なのである。ペルシャ人やアラブ人も混じっていたであろう。「南船」というのは、この南の地域を船で移動する手段のことであるが、これを行なっていたのがインド人である。

 その最も東端、北端であるのが今も昔も「日本列島」(ジャパニーズ・アークペーラゴウ Japanese Archperago)なのである。中国に近い海の国、島の国であるから、インド人と中国人の混血が進んだのである。歴史的、文化的に中国との付き合いが深かったから、モンゴル系の顔が多いのである。

 ベトナムも中国の属国であったから、モンゴル系の血が混じったが、地理的にインドに近いから日本人と比べると、インド色の強い顔をしているのである。

 私が述べる「インド」とは亜大陸のインドだけではなく、バングラディシュからインドシナ、インドネシアの半島や島伝いにつながっている地域のことである。その北端、東端が日本である。ベトナムが「インド・チャイナ」なら、日本は「北東インド」と言ったほうが正しい。日本人も本当はインド・チャイナなのである。

 スマップで言うと、草薙君はモンゴル人で、香取君はインド人である。香取君は昔ベトナム人役でテレビ・ドラマに挑んでいたことがある。完全に役に溶け込んでいた。

 私は最近、日本人もベトナム人も中国人も韓国人も対人もフィリピン人も、全く同じにしか見えなくなってきた。欧米人の見るような視点で、アジアの日本人が見えるようになってきた。

 日本人がヨーロッパ系の人間を見る時、スウェーデン人も、イギリス人も、クロアチア人もブルガリア人もみな同じようにしか見えないだろう。それと同じ目で、私は自分たちを見ることが出来るようになってきた。

 日本語を聞いても、中国語、韓国語、ベトナム語と同じように聞こえる。

白人、黒人という呼び名すら、今はもう使えない

 アメリカで役所に提出するフォームを書く時、人種という項目がある。そこには白人、黒人などとは書かない。白人は「コーケイジアン(コーカサス人種 Caucasian)」で、黒人は「アフリカン・アメリカン(African American)」である。どちらも人種の発祥地、故郷由来の名称が正しい人種の名である。

 ではアジア人はどう呼ぶか。アラブ人や、インド人はそれでよい。地域も人種もそうだからである。日本人や中国、韓国人はどうか。私たちはモンゴル人だといったが、それだとモンゴルの国のことになってしまうし、民族名になってしまう。

 モンゴル人のことは正しくは「アルタイ」という。モンゴル人の学問用語、テクニカル・ターム(technical term)である。だから中国研究、東アジアの歴史研究のことを「アルタイック・スタディーズ(Altaic Studies)」という。これが世界レベルの正しい東洋史の学問としての名前である。

 この分野で認められた日本の歴史学者は、岡田英弘(おかだひでひろ)博士である。さらに社会学者や文化人類学者の中で、日本研究者(ジャパノロジスト Japanologist)として育てられた人々も、大きくはアルタイック・スタディーズという学問領域に属している。チャルマーズ・ジョンソン(Chalmers Johnson)博士もそうである。

  

右が岡田英弘博士    チャルマーズ・ジョンソン博士

 「南船北馬」の話に戻るが、「北馬」のほうは、アルタイ人が馬を使ってユーラシアの草原を駆け回っていたことを言うのである。モンゴル(Mongolians)とか、女真族(じょしんぞく The Jurchens)とか、匈奴(きょうど Xiongnu)とか柔然(じゅうぜん Rouran)という、中国から見た周辺異民族がアルタイである。もちろん中国人自体もアルタイである。異民族の中で、中原(ちゅげん)の覇権を握ったものが、皇帝(ファンディ emperor)となったのだから。

 漢民族(かんみんぞく Han Race)などと言うのも、もともと存在したかどうか分からない。とりあえず今は、チベット人やウイグル、モンゴル民族と分ける便宜のために「漢族」(かんぞく)という言葉を使っているだけである。

 これで人種は出揃った。大きくは白人(コーカサス人)、黒人(アフリカン)、アジア人(アルタイ、インド、トルコ、アラブ、ペルシャ)というのがとりあえずは人種である。

 ここにさらに新しく誕生した、クレオール的人種である「ヒスパニック(Hispanics)」が一応人種として認められ始めている。また太平洋の島々の人種である「ポリネシアン(Polynesian)」が加わる。日本人はこのポリネシアンの一種ではないか、という考え方もある。私はポリネシアンもインド人だと思う。

では「民族」とは何か―「フォーク」「フォークロア」のことか

 「民族」という言葉は無い、使えない。このことを副島氏は何度も述べている。私もこのことを副島氏の言論で初めて知った。副島氏の宮台真司氏との論争中にも述べている。

 副島氏の言いたいことは、「民族」に当たる英語がない、ということである。確かに無い。受験英語でも、可算名詞にした「ピープルズ」に充てる訳語が「民族」である、と教えてきた。つまり「人々」としかいえないのである。

 「フォーク」という言葉があるではないか、という反論があるかもしれないが、フォークとはピープルと同じ意味である。「仲間」という語感もある。

 「フォークロア(folklore)」という言葉がある。これは「民間伝承」のことであり、民話や歌などのことである。学問的には「民俗学」という。「民族学」ではないから注意が必要である。後で述べるが、これは「エスノロジー(ethnology)」という。

 和辻哲郎(わつじてつろう)や柳田國男(やなぎだくにお)が収集していたものが「フォークロア」である。「フォークロア」はスペイン語では「フォルクローレ」と発音し、ペルーの民俗音楽のことをいう。

 これをドイツ語では「フォルクス(volks)」という。「民族」という言葉はドイツ語にしかないのだ。副島氏はそのことを主張している。

 たしかに文化人類学には、フォルクスという言葉がやたらと出てくるのだが、これはドイツで大きく発展してきた学問だからである。

「エスニシティ」が「民族」である

 だが文化人類学はドイツだけではなく、イギリス、フランス、オランダなどでも発展してきた。そのため英米では「アンスロポロジー」、ヨーロッパでは「エスノロジー」(民族学)という言葉を使う。

 エスノロジーの語源で、「エスニシティ(ethnicity)」という言葉がある。現在「民族」という言葉を表すのはこれである。アメリカ商務省のセンサス局が統計を取るとき、「イギリス系」「ドイツ系」「ポーランド系」といった、人種よりも細かい人口動態統計をとる場合「エスニシティ」を使う。

 八〇年代からエスニックという言葉がやたらと使われるようになったが、それはアメリカが人種として「〜人」、「〜系」の人々を表すことをやめたからである。エスニック料理が流行り出したのもそのためである。

 私たち日本人が「〜系」の人というときの感じが、「エスニック」である。「日系」、「韓国系」、「中国系」、「北欧系」、「ドイツ系」、「イタリア系」というであろう。あれが「エスニシティ」である。「民族」というのとも違うことが分かるであろう。

 「エスニシティ」。学問的にも政治的にもこの言葉を使うのが正しいのである。日本語にはこれに当たる言葉がまだ作られていない。

 「エスニック」と言った場合、人種としては同属であることが多いことになる。日本人、韓国人、中国人、モンゴル人、チベット人がエスニシティは異なるが、人種としては同じ「アルタイ人種」であることが分かるであろう。

 「日本人はアジア人ではなく、韓国人や中国人とは違うのだ」などという、たわけたことをいうべきではない。日本人は中国人や韓国人などとは違って、アジア人ではない、優勢、優等な民族である、という言葉が、いかにおかしなことを言っているかが分かるであろう。

 東アジア人は皆同族なのである。少なくとも、アルタイ人、インド人同士は同族で、日本人やベトナム人はその二つの混血の度合いが強い。だが、日本人も、韓国人も中国人も「エスニシティ」は異なる。そのように理解すべきである。

エスニック・クレンジング―「民族浄化(みんぞくじょうか)」の恐ろしさ

 だからユーゴスラビアで行なわれた「エスニック・クレンジング」という行為が、いかに馬鹿げたことで、恐ろしいことであったかも分かるであろう。

 クレンザーという洗剤が在るが、同じコーカサス人種であるクロアチア人とセルビア人が、お互いを汚物かばい菌のように「汚れを落とすのだ」と考えたことは、愚かで、残虐な思想なのである。

 クロアチア人はドイツ系で「アーリア人」である。セルビア人は「スラブ人(Slavic Peoples)」である。といった主張で行なわれた。では「ムスリム(イスラマイト、イスラム教徒 Muslims)」はどうなるのか。イスラム教徒はアラブ人だろう、とでも言うのであろうか。アラブ人やペルシャ、インド人以外のイスラム教徒がいないとでも言うのだろうか。宗教差別ではないか。

 残念なことながら、現在の日本人にはこの思想の萌芽がある。エスニシティに関する免疫が無いのだ。中国人や韓国人、朝鮮人が自分たちと全く同じ顔をしていて、そっくりな言葉を使っているという自覚が無い。

 日本人は特別で、あいつらとは違う、などという勘違いもはなはだしい「他のアジア人に対する日本人優越思想」を、かなりの日本人が持っている。

 もしそのようなことを言う人間がいたら、それは残虐な思想を持つ人間であり、同族で殺し合いをすることに何の違和感も持たない、無自覚な人間である。本人がそうでないと主張しても、そうレイベリングされるのだ。事実として民族差別を行なっているからである。

 副島氏が「アジア人同士争わず」という思想を持つのは、政治的視点からだけではない。歴史と人類学、文化人類学の視点からも、これは当然のことで、真っ当な思想である。渡部昇一(わたなべしょういち)、桜井よしこ、中西輝政(なかにしてるまさ)、古森義久(こもりよしひさ)といった言論人はそのことが今を持って分かっていない。「桜ネット」という衛星放送の社長には、笑わせてもらっている。

   

渡部昇一    桜井よしこ    中西輝政    古森義久

 六〇年以上前に行なったように、アジア人同士が殺しあったら、もうおしまいなのである。同族による殺し合いはもはや救いようが無い、これ以上ないほどに恐ろしい惨状を引き起こすことになるのである。

 韓流スターに憧れ、ドラマに涙を流す日本女性、日本のドラマやアイドルの中国や韓国での人気。私たちは本質的に同族、近しい文化の人間たちである。つかず離れず、仲良くするべきである。

 ちなみに私、鴨川は、中国の詩と韓国料理にしか興味がない。

人類学の用語法―ターミノロジー―の欧米での違い

 人類学はアメリカ、フランス、ドイツ、イギリスで別々に発展を遂げたため、用語法の違いが生じた。ブリタニカでは、北アメリカとヨーロッパ(フランス、ドイツ)の違いを図表にしている。

 まず、文化人類学と形質人類学(フィジカル・アンスロポロジー)を含む、大きな「人類学」というくくりでは、北米ではそのまま「アンスロポロジー」だが、ヨーロッパでは、「民族学」(エスノロジー)と呼ばれている。

 ヨーロッパでは「民族学」の下に「形質人類学」と「民族学」がある。つまりヨーロッパでは人類学と言う時も文化人類学という時も、エスノロジーの一言でよい。

 その下位分野は、北米もヨーロッパもほぼ同じである。両方共に文化人類学の下には、民族誌(エスノグラフィー)、先史学(プレヒストリー prehistory)、言語学(リングィスティック・アンスロポロジー linguistic anthropology)が存在する。

 そのさらにその下には、テクノロジー(弓矢とか家屋のつくりの技術)、音楽学(ミュージコロジー)、神話学(ミソロジー mythology)などといった、各文化を細かく特定化した研究分野がある。

 人類学に所属するそれらの分野との関連を見ると、「先史学」(せんしがく)は人類学の最初の概念を生み出すのに貢献した分野である。「先史学」とは、「先史考古学」(プレヒストリック・アーケオロジー prehistoric archeology)のことで、文字を持たない歴史前の遺物、遺跡、化石を調査する学問である。

 文化人類学にも導入された「進化理論(evolution theory)」は、もともとは考古学研究から推論された理論である。文化人類学が独自に打ち立てた最初の理論は、この進化理論から借りてきた「社会進化理論」なのである。

 「言語学」は、人類学の発展に最も寄与した学問である。

 そもそも人類学は、ある民族の神話、人々(フォーク folk)、民話、方言などを、調査の対象とする。文字ではなく、声に出した言葉、音声を扱うため、言語学分野で発展した考えを頻繁に導入した。その際たるものが、「構造主義」(ストラクチャリズム Structuturism)である。これは後で述べる。

 文化人類学は社会学とは双子の姉妹、「ツウィン・シスターズ(twin sisters)」であるとブリタニカには書かれている。一九世紀までは二つの分野に明確な境はなかった。二つを比べると、文化人類学のほうが、兄、姉である。

 社会学は、文化人類学起源の理論を数多く借りてきている。さらに心理学とも関連が深い。心理学は社会学の一分野として生まれたからである。また、近代の政治学は、社会学から多くの理論(集団理論や行動主義)を借りてきている。この意味で、政治学も文化人類学の大きな枠組みの中に入るのである。

すべては「進化主義」「エヴォリューショニズム」から始まった

 人類学は、ダーウィンの進化理論の影響から始まっている。生物学のところで述べたが、ダーウィンの進化理論は、一九世紀のヨーロッパに衝撃を与え、その影響から、文化人類学は出発することとなった。

ダーウィン

 文化人類学の学問としての理論的前提は、イギリスの哲学者、ハーバード・スペンサー(Herbert Spencer)の社会進化の概念の三原理が支柱となっている。いかに箇条書きにして列挙しておく。

 その一。文化は、低次から高次へ、単純から複雑へ、不完全から完全へと進化していく。この場合、西欧近代文明を進化の頂点として見なすという「価値の尺度」が存在していた。(著者注記:つまり全ての文化は文明に向かうということである。文明、近代へと「土人の風俗」は進化することが義務付けられているという思想である。)

 その二。人間の心理は斎一的なものであり、進化はあらゆる民族において、同一の段階をたどって一系的に行われる。普遍的・単系的進化という。(文化が文明へと進化していくのは、ヨーロッパで実現した近代社会以外のゴールは無い。ヨーロッパが経験してきた近代へのステップも、全ての原住民は同じように経験していくことになる。)

 その三。文化の進化速度は、全て同じスピードで進むとは限らない。だから様々の進化段階にある諸地域・諸民族文化の並存が見出される。それらを比較することによって、文化進化の諸段階を発見し、これを秩序付けることが出来る。(つまり文化をヨーロッパ文明を頂点とした階級制度、カースト制度に組み込む作業である。その文化が今どの程度の低レベルの段階にいるのかを計る試みである。)

 この三つの前提によって、人類学はまず進化主義としてスタートすることとなった。(『文化人類学事典』 ぎょうせい 四二九ページ)

 以下からが文化人類学の「進化の歴史」である。次回から文化人類学の具体的な歴史に入っていきます。

(つづく)