「201」 翻訳 ヒラリー・クリントン米国務長官による重要な政策論文である「アメリカの太平洋の世紀(America’s Pacific Century)」を皆様にご紹介します(3) 古村治彦(ふるむらはるひこ)訳 2012年11月2日

※アメリカのアジアへの大転換の関する記事は、ブログ「古村治彦の酔生夢死日記」(こちらからどうぞ) でもご紹介しております。お読みいただければ幸いです。ブログの左にカテゴリーで「pivot to Asia」としてまとめてあります。

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 私たちアメリカは、今まで述べた様々な方法で、即応性があり、柔軟で、効果的な地域的枠組みを構築し、参加する。また、この地域的枠組みが国際的枠組みにもリンクするように努力していく。私たちが地域手枠組みをリンクさせようとしている国際的枠組みは、国際的な安定と貿易を守るだけでなく、私たちの持つ価値観の世界への拡散を推進するためにも必要なものだ。

APEC 2012年の様子

 私たちは、APECという枠組みの中で、経済に関する活動を重点的に行っている。それは、現在のアメリカ政府が経済を外交政策の重要な柱に位置付けているからだ。経済発展は、強力な外交関係によって決まり、外交的な成功は、強力な経済関係によって決まる。このような傾向が強まっている。アメリカを繁栄させるには、アジア・太平洋地域の貿易と経済の開放を進めることが必要不可欠なのだ。アジア・太平洋地域は、世界の総生産の半分以上、世界の総貿易量のおよそ半分を占めている。オバマ大統領は、2015年までにアメリカの輸出量を倍増させるという目標を設定し、私たちはその目標の達成のために奮闘している。私たちアメリカは、アジアでのビジネスを拡大させたいと願っている。そのための機会を与えてもらいたいと考えている。昨年、アメリカの環太平洋地域への輸出総額はおよそ3200億ドル(約25兆円)であり、それに関わったアメリカ国内の雇用は85万にも達した。従って、アメリカのアジア・太平洋地域への戦略的談転換は、アメリカにとって多くの利益をもたらすことになる。

 私がアジア各国の外務大臣と話すとき、いつも出てくる話題が一つある。それは、アジア各国の外務大臣たちは、「アメリカには、活発に行われている地域内の貿易や金融取引に深く関与して欲しい。そして、私たちにとって、創造性豊かなパートナーであり続けて欲しい」と、私に対して異口同音に述べる。また、私はアジアを訪問するたびに、アジアの活力ある市場への輸出と投資を拡大させることはアメリカにとって大変重要だ、ということも彼らからいつも聞かされる。

 今年(2011年)3月、APECの各種会合がワシントンで開かれた。そして7月には香港で再び各種会合が開かれた。この両方の機会を通じて、私は、健全な経済競争を行うために必要な4つの原則について述べた。この4つとは、開かれていること、自由であること、透明性があること、公正であること、である。アメリカは、アジア・太平洋地域への関与を通して、これらの4つの原則の具体化することを手助けしている。また、世界中の国々に対して、これら4つの原則の重要性を理解してもらえるように努力している。

 アメリカは世界各国と新たな、時代に合った貿易協定を結ぶことを求めている。新たな、時代に合った貿易協定は、新たな市場の開放と公正な競争の基準を引き上げることがその内容となる。韓米自由貿易協定を例にとる。この協定では、5年以内に、アメリカから韓国へ輸出される消費財、工業製品の95%にかかる関税が撤廃されるということになっている。これにより、アメリカ国内に約7万の新たな雇用が生み出されると推定されている。韓国による関税の削減だけで、アメリカ製品の韓国への輸出が100億ドル(約7800億円)以上増加させ、韓国経済を6%成長させることができると考えられている。アメリカの自動車メーカーとその従業員にとっては、公正な競争ができる条件が整うことになる。韓米自由貿易協定は、アメリカの機械メーカーにとっても、また韓国の化学製品の輸出企業にとっても、新たな顧客開拓の邪魔をしていた障害を削減する結果をもたらすだろう。

 また、私たちは、環太平洋パートナーシップ協定(Trans-Pacific Partnership、TPP)の枠組み作りを進めている。TPPとは、アジア・太平洋地域の先進国と発展途上国で作る一つの貿易共同体(trading community)のことである。私たちの達成すべき目標は、経済成長の数字を高めることだけではなく、その質を高めることである。貿易協定には、労働者、環境、知的財産権、技術革新の強力な保護が含まれる必要があると私たちは確信している。また情報技術の自由な流れとグリーンテクノロジーの拡散、そして私たちが守っている規制システムが採用されることとサプライチェーンの効率性などが、貿易協定では、促進されるべきである。私たちの進歩は、人々の生活の質によって測られ、成功か失敗かを決められることになる。男性も女性も尊厳をもって働くことができるか、労働に見合ったお金を得られるか、健康な家族を築けるか、子供たちを教育できるか、自らと次の世代の生活を向上させるチャンスを捉えられるかどうか、これらの諸点によって人類の進歩を測られるのである。高い水準を備えたTPPが、これからの貿易協定の基準となり、地域内のより広い交流を促進し、それがアジア・太平洋地域の地涌貿易圏の木本となることを私たちは希望している。

 貿易関係で均衡(balance)を達成するには、貿易関係を結んでいる国がお互いに関与し合うことが必要だ。均衡とはそういう性質のものであり、一方がもう一方に押し付けて、達成されるようなものではない。従って、私たちは、APEC、G20、二国間関係を通じ、より開かれた市場、輸出に対する規制の削減、透明性の向上、公正な貿易関係の実現といった課題の達成のための包括的な試みに取り組んでいる。アメリカの企業と労働者たちは、自分たちが公正な条件の下、競争を行っているという確信が欲しいだけなのだ。公正な条件とは、知的財産権や技術革新の成果の保護など多岐にわたる。簡潔に述べるならば、公正な条件とは、予測可能なルールが設定され、それがきちんと遵守されることである。

 過去10年間、アジアは驚異の経済成長を遂げた。また、将来も継続して経済成長を続ける可能性を持っている。アジアの経済成長を実現させたのは、地域の安全と安定である。これらは日本と韓国に駐留する約5万人の米軍将兵によって保障されてきた。現在のアジア地域は、急速に変化しており、直面する課題も多岐にわたっている。それらの課題とは、領土や領海をめぐる紛争、船舶航行の自由に対する新たな脅威、自然災害による甚大な被害などである。これらの課題に対処するためには、米軍を地理的に分散させ、作戦面での弾力性を確保し、政治的に持続可能な態勢を取ることが必要である。

 アメリカは、北東アジアの同盟諸国との間に結んでいる既存の同盟関係を近代化することに取り組んでいる。アメリカは同盟関係の近代化をやり遂げる決意である。一方、東南アジアとインド洋におけるアメリカ軍のプレゼンスもまた強化しつつある。例えば、アメリカはシンガポールに沿岸警備(戦闘)艇を派遣している。また、アメリカ軍、シンガポール軍が共同で訓練や作戦を行う機会を増やすことも検討しているところだ。アメリカとオーストラリアは、今年、オーストラリアに駐留するアメリカ軍の規模の拡大に合意した。これにより、米豪両軍の共同訓練や共同演習の機会を増やすことができるようになった。アメリカは、東南アジアとインド洋に対する作戦面でのアクセスをいかにして増大し、同盟諸国やパートナーの国々との関係を深めることができるか検討中である。

 インド洋と太平洋の結びつきは年々大きくなっている。この拡大する結びつきをどのように米軍の作戦に反映させるかという問題は、地域の新たな課題に対応するためにはぜひとも答えを見つけねばならない問題である。このような状況下では、アメリカ軍をアジア地域により広範に派遣し、展開することで、状況をアメリカにとってより有利にすることができる。アメリカは人道的な義務を果たすことがより容易になる。また、より多くの同盟国やパートナー国と協力することで、地域の平和と安定を脅かす脅威や試みを抑止することができる。

 アメリカは世界最強の軍隊と世界最大の経済を誇る。しかし、それらよりも、国家としてのアメリカにとっての大きな資産となるのは、私たちの価値観の持つ力、特に民主政治体制と人権に対しての頑ななまでの支持である。これらは、アメリカに備わった国柄と言えるものであり、外交政策の基礎となる。私たちのアジア・太平洋地域への政策の大転換においても、その基礎となっているのが、民主政治体制と人権への支持である。

 アメリカは、民主政治体制と人権に関して見解が異なるパートナーに対しても関与の度合いを深めている。しかし、アメリカは統治の改善、人権の擁護、政治的な自由の拡大をもたらす改革を推進するように、こうした国々に求め続けていく。ベトナムを例に取る。私たちは、ベトナムに対して、「あなたたちと戦略的パートナーシップを結びたいと考えている。そのためには、人権の更なる保護と政治的自由の拡大が必要である」と伝えている。ビルマに関して言うと、私たちは、ビルマ国内の人権侵害について説明を求めていく。私たちは、ビルマ政府の動きと、アウン・サン・スー・チー氏と政府の指導者たちとの対話の動きを注意深く見守っている。アメリカはビルマ政府に対して、政治犯の釈放、政治的自由と人権の拡大、過去の政策との決別を行うように主張してきた。北朝鮮に関しては、政府が北朝鮮の人々の人権を一貫して侵害していることは明らかである。私たちは、北朝鮮に対して、彼らがアジア地域や世界に対して脅威を与えていることを強く非難し続ける。

クリントン国務長官とアウン・サン・スーチー女史

 アメリカは自国の採用しているシステムを他国にも採用するよう強制はできないし、そもそも強制する意思もない。しかし、私たちが持つ価値観の中には、世界共通で、普遍的なものがあると信じている。アジアを含む世界中の国々の人たちがこれらの価値観を尊重してくれるはずだ。そして、安定した、平和的な、そして繁栄している国家には、これらの価値観が既に存在し、尊重されてもいるはずだ。しかし、アジア地域において、何が正しくて、人々が何を望むかを決めるのはそこに住む、アジアの人々である。世界中の人々がそうしたことは自分たち自身で決めてきた。アジアの価値観がどうなるかはアジアの人々の決定にかかっている。

 この10年間、アメリカの外交政策は、冷戦後の平和の配当に対応するという簡単なものから、イラクとアフタ二スタンへの関与へと、目的が変化してきた。イラクとアフガニスタンへの関与は、大変に難しいものであった。イラクとアフガニスタンでの戦争が終結に近づいているこの時期、私たちは世界の新たな現実に対応するために政策を転換するための努力を更に進める必要がある。

私たちは、新しい方法で世界の新たな現実に対応しなければならない。そのために、外交の分野で、新たなものを生み出し、競争し、リードする必要がある。アメリカは世界から手を引いてはいけない。進んで前に出て、リードしなければならない。私たちが持つ資金や資源には限りがある。だから、それらを賢く投入し、最大の利益を得るようにしなければならない。アジア・太平洋地域は、21世紀のアメリカに取っての絶好のチャンスを提供する場所となる。

 アジア・太平洋地域以外の地域も大変重要であることはもちろんのことだ。アメリカが古くから同盟関係を結んできた国の多くがヨーロッパに存在する。これらの国々は、アメリカにとってまず頼りになるパートナーであり、これまで世界で起きた緊急の問題のほぼすべてで、アメリカに協力して問題解決にあたってきた。アメリカは、ヨーロッパの同盟諸国との同盟関係を時代に合った形に新しくするために資金や資源を投入している。中東・北アフリカ地域に住む人々は、新たな道を歩き始めようとしている。この決定は世界の状況に影響を与えている。この地域では変革が起きている。この重要な時期、アメリカは、中東・北アフリカ地域の国々と積極的で持続的なパートナーシップを結ぶことを決心している。アフリカは、今後、経済的、政治的に大いに発展する潜在可能性を持っている。西半球には、私たちアメリカの近隣諸国が存在する。これらの国々は、アメリカにとって最大の貿易相手国であるだけでなく、国際的な政治的、経済的諸問題の解決のためにより大きな役割を果たしつつある。アジア・太平洋地域以外の諸地域もまた、アメリカの関与とリーダーシップを必要としている。

 私たちは世界をリードする準備が既にできている。「アメリカは世界をリードする大国の地位にとどまれるのか」と疑問に思っている人々がいることは私も承知している。このような疑念は、以前にも人々の間で起こった。ベトナム戦争終結直後、世界中の評論家やコメンテーターが、アメリカが衰退しているという主張を盛んに喧伝した。この主張は、数十年おきに繰り返されてきた。しかし、アメリカは挫折やつまずきを経験しても、いつでも更なる改革や技術革新でそれらを乗り越えてきた。より強くなって帰って来るというアメリカの持つ能力は近代の歴史上、他に類を見ない種類のものだ。この能力は、アメリカの自由民主政治体制と自由企業体制から生み出される。この体制は、繁栄と進歩を生み出す源泉となる。この体制は人類が知る中で最強のものである。私が訪問する場所すべてでいつも聞かされるのは、アメリカにリーダーシップを発揮してもらいたいという話である。アメリカ軍は世界最強であり、アメリカ経済は世界最大の規模を誇る。アメリカの労働者の生産性は世界で最も高い。アメリカの大学は世界中から賞賛を受けている。これらの点から、アメリカが20世紀同様、21世紀も世界をリードする能力を持っていることは疑いようがない。

 これからの60年間のアジア・太平洋への関与の準備を私たちはすでに進めている。私たちは、これまでの60年間に、党派を超えて形成されてきた、アメリカがこの地域に関与するという伝統を胸に刻んで、準備を進めてきた。また、私たちは、国内問題の解決のために、貯蓄率の上昇、金融システムの改善、借り入れへの依存の脱却、党派のいがみ合いの解消といった努力も継続してきた。それは、海外でのリーダーとしての立場を維持するためであった。

 この政策の大転換は容易なことではない。しかし、私たちは政権発足からの2年半の間、その準備を進めてきた。そして、私たちは、現代の外交的な試みの中で最重要の課題である、政策の大転換をやり遂げる決意を固めている。

(終わり)