「239」 翻訳 民主政治体制(デモクラシー、democracy)とその危機に関する論稿をご紹介いたします(4) 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2014年8月22日
諸外国の指導者たちは、選挙で過半数を得たことを受けているとしても、支配者たちが自由主義的ではない行動を行った場合に、批判を行っている。しかし、この教訓から最も学ばねばならないのは、新たな民主政治体制を設計しなければならない人々である。彼らは、「参政権と同じくチェック・アンド・バランス機能が健全な民主政体の確立のために必要不可欠なのだ」ということを認識しなければならない。矛盾した表現になるが、独裁者になる可能性になる人々もエジプトとウクライナでの出来事から多くを学ぶことができる。モルシ氏は、刑務所とエジプトの法廷に設置されているガラス張りの箱との間を行き来するような生活になることはないだろう。ヤヌコヴィッチ氏は権力を集中させることで自分の支持者たちを増長させなければ、平穏な人生を送ることができるのである。
成熟した民主政治体制で生活することができる幸運な人々は、自分たちの政治システムの設計と構造に注意を向ける必要がある。グローバライゼーションとIT革命が同時に起きたことで、民主政治体制における最も称賛されるべき機構が時代遅れのものとなってしまった。成熟した民主国家は自国内に存在する諸問題に取り組み、海外においては民主政治体制のイメージを再び良いものとするために努力することで、政治システムを最新化しなければならない。いくつかの国々は既にこのプロセスを始めている。アメリカ連邦上院では、上院議員たちがフィリバスターを行う際の条件を厳しくしている。数カ国では誰でも参加できる予備選挙と独立した選挙区決定委員会に選挙区の再編成を行っている。その他の変革によって多くの問題は改善している。政党の資金集めにおいては、寄付者全ての名前を公表させるようにしているために、特別利益団体の影響力は低下している。ヨーロッパ議会では、議員たちに必要経費の申請には全て領収証の提出を義務付けている。イタリア議会の議員たちの報酬は高額であり、その他二つの司法と行政の諸機関は機能不全に陥っている。
しかし、改革者たちはより野心的である必要がある。特殊利益団体の力を制限する最良の方法は、国家が渡す利益を制限することである。政治家たちに対する人々の不満を抑える最良の方法は、政治家たちの提示する公約の数を減らすことだ。つまり、より健全な民主政治体制の鍵となるのは、より小さな国家であることだ。つまり、アメリカの独立革命当時の国家規模に戻ることだ。マディソンは次のように主張している。「人間が人間を支配するために政府を構築する上で、大きな困難となるのは次のことである。最初に統治される人々を政府がコントロールできるようにする。そして、次に政府が統治される人々にコントロールされるようにする」” 制限された政府という考えは、第二次世界大戦後の民主政治体制の復活と共に再び姿を現した。1945年の国際連合憲章(The United Nations Charter)と1948年の世界人権宣言(the Universal Declaration of Human Rights)によって、たとえ国民の過半数が望んだとしても、世界各国政府が侵害できない人権や規範が確立された。
このようなチェック・アンド・バランス機能が求められたのは暴政に対する恐怖の存在からだ。しかし、現在の西洋諸国では、民主政体に対する脅威は特定し、対処しづらくなっている。一つの脅威は国家の規模が拡大し続けていることである。政府の際限なき拡大は自由を制限し、特殊利益を持つ人々により権力を与えている。もう一つの脅威は、政府が実現できない約束を人々に簡単にしてしまうということだ。支払う財源もないのに簡単に給付を約束してそれを実行してしまったり、勝利を得られない戦争、特に対ドラッグ戦争を始めてしまったりということが横行している。国家とは拡大し続ける特性を持っているのでそれに制限をかけることは利益になるのだということを有権者と政府に理解させる必要がある。例えば、独立した中央銀行に通貨政策の統制権力を与えることで、1980年代に起きたようなインフレは抑えることができる。今こそ制限された政府という原理は、より広範な諸政策を適用する時期である。成熟された民主政体には、創設されたばかりの民主政体と同じく、選挙によって選ばれた政府の権力に対する適切なチェック・アンド・バランス機能が必要なのである。
各国の政府は様々な方法で自己抑制を行うことができる。厳しい財政規則を導入することもその一つだ。スウェーデン政府は景気の動向に関係なく均衡予算となるようにしている。各国は政治家たちに10年ごとに法律を新しくするように強制する「サンセット条項」を導入することもできる。また、党派に偏らない委員会に長期にわたる改革案の提示を求めることも可能だ。スウェーデンではこの独立委員会制度を導入し、崩壊の危機に陥っていた年金システムを立て直すことに成功した。独立委員会は、民間が運営している年金の利用や平均寿命に合わせた退職年齢の導入といった現実に即した改革案を提案した。チリでは、値段が乱高下する銅市場と税収の増加分を福祉などに使えという圧力にうまく対処した。チリでは景気の動向に関係なく、増収分を確保することと海外市場の乱高下に対処するために独立委員会が設立された。
偉大な人々や頭脳明晰な人々により大きな力を渡すことは民主政治体制を弱めることになるのではないかという疑問がわく。しかし、そうとは言えない。自己を否定する規則は、投票結果によって国家の破綻と社会の破壊がもたらされることを防ぎ、少数派が多数派の専制から守られることで、民主政治体制は強化されることになるのだ。しかし、テクノクラシー(訳者註:技術者に政治権力を持たせる政治体制)は行き過ぎることもある。テクノクラートに与えられる権力はいくつかの大きな分野、たとえば通貨政策や福祉改革に絞って行使されねばならない。そして行使の過程は公開され、透明性が保証されねばならない。
高級官僚やテクノクラートたちが権力を行使することに対しては、一般の人々が権力を行使することでバランスを取らねばならない。そのためにいくつかの決定を一般の人々に任せることが必要だ。それによって、グローバリズムとローカリズムに、抵抗する、もしくは無視すること以外に、的確に対処することができる。グローバライゼーションを通じて上から、そしてマイクロ・パワーを通じて下から、民主政治体制が脅かされている。しかし、テクノクラシーと直接民主政治をうまくバランスさせることで、民主政治体制を強化させることができるのだ。
トクヴィルは地方の民主政治体制は民主政体性を最も良く表現したものであると主張した。彼は次のように述べている。「タウンミーティングは、小学校で科学の授業が最も重要であるように、自由にとって最も重要な存在である。タウンミーティングの場は人々の身近にあり、それをどのように使うか、そしてその利益をどのように享受するかを教えてくれる」。市長たちは国政の政治家たちに比べて支持率が2倍の数字を記録するものだ。最先端の技術によって、トクヴィルのタウンミーティングによって促進される人々の関与と技術革新が、現代の世界でも実行されるはずだ。無期限で投票が可能であるインターネット上のハイパー民主政治体制は、特別利益団体に利用されることになるかもしれない。しかし、テクノクラートによる支配と直接民主政治はお互いをチェックし合うことが可能だ。得率した予算委員会地域の有権者たちの投票の結果がもたらすコストと実行可能性について分析して評価することができる。
いくつかの場所でこうした混合を正しく行うための試みが行われている。最も勇気づけられる具体例はカリフォルニア州である。カリフォルニア州の直接民主政治システムにおいては、市民たちは低い税金で高い公共支出というような矛盾する政策に対して投票を行うことができる。このシステムによって各政党による予備選挙やある党が有利になるような選挙区割によって起こる、政治家による過激な主張を抑え込むことができる。しかし、過去50年間、カリフォルニア州は様々な改革を行ってきた。そのうちのいくつかは慈善事業家で投資家でもあるニコラス・バーグルエンの貢献によって成し遂げられた。カリフォルニア州は、人々が短期的な動機で投票することに対抗するために「長期的な思考」委員会という制度を導入した。カリフォルニア州はオープンな予備選挙を導入し、独立委員会に境界線の変更を行う権限を与えた。カリフォルニア州は更に均衡財政の実現にも成功した。この成功について、カリフォルニア州議会の指導者の一人であるダレル・スタインバーグは「非現実的なことが成功した」と語った。
同様に、フィンランド政府も、将来の年金システムに関する提案を作るために党派性を超えた中立的な委員会を設立している。同時に、フィンランド政府はインターネットを利用した民主政体であるEデモクラシーを利用しようとしている。その内容の一端は、議会は5万の署名を集めたある人の請願や提案について議論を行わねばならないというものである。しかし、より多くの実験が必要である。その実験とは、直接民主制とテクノクラシーを混合すること、つまり、指導者層に権力を集中することと一般有権者に権力を集中することを混合することである。民主政治体制が健全さを取り戻すにはジグザグの道を進むことになるのだ。
アメリカの第二代大統領ジョン・アダムスはかつて次のように語った。「民主政治体制は長続きしない。民主政体はすぐに汚れ、消耗され、それ自体を崩壊させる。自殺をしない民主政体など存在しない」。アダムズの発言は明らかに間違っていた。民主政治体制は、20世紀に起きた様々なイデオロギーの衝突を生き残った勝者であった。しかし、20世紀と同様、21世紀も民主政治体制が成功し続けるためには、ある国が民主政治体制を確立させた初期の段階で、せっせと栄養が与えられねばならないし、民主政体が成熟するまでそれが続けられねばならないのである。
(終わり)
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